【東巻】非日常的な世界


東堂生誕絵茶で参加できなかった東巻ワンライ、気持ちだけでもとこっそり遅刻で参加
テーマ【何かがいつもと違う】 所要時間今回も25分でした

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今日はロードレーサーが題材になっている、古い映画を見に行かないかと、東堂に誘われての待ち合わせだ。
訪れた名画座は、街中にありながら、ひっそりと静かで、日頃自分たちのいる世界から、切り取ったみたいに存在していた。

自転車レース中は喧騒に囲まれているし、その後の自然溢れる山中は、静かと言っても葉ずれの音や季節の虫の鳴き声、
通る風の音が絶えずしていて、本来の意味での静寂はない。

懐かしいリバイバル映画を、週交代で上映すると言うそこは、人ごみとは無縁だ。
だが、それでもちらほらと人はいて、流行映画館に見られる特有の浮いた雰囲気も少なく、どうも勝手が違うと巻島は横の男を眺めた。
今めいたサイバー的な空気すらある、にぎやかな映画は、少々耳に響いて苦手だ。

その感覚から言えば、この重厚感すらある落ち着いた雰囲気は、巻島の好みといえる。
ただ困るのは、その空間が日常とあまりに違いすぎることで、その筆頭が自分の横に座る東堂だった。

トークが切れるなどと自称して、ベラベラベラベラとこちらに畳み掛ける勢いで、常に舌を動かしているこの男が、寡黙だ。
映画が上映中なのだから、それは当然なのだが、その口を噤んだ姿は巻島の予想以上に、端整な顔つきをしていた。

真剣とも呼べる眼差しで、画面を見ている東堂は、無意識なのだろう。
肘置きで、ふとぶつかった巻島の掌に、そっと自分の手を重ねた。
こわばった硬い掌が、巻島の手の甲に触れる。

それを振り払うのは、なんだか自分ばかりが意識しているようでくやしくて、巻島も画面へと向き直った。

映画の内容はドラマというより、自転車競技に関わる者達のドキュメンタリーに近く、いつしか巻島も夢中で見入っていた。
時折、ああこの感覚は自転車乗りでなければ、わからぬものだろうという描写も幾つかあり、巻島は見終わった感想を早く、東堂と語りたいと思った。

高揚感を得た時間を、共用できると言うのはなんだか心が弾む。
嬉しさと楽しさが、また新たに湧いて、興奮を継続できるのだと楽しみに思い、横にまだ座る男へと巻島が、顔を動かした。

そこにあったのは、静かに微笑む表情の東堂。
場所柄まだ、口を開かないでいるのだろう。
慈しむように口端を上げ、幸せそうに東堂がそっと持ち上げたのは、巻島のてのひらだった。

――忘れていた。
映画に夢中になって、東堂の手をずっと握っていたのだ。
握られていたはずなのに、何度か触れ合っているうちに指が絡まり、いつしか互いに手を取っていた。
おそらく画面に集中していたときは、ぎゅっと指先に力をこめたり、軽くその繋がりを確かめるようにしていたに違いない。
巻島はそれに違和感を覚えることがなく、むしろその温かさに気持ちをゆだね、映画の世界観を分かつ気持ちになっていた。

それは、あまりに自分らしくないと、感動の余韻を残したまま、巻島は、真っ赤に頬を染める。
呼吸と鼓動が跳ね上がる巻島と対照的に、東堂はどこまでも静かだ。

眉目整った東堂が、無言でただ視線を送ってくるというのは、大変な破壊力を持つのだと、巻島は知った。
早々にココから出て、この男の饒舌な喋りを聞かなくては、…色々と違う感情を覚えてしまいそうな、焦燥が心に宿る。

捷く、すぐにここから出なくては。
まだ繋がったままの東堂の手を、巻島が引いて歩くなんて、これもイレギュラーな出来事で、巻島の困惑を誘う。
映画館を出るまで、あと数十歩。

はやく、早く、この男の声が聞きたいと思うなんて―――。
普段、東堂の声をうるさいだとか、黙れだとか、ひたすらかわしているぐらいなのに。


(…巻ちゃんが、オレの手を引いて歩いてくれるなど、そうはないだろうな)

急いで日常へと戻らねばと、巻島は歩みを速める。
もう少しこの奇遇を楽しみたいと、東堂の足は意図的に重い。

そんな巻島のじれったさも楽しむかのように、東堂は繋がった指先を、強く握った。