【東巻】箱根ミスマッチ2



駅前公園にて
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事態が完全にこじれていると察した新開が、荒北にメールを送る。
チームメイトからの着信設定にしている、共通音楽がポケットから響き、荒北は「ちょっと悪ィ」と携帯を取り出した。

『気づいてたと思うけど尽八と聞いてた とりあえず二人を話させた方がいいと思うから、先に駅前公園で待機している』
との直截な内容で、同様に考えていた荒北は『了解 次のバスでそっち向かう』と短く返信した。

荒北たちより、1本早いバスに乗った東堂と新開は、広場と花壇だけで何もない公園に他人がいないことに安堵し、ベンチに座った。

目に見えて落ち込んでいる東堂は、己の行いの何が悪かったのかを反復しているらしい。
新開があえて指摘するのならば、人前でのサービス精神と、カッコ悪いところは知られたくないと、巻島相手に自分の行動はすべて『友人として普通の行為』と
インプリンティングしたせいと言えるが、それも恋してる相手ならば、無理もないといえる。

「尽八は 少し裕介くんにもありのままを見せたらいいんじゃないか?」
「…ありのままとは、どんな姿だ」
「裕介くんからの電話をずっと待ちわびてるだとか、同じレースに出場しないと解った日は落ち込んでるだとか 変に隠すなって事さ」
「巻ちゃんにそんなみっともない姿、見せられるか!」
「だから 裕介くんにその気持ち伝わってなかったんだろ 連絡貰ったレースに出られないと伝えてあっさり『仕方がないな』で片付けられたらその程度と思われても仕方がない」
「……オレから、巻ちゃんにきちんと告白して……」
「このタイミングだと、荒北から連絡貰って根回しされて、同情されたと受け止められそうな気がするけど」

「……」
東堂が無言で俯いたのは、巻島の思考回路として、その結果にいきつく可能性が高いと考えたからだ。
「無駄に粋がるのをやめて、こうしてみたらいいんじゃないか」
ベンチに座る東堂の背後に回った新開が、屈むように背後から腕を廻し、その耳たぶへと唇を近づける。
「この距離で 好きだ、と……」

新開の台詞が途中のままなのは、最悪なタイミングで来訪者がいたからだ。
「あ……その…すまねぇ… 邪魔するつもりはなかったッショ……」
背後で、目元を手のひらで覆った荒北が首を振り、口パクで言っているのは『バ・カ』の二文字だろう。

普段ならば30分ぐらい間隔あるバスが、臨時増便があったとかで、それほど間をおかず追いつけたらしい。

「ちちち、違うぞ巻ちゃんっ!」
「あ、うん …大丈夫っショ …別にオレは言いふらしたりとか…」
「巻ちゃんっ! 聞いてくれ!!今のは……」
「あの…オレ…急に用事を思い出したッショ」

寂しげに笑い、踵を返した巻島を、すかさず東堂が捕まえる。
背後から肩に乗せられた東堂の顔は、首筋に近く、巻島の鼓動を跳ね上げた。
「…巻ちゃん ごめん…」
布越しの東堂の体は密着して熱く、巻島の体を麻痺させる。

「オレはずっと、巻ちゃんにカッコいいところしか見せたくなくって、見栄張ってた」
「……東堂は、そんなことしなくても格好いいショ」
うわずる声で、必死で抵抗を諌める東堂の腕の中、巻島は小刻みに震えていた。

「逃げないで、巻ちゃん」
「…わかったから…東堂…離して欲しいショ……」
不安げに瞳を揺らす巻島に、すでに逃亡の意図はないようで、おとなしく立ち尽くしている。
強引ともいえる力で、巻島の肩を掴み、自分の正面を向かせる東堂の焦燥も、胃を焼き焦がすのではという痛みを伴っていて、言葉がうまく紡ぎさせない。
「巻ちゃん…聞いてくれ、頼む オレは…今まで巻ちゃんの前で、無様な形相を見せたくなくて、いつも平常に振舞っていたけど、違う」
「違う?」
「そうだ そのせいで巻ちゃんをオレが単なる友人としか思っていないと勘違いさせてしまったのだから」
険しく眉を上げて、鋭い眼差しで巻島を睨む東堂は、言いよどみながらも、その腕を離そうとしない。

「好きだ」

絶句をしている巻島は、信じられないようにまばたきを繰り返すだけで、ぽかんとしていた。

――喉が張り付いたみたいに苦しい、でもこの感情を伝えなくては、もっと辛くなるに違いない。
「巻ちゃん好きだ 巻ちゃんのことが好き この思いを伝えるためなら、オレはダサい男でも構わない」

声を詰まらせた巻島が、戸惑いながらも、ゆっくりと小さく頷いた。
東堂は震える手を伸ばし、巻島の細い指先を取る。それをそのまま自分の心臓の上に重ね置き、
「こんなに鼓動が高まったのは、巻ちゃんとのクライム以外、初めてだ」と囁いた。
「クハッ…オレだって…負けないぐらいドキドキしてるっショ… 好きだ、尽八ィ…」

巻島の眉根は、やはり困ったみたいに寄せられ、その緑がかった瞳は頼りなげで、東堂を吸い寄せる。
いささか強引に両頬を掴み、背けられようとした顔をそろそろと近づければ、…なぜか全力で額を押し返された。

「…巻ちゃん?」
「な、なななな、何をしようとしてるッショ!?」
「何ってキスだが……」
念願かなって誤解が解けて、両思いになったのだからするべきことは決まっている。

だがそんな思惑を、マリア様は許してくれなかった。
「破廉恥ッショ!!」
「は、…はれんち?」
いつの時代の古語だと、冗談めいて、それでも今度は獰猛なまでの力で巻島を拘束すれば、
「や…やだぁっ…」と舌足らずに、身を竦まされた。
すがるような、恨み言のような拒否はどこまでも甘いが、それでもどうやら本気のようだ。

「…なあ新開 今すげぇ聞きなれない単語が聞こえた気がしたんだけど 破廉恥ってマジ使うやついんの?」
「奇遇だな靖友 オレも聞こえた 貴重な体験をしたな」
はからずも東堂が、反論した際に利用していた『巻ちゃんはマリア』が、こう登場してくるとは思ってもいなかった、荒北と新開は言葉が出ないまま、眺めるしかない。


とりあえず今日は、互いに特別な感情を分かち合えたことに感謝しろと、無理やり東堂を寮へ連れ帰れたのは、門限ギリギリの時刻だった。
別れ際にふわふわと嬉しそうに微笑む巻島は、「巻チャン グラビア鑑賞が趣味じゃなかったっけ?それは破廉恥じゃないの?破廉恥ってドコから来た言葉??」
の荒北の多数のツッコミを繰り出させない、無敵の幸せオーラを発していた。


再び箱根寮内
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「…今日の緊急会議のテーマはこれだ『オレと巻ちゃんが自然にイチャつける方法を考えろ』」
「もうそれはいいっツーの!!最初にもどんなっ」

即座に振り下ろされた拳を避け、呆れた様子の荒北を、曇らせた表情で見返す東堂は、真剣だった。

「尽八 おめさんもう裕介くんの恋人になれたんだからそんな方法不要だろ」
「それともアレか?巻チャンと未だキス一つできてねーの?」
わざと歯を見せる嫌な笑い方をした荒北に、東堂は独り言のように呟いた。

「巻ちゃんが……清らか過ぎてオレには手がだせんのだよ… クッ…キスをしたら、妊娠でもしてしまいそうで」
「…するか バァァァァカ!!」
「ハハッ尽八 前にも増して重症だな」
容赦のないツッコミは、日中に以前にも増して巻ちゃんモード全開の東堂を、眼にしているからだ。
おかげで今年の新入部員は、巻ちゃんを東堂の彼女だと信じて疑わないレベルだ。

「お前らだって見ただろう!あの清廉かつ潔癖な巻ちゃんの姿を!子が成せてもおかしくないだろうっ」
「できねえよ!っつーかキスだけで妊娠できるものならやってみやがれ!そしたら責任取ってやればいいんじゃナァイ?」
「…何…だと…?」
面食らった様子で、呆然と自分を眺める東堂の様子を、荒北が訝しげに見返す。

「なるほど…さすが野獣…その手があったか…」
「…感心してんのか、ケンカ売ってんのかどっちだ手前ェ」
それに何より、今の会話のどこに感心する要素があったというのだ。

「巻ちゃんを孕むまで監禁して…責任を取れば……」

「はいアウトーーーーーーーーッ!! てめっ新開! 感心した顔で拍手してんなっ!コイツマジやりかねねーぞ!何より巻チャンは妊娠しねえ!!」
「何を言うか マリア様は処女懐妊が可能だった オレが頑張れば巻ちゃんも…」
「ねぇよっ!!」

本日も、チームメイトから犯罪者を出さぬための、荒北の苦悩は絶えない。