「…事情はわかったけど、なんでオレ?」 『東堂先輩に自覚を持たせるために、巻ちゃんが好きと恋愛相談持ちかけてみる』作戦、実行者に選ばれた新開さんが、首を傾げるのももっともです。 箱学レギュラー3年+巻ちゃんさん就寝予定の部屋には、先ほどまで新開さんと真波に見張り役として頑張ってもらっていました。 そこで新開さんを呼び出し、代わりに現在は総北のメガネくんと、田所さんに明日の打ち合わせと言う名目で、東堂さんと巻ちゃんさんの監視をお願いしています。 …正確には、巻島さんのガードをお願いしています、というべきでしょうか。 「いろいろ話したんだけど消去法だな」 指折り数える荒北さんの横で、僕はひたすら頷いているだけでした。 「まず総北のヤツでやったとするだろ?…一年坊主小野田チャンと関西弁小僧は…恋愛関係でうまく芝居できるとは到底思えねえから却下 今泉は東堂を納得させるには…ちとレベル足んねェだろ」 「まあ確かにそうだな うちの一年で裕介君を知っている…真波投入は…考えたくないし」 「同感です」 思わず先輩方のお話に、僕が割り込んでしまったのは、真波の「無茶振り楽しい!」が目に見えるからです。 追い詰められれば追い詰められるほど楽しむあの気質、色々理由があるのでしょうが、見ていてこっちの心臓が悪くなることすらあります。 天使な笑顔で「東堂先輩 ボク巻島さん好きになっちゃいました!」と告げる様子が目に浮かびます。 ――それ、相談じゃないよね!?報告だよね!!絶対こじれるやめて!! 「で、次に総北二年に持ちかけてみたんだけどよ、アイツら東堂の行動…色々実際見てるじゃん?」 「…まあ、怖がられるか」 「正解 無言で二人揃ってひたすら青い顔で、パーマの方に無理無理無理って連呼された」 他校生徒に恐れられる、求愛行動でもしてるんですか、あの先輩。 「だろォ?でウチの二年だと…」 「塔一郎には…無理だろうな」 「残るは俺とお前と、福チャン…福チャンはまず除外だし」 キャプテンを決して軽んじているわけでは、ありません。 ですが万が一、福富先輩が東堂先輩に恋愛相談したら、互いを尊重しあっているだけに…カオスな世界が想像つきます。 「次に総北三年だと金城と田所だろ?すげェ説得力はあるけどよ、っつーかありすぎなんだよ 万が一失敗したら……東堂がストーカー予備軍からマジモンにレベルチェンジすると思わねェ?」 「そうだな…迅くんが尽八に、裕介くんとの恋愛相談だなんていったら……うん、すまない 考えるのを怖くて脳が拒否した」 そういえば合宿中に、新開さんの手にパワーバーがないのは、今初めて見るかもしれません。 新開さんが、笑いながら「怖い」って、…脳内どんな図になっているんですか。 ふと思い出したのが昼間のストレッチの時の、東堂先輩が二人を見る目つき…。これアカン、まじアウト。 恋愛相談なんてしたら、確ッ実に出場停止なんて事態が起こってしまいそうですね。 「最後オレとお前ェって訳 …俺が東堂に恋愛相談すると思う?」 顔前で掌を横に振る荒北先輩の言う通り、荒北先輩が巻ちゃんさんに冗談で言い寄る姿を想像できても、東堂先輩に恋愛相談する図は、ちょっと考えにくいです。 「了解 …でなんでモブ男も?」 「…僕が提案者だからということでして…すみません、最初に軽く僕のほうが巻ちゃんさんにあこがれるといった感じで、言い出してみます」 うっかり阿呆な提案を、するんじゃなかった。後悔先に立たずを、僕は身を持って経験しました。 満場一致で「じゃ、言いだしっぺのお前、それやれ」と相談する役に選ばれた僕は、本当に半泣きで先輩方に叫びました。 「卒業まで東堂先輩に疑惑の目で見続けられる役、僕には荷が重過ぎます!!あんなピンクオーラの世界、それだけでも僕には無縁なものなのに!!」 心の底からの、本心でした。 仮にお芝居でしたとバラしても。 東堂先輩が、本気で疑っているわけじゃないとしても。 事あるごとに「あの時の言葉は冗談だったよな」という目つきで見られる自分が、透視できて怖い。 「あー…それでオレもって事か」 「むしろお前ェが本命だな …巻チャンに興味もってんダロ?」 「まあね」 さらりと含み笑いする、新開先輩マジイケメン…って!いいんですか!!その発言っ! 「あ、誤解するなよモブ男 オレは別に尽八と同じ気持ちを抱いているわけじゃない」 目を見開いた僕の顔を見て、察した先輩が決まり悪そうでなく笑います。 「迅くんに尽八、メガネくんといった、よくも悪くも素直の塊みたいなメンバーに好かれていて、見た目退廃的なのに恋愛モード皆無ってギャップがね」 苦しいような落ち着かない心持でいるのは、僕だけらしく、先輩方は半ば楽しげでした。 …まああれだけ目の前で、巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃんとやられ、かたくなに自分の気持ちを認めようとしない友人を追い込むのは、…楽しいのかもしれないな、うん。 「裕介くんの方には、なにか働きかけは?」 「…いるかァ?東堂が自覚したら、アッチあのままの方が都合いいだろ 下手に『東堂の事が好き』とか他人が打ち明けたら、巻チャン全力で身を引くぜ?」 お母さんの洞察力、さすがです。 「そうだな…じゃあ一応大筋だけ決めておくか モブ男に相談されたオレも実は裕介くんの事が気になってた…って辺りでいいかな」 「あーいんじゃね?」 「ところで先輩…さきほど、荒北先輩が東堂先輩に相談はしないって言ってましたけど…巻ちゃんさんに関することでしたら、相談された瞬間に、東堂先輩信じ込む可能性って高くないですか」 東堂先輩の、好きであるのに何故か事実を認めようとしない行動は、本人の心が納得をしていないからか、どこかあやうげに感じます。 一応の確認のため、おそるおそる尋ねると、二人揃って微妙な顔つきをされました。 「…確かに裕介くんのことだったら、靖友が相談しても、暴走しそうだな…」 「むしろアイツの中のオレだとそーとーいろんな意味で警戒されそうでちと怖ェ」 荒北先輩が怖がるレベル、ですか…。 とりあえず各校で協議してのミーティングということで、巻ちゃんさんは、俺たちが騒いでいた大部屋に、他の総北の人たちと呼び出されています。 福富先輩は、泉田先輩と明日の打ち合わせと言うことで金城さんと総北の二年生と1Fホールでメニューの組み合わせ中。 僕たちは、ちょっと特別メニューを組むという定義づけで、4人部屋のほうにいます。 今、新開先輩たちの部屋にいるのは新開・荒北・東堂(敬称略)と…僕という、非常にいろいろな重圧がかかる、メンバーです。 うぅっ…空気が…重い。 一応明日の予定の連絡事項を伝えると言うのは本当でしたので、一通りの打ち合わせはすみました。 行けっ! …どう切り出そうか逡巡している自分に、鋭い視線で荒北先輩が、促します。 うぅぅぅッ東堂さんの電話越しと、今日初めて会ったよくしらない相手に憧れるなんて、無理な設定ですよぉ…。 東堂先輩に、何を言ってるんだという顔をされる姿を想像するだけで、身が縮みます。 「あ…の…」 「オイ東堂、モブ男がお前に相談だってさ」 ―――荒北先輩ィィィィィィィッ!!心決めるまでの時間はっ!?無茶ぶり過ぎます!! 「ん?なんだね 構わんぞ」 親切な先輩の笑顔がいたたまれず、思わず顔を逸らしてしまいました。 「えっと…ですね…先輩よく『女のことならオレに聞け』とおっしゃってますよね」 「お、何だ 恋わずらいか!?三下ガオなのになかなかやるなお前」 …先輩、自覚している事実を突きつけないで、更に心折れますから。もうこうなったらヤケです、行くぞ! 「女の事ではないのですが、恋愛相談よろしいでしょうか!?」 「それは一緒ではないのか」 「いえ…実は……その……素敵な人だな思う人がいまして …先輩、巻島さんって……えーっと……う、美しいですよね!」 「………」 「な、なんか動作も一つ一つが男臭くないっていうか…」 「………………」 「憧れるなあとか」 「……………………」 うわぁぁ沈黙怖っ!無言で腕を組み、真顔でこっち見ないでェェェェ!! 長い静寂が、物理的に重くのしかかってくるような重苦しさで、それが鼓動を高め、汗が全身にまわってきます。 胃が、焼け付きそうに痛いです。 「…ならんよ」 一オクターブ低くなった、牽制の声。 唐突な僕の発言なのに、訝しさも疑いも無い東堂先輩の声は、身を竦ませる何かを放っていました。 「お前が巻ちゃんの美しさに一目で気づいたという慧眼は、認めてやろう だが恋愛相談だと言ったな…駄目だ、それはならん」 「えっと、あの、ならんとは」 「…尽八 オレもなんだけど」 僕がしどろもどろなのを察したらしい、新開先輩が助けに入ってくれました。 新開さんの『オレも』、が何を指しているのかすぐに解ったのでしょう。 何を言っているという顔をした、東堂先輩の言葉の前に、新開さんが首をすくめ続けます。 「…オレも思ったよ 裕介くんに初めて会ったとき、綺麗だなって」 気さくな笑顔なのに、新開先輩の声はなぜかどこか諌めるみたいでした。 「ヒョロヒョロって聞いてたのはモデル体型に見えたし、玉虫って…客観的に見ても色は綺麗だぜ?」 「…それは…オレがまだ巻ちゃんのことをよく思ってなくて、最初のうちはお前たちに…悪く言ってた…から」 「それもあるかもしれないけれど、普通に知ったとしても色っぽいだろ 彼」 「…巻ちゃんが…色っぽい…?」 呆然とただ繰り返す東堂先輩は、思ってもいなかったという表情でした。 「オイオイ何だよその顔 風呂場でも見たろ?あの腰とうなじ見たら…オレも抱けるわコレって思ったぜ?」 「ま、巻ちゃんを!そんないかがわしい目で見るなっ!!」 険しげに眉を寄せた東堂さんに、荒北先輩はうんざりと返します。 「風呂で巻チャンが近づいてきた瞬間に、鼻血出したヤツに言われたくないわァ」 ちょっと冗談にでもしたいような、荒北先輩の言葉にも、東堂先輩の顔色はよくなりません。 思い切ったように向き直り、それでも声を出さない先輩に新開さんが続けます。 「それに笑顔が下手だって聞いてたけど、そんなこともなかったよ 確かに作り笑顔は苦手みたいだけど、…照れ笑いはほほえましいぐらい可愛かったぜ?」 苛立った様子で、無言で新開さんを睨む東堂先輩の顔は、険しい顔なのに、迷子のようです。 どこか不安げで、周りが信じられずにいるとでもいうような。 「…いつ、見た」 巻ちゃんさんが、知らぬ相手にそんな表情は簡単に見せたりしないと、東堂先輩は強い眼差しを向け尋ねました。 「『裕介くん』って始めて呼びかけたときかな 尽八が巻ちゃんって呼んでいいのは、自分だけだって言うから名前で呼んでもいいかいと尋ねたら、面映そうにしてたぜ 『…クハッ 田所っちにも金城にも呼ばれたコトねェヨ…なんか、照れるな』ってね」 「そういや俺も見たわ、その顔 お前がキモい連呼してたから、どんな顔だよって思ってたけどフツーに…うん、あの顔は可愛いジャンって思ったワ」 「その後握手って言って、無理やり手を握らせたら、『指長ェな』って絡めてきたときは、こっちが驚いた」 「…すげぇな 合コンの女のテクか」 「あれは天然だったけどな」 僕が見た限りだと、巻ちゃんさんの表情はいつもどこか、困ったような眉根を寄せた顔をしています。 ただ、不思議なことにその少し戸惑う様子が、どこか気だるげな色っぽさを出している雰囲気で…笑えば、確かに随分と様子が変わりそうです。 「指を重ねたままで、自然な笑顔を返してくれた姿は、おめさんじゃなくても魅力に感じる外見だったよ」 知らない、俺はそんな巻ちゃん見ていないと悔しげな東堂先輩は、新開さんをひたすら凝視していました。 「裕介くんはいい事も悪いことも…一人で抱え込むタイプみたいだな オレはああいうタイプ、守ってあげたいと思うよ 張り詰めてる姿が…」 『可愛い』とでも『素敵だ』とでも、続けようとしたのでしょうか。 でもその言葉が終わるより前に 「駄目だっ!」 との叫びが割り入りました。 大きな声を取り繕うように、東堂先輩は声を重ねます。 「…ならん、ならんよ それはオレの、巻ちゃんの運命のライバルのオレだけの役目だ 新開」 「なァに言ってんのォ?東堂 違うだろ その役目はライバルの仕事じゃねえよ」 ばかばかしいと、顔をゆがめる荒北先輩。 「恋人の役目だろ ソレ」 「ちがっ…!オレは、巻ちゃんを…誤解されがちな巻ちゃんを護って、ずっと…」 「じゃあ良かったじゃん 新開とモブ男は一目で巻チャンの魅力に気がついたんだろ…お前と違ってさ」 「靖友」 気遣いから、荒北さんを警めた新開さんだけど、少し遅かったようです。 「だって、オレは巻ちゃんとずっと一緒にいたいから、我慢して…違う、まだ抑えられる…巻ちゃんはオレのライバルだから 傍に居るんだ、だから」 何かを言いかけては、切れ切れに言葉を繋げる東堂先輩は、自分自身何でも言いたいのか解っていないようでした。 「尽八、お前が言う裕介くんが誤解されやすいというのはわかるよ それを護りたいというのも解る」 さぐるような東堂さんの視線を無視し 「それならおめさんが護る立場でいてもいいから、俺が裕介くんを好きだと言っても構わないだろう?」 新開先輩じゃなんでもないように、言いました。 「いいはずがなかろうっ!」 一瞬目が合った新開先輩と東堂さんの視線は、気まずげにすぐ逸らされます。 こみあげてくるものを、必死で飲み込もうとしている東堂さんは、ひそかに唇を噛んでいました。 しかし、新開さんはそんな様子をみながらも、苦笑交じりに言います。 「尽八、お前が望んでいるのはそんな立場だぜ たとえ裕介くんが誰に言い寄られても、好きになっても、おめさんには何も言う権利は無い」 「そうそ、お前と巻チャンはただのライバルなんだろ?だったら巻チャンがエロい目で見られよーが他人に微笑みかけよーが別に勝負に関係ねェんだからいーじゃん」 「エロいこと…だと…!貴様っ!巻ちゃんをそんな目で見たのか!おのれケダモノめっ!巻ちゃんは…巻ちゃんはこの孤独なる山神に使わされたいわば天使っ!! 貴様ごときが穢れた目で見ていいものではないっ!返せ!!」 「ハァァァ!?てめーにだけは言われたくねーよっ!?昼間のストレッチ、嘗め回すみたいに巻チャン視姦してたのはてめーだろうがっ!」 「それは違うなっ!オレは巻ちゃんの呻くような声が心配で、鼓動が昂ぶり、何かあってはとの懸念で目が離せなかっただけだ!」 「心配しているだけのヤツは、録画欲しがんねェよっ!!」 「それはあくまでお前の基準だからだ!この山神、俺に使わされた天使のすべてを見守るためにここにいるっ!!たとえ離れていても巻ちゃんは俺の為に存在し、 そしてこのオレも巻ちゃんの為に存在しているのだからな!!」 「アホかっ!手前ェみたいなのを世間で何って言うか知ってっか!?ストーカーだよス・ト・ー・カ・ー!!」 あ、荒北先輩…言っちゃった…。 …それにしても東堂さん、本当にこじらせてるなあ…どうして、ここまで認めないのかなあ…。 「愚かなことを!いいかよく聞け荒北 『ストーカー【stalker】《忍び寄る者の意》 自分が一方的に関心を抱いた相手にしつこくつきまとう人物。待ち伏せ・尾行・手紙や、昼夜をかまわないでファクス・メール・電話などの行為を執拗(しつよう)に繰り返す。 byデジタル大辞泉』 理解できたか!オレと巻ちゃんは一方的ではないなっ!互いが存在があっての、運命のライバルなのだからっ」 「…それが、尽八が自分をストーカーと認めない原因か」 苦笑するように首後ろを掻く新開さんに、僕の手におえませんと目線で訴えかけると、静かに頷かれました。 「なあ尽八 おめさんにとって、裕介くんはどんな存在なんだ …ライバル抜きで」 「巻ちゃんはオレの世界の色を、変えた人だ」 「それだけか?」 「それだけだと!?世界を変えたんだぞ?宿命以外の何者でもあるまい!」 きっぱりとした東堂先輩の言葉は、それ以上でもそれ以下でも無いと、譲らないものでした。 「じゃあ聞くけど、…万が一…だ 裕介くんがお前と競えなくなったらどうするんだ」 「ハッ…何を言ってるんだ そんなことあるわけなかろう 俺と巻ちゃんはどこまでだって走り続けられるさ!」 「万が一だと言っただろ メンバー事情で裕介くんがクライマーをやめなくてはいけなくなるかもしれない、調子を崩して乗れなくなるかもしれない」 わざと刺激をするように、新開さんは指折りでたとえ上げていきます。 「…そうなったら、尽八にとって裕介くんはライバルじゃない 不要な存在になるのか?」 「……バカを……言うな……オレは……」 そんな事、考えたこともなかった顔で、東堂さんは声を震わせていました。 「オレなら違う どこでだってゆっくりでも一緒に走れたらそれだけでいい 走るのが無理なら横に座っているだけでも幸せだ …それがオレの『好き』だ」 「…オレだって…巻ちゃんを好きだって、いつも……」 「ライバルとして、だろう?尽八はずっとそう言っていたよな」 東堂さんの薄く開いた唇が、かすれた聲で「違う」と呟きます。 「恋愛だったらいつか、冷めるかもしれない だけど、ライバルなら望む限りずっと一緒にいられる…から…」 「一緒だよ尽八 ライバルだっていつか離れなくちゃならなくなるかもしれない」 「そんなことはないぞ!たとえオレと巻ちゃんに距離ができたって、オレはずっと巻ちゃんに連絡を取り続けるしいつだって、思い続ける!」 「裕介くんが、もうお前とは走れないと言ったら?」 「言わせない オレが巻ちゃんの脚になっても、山神の見ている景色を見せてやる!」 フゥと大きく息を漏らしたのは、荒北先輩でした。 「東堂…いい加減認めたらァ? …それはライバルへに抱く気持ちじゃねぇよ」 「だが……もし……巻ちゃんが……」 「あっそオレは別にそのまんまでもいいけどォ そのかわし、誰かが巻チャン似の女優が出てるってAV持ってきても、グラビアでコイツ巻島に似てね?って言われてもテメーに口出す権利ねぇからな」 ――いやいやいや、それは…普通に親友とかライバルだったら、怒ってもいいと思います。 思いますけど、とてもこの状況下で口出しできませんから、黙っておきますが。 「―――の、か…?」 「はい?」 はっきりと聞き取れなかったので、思わず聞き返してしまったのですが、なんとなく藤堂先輩の呟きは理解できました。 『―俺は巻ちゃんを好きだったのか?』 何回、何十回声にしてきた好きとは、違う意味合いを持った『好き』 たった15分前とは、まったく新しい色を持ち始めた『好き』 それが、傍観者の僕にさえはっきり判る、囁きでした。 予期せぬ言葉に、打ちひしがれているのか思った先輩は、直後に荒っぽく髪を掻きあげ、立ち上がりました。 「ク…ハハハハッ 巻ちゃんは凄いなっ!またオレに新しい世界を見せてくれる!さすがオレの巻ちゃんだっ」 「そうか…そうだったんだ… オレは、この東堂尽八は巻島裕介が好きだ!!」 「オレは巻ちゃんを護るだけじゃなく、笑い顔も泣き顔も、…もし苦しむのならその顔すらも、全部見ていたい」 「巻ちゃんのライバルだけでなく、すべての運命の相手は、このオレだと認めさせてみせる!」 吹っ切れた先輩の叫びは、いくつも続き、静かな廊下にまで残響を残しています。 ゆるぎなく不適に笑う東堂先輩は、マジイケメンでした。 ――僕の両肩をきしむほど、冷めた目の笑顔で握ってくるまでは。 「…モブ男 オレに張り合うのなら…覚悟は決めておくのだぞ」 …え、そのまま新開先輩の方向かないで!僕に、誤解を解く時間をくださいぃぃぃぃぃっ!!! 「隼人…お前は……」 「ん?」 ちょっ、先輩意味深に微笑んでいないで、誤解!誤解を解いてください!! 「オレはっ!お前にだって巻ちゃんを譲ったりはしないっ!」 すぐさま回れ右をして、部屋を飛び出していった先輩に、僕は呆然とするしかありません。 「え…?えっと……」 思わず振り返り、残るお二方を伺うと、荒北先輩は面白がる様子で立ち上がり、新開先輩はやれやれとばかりに東堂さんを追い駆け始めました。 「ほら、モブ男 手前ェも早く来いよ! おもしれェもんが見れるぜ!!」 にんまりと唇端を上げる荒北先輩は、何が起きているのかご承知のようでした。 物静かに最速で東堂先輩が向かうは……あれ?僕たちの大部屋? 数十歩先の東堂先輩は、スパァンッ!!と廊下中に響く音を立て、大部屋の襖を両側に開きました。 「巻ちゃん 好きだ!!このオレの、永遠のライバルであり、宿命の友である巻島裕介よ!!」 …顔を上げた状態で、目を見開いたまま凍りついている、巻ちゃんさんのお気持ち…、察するに余りあります。 「巻ちゃんと初めて会ったときに、オレは因縁を感じた!巻ちゃんと競えるだけで、理屈ではない快楽を数え切れぬほどもこの身で味わえる!! オレは東堂尽八は、巻ちゃんが好きだったのだよ!!そうだ巻ちゃんが望んでくれるなら、この山神 東堂の姓を捨てて巻島に婿養子でも構わんよ」 白熱灯が明るい部屋に落ちる、数秒間の沈黙。 …えーっと、森の忍者すげェ。誰も止める間もない、静かかつすみやかな移動でした。 「お前、なに言ってるッショォォォォ!!???」 何が起こったか判然としないと、ただ一身に周囲の視線を浴びていた巻ちゃんさんが、叫ぶのも無理はありません。 放心状態から、やっと立ち直ったらしい巻ちゃんさんの顔は、これ以上無いほど真っ赤でした。 ……ですよねー、僕ら誰一人未だ身動きできず、すみませんと思っていたところで、鋭い叫びが入りました。 「ちょっ…!小野田クン スカシ!!巻島さん庇え!!」 「え、あの、鳴子君!?」 「知っとるやろ小野田クン!あのカチューシャ、巻島さんにストーカーしとるヤツやんっ!!」 「え!?ストーカー!?」 「ほら前打ち合わせしとったら、きっちり8分ごとに電話してきよった相手!」 思い当たることのあったらしい、総北のイケメン今泉君も、さりげなく巻ちゃんさんを背中に庇っています。 「…え、な、鳴子違ェぞ あれはオレと東堂が普通に…」 「巻島さんしっかりして下さい! あの鬼電は友人のする電話とちゃいますわっ!」 面と向かって、他所様の生徒にストーカー呼ばわりされた東堂先輩ですが、まるで動じることはありません。 むしろ誇らしげに巻ちゃんさんへと近づき、胸に手を当て膝を着きました。 「そうだな巻ちゃん、オレが鈍いばかりにすまなかった」 「――ッショ!?」 「…巻ちゃんはこんなオレでも、そのままに受け入れてくれていたというのに」 「いやいやいや 東堂、お前さっきから何いって…」 「オレは先ほど気づいたのだよ オレの巻ちゃんへの溢れる気持ちは、ライバルとしてだけでは無いと」 無関係な自分まで、たぶらかされそうな甘い響き。 「そんなオレは、無意識に巻ちゃんを騙していたんだ、ごめん オレの携帯やメールは…友人としてのものではなかった」 そっと巻島さんの手を取り、手の甲を自分の唇へと近づける東堂先輩、ヤダ、紳士。 「え、騙すって えっ、えっ何ショ」 何か熱いものでも触れたみたいに、手首を振って手を払いのけようとする巻ちゃんさんを、東堂先輩は強く引き寄せました。 「オレはライバルだけでなく、巻島裕介にとってすべての運命の者でありたいと願うものだ」 状況にほだされまいと首をふる巻島さんに、鳴子君も応援するように空いているもう片方の手を引きます。 「巻島さん!しっかりして下さい オッサンも手伝いぃや!」 背後にどんと座ったまま、動じる様子の無い田所さんは、どこか少し面白がるようです。 「巻島が嫌がってんなら俺も力貸すけどなあ…その顔は途方にくれてるだけだからほっとけ」 「ほっとけって!こんな危険人物にいいんですか!?」 一生懸命な鳴子君、マジ天使。 巻島さんの背後にそっとしがみつく小野田君も、いつでも割って入れるように、東堂さんを睨んでいる今泉さんも…巻ちゃんさんを大事に思っている様子が伝わってきて、なにやら癒されます。 「オレのメールは、巻ちゃんのすべてを欲するが故だったと認めようではないか!だが!巻ちゃんはそれを認めていたのだぞ、総北1年諸君!」 「それはアンタが、友人として普通やって騙して…」 「仮にそうだとしても!それを拒否しなかった時点で、巻ちゃんはオレを受け入れていたのだよ!そうだな、巻ちゃん?」 「……そう、なのか?」 東堂先輩の言葉が、染み渡っていくかのように、巻ちゃんさんはその言葉を意識し始めていました。 少し泣きそうな声で、弱々しく眉を寄せる巻島さんと、鳴子君は同じ表情をしています。 「なぁ小野田くん、スカシ…そうなん?」 「…そう言うなら…そうなのかも…」 「そう…なのか…」 ――えぇぇぇぇっ!チョロすぎるでしょう総北!! 友達だからと言い張っての連絡、実は違っていたけど受け入れてたから恋人オッケー!って理論的にもおかしいです!! 僕は初めて、心の底から総北のお父さんをここに召還したくなりました。 「みな聞け!オレは!この東堂尽八は巻ちゃんが好きだ!!」 「「「「知ってる!!!」」」 幾つものすぐさま返された輪唱は、われら箱学の全員の気持ちです。 「ほら、巻ちゃん 聞いただろう…?誰もが、オレの巻ちゃんへの思いを知っていたんだ」 東堂先輩は、両手のひらで巻ちゃんさんの指先を、優しく包んでいました。 「巻ちゃんは、そんな己の気持ちにも気づけぬ愚かなオレを…待っていてくれた」 巧妙にすばやく、巻ちゃんさんが逃げられぬ位置へと追い詰めていく東堂さん。ようやく『女の事なら俺に聞け』の本領発揮です、…相手女性じゃないけど。 「…すまないな巻ちゃん もう拒否する権利を…与えてやれんよ」 じりじりと、うろたえたまま腰から後ずさりをしていた巻ちゃんさんは、いまや壁際でした。 これが噂の、壁ドン…!しかもイケメン&色っぽいなんて、今度簡単に見れるものではありません、僕らはガン見に入りました。 「どどど、どないしよ とめへんでホンマええん?」 「…巻島さん……嫌がっては……いないみたいだし……」 すみません、本当にすみません、総北天使の皆様。 あれ普通に、逃げ道断って囲い込もうとしている姿です。 「オレは巻ちゃんと一緒ならば世界一幸せになれる そしてそんなオレが、巻ちゃんを世界一幸せにしてみせる! だから巻ちゃん!オレと一緒になってくれ!!」 「………ショ……えっと…オレは…お前の事 受容れてたのか…?…本当に…?」 「そうだとも!」 ――パァンッ!!! 耳をつんざく勢いで、響いたのはクラッカーの音でした。 「おめでとうございます 東堂さん!」 「やっと、やっと周囲に『巻ちゃんって東堂クンの何?』って聞かれても恋人と答えていいんですね!」 「女の子ってひどいんです!恋人じゃないと言うと、勝手にうそつき呼ばわりしてきて!!」 「…俺ら…本当に頑張ったよな……」 「イェェェェェイッ!東堂さん!巻ちゃんさんおめでとうございます!!!」 「これで俺らも胸張って言えるぜ!恋人!恋人ォォォ!!」 「ヒャッハァァ!コイビトッコイビトォォォ!!」 …箱学みんな、頭……テンションおかしい。 誰かが弾けるたびに、頬の紅潮が増していった巻ちゃんさんは、誰とも顔を合わせたくないと、今は部屋隅で団子虫状態です。 それを微笑み眺めている東堂さんは、このうえなく幸せそうでした。 ―――そして。 ……えーっと、僕が現在いる状況を一言で述べるなら、カオスです。 目の前にいるのは、巻ちゃんさんにしがみついて離れない東堂先輩。 後輩の目前だテメーそこまでにしろと、それを引き剥がそうとしているのは、お母さ……荒北さん。 総北一年の三名は、手伝えばいいのか、恋人同士なら手を出してはまずいのではと、必死で討論をしていました。 僕たち箱学一年は、目の前で起きた怒涛の寸劇に、どうすればいいのかと茫然自失とし、二年と非レギュラーの三年は、互いのこれまでの苦労をねぎあって、むせび泣き。 新開さんは田所さんと、並んでパワーバーを召し上がっています。 …僕はもう、疲れたよパトラッシュ。 うるさくてもいい、考えるのをやめられさえすればいい。 そう思った僕は、部屋の片隅に布団を敷くと、頭を隠して掛け布団ごと丸まります。 僕、頑張った!もう寝る!!…おやすみなさい、皆様。起きたら少しは事態がマシになっていますように。 そんな願いもむなしく、頭上の騒音はいつまでも続いていました。 「東巻、お付き合いおめでとうございます」 |