就寝前は、やはりどこかワクワクします。 箱学自転車部の多くの生徒は寮生活なので、あらためての緊張はないのですが、それでも外泊となるとやはり、どことなく沸き立っている様子です。 騒ぎがおきたのはその後でした。 ついにもう隠すのをやめたらしい、2年の先輩方が、僕ら1年の大部屋に乗り込んできました。 「ひゃっふぅぅぅっ!1年共!!まだ寝るには早ェ時間だぜ!!」 「もう隠すことはねぇからなっ!俺らがどれだけ巻ちゃんさんの存在を、お前らに知られないように頑張ったか…!」 「青少年の甘酸っぱいドリームを守るため、努力したか…!」」 「俺ら頑張ってたよな!?」 「「「はいっ 頑張ってました!」」」 妙なハイテンションな先輩は、泣き笑いの表情でした。 先輩方は続けます。 われら箱学自転車競技部のあこがれの存在、『女の事ならオレに聞け』の東堂先輩が、あれだけ熱烈に追かけているのが、他校の選手だと知ったら…。 1年のピュアな心を動揺させてはいけないと、ごまかし続けた数ヶ月、先輩方の努力、察するに余りあります、お心遣いありがとうございますっ! 「さて、本題はここからだ」 コホンと小さく咳払いをした先輩は、真剣な眼差しで、僕たちの近くへ屈み寄ります。 「…知ってるかモブ男 あの二人アレで付き合ってねぇんだぜ…」 ――人間、あまり驚くと声も出なくなるのですね。 僕の後ろで「うっそぉぉぉぉん」「え…」という呟きが聞こえますが、誰も叫ぼうとはしません。 「わははははっ!びっくりしたべ!?驚くよなっ!?」 「そうだ驚け!驚愕しろっ!?俺たちがあれだけ知らん振りして、巻ちゃんの正体をばらさないようにしてたけど、つきあってない!」 「巻ちゃんはっ!東堂先輩の恋人ではないっ!!!」 人間、秘密をバラしたときの、他人のリアクションは見ていて楽しいものとみえます。 僕を筆頭に、大部屋1年が呆然としているのを、さもありなんと何度も頷いていました。 「…あースッキリした」 テンションあげあげすぎて、涙目になっていた先輩たちは互いにハイタッチをしたあと、健闘を称えるように、手を握り合っています。 しかし、盛り上がりはまだここで終了しませんでした。 「そこで、本日のゲスト なんと!総北の主将金城さんです!!」 先輩が勢いよくあけた襖の向こうには、サンシールドを屋内なのにかけている、総北キャプテンが腕を組んでたっていました。 「…なんでやねんっ!!」 昼間の鳴子くんとの会話が頭に残っていたからでしょうか、とっさにでたのは関西弁です。 「おっいいなモブ男!そのスピードは大事だぞっ」 にこやかな先輩が、総北キャプテンを前へどうぞとリードし、僕らの前に座布団を用意しました。 「さて!今夜開催予定イベントは!!東堂先輩と巻島さんをくっつけちゃおうぜ フゥゥゥゥッ!大作戦です!」 「なんとなんとwwwさらに、もう一人ゲストが!!我等がお母さんっ!!荒北先輩カモーーンッ!!!」 「誰がお母さんだっ! フクちゃんにめーわくかけねェよう、俺は見張りに来てんだヨ!」 「はいっww!とか言いながら、付き合ってくれちゃう先輩wwwあざーーっす!!」 …なんというか、これまでの我慢がうかがえる、2年生の先輩方のはっちゃけぶりです。 襖をもう一枚開くと、その影で胡坐を組んで、小指で耳をほじっていたのは荒北先輩でした。 同室のお二人・東堂さんと巻ちゃんさんを見張っていなくて大丈夫なのかと尋ねたら、新開と不思議ちゃん置いてきたから平気だろとのこと。 そういえば、真波の姿が見えませんでした。 「えっと……金城さん、よろしいでしょうか」 おずおずと手を上げた僕を、金城さんは軽い笑顔で見返し、頷きます。 「先ほど…その、巻島さんを案じてましたよね?それなのにくっつけちゃうとか大丈夫なんでしょうか」 「その件なのだが」 うわっ…あらためて聞くとこの人のバリトンボイス、すごいいい声。 「…巻島は、魔性の男でな」 マショウノオトコ…。 耳慣れない単語です、っていうか高校生にはレベルの高すぎる単語です、何ですかソレ。 「ゲイだけならまだしも、同性に一切興味のない男まで無意識に誑かしてしまうんだ」 「あー…さっき風呂見たから、なんか解るわソレ しかもローディってすね毛とか人によっちゃついでだからってシタの毛も剃るじゃナァイ? あれで拍車かかってるよなァ」 思い返すように、荒北先輩が腕を組み、同意しました。 「…残念ながら、巻島はほとんど体毛処理をしていないからあれは自前だな」 「げ、マジ?ただでさえ色白いのに毛もなしかよ」 「妙な色気だろうが、仮に魔性のゲイであろうが、本人たちが合意の上でなら構わないのだが…過去に暴走し、思い余って実力行使に走る愚か者も…数知れなかった 巻島の一部人見知りも、そこらから来ているのかもしれん」 「…巻チャンってなんか変なのホイホイのフェロモンでも出してんの」 その変なのって、ウチのT先輩も含まれてるんでしょうか。 「それは知らん おかげで俺と田所は、それらを排除するのにどれだけ三年間苦労をしたか…!今うちの部に残っている二年、今年の一年生は本気で天使だ!!」 そういえば風呂上りの3年生が、「目の毒」といっていた人がいました。それが巻ちゃんさんの事だったのでしょう。 …とにかく、総北主将さん、お疲れ様でした。 「そこで!東堂が変なチョッカイではなく、本気で巻島に惚れていると言うのならば!!この自分筆頭に、総北一同、二人の仲を認めてやろうと参上したわけだ」 オーダーを出すように、びしりと決めた姿はカッコいいのですが、言っていることはお父さんです。 「あれ?僕たち箱学一年は、普通に先輩と巻ちゃんさん、お付き合いしているものと思っていたのですが、総北では違うのですか?」 「…うちの一年は、巻島にストーカーがついてると思っているな」 そういえば、今日見ている限りのお二人の温度差も、結構ありましたっけ。 「二年は…巻島の言動も知っているからな 大会で東堂が何かやらかしていた時になぜか巻島が謝っていたり、東堂がスタート場所をキープしてこっちこっちと 手を振ってるのを生暖かく見守っている」 なんだかもういっそ、リア充爆発しろ!と叫びたくなる事実がこれでもかと並べられているのですが、それでも恋人ではないのですかソレ。 「なんだ、荒北」 いつになく、真剣な面持ちでそっと手を上げている先輩に、金城さんが向き直りました。 「…あー……うちのアホ、巻チャンに恋愛自覚ねェんだけど」 「はぁぁっ!?」 思わず敬語も忘れて、叫ぶように聞き返してしまったのは僕ら箱学です。 「何スかそれっ あんなにラッブラブイチャモード全開オーラを部室でも寮でも出してるのに!?」 「そうですよ!俺らだって名前だけで勘違いした訳じゃないですよ!?」 「ウッセ!!しょーがねーだろーが 事実なんだよっ あいつは『運命のライバル』に固持してて、ぜってー愛だの恋だのって認めようとしねェんだから!」 衝撃の事実です。 【速報】周囲が100%気づいている恋心に、当人が気づいていませんでした。 「えぇぇぇぇ……」 思わず途方にくれた声になっているところに、追撃がかかりました。 「そういえば、巻島も東堂のあれら行為を『友人として普通』だと思っているぞ おそらく恋愛として意識はしたことないだろう」 「えぇぇぇぇっ!!!」 いやいやいやあれが普通なら、鬱陶しくて友人を複数もてないし、正直僕なら一人でもごめんです。 「…お前とか田所が電話してこねェんだから、巻チャンあの鬼電おかしいとか思わねーのォ?」 「どうも東堂に、普段顔を合わせているならばともかく『距離がある友人なら当たり前』とすりこまれたらしくてな…」 「え、巻チャンって実はチョロい?」 「見た目はああだが、多分、相当…だな」 深刻そうな三年生方に比べ、先ほどから衝撃の連覇が襲ってくる僕らにはいまだ現実が掴みきれません。 「オレも親友いるけど、2週間にいっぺん電話すればいいほうです!」 「東堂にそれ言ってみな それは運命のライバルじゃねぇからとか訳わからん回等くるからヨ」 「普通のライバルは一緒のベッドで寝たがりません!」 「巻島は東堂が親交力高いので、仲がいい相手には普通にそうしてるもんだと思ってるな 多分荒北や新開は、東堂と同じ布団で寝ても平気だと思われてるんじゃないか?」 「……ヤメテ」 げんなりとした顔で、頭の上の何かを振り払うように手で散らす荒北さんは、多分嫌な想像をしてしまったのでしょう。 「海馬と遊戯は、決闘の場所取りしません!(おそらく)」 「ナルトとサスケは、かたっぽの入浴姿が色っぽいなんて心配しません!(多分)」 「櫂くんとアイチは、同じ布団で寝たがりません(きっと)」 「影山と及川は、柔軟体操を真剣な眼差しでガン見しない!(と思う)」 「火神と青峰はお互いの食事の心配なんてしないよ(十中八九)」 「そこは黄瀬君と氷室さんがかわいそうだから運命のライバルにしないであげて!」 「シャアとアムロは一時間に10回も携帯に履歴残さないっ」 「しってるか一番最初のガンダムだとアムロ15歳シャア20歳なんだぜ 親父が言ってた!」 衝動のままに互いに叫びあったと、訪れたのは沈黙です。 「…他人がいくら恋愛自覚しろって言っても、当人がガンと認めないんじゃ…難しいですよね」 ノリノリだった二年先輩方も、まさかそこまでこじれているとは思わず、互いに顔を見詰め合っては、考え込む顔をしています。 「あのー僕思いついたんですけど、いいですか?」 「おおモブ男、なんかいい案あるか?」 「告白ではシャレにならないので、恋愛相談どうでしょうか 東堂さん相手に『巻ちゃんのこと好きになったんだけど、運命のライバルだったら巻ちゃんに 詳しいよね相談のって!』とか言ってみたら、東堂さんも色々考えませんか?」 しばらく全員に見つめられるという、居心地の悪い空気だったのですが、二年の先輩の誰かが、拍手をはじめそれが部屋内に拡散していきました。 「「採用!」」 |