箱学 夜の寮で ******************************* 「そういえば、尽八は 裕介君に好きとしか言わないな」 ふと思いついたように、つぶやいた新開の手元には、誰かが買ってきた雑誌が広げられていた。そこにあるのは『女の子がときめく、嬉しい言葉』。 新開はそんなものに頼らなくても、充分モテるので、単に暇つぶしで眺めていたのだろう。 「アァ?こいつしょっちゅうウルセェほど色々いってるダロ かわいいだとか素晴らしいだとか」 「いや、そうじゃなくてさ 裕介君に好きを繰り返してるのは聴くけど 愛してるって言葉を聞いたことないなって思って」 言われてみれば、確かにそうだ。 こっそり二人きりの時だけなんて発想も、コイツの日頃のあけすけっぷりからすると、考えにくい。 「俺らが聞き流してるからじゃねェノ?」 新開から取り上げた雑誌を斜め読みすると、『日頃つけていないアクセサリーに気づいたら、まず褒めて』だとか『食事の時は君の好きなものでいいよだけでなく、 【君の好きなものを選んでくれると、俺も嬉しい】にしてみよう』だとか…オレには10年たっても無理だという言葉が並んでいた。 …だけどこれ、東堂なら平気で巻チャンに言ってそうじゃね?ページをめくり、次の言葉に移る。 そこにあったのは『やっぱり一番嬉しいのは どんなに仲良くなっても 【愛してる】 の言葉!』 ああそれで新開も、今の発言になったのか。 「オレは…巻ちゃんを好きだけど、愛してるといえる自信がないからな」 あの天上天下唯我独尊とすらいいかねない、自負に満ちた東堂が、めずらしくぼそぼそと答える様子に、思わずオレと新開が目を合わせた。 「尽八、おめさん普段の言動はどうした?」 「そうそう、いつものテメーだったら『オレの愛は大きすぎて言葉になぞできんのだよ!ワッハッハ』とか言いそうだろうが」 「おー…靖友、今の似てたぞ」 パチパチと拍手をする新開に、それでも東堂は気まずげに目線を逸らし、笑わなかった。 「愛する…とは、相手の幸せを願うことだろう」 「…まぁ、そーネ」 まさかヤローの高校生同士で愛について語るとは思ってもおらず、こちらもそうとしか答えることができない。 (相手の幸せねえ…コイツ見てりゃ、とにかく幸せそうだってのは解るケド) 実際、東堂を見ていると鬱陶しいだとか暑苦しいだとか思うと同時に、自分の知らない熱量を持った気持ちを、少しうらやましく感じることもある。 だからといって、自分が同調したい訳ではない。単に相手のことを語るだけで、上機嫌になれるような心持を、知ってみたいと思うだけだ。 「だけどオレは違うのだよ 巻ちゃんに…オレの知らない場所で、いない場所でなんて幸せになって欲しくなかった」 自嘲気味に笑う東堂は、それでも揺るぎ無い目をしていた。 「たとえ巻ちゃんが好きになった相手でも、俺は巻ちゃんをソイツに取られたくないし …巻ちゃんが好きになるべきは…オレじゃなければ、許せない」 振り絞るような東堂の声は、必死で何かに耐えているようだ。こいつのこんな顔は、今までに見たことが無い。 いつも子犬のように弾けて、巻チャンの話題になるとはしゃいで頬を緩ませるのに、今はぎこちない笑みを浮かべるだけだ。 「…こんなの、愛とは呼べんだろう?」 小さく東堂の手が震えていることに、気づいたのは新開もだったらしい。 それ以上語らなくてもいいとばかりに腕を伸ばし、東堂の頭をクシャクシャと撫でまわしている。 「まぁそれでも…巻チャンが受け入れてくれたんなら、良かったんじゃなイ?」 「で、おめさん【好き】はいつも繰り返してたよな 愛してるじゃないなら、裕介君になんて告白したんだ?」 鬼か、お前は。ここでまだ、その話題を続けさせるか。そうだ、鬼だった。 「…巻ちゃんに好きな子ができたら、教えてって」 ほほぉ、コイツでも随分しおらしい告白、できるんじゃねェノ。オレも負けないぐらい巻チャンを好きとか続けるのかね、っつーかソレ、遠まわしすぎて、伝わんなくネ? それはそれで、愛って呼んでもいい気がするけど。 「……それで告白になるのか?」 続けた新開に、同意とばかり首をオレも縦に首を振った。 「そしたら、その好きな子を全力で潰すって続けた」 ――何それ、怖い。 「…仮に潰しても、巻チャンにまた別の好きなヤツできたらどーすんだヨ!」 「そうそう、裕介くんはぶっきらぼうだけど、中身を知れば慕うヤツ結構いるぞ?」 「…?それでもオレ以外の道を全部潰せば、オレしか残らんだろう」 ………前言撤回、コイツは駄目だ。愛じゃねーわ確かに。なんで今、満面の笑みなんだよコエーよ東堂。 あー、ゴメンネ巻チャン。コイツがそんな阿呆な告白してると解っていたら、この前あそこまでからかうんじゃなかった。 クールビューティーかと思いきや、初心な反応が愉しくてつい、涙目にさせちゃったけど。まあ、がんばれ。 表情と同じぐらい、甘さをにじませた声で、あらためて巻チャンを語りだした満ち足りた様子の東堂に、少し距離をとる。 少し疲労交えて、「まあ、お前も頑張れよ」とつぶやくと、なぜか新開は今度はオレの頭を撫で始めた。 |