九鬼さんからいただいたリク、「本人たちは隠しているつもりだけれど、周囲にバレバレな東巻その2 ********************」 チッと小さく舌打ちした東堂に、通りがかった下級生は驚いたように足を止めた。 日頃の東堂であれば、それが自分の行動ゆえだと即気がついて、軽く笑いながら詫びたであろうが、今はそれどころではないようだ。 懸命というより、なにやら怒りをぶつけているようなありさまで、ローラーの上でいっそうケイデンスを上げる。 東堂が腹を立てているのは、恋人とのすれ違いだ。 巻島は、自分の魅力を認めようとしない。 東堂自身はベタ惚れである自覚はあって、常に自分を惹いた輝きを口にして褒めていると言うのに、信じようとしない。 別に東堂を否定しているのではなく、あくまでも珍しい友人としての、ひいき目だとしか捉えていないのだ。 数ヶ月前の二人きりのクライムで、高揚感で盛り上がって山頂で口接けてしまった。 目を見開いた巻島は硬直し、自分の行動に東堂も戸惑いしかなかったが、今更なかったものにはできはしない。 えい、もうどうにでもなれと勢いに乗じて、思いのままに好きだとぶつけた。 ヤケと自爆と、とりつくろえない感覚が溢れてしまったのと、どれもが原因で、東堂は言い捨てた後、自分でも呆然とするしかなかった。 だが巻島は、「あぁ」と小さく頷き、そのままロードバイクに乗って去ろうとしている。 ――失恋するにしても、これはない。 フるならきちんと、無理だでも駄目だでも、きちんと告げろと、追いかけた東堂が巻島の肩を掴めば、その顔は真っ赤だった。 「…オレは、好きだと言ったぞ」 「…オレ、は……嫌って言ってないショ…」 頬を紅潮させ、途方にくれたような顔をしている巻島は、ただ可愛かった。 今まで巻島を綺麗だとか、独特なセンスが素晴らしいと思うことはあっても、可愛いと思ったことなどついぞなかったというのに。 好きだと告げた直後に、もっと好きにさせるだなんて、巻ちゃん反則だと言えば、意味がわからないと返された。 その時は、わからないなら解らないで構わない、と思ったのに。 恋人関係が成立した今は、巻島が自身のフェロモンに疎いのが、東堂には気に障って仕方がなかった。 昨日の久しぶりの、待ち合わせでもそうだった。 ロードで競うのではなく、おすすめのショップがあると聞いて待ち合わせをしたのは、千葉と箱根の中間辺りの場所だった。 これは恋人と言う関係が成立しての、何度目かのロード抜きでの対面だ。 私服で現れた巻島は、絶対に量販品ではなさそうな…、よく言えば着る人を選ぶいつもの服装だ。 それには慣れつつあった東堂だが、温かくなってきたからか、巻島の白い肌が見えがちなデザインなのに、密かに眉を顰めた。 男とか女とか関係がない、色気と言うのは存在するのだと、巻島はまだ認めようとしない。 下半身を覆うはずのボトムは、前部分がファスナーがかなり短い距離でしか存在しない女性用に近いデザインに見える。 なぜ、その細い腰が丸見えの……危ない毛まで見えそうな位置のローライズなのだと、問い詰めれば巻島はニヤリと口端を上げた。 「オレは永久脱毛済みだから、大丈夫っショ」 「――gyoじふgyftdrdr¥あw@jこlp!?」 「…お前、落ち着いて日本語喋れよ」 落ち着いてなぞ、いられるものか。 ポイントその1、恋人がアソコの毛を永久脱毛をしていました ポイントその2、永久脱毛の方法なんて詳しくはしらないけれど、確実にソコを他人に見せていたということだ ……自分ですら、見ていないのに。 納得ができないと、思わず怒鳴りつけるように叫んだら、巻島は 「そうは言ってもなァ…お前と会う前に処理しちまってるし…いや、お前と会ったころ……か?」 と記憶をサルベージする。 ――オレは、出会ったばかりの巻ちゃんを剥いていたら、……見れたのか! きっと色素が薄くてぽやぽやで、髪の毛とそう変らないサラサラ感のあったに違いない、巻ちゃんのアンダーヘアを! 結局、いろんな情報が脳内で渦巻いた東堂は、 「巻ちゃんのバカ!もう知らない!!」 と、どこぞの国民的映画のキャラクターのような台詞を投げつけ、帰ってしまっていた。 「すまんが、聞きたいことがある」 東堂の舌打に、なにか失礼なことをしただろうかと、その場にたたずんでいた一年生は慌てて頷いた。 「な、なんでしょうか」 「……キミの恋人が、………人にいえない下半身のとある部分を永久脱毛していたら、どう思う?」 横にいた荒北は、飲みかけのベプシを盛大に吹いた。 その荒北にベプシを吹きかけられた新開は、手にしていたパワーバーを、粉々に握り締めていた。 「アブッ!アブ!!」と叫んで筋トレをしていた泉田は、5kgの鉄アレイを床に落とした。 落とした先にタオルがあったのは、幸いだ。 東堂の表現は、直接的でないが故に、かえって男子高校生には卑猥に聞こえかねないものだった。 「か、下半身……で、ですか?あ、足とかじゃないです、よね」 「…お前は足が人に言えない箇所なのか」 「や、いやそうじゃないですけど、えっと…」 「アホかァァァァっ!!!」 全身に冷や汗をかいていた下級生は、荒北の叫び&東堂への後頭部拳攻撃で、救われた。 「テメェは何考えてやがる!?後輩にセクハラかましてるんじゃねえよ!」 「セクハラとは何だ!オレは一般的意見が聞きたいと」 「後輩に恋人の陰毛について聞くとか!充分にセクハラだろうが!!」 東堂の言い回しを台無しにする、荒北の直截的な言葉に、聞かれた後輩は赤面をした。 「えっと、巻島さんが、その、永久脱毛されてたんですか?」 「あ、バカ…!」 東堂の目つきが、さきほどの舌打をした時と同じように鋭いものに変る。 いや、相手を見据えるその視線は冷たく、それ以上のものだ。 「お前、何故巻ちゃんの下腹部について知っている…?オレは名前を告げていないぞ」 どこぞのレースの後、シャワー室で見たのかそれとも私服の巻ちゃんをみたのかと、言外に篭められた東堂の威圧。 無意識に後ずさりした後輩は、涙目だ。 「尽八…いい加減にしろよ」 長く吐息をついた新開が、後輩を背に庇うように入り込む。 少しかがむように、 「だいたい尽八と裕介くんの仲がバレてないと思ってるのは、おめさんぐらいだ」 と新開が耳打ちをすれば、聞こえていたらしい荒北もそうそうと、頷いた。 「何…だと……?」 信じられないとばかりに、目を瞠った東堂に、荒北はもう一度溜息をついた。 「……おめェはよぉ 自覚ねえみたいだけど、巻チャン語る時とそうじゃねェ時の顔が違いすぎるんだよ」 「しかもある時期から、裕介くんの名前を出さない代わりに、同じ顔で『オレの恋人が』なんて連呼していたら、そりゃあバレるさ」 先ほど涙目になった後輩を筆頭に、他の部員たちもそうそうと、無言で頷いていた。 「そう……なのか!?」 「そうそう……ん?迅くんから電話だ、珍しいな」 ちょっと待ってくれと、新開が携帯を取り出し通話ボタンを押した。 同時にスピーカーを押してしまったらしく、会話が聞こえてきてしまっているが、当人は気にしていないらしい。 「お、新開か 練習だったら悪ィな」 「いやちょうど、小休止していたところだったから大丈夫だよ …何かあったのかい?」 「あー……うちの巻島の様子が、ヘンなんだけどよ」 「変…とは?」 「いきなり恋人がアンダーヘア永久脱毛していたらショックを受けるかとか訳わからん質問してきて、後輩全員凍らせてた」 ああ、その件かと相槌を打つより先に、電話の向こうでなにやら叫んでいる声が響く。 『田所っち!!おまえ!!誰に何言ってるショッ!?』 『ああ?東堂が陰毛脱毛してて、お前驚いたってことだろ?』 『ちげーよっ!!ショック受けてたのはとうど……… って何で!オレの恋人が東堂って……おいっまさかこの電話……』 『まだ繋がってるぜ ほら』 箱学側としては、会話から想像するしかないのだけれど、田所が画面の通話状態を見せたのだろう。 スピーカー越しに『ふっ……うわぁぁぁぁ 田所っちのバカァァァァァァ!!!』とフェイドアウトしていく巻島の声が響いた。 「あーえっと悪い、なんか巻島 自分の恋人が東堂だとバレてるって思ってなかったみてえで混乱してるからちょっと切るわ」 「いや…こちらも同様だから、気遣いなく」 しばし、無言になった室内。 「……東堂、お前自分と巻チャンの仲、バレてないってひょっとして思ってたノ?」 荒北に呆れたように言われ、東堂の目線が泳ぐ。 「いや……だって……オレと巻ちゃんは運命のライバルだって公言してたし……それでいきなり…恋人と言うのも……」 「裕介くんのほうも、バレてないと思っていたみたいだね」 ないわー東堂さん、それはないわーと、混乱の空気を察したらしい東堂の、肩が揺れた。 「ハッハッハッ!さすがオレと巻ちゃんだ!互いに黙していても……周囲に愛を振りまいてしまっていたのだな!」 ――もっとないわー むしろこれからも黙していてほしかったわー 声に出せない後輩たちの中、一人の勇者がいた。 「巻島さんの髪の毛があの色だから、他部分の毛の色、気になってる人って多そうですよね ことあるごとに注目されそうだし… …あまり巻島さんについて、色々と情報 話さないほうがいいと思うんだけど」 天使の笑顔の、悪魔の囁き。 「それにオレだったら、恋人の下の毛について言いふらす人、嫌だなあ」 にこにことした笑顔は、裏がないだけに悪質だ。 だが確実に、東堂の巻島について詳しいアピールを歯止めさせる力をもっていた。 真波……恐ろしい子! 「うっ……うわぁぁぁ巻ちゃん!巻ちゃん!!!巻ちゃんっ!!!!すまなかった!」 叫びだした東堂は、一目散へとロッカーに向かい、リダイヤルを繰り返す。 「どど、どうすればいい荒北、新開!?巻ちゃんが電話に出てくれない!」 「…いつもの事だろ」 「向こうも逃亡中って言ってたから、携帯はロッカーに入れてるんじゃないかな」 冷静に返す友人たちは、大きく手を打ち鳴らし、練習再開と告げる。 周囲に自分の恋人が東堂だと、認知されていたという事実にショックを受けた巻島が、ローライズボトムを履くことは、しばらくなかった。 それが開き直った東堂の、半ば恫喝にも似た懇願が原因だと知るのは、巻島の腰に残された紅い鬱血の跡のみだ。 |