九鬼さんからいただいたリク、「本人たちは隠しているつもりだけれど、周囲にバレバレな東巻その1 ********************」 東堂尽八は巻島裕介を、ライバルと定義していた。 辞書に拠ればライバルとは、こうなっている。 >競争相手。対抗者。好敵手。「よき―」「―会社」「―意識」 競争・対抗・敵…つまりは、好ましく思っても相容れないものだ。 日頃ライバルライバルと連呼していた東堂は、辞書で確認をしたことで、落ち込んだ。 東堂にとって巻島は、好敵手の意味でしかなく、むしろ最近では好・敵手の前半部分に、気持ちが傾きつつあったのだから。 巻島裕介は、しょげていた。 英語がそれなりに堪能とはいえ、むこうで教育を受けられるレベルかというとまだ実戦経験がないだけに、自信がない。 ふと時間が空いたときは、なにげなく暇つぶしついでに、英和辞書を開く。 最近うるさくまとわりつく……それでいて、嫌な気持ちを残さない相手が、連呼する「ライバル」という言葉。 そこにあったのは競争相手、宿敵という解説のみだった。 この言葉では、気持ちよく互いを認めている印象がないとwikipediaを開いてみると >「常に対立し合っている宿敵」という意味で、好敵手という意味合いは無い とあり、トドメをさされた。 ――自分とアイツは、単に敵でしかないのだろうか 初対面からこれほど印象が変った相手も、めずらしい。 東堂と巻島が、互いにそう思っていることを、二人はまだ知らない。 「だからな、巻ちゃんが……」 練習が遅くなったせいで、今の食堂は、自転車競技部以外の人は、ほぼいない。 学校側がインハイ1位を何度も獲得し、部員数もかなり多い自転車競技部に関しては、優遇処置をしてくれる。 そのため多少食事時間が遅れても、おかわりはたんと用意され、むしろ落ち着いて食事ができると、一般生徒にも部員にとってもありがたく、遅めの夕飯が 摂取できると言うわけだ。 「ウゼェ」 東堂の向かいにいた荒北が、キュウリの浅漬けを噛み締め、言い捨てた。 「ウザくはないなっ!これはオレの人生での一つの記念碑というもので」 「だからそれがウゼェっつってるんだよ! て前ェが巻チャンを好きだろうが興味あろうが、オレらにはどーでもいいんだよ!」 「………は?」 目の前の人物が何を言い出したのか、とばかりに箸を休めた東堂に、荒北は何だよその返答はと、目を細める。 当たり前ではないか、他人の色恋沙汰なんて巻き込まれたってこちらには何一つ、メリットはないのだ。 「お前は何を言っている」 信じられないものを見る目の、東堂。 「ああ? 普通に当たり前だろうがっ昔から…なんだっけ人の恋路になんとかかんとかって言うじゃねーかよ」 「『人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじまえ』だな」 冷静にキャベツにソースをかけていた福富が、正確に言い直せば荒北は「そうそうソレソレ」と頷く。 「お前はっ!オレと巻ちゃんの邪魔をするというのか!!」 食卓に手をついて、勢いよく立ち上がった東堂は、一列向こうのテーブルの二年生たちが、驚愕した目でこちらを見ているのに気がつき、座りなおした。 「尽八……落ち着けよ 靖友は恋路を邪魔をしたくないから裕介くんの話はどうでもいいってことだろ」 さりげなくカバーに入った新開にも、東堂は咄嗟にきつい視線を返す。 「どうでもいいとは!何事だ!!………あ、いや違う……」 またしても言葉尻をとらえ、反撃しかけた東堂は、力なく首を振った。 急に口を噤み、東堂はめずらしくも行儀悪く箸先をただ、皿の上で滑らせているだけだ。 「尽八?」 「その…だな… 今お前は何と言った?」 「靖友は恋路を邪魔したくない…って言ったけど」 「………荒北、お前はオレの話に対してどう言った…?」 「あン? テメーが巻ちゃんを好きだろうがどーでもいい」 ポテトサラダについていた、ミニトマトを口に投げ入れた荒北は、それきり黙りこんだ東堂を、訝しげに見る。 「何をいっているんだこいつらは オレが巻ちゃんを好きだととか恋路だとか寝ぼけているのかオレと巻ちゃんはライバルであって互いに認め合い切磋琢磨をするもので あってなにゆえそこに恋だの好きだのという言葉がこいつらから出てくるのだおかしいではないか 巻ちゃんは確かに魅力的ではあるがあくまでもライバルとしてであって オレはそんな風に巻ちゃんをいや待ってくれ好きとかそうした視点で巻ちゃんを見ていいものかオレは単にオレと巻ちゃんの話をしていただけであって……」 箸を止めたというだけならばいい、俯いた東堂が聞き取れぬほどの声で、なにやら繰り返し呟いている姿は、正直怖い。 「……なあ尽八、ひょっとしてだけど……おめさん裕介くんに対する感情、自覚ないのか?」 「……自覚………?」 「え、マジか」 新開の言葉に、驚いて今度手を止めたのは、荒北だった。 「だって尽八は、裕介くんに関して素晴らしいとか驚いたとかそんな話ばかりで、好きだとは全然言ってないだろ」 「……そーいや……」 過去のやり取りを反芻している荒北が、何気なく同意をしたのに、東堂は力なく首を振った。 「オレ…は……巻ちゃんはライバルで……」 「尽八 想像してみろ 黒い喪服を着て髪を結い上げた裕介くん 白いシーツの上で、前ファスナー全開のサイクルジャージの裕介くん 浴衣が着崩れて 鎖骨が見える裕介くん」 想像したくないのに、新開の言葉でそれぞれの姿が脳裏に浮かんでしまった荒北は、嫌そうに口をゆがめる。 だがその姿は、知人であるからこそのいやな生々しさが伴うもので、嫌悪ではなかった。 「勃ちそうか?」 両手で顔を覆った東堂は、力なく「ああ…………勃つ……勃って…しまった………巻ちゃん……」と呟いた。 しばし俯いていた東堂は、荒北がおかわりをした頃に立ち直り、自嘲ぎみに嗤った。 「ふ……さぞかし…お前たちも驚いたろうな…オレが…巻ちゃんを好き…などと………」 「東堂、お前は総北の巻島が好きなのか!?」 そこで声を上げたのは、自転車競技部キャプテン鉄仮面の異名を持つ、福富だった。 「…福チャン……」 福富至上主義の荒北ではあるが、さすがに鈍すぎると苦笑をする。 「尽八、多分おめさんの気持ちに気がついていなかったのは 当人と寿一ぐらいだ」 「………なぜ、……わかった?」 荒北と新開は、無言で互いに見交わしている。 聞こえぬ会話ではあるが、まず間違えなく 「むしろ解んねーほーがおかしいダロ」 「同感だ」 と言っているに違いない。 「テメェはきゃーきゃー言ってる女の前でもその性格、変わんねーのに巻チャン前だと豹変してるじゃねえか」 「それに普通、ライバルにああも連絡を入れたりしないし」 「余裕ねえ態度も含めてバレバレだっつーの」 頭を抱えた東堂が 「どうしよう…オレは……巻ちゃんを好きだ……」と呟く。 「安心しろ、知ってる」 「そうそう気にするな、オレ達はもう気にならなくなったから」 その頃、総北では。 「金城 田所っち…オレ、東堂と……友達みたくなれたって思ってたけど…違ってたショ……」 「ああ? 東堂ってアレだろお前にしょっちゅうメールやら電話してくる…」 「アイツ、オレをライバルだって言うんだけどよ、きちんと英語でライバルって意味調べたら…単なる敵って意味しか…なかったショ」 下がり眉を更に下げた巻島に、金城は苦笑を浮かべた。 「だが巻島 日本でのライバルは好敵手という意味がある そしてここは、日本だ」 「ショ」 「だからお前と東堂は、いい意味で競い合える相手として認識していいんじゃないか …東堂の事が気に入ったようだな」 「……ヘ?」 「珍しいよなあ お前が他校の奴に、興味もつとかよ」 「え?…え??」 きょときょとと、金城と田所を見回す巻島は、半ば呆然としている。 「何とぼけたツラしてんだ 東堂が好きだってことだろ?別にいいんじゃねえの」 バンッと背中を強く叩かれた反動で、椅子から落ちかけた巻島は、そのままフリーズしていた。 「オレ…が……東堂を……好き……?」 「……ひょっとして自覚なかったのか? あれだけ嬉しそうにレースの事とか出かけた事とか語っていて」 「好き… 好きぃ!?」 勢いよく立ち上がった巻島は、 「そんな訳 ねぇッショォォォォォォォ!!!」と叫びながら、ロードバイクに跨って姿を消した。 「……自覚なかったのかよ」 「そのようだな」 次のレースは、学校単位での参加でおそらくそこに、箱根学園もエントリーをしている。 巻島と東堂の、二人の会話はどうなることやらと案じた金城は、あえてレース前に二人の会話を済ませておくべきか、それとも放置すべきを相談するため、 福富宛の携帯のボタンを押した。 なお、実際のレース場で周囲が画策する前に出会ってしまった二人は、背景にピンクのリボンと白い花が乱舞しているような空気の中、 「お、お互いがんばろうぜ!オレたちライバルだからな!、巻ちゃん!」 「ラ、ライバルっショ…!」 と青春ドラマのような台詞を語ったきり黙り俯き、周囲が気恥ずかしさで、いたたまれない空気になっていることに、いまだ気がついていない。 |