【東巻】思いもがけない理由
フォロワーさんリク企画mさんの「ドライブデート」


帰国する』と巻島裕介がメールを送って、間髪いれずのタイミングですかさず携帯が鳴った。

発信人を見れば、いつものTODOの文字。
時差があるから向こうは何時だよとか、海外電話はパケット放題だろうと掛け放題だろうと別料金がかかるのにと、どうでもいいことを考えながら、巻島がボタンを押す。
すかさず
「迎えにいくから!いつ、どの便で帰るのか絶対!!絶対メールをくれよ!!」
と叫ぶ声は、いつもよりなりふり構っていない様子で、巻島は思わず苦笑した。

最後にメールしたのは、一昨日の事だというのに。
学生時代の東堂の押しの強さは、十代という若さもあってこそだろうと判断をしていたのだが、先日一足先に20歳の誕生日を迎えた巻島が何一つ変わってないように、
東堂も変わっていないのだろう。

なにやら切羽詰ったまでの勢いで、東堂は必ずだぞと、繰り返し念を押す。
出迎えなんてガラじゃないし、相手に気を使わせてしまうだけだと巻島は思っていたが、この様子では無視してこっそり戻ったときの方が
色々とモメてしまいそうだと、巻島は観念をし、確定したら連絡をすると電話を切った。

インターハイ終了後、もう会うことはない、いっそ清々しく失恋を受け止めようと巻島から告白をしたら、あっさりと…しかもそれ以上の熱で愛情を伝えられた。
ここで黙っているのは卑怯だと、同じ場所で渡英のことも伝えれば、瞬間東堂は動揺を隠せない瞳をしたが、すぐに「それでも好きだ」と諦めないと告げる。
たとえその場限りの言葉でも、嬉しくて涙を滲ませたら、同じように顔を歪ませた東堂の姿が映った。
普段美形を誇っているくせに、なんて負けず嫌いを出してやろうとしても、声にならない。
ヒックとしゃっくりのような、間の抜けた空気が巻島の喉から漏れると同時に、溢れた滴が頬を伝った。
「巻ちゃんっ…!」
強い力で抱き寄せられ、離れても別れてなんかやらないとの東堂の言葉は、今も守られている。

それでも、日本とイギリスの距離は遠い。
東堂と巻島が出会えるのは年に数度あればいいほうで、愛だの恋だのを語るにはあまりに短い時間だ。
その少しの時間を大切にしたいのだろうと、気持ちを表すことを逡巡しない東堂を、巻島は好きだった。
あらためて飛行機の時間を、チケットで確認し、出国手続きの時間も含めて待ち合わせの時間を計算する。
日本到着時間を伝えてしまえば、東堂は更にそれより前に来てしまうので、ここが微妙なところだ。
到着予定をずらして答えておけば、東堂もその分遅れてくるだろう。
巻島は出国手続きと、トラブルで遅れるかもしれない時間を合わせて、1時間プラスして、メールには記載した。

出国ゲートは、待機客が多く面倒だ。
一階分のフロアを降りれば、随分と雰囲気勝ちがって落ち着いた空気と、余裕あるベンチがそこらに存在している。
旅客用の簡易ドラッグストアの前にあるベンチでの待ち合わせ時間と、到着予定時刻と、念のため便名を伝えれば、大丈夫だろう。
仮に日本が雨でも、あそこであれば天候を気にすることなく、ゆったりと座って待てるはずだ。

………なんて、巻島も目論見は、やはり外されていた。
予定時刻どおりに到着した飛行機は、平日という事もあって入国手続きもあっさり通過し、東堂との待ち合わせにはまだ30分以上の余裕がある。
どこかで軽くお茶でも飲んでと、時計をみながらゲートを通った巻島は、すかさず
「巻ちゃん!」と全力の笑顔で、出迎えられた。

「……なんでいるんだよ」
「巻ちゃんはうっかりさんだな! 便名で到着時刻を調べたら10:30予定になっているではないか」
……実はわざとです、なんて今更言えない。
「でもよォ…約束の時間を送ったのはオレなんだから、その時間に来ても良かったのによ」
「ハッハッハ!巻ちゃんと過ごせる時間を1時間も減らすだなんて、オレには耐えられんな」

かなわないなと、口端を上げ肩を竦めた巻島の荷物を、東堂はすばやく手にした。
「あーリムジンのチケット、二人分購入してくるから待っててくれ」
巻島の家は、成田からそう遠くない場所にあるので、ゆったりと座れる特急などは通過されてしまう。
そうなると、タクシーか近所の主要駅で降りられるリムジンバスか、在来線の選択だ。

タクシーでの移動は贅沢だ。かといって、普通の電車に大荷物で乗りたくはない。
そうなると、必然的にバスを利用することになるのだが、東堂は「不要だ」と一言告げた。

迎えに来てくれていた東堂も、そのまま実家に泊まりに来るとばかり思っていた巻島は、やはり忙しいのだろうかと懸念をした。
無理に時間をとって出迎えにきたものの、すぐさまどこかへ行ってしまうのかと、無意識に寂しい顔を浮かべてしまったのだろう。
両掌で口元を押さえた東堂が、
「巻ちゃん かわいぃィィィィィ」と悶絶をしているが、そんな姿を見ていても、人前でやめろというより、多忙であろうに、自分を気に掛ける東堂を申し訳なく思う。
だが東堂は、巻島の分のチケットも不要だと、そのまま荷物を引いて、建物から出ようとしていた。

小走りに後ろを追い駆ければ、そこに止められていたのはマイクロバス。
車体には【成田空港・第一○○駐車場】とペイントされており、どうやら出迎えのバスだったらしい。
意味もわからないまま、五分も走ったところで下ろされ、巻島は荷物とともにここで待っていてと指示された。

すぐさま横付けされたのは、まだ購入間もないと思える白い車だった。
ただの白ではなく、少し紅と黒のラインが入っているのはアクセントで、東堂のロードバイクと同様、巻島の愛車とも重なる。
「待たせたね」
運転席から颯爽と降りた東堂は、くやしいがその素振りが色男らしく随分とキマっていた。
トランクを開けると、巻島の荷物をしまい助手席へと促す。

「免許…取ったのかよ」
「やはり色々と便利だからな それに車だったら、こうした出迎えさえすれば、巻ちゃんとすぐに二人きりだ」

なるほど、東堂が絶対に帰国便を教えろと言ってきたのは、このサプライズもあったのだろう。
鍛えた肢体は男らしさを増し、自分に触れる指先は昔よりさらに硬くなっているが、東堂の率直な愛情表現は変わらないと、浮かれてしまいそうに歓びがあふれ出てくる。
「そうだな、二人きりだな」
と返せば、東堂はくすぐったげに、笑みを浮かべた。

他の客はいないようなので、駐車場の清算は早かった。
出発前にと慌てて用意をする、巻島のタイミングは、少し遅れていたようだ。

シートベルトをつけるのに、戸惑っている巻島の動きを察したのだろう。
覆いかぶさるように、窓際へ手を伸ばし、巻島のベルト部分へと東堂は体を捻り、上半身を伸ばした。
思いもかけず、密着した距離に東堂の肌が重なって、巻島に意識をさせる。
告白をした当初は、まだ少年らしさを残していた東堂だったが、その後も研鑽を重ねた結果だろうか、今では巻島より身長も体重も増えている。
ひょろひょろのまま、成長が止まった自分とは随分な違いだと、巻島は内心で愚痴る。


少し重なった状態のまま東堂が怪訝に思ったのだろう。
こわばった巻島に対し、
「巻ちゃん?」と背をかがめ問いかける。
目の前の東堂の、成熟した雄の香りが、鼻腔をくすぐった。

東堂の声で、振動が伝わり、そんな小さな動きにすら、感じてしまうのだと……決して気づかれるわけにはいかない。
いつだって茶化すような口ぶりで、東堂をかわしているが、本当は巻島こそ東堂に触れられるだけで、震えるような気持ちを味わっているのだ。

「ちょ、…ちょっと……疲れただけっショ…」
弱々しい悲鳴みたいに、どうしたらいいのかわからない巻島が呟けば、東堂はしりぞくどころか、もっと密に体を重ねてこようとしてきた。
「オレの胸の中で休ませてやりたいのだが…すまんね 運転中はそうもできない」
一度言葉を切った東堂が、からかうように口端を上げた。
「それとも…誘っているのかね?」
「は…!?えっ……!!何!?」
「冗談だ よく連れ込みのシチュエーションで『疲れたから休もうか』とホテルを目指すことがあるからな」

………ちがっ………そんなつもりは……
言葉に出来ず、唇を何度も開閉する巻島を見て、東堂はあやすように髪先に口接けた。
「疲れているのは本当だろう?」
耳朶をなぶるような甘いその声は、まるで巻島の戸惑いを見透かしているようだ。

車の中で、二人きり。
こんな密室状態で、最低でも一時間は耐え切れるのだろうかと、巻島は眩暈がしそうな気持ちで、東堂を仰ぎ見た。
のぼせあがったこの顔を、東堂は誘惑と捉えなければいいのだが。

――インターチェンジ近くに、ラブホテルが数多く存在しているのは、こんな理由なのではないだろうか

車の中という、異空間的な場所からの盛り上がりと、長距離移動で疲れたと言い訳にして、なだれこめる。
車でのデートも悪くはないが、オレの心臓には悪いなあと、ぼんやり巻島は流れる光景を目にしていた。




*ちなみに調べてみたところ、インター近くにラブホが多いのは、普通に繁華街とかだと近所の住民が嫌がって新しく建設しにくい→交通の便が良くて、土地が安くて、周囲の反対がないところ…というのを
選択していった結果らしいです で、一つできると芋蔓…と