あまり周囲に知られていないことだが、実は巻島と荒北は仲が悪くない。 いやむしろ、巻島にしては仲のいい友人の一人と、数えられる方の立場に荒北はいる。 あまり会話を得意としない分、巻島は自分の意を察してくれる人たちは、好意を持ちやすく、また付き合いやすくもあった。 荒北もそんな機微に長けており、気づけば東堂を通して知り合い、連絡先を交換していた。 その後、校のキャプテンの動静を案じて、荒北が東堂とは別にこちらに電話をかけてきたのがきっかけで、それとなくやり取りが続いている。 …意を察してくれはするのだが、まったくそれをかけはなれたところで受け止めてくれるのが東堂で、巻島はその行動がが理解できなくなると、助けを求めるのが荒北だった。 こちらの事情とあちらの事情を踏まえた上で、こじれないように、「面どくせェ」と呟きながらも調整してくれる荒北を、巻島は感謝している。 金城や田所は、こちらの事情を察しても、東堂の行動はやはり理解に苦しむところがあるらしく、相談も難しいからだ。 だから大抵は巻島が、荒北に「この東堂の行動を解釈してほしい」と、メールをするのが大半だったが、今日は珍しく荒北の方から電話があった。 「巻チャン ムカつくから協力しろ」 「……へ?」 自分がなにか、荒北にしでかしたのだろうかと、間の抜けた相槌を洩らしてしまった。 しかしここ二週間は荒北にメールも電話もしておらず、当然会ってもいない。 会話の齟齬に気づいたらしい荒北が、慌てた様子で 「違ぇヨ ムカつくのは東堂!だ」 と続けた。 なんでも男子寮生らしい会話で、どんなシチュAVがいいかとか、設定萌えについて語っていたところ、東堂は 「フ……」 と鼻先で笑ったのだという。 ちなみに荒北の萌えは、見かけはすれてる金髪なのに、中身は純真な年上系をコマすというもので、新開は元ヤンで強気だけど、今は部活に熱心な純真な女性を、 過去ネタで脅してほぼ無理やり的なものがイケるだとか……とりあえず、聞きたくない情報だった。 っていうか、考えたくない。 「それでオレに協力って…?」 具体的に何をどうすればいいのやら、と途方にくれた巻島に、荒北は一本のアダルトDVDを東堂に持参させてそっちに向かわせたからと、動揺せぬ声で述べた。 なんちゅーものを送ってくるねん、と赤毛の後輩がいてくれたら、ツッコミをしてくれただろうが、あいにく今いるのは自分だけだ。 「えっと…?」 「ああ、アイツは中身知らねェヨ だからさ、それ一緒に見て東堂の反応写メって証拠撮ってくれ 無理ならレポートでもいい」 「ショォォォ!?」 反応って何、男同士でAV見てどうしろって言うの、大体AVを鼻で笑ったという東堂が反応なんて示さないだろと色々言いたいことはあるが、とりあえず無理だの一言に尽きる。 だが巻島の慌てぶりを見越したみたいに、荒北は大丈夫だと断言をした。 ピンポーンッ…と聞きなれた玄関ベルが鳴る。 今日はあいにく、家族は出ており自分一人で、内線電話を利用して巻島がおそるおそるインターフォンに回答をする。 自室であるため、映像は確認できないが、予想通りの声が返ってきた。 「巻ちゃん? 今日はグラウンド整備と道路事情で練習が暇になってな!荒北から巻ちゃんがオレを待ってくれていると聞いて、お邪魔をしたよ」 見なくても解る、最高の笑顔がこめられた声では、巻島も篭城して無視をすることもできない。 テンションは低いまま、東堂を自室に迎え入れようとすれば、右手には淡い紫の花束が握られていた。 「東堂?」 差し出されるまま受け取ってしまったが、これは何だろう。 「その…だな、偶然見かけて、綺麗だと思って……それに荒北が巻ちゃんにプレゼントがあるというのに、オレが手ぶらでは格好がつかんからな!」 茎がりんと伸び、花自体は小ぶりでないのにどこか儚げで、巻島は好きだと思ったが、はじめてみる品種で、その名前を知らない。 メインの薄桃したバラと、よく調和していて少女趣味だが、巻島の部屋にもよく似合っていた。 東堂に聞いても、花の名前までは確認しておらず、今度二人で調べてみようという話になった。 「それで…荒北が渡せといった… こっちは何なんだ?」 荒北から巻島への荷物など、繋がりが思いつかぬらしい東堂が開けるようにと促してくる。 ――困った… これ、オレの趣味だと思われたらどうしよう 趣味をグラビアと公言している巻島だが、AVはさすがに人前で晒すものではない。 というよりむしろ、巻島はどちらかというと性欲は薄めで恥ずかしい反応を見せずに済むという安定を、持ち合わせているからこそ、グラビアを好むなどと言えるのだ。 それでもこのまま逃げることはできないと、恐る恐る封を切れば、ひと目でそれが成人指定とわかるシロモノだった。 黒を貴重にした背景に、長めの髪をした女性が胸元をはだけ、せつなそうに男の手に押さえつけられているというシチュエーション。 『熟れた未亡人に、情欲の涙…!』 『白桃の谷間に、無理やり強欲な熱棒が激しく差し込まれ』 『だめ… 私には…まだ あぁっ! 耐え切れない未亡人!』 ショッキングピンクの煽り文字は、中身を見ずとも用意に筋立てを妄想させてくれる。 切なそうに眉根を寄せた女優の口元には、巻島と同じ位置にホクロがあった。 ごくり、と音をたて東堂の喉が嚥下した。 「えっと…ま…巻ちゃん…… これは……」 「ちちち、違うっショ! えっとえっと…これは荒北が、貸してくれるって言ったDVDをきっと、その、間違えて…!」 咄嗟に口をついた言い訳に、なるほどと東堂は納得をしたようだ。 「すまんね巻ちゃん…荒北の奴め…!」 ほぅと安堵して、吐息を洩らした巻島を、なぜか東堂は上気した頬で見詰めた。 「東堂…?」 「…この女優、すこし…巻ちゃんに似てる」 言い訳を考えることに懸命で、あまりその画像を確認していなかった巻島はそうか?と首を傾げる。 「ああ、細長い手足や白い肌……この……ホクロの位置も…同じだ」 迫るように東堂が乗り出し、身の置き所がない心持で巻島は、顔を背けた。 「ほら、見てみてよ」 「ちょっ……オレは別に…いいショ」 反射的に逃げようとしてしまった巻島の腰を、東堂は引き寄せた。 「やっ…離せ… オレはそういったパッケージに興味、ないんだよ」 エロいパッケージを見せられて、処女のような反応をしてしまった自分が余計に恥ずかしく、巻島が身をよじれば、東堂はそれ以上の力で巻島を引いた。 箱根からロードバイクで訪れた、東堂の汗の香りが近くでして、それがやけに生々しい。 「…じゃあ中身、一緒に見ようか?」 馬鹿な言い訳で、自分を追い詰めてしまった。 東堂がアダルトDVDに薄い反応しかしないと言ったのは、どこの誰だ。 バカにしたような表情をされる方が、ずっと、ずっとマシだ。 耳朶の後ろに東堂の指が滑り、「巻ちゃん…顔が赤いな」と囁かれる。 背筋がゾクリとして、巻島は思わず泣きそうになった。 巻島の顎をすくうように、東堂の指が持ち上げる。 ――もう、ダメだ!もう無理!! 「ちちち、違うっショ東堂!!ここ、これは 本当は……!」 荒北が、東堂の寮でのリアクションが気に入らず、しでかしたことだと巻島は追い込まれた末に、ネタバレをしてしまった。 心の中で、荒北に悪ィと呟き手を合わせる。 「ふむ……」 情欲の色を消し、自分の頤に指を当てた東堂は「なるほど、アイツにしては解っている」と呟いた。 そのまま無言で、DVDパッケージを見続けている東堂が、少し怖い。 こいつの沈黙は、こうも不安にさせるものかと、巻島が恐る恐る東堂を見つめれば、普段見せぬ、表情を消した顔がそこにあった。 頼まれたからとはいえ、悪質だったかと、巻島がそっと東堂に四つ這いで近寄れば、東堂はやっと顔を上げた。 この後、どうすればいいのかわからない。 今更冗談だよと、笑い飛ばすのも、無理がありすぎる。 仕方がなしに「お、お前は未亡人属性萌えなんだな!」と目線を泳がせ言うのが、精一杯だ。 「ああ、違うぞ 別にオレは未亡人が好きな訳ではない ただこの写真は巻ちゃんに似てると思っただけだ」 ―――悪ふざけにしても、どう返せというのだ。 息を詰まらせた巻島に、東堂はイタズラめいた笑みを浮かべ、さらに巻島を困惑させる。 「困っているな、巻ちゃん こういう時、ツイッターやLINEでカタをつけるための一言があるのを、知っているか?」 「しし、知らないッショ!」 そんな便利なものがあるのならば、ぜひ教えて欲しい。 「…このあとめちゃくちゃ と検索をかけてみるといい」 そういう東堂の目は笑っておらず、なぜだか親切な言葉なのに、少し気まずい。 トップページから、東堂に言われた単語をを入力し、ボタンを押せば、数秒で画面が切り替わった。 【―この後、滅茶苦茶セックスした】 「ショォォォォッ!?」 画面に出てきた結果に、大慌てした巻島がツボに嵌ったようで、東堂が吹き出した事で、ようやく空気はいつもの物に戻ってくれた。 しばらく他愛ない話をしたあとで、まだ何事かを検索せいている巻島が、小さく笑った。 どうかしたのかねと、首を傾げる東堂に、さきほど持参してきた花について調べていたのだと、解説ページを見せる。 【スカビオサ:別名西洋マツムシソウ 花言葉・未亡人】 「お前wwどんだけ未亡人好きなんだよww」 「ちち、違うぞ!?これは、単に……偶然…」 「わかった、わかったってw」 気が付けば、東堂が持参したはずのDVDはどこかに消えていた。 巻島が、荒北に送信したメール内容は、下記の通りだ。 『東堂の未亡人好きはガチ でもよくわかったな?アイツは女優がオレに似てるとか、寝言ほざいてたけど』 ソレに対する荒北の返信は 『いい加減、巻チャンも身の安全を考えるべきだと思うヨ』 というもので、巻島はしばし首をかしげ、今もその意味を図りかねている。 |