リク「女の子にもてる巻ちゃん」→もてる→好かれる→ラブではなくライクになっちゃいましたごめんなさい。 ***************** ウソだ、ありえない………。 東堂尽八の手から、『総北高校学園祭』と書かれたパンフレットが、音をたてて床に落ちた。 巻ちゃんがオレに文化祭の日程を教えてくれた→つまりオレを誘ってくれたとの判断で、超上機嫌のまま、千葉へと訪れた東堂は目の前の光景に衝撃を受けていた。 目立つ玉虫色の髪は、多少距離をおいていても解るので、便利だ。 もっともオレは、巻ちゃんの髪が栗色だろうと茶髪だろうと、烏の濡れ羽色だろうと、どこにいてもすぐに見つけ出せるがな!と部活動中に自慢すれば「ウルセェ」とペットボトルを投げつけられた。 だがそんなことは、どうでもいい。 どういうことだ。 まだオレという存在に気が付いていない巻ちゃんは、左手に女の子が一人、右手に女の子が二人、絡みついている。 生来のものらしい困り眉は、更に下げられていてそこが庇護欲をそそって、ああなんて愛らしいんだ巻ちゃん…いや、違う。 どういうことだ、これは。 巻ちゃんは男女問わず、人気がなく「キモい」と避けられているのではないのか? オレはそんな巻ちゃんの、かたくななまでに卑下する自分の魅力を、誰より判っているはずなで、それを他人に伝えるべく常に努力をしているというのに、巻ちゃんは……人気者ではないか! 「おぉー東堂、来てたのか」 のっしのしという擬音が背後から聞こえそうな熊……もとい、総北のスプリンター田所が、ダンボールを肩に乗せ、こちらに手を振った。 「田所か……あれは、どういうことだ」 普段巻島の傍にいれば、上機嫌に高笑いしている男の目が、少し殺気立っているようで怖い。 だが総北の熊……ではない、恰幅のある田所は動じず、「ああ、あれか」とこともなげに返す。 「巻ちゃんは…キモいとか避けられているのではないのか!?」 「巻島はそう捉えてるみたいだからなあ…巻島の中ではそうなってんじゃねえの?」 どういうことかと聞けば、巻島のひとえに対人能力の低さゆえに生じた、誤解だと田所は言った。 「アイツ一年の時は、レースとか全然参加してなかっただろ?」 確かにその通りで、東堂が巻島を知ったのは、二年に進級してからだった。 あの美しい髪が、もしレースに参加をしていたら、いかに人の名前を覚えぬ東堂でも、なんとなく姿かたちぐらいは見知っていただろう。 そのせいで、負けたときの驚愕は大きく、同時に自分の世界は変わったのだ。 「アイツが一年の時、どこのレースにも参加しなかったのは、先輩たちの指導が厳しくてなあ」 まさかイジメのようなものがあったのかと、東堂が眉を顰めれば、田所は荷物を持っていないほうの片手で違う違うと手を振る。 「巻島の走りって特殊だろ?だから先輩たちがなんとか矯正してやろうってさ、何人も囲んで『がんばれ!』とか『お前は出来る子だ!!』ってやってて、俺等はほほえましく見てたんだけどな」 あいつの中では、先輩たちに逃げられないよう取り囲まれて、プレッシャーをかけられ続けたってことになってて驚いたと、田所は告げた。 「巻島もよぉ…ちょっと自分の走りで、先輩たちを追い抜いてやればすぐに解ってもらえただろうに、ひたすら俯いてるだけだったからなあ」 一年生時の巻ちゃん…まだ細い長いというよりは、華奢だっただろう体躯で、先輩たちに囲まれてしょぼんとしている…だと……。 オレは、オレはそんな愛らしいものの存在がこの世に存在していることに気が付かず、「さすがオレ、山神!!」だなんて自惚れていたのか! 「で、では巻ちゃんが女性から嫌われているというのは…」 「アイツが?嫌いか好きかは女の考えなんてわかんねぇけどよ、うちの部活で一番女と話しているのは、巻島だぜ間違いなく」 雷に打たれるほどの衝撃、とはまさにこのことだ。 「ど……どういうことだね!?」 「アイツ炎天下の競技やってるのに、日焼けしねえで白いだろ なんか元から焼けない体質らしくてさ、ローションやらクリームやらで、日焼けケアしてっけど、 そのせいで肌がスベスベだとかでよ」 女の子たちは 「きゃー巻島 今日も肌すべすべー 白いーずるいー どこのメーカーのクリームそれー?」と畳み掛けるのだという。 複数…それも異性に囲まれただけで、対人能力のキャパを超えたらしい巻島は、ギクシャクと、使ってきて肌に合わなかったものなどを、女の子に上げるのだと田所は言う。 「そ、それは…たかられているのでは……」 「いやーちげーだろうなあ だって大抵の相手は、お礼にとか言って、一ヶ月近く弁当作ってくるし」 「なん…だと……」 ファンクラブを持つ自分ですら、手作り弁当というのを貰うのは稀だ。 いや女性のかわいらしい『おまじない』と称したものの中には、恐ろしいブツが隠蔽されていることがあるので、部活動で禁止されているのが建前なので、それも仕方はない。 だが巻島が電話越しで食べているのは、いつもアイスやサンドウィッチという軽食で、弁当を食べているとは聞いたことがない。 「ああ、だって食ってるのオレだしな」 さらりと告げた田所は、「 巻島は菓子パン二個食えば夜まで持つっつー特殊体質だから、オレがありがたく頂いてるんだよ」と続けた。 巻ちゃんは……真心こめられた弁当を…連続でもらっている…だと…。 さらにと聞いてみれば、メニューは気配りのきいたもので、それは本命弁当と呼ぶ種類のものでは…との恐れを、東堂はあえて捨てた。 「あとは髪の毛なんかでよく遊ばれてんな」 巻島の髪は、特殊で目立つものなのに、誰よりもサラサラで滑らかだと、女の子たちがこぞって触りに来るらしい。 そしてもちろん堪能した後は、「シャンプーは?リンスは?トリートメントは??ヘアケアは何を使ってる? おすすめない?」という話になって、 そのまま巻島のヘアアレンジ大会が始まるのだと田所は言った。 この前の一位は、巻ちゃんの髪を肩側に寄せて顎下あたりのラインで結んで、くしゅくしゅの布を巻いた奴が優勝をしていたらしい。 おそらく、低めに結ったサイドテールを、シュシュでまとめたという事だろう。 ……そんな巻ちゃん、素晴らしいに決まっている!!! 何故!オレは!!!その場にいられなかったのか!!!!! 「女たちは楽しそうに巻島の髪いじって色々話しかけてるけどなー アイツは『もてあそばれている』とか思ってるんじゃねえの? 女にしてみたら、リアル等身大着せ替え人形ってところだろうな」 女子たちが色々な髪飾りやリボンで飾り、半ば涙目で、そっと助けを求めるらしい巻ちゃん。 だが目の前の男は、 「口に出して助けてとか言われたわけでもねえし、アイツ囲んでるのは性質わるい奴らじゃねえしで、放置している」と、豪快に笑った。 田所の開放的な笑い声が聞こえたのだろう。 巻島は両腕を捉まれたまま、きょろきょろと首を動かし、田所を探した。 同時に、東堂の存在にも気が付いたらしい、輝くばかりの笑顔を浮かべて、こちらを指差した。 「オレは…よく巻ちゃんに受け入れてもらえたな……」 自分で言うのもなんだが、今まで出会ってきた他人はともかく、自分でも巻ちゃんに関しては構いすぎではないかと思ってしまうことがある。 一歩間違えれば、それもからかわれていると、巻ちゃんがオレを嫌ってもおかしくはなかった。 「あー まあ最初はお前のこと怖がってたな」 「……なに……?」 「ベショベショ半泣きの面して、なんかレースにうっかり勝ったら変なのに付きまとわれてるっショこの前連絡先まで知られたっショ怖い…」 とかぬかしてたから、「いざとなったらまあオレや金城が相手してやるから」と説得をしたのだと、田所は歯を見せた。 男らしいその笑い方は、確かに頼りがいがありそうで、一方怖がられていたと知って、さすがにオレもへこむ。 「だけどなあ…いつだったか、お前と二人で競り合って『楽しいな!』って言われたのがきっかけで、嫌われてないと気づいたらしいな」 つまり、だ。 巻ちゃんは面と向かって好きだとか、一緒に居て楽しいといわれない限り、自分をキモがられていると思っているのか。 天よ、オレに切れるトークと顔だけでなく、率直さも与えてくれてありがとう。 「…まあ、多分あの中では、巻島は女友達と同位置扱いされてるんじゃねえの」 他校の友人が来ているとでも言ったのだろう、女の子たちは比較的すみやかに腕をはなし、バイバイと手を振っている。 なぜかそのうちの一人が、ポケットから白く透けたうすぎぬの布を出し、巻島の髪を軽く束ねた。 パチパチと楽しそうに拍手をしているのは、緑の光沢ある髪に、よく似合っているからだろう。 それを上げるとでも言われたのか、巻島は頭を一つ下げて、東堂の元へ走ってきた。 遠目には解らなかったが、巻ちゃんの耳の上にはピンクのガーベラが乗せられていて、まるで髪飾りのようだ。 白い髪飾りとピンクの花で飾られた、巻ちゃんがオレの元へ走ってくる。 軽く結ばれていたらしい、白い紗布がふわりとほどけ花嫁のベールみたいに巻ちゃんの頭上を覆う。 まるで、夢のようだ。 「東堂ォッ…!」 ――これは夢か!?巻ちゃんから抱きついてくるなど!!! 「やっと逃げられたっショォ… お前がいてくれて助かった…… オレ、なんで嫌われてるんだろ……」 「……は?」 「朝から女の子たちが、ずっと取り囲んでオレの腰掴んで細いだとか、肌白いとかずっと言われ続けたっショ…男のクセにガリで気持ち悪いって…思われてるんだろうなあ……」 「……いやいや、巻ちゃん……」 「でもオレは、お前がこんなオレでもそのままで良いって言ってくれたから、少し自分を気に入るようになったんだぜ?」 イタズラめいた、褒めてほしいような巻ちゃん。 か わ い す ぎ か っ !!!!! やめだ。 オレはつい今まで、巻ちゃんを取り囲む人は全て巻ちゃんを好きで、巻ちゃんが嫌われているのは誤解だと伝えようと思っていた。 …そんな事をしてたまるものか。 巻ちゃんの魅力を一番に知っていて、巻ちゃんを好きだとストレートに伝えるのは俺だけで充分だ。 「巻ちゃん……大変だったな オレと一緒に今日は楽しもう?」 ととびきり、甘い声で囁けば、巻ちゃんはうっすら頬を染めて、こくんと頷いた。 天 使 か っ !!!!マ リ ア か !!! 「おい、うちの売上げも部費になるから手伝えよ」 重量のある荷物を抱えたまま、東堂の相手をしていた田所は、呆れた様子もなく自転車部のテントを指した。 保健所からの許可の関係で、火を扱うものはダメだと、販売しているのは格安で仕入れた、田所パン特製ラスクやクッキー、そしてペットボトルのドリンクだ。 「ならばこうしよう オレが客引きをして早く販売が終われば、巻ちゃんは自由だな」 「おっおぅ」 厳しい眼差しの東堂に射抜かれ、田所すらたじろぎながら、商品がなくなれば終わるしかないと答えた。 「よかろう ならばこの東堂尽八の全力を見せてやろうではないか!」 「尽八ィ……かっこいいショ……」 きらきらと輝く目で、東堂を見つめる巻島は、自分が完全にたった一人によって囲い込まれたと、気が付くことはなかった。 |