雲ひとつない青空だ、オレ達の勝負にふさわしいと東堂が笑っていたのが10分前。 一転、現在気づけば厚く重い暗雲が、周囲に立ち込め日光を遮断していた。 警戒するより先に、遠くで雷鳴が響き、すかさずバケツをひっくりかえしたような大雨が続く。 天気予報では、こんな情報一言もなかった、山の天気は変わりやすいが、とんだハプニングだと、巻島も東堂も回転を止めた。 路面は滑り、そう遠くない場所での雷が、脅すようにピカピカと光る。 これでは勝負も何もあったものではないと、東堂と巻島は簡素なトタン板で囲まれた、バス停を発見し慌てて自転車を押して避難をした。 「びっしょりっショ」 「フ…普通なら濡れ鼠と表現するのかもしれんが、オレはまさにあれだな、水も滴るいい男!」 「……自分で言うなよ」 ビシリと指差すポーズを決めても、ファンクラブの女の子たちのような声援は帰ってこず、かわりによこされたのは呆れたような視線だった。 まとわりつくのが気持ち悪いと、巻島が無意識に髪を束ね、後ろで結い上げようとする。 ゴムがないので、しばらく手でまとめたままでいるのは、首筋の水滴が乾燥するのを待っているのだろう。 露わになった、巻島の白く細い首筋に、東堂の呼吸は一瞬とまった。 (いやいやいや、そう、これは…普段隠されている部分が見えると、焦ってしまうだけで、けっして巻ちゃんに不埒な気持ちを抱いたわけでは…!) 調子よく笑っていた東堂が、急に静かになったのが気になったのだろう。 両手で髪を押さえたまま、振り返った巻島は小さく首をかしげ、 「東堂ォ?」と名前を呼んだ。 ……まるでその姿は、スパイモノやら王国モノで、ハニートラップを仕掛けようとする、悩殺ポーズに見えてしまう。 「巻ちゃん!…オレを…誘惑してくれるな!」 いかんいかんよ、オレ達はまだ清いお付き合いで…あ、いやまだ付き合ってもいない段階で、それはいかんと東堂が激しい勢いで首を振る。 だが見に覚えのない巻島は、ぽかんと呆気に取られた様子で、自分の何が「いかん」のだろうかと、考えていた。 よくは解らないが、とりあえず髪をまとめてからの東堂の様子が変だったので、両手を下ろせば、東堂は安堵したようだ。 (あ、胸元も布が張り付いて気持ち悪いっショ) 後ろのべたつきを気にしないようにすれば、今度は顔や頭上から落ちてきた雨のせいで、ぴったりと密着した布地が、気になってしまう。 せっかくだから、少しでも乾くようにと、ファスナーを全開にすれば、横から大声で叫びが漏れた。 「巻ちゃん!! たった今!!!誘惑するなと言ったばかりだぞ!!」 「……えーっと……」 自分だけが、さっぱりした格好になろうとするのが、気になるのだろうか。 ひと目を気にする東堂が、自分と同じように行動したい誘惑と戦っているのだろうと合点した巻島は、笑顔になった。 「東堂も脱いでも構わないぜ?どうせ他にひと目もねぇし」 気軽に伝えてみれば、東堂は信じられないように何度もまばたいで、巻島を見詰めた。 「そ…それは……やはり……誘っていたのか……巻ちゃん」 真剣な声に、そうかそこまで気にしていたのか、自分と一緒だというのを重く見てくれているのだと、巻島は心が軽くなる気持ちで、嬉しく思った。 「んと……まあ色々さっぱりした方が、都合いいショ?」 真剣な眼差しで、東堂が息を大きく飲んだ。 狭いバスの待合場所で、一歩東堂が歩めば、もう二人は密着する距離だ。 東堂の伸ばした腕が、巻島の肩を掴む。 その力強さに、驚いて巻島が顔を上げても、東堂の手の力は弛むことがなかった。 「巻ちゃん、好きだ!」 「へ?」 「オレの勇気がないばかりに、巻ちゃんに誘うような真似をさせてしまってすまなかった!」 「え……えぇ?」 「せっかくの巻ちゃんと二人きりの時間に、こんな豪雨だなんて、と少しばかり天を恨んだが、さすがオレだな 巻ちゃんに思いを伝えるために、 山神がこの天候を呼んでくれたに違いない!」 全身濡れた巻ちゃんは色っぽいと、東堂はいたずらげに囁く。 東堂のなめらかな胸板に包まれた巻島は、いまだ何がおこったのか解らずに、呆然とそれでもその温かさが心地よくて、顔を赤らめそっと東堂の背中に手を回した。 |