ポストの奥に、まるできちんと狙ってそう置かれたかのように綺麗に収まっていた一通の招待状。 一見真っ白な封筒は、よく見れば凹凸で蔦模様になっていて、凝った造りだと手にして初めてわかる。 書体フォントを利用したのかと思われるほど、綺麗な達筆はかすれ具合が、手書きだと伝えていた。 …誰だろう? 思い当たる早くに結婚を決めた友人達は、もう式が一通り済んでおり、残る友人知人は30歳前まで特に結婚は意識していないという人ばかりだ。 今のご時勢、デキ婚…もといオメデタ婚だって珍しくはないけれど、それならそれなりの付き合いをしている情報ぐらい、連絡があるはずだ。 封筒を裏返せば、そこには筆記体でTodo&Makishimaのサインがあった。 ……やっぱり、思い当たる知人はいない。 ただ知人でなければ、この名前は知っていた。 いまや世界的に有名になっている、プロロードレーサーの東堂尽八と、イギリスでブランドを立ち上げ、モデルトしても活躍中の巻島裕介という二人だ。 この二人、先日テレビで電撃的に結婚発表を行い、全世界を驚愕させた。 もっとも、一番驚いていたのは多分世界中の誰よりも、ぶちまけ宣言をした東堂尽八選手の横にいた、巻島裕介のように見えたのは、きっと私だけじゃないだろう。 巻島ブランドと、東堂選手の所属するチームがコラボするというので、タイアップ企画としてイベントの宣伝という番組。 その司会役として高校の頃から、親友だったという二人が生中継で、色々なやり取りをしているのは、ロードバイク好きとしてはたまらない企画だ。 しかも、東堂選手は私の母校である箱根学園の出身であるというのだから、尚更だった。 海外旅行番組と、レースの道のりをうまく組み合わせ、紹介していくという流れで、最後はゴール地点での宿泊。 喋っているのはほとんど東堂選手だったけれど、やさしい顔で相槌うったり、さりげなく現地の人と会話をして見せたりという巻島さんの二人は、いい感じに納まっていて、 ロードバイクやブランドに興味のない人たちにも、大好評だった。 …そして、その番組の最後で。 東堂選手は 「ここまでオレ達二人の旅を見守ってくれた皆に礼を言おう! ついでに報告をするが、オレは巻ちゃんと日本に戻って結婚式を挙げようと決意した!」 とウィンクをしながら、カメラに宣言していた。 見ていた私は、お茶を吹いた。 多分視聴者のほとんどは、呆然とするか同じようなリアクションだったに違いない。 数秒置いて、「…あ、冗談か!」とようやく脳が判断を下したけれど、顔を真っ赤にした巻島さんが 「おっおまっ……お前っ……tふじじょpkpkmpjpぎょplp!!?」 と頭を抱えてしゃがみこんでいて、この流れが脚本でもタチの悪いジョークでもないと、伝えていた。 だから、結婚式で東堂・巻島…と名前があれば、連想したのがこの二人でも仕方がないはずだ。 とても残念なことに、私は高校時代の東堂選手の活躍を、知らない。 どうやら私の卒業と同時に、東堂選手は箱学自転車競技部に入部したらしいのだけど、私はその時、親の転勤という事情もあって、アメリカの大学に進学していたのだ。 母校は変わらず王者と呼ばれ、日本では最強クラスの名前をほしいままにしていたとは聞くが、日本の高校の試合程度では、衛星放送まではしてくれなかった。 やり取りしている友人とのメールなどで、レースの結果や、選手の名前などを聞き、気にはかけていたけれど、それだけだった。 その後日本人として初の、国際的なレースで入賞したと聞き、勝手に誇らしく思ったりはしているけれど、それは箱学自転車競技部に少しでも関わっていたものなら、当然だと思う。 「でも、まさかね」 そう言いながら笑って封を開け、中の招待状カードを取り出した。 封筒と同じように、一見真っ白でありながら取り出してみると、紙が透かし彫りのように細工されており、また名前の一部は箔押しなど、安くない加工費がかかっているとわかる。 ――そして、まさかだった。 文面は 『拝啓 新春の候 皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます このたび 東堂尽八・巻島裕介の両名は結婚式を挙げることとなりました つきましては 日頃お世話になっております皆様のお立会いの元 人前結婚式を行いたく存じます 皆様には証人として、ぜひともご列席いただければ幸いです 挙式後は ささやかではございますが感謝の気持ちを込めて 小宴を催したく存じます ご多忙の中恐縮ではございますが、ぜひご出席賜りますようご案内申し上げます 敬 具 ◯月吉日 記 日 時 20◯◯年◯月◯日(◯曜日) 挙 式 午前◯時〜 披露宴 午後◯時〜 場 所 ◯◯◯ホテル □□の間 TEL 00-0000-0000 』 「うっそぉ……」 ○○○ホテルは、格式高いそれこそ芸能人同士の結婚式に利用されたりするホテルで、名前もしっかり東堂・巻島と記入されている。 私一人を騙すにしては、この小道具は凝りすぎで、友人の冗談でもないだろう。 ――このホテルのご祝儀だと、幾らになるんだろう……? 幾ら私でも、友人価格ですまないだろうぐらいの事は、見当がつく。 5万円…いや じゅ、10万円…… それでもこの二人の結婚式に出席できるとなれば、海外旅行へ行ったと思えば安いもの! 本気で自分にそう言い聞かせていたら、封筒の奥にもう一枚、手書きのカードが入っていたのに気がついた。 『皆水様へのご招待は、こちらの一方的な出席のお願いにつき、 ご祝儀などのお心遣いはご辞退させて頂きます』 ありがたいし、うれしいし、助かるけど……何でよーーーー!?という気持ちが心にぐるぐる廻る。 少し前までは、まぁうれしいけれど多分なんかの配達ミスかもね(あて先は確かに自分だったけれど)と思っている余裕があった。 でもこうして中身にまでしっかり、自分の宛先があるともう間違えではないし、確かに招待がされていると確定だ。 うれしいけど、困る。 行っていいの!?と思うけれど、行きたい。 何で?でももうそんなのどうでもいいか! …知人たちに一言でも漏らしたら、大変なことになるだろうから、ここは親兄弟にも極秘にして、出席プランを考えることにしよう。 出席した後「…えっと…誰でしたっけ?」って言われても、招待状があるのだから、きっと大丈夫なはず! 最悪その場でお断りされたって、スマフォで撮影一枚ぐらいは許される…よね? 悩みに悩んだけれど、導き出される答えはいつも『出席』一択。 高まる鼓動を治めつつ、御出席の御部分を寿で消して、「出席」に「させていただきます」と一筆書き添えて、その日の夜にはハガキを投函してしまった。 いつもより、少し高めの美容院を予約して、ドレスもきっちりしたものをゲット。 予算はオーバーしたけれど、きっとあと何回かは披露宴に参加するのだから、損にはならないはずと自分に言い聞かせる。 最後まで残ったのは『どうして私が?』の疑問だけれど、もうここまでくれば、開き直るのみ! 当日恐る恐る招待状を受付に出せば、『お話は伺ってますので』とご祝儀は辞退をされて、ようやく本当に間違いなく、私を招待してくれていたのだと実感をした。 ……え、マジか。 下品にそんな言葉が脳裏に浮かんだのは、私の席はかなり上座の位置だったからだ。 ふぉぉぉぉっ!しかも!!箱学から競輪に進んだという選手や、オリンピック候補といわれている福富くん達がすぐ近く!! なんなのもうこれ、盛大なドッキリなの!?いや私ごときを騙すのに、こんな豪華メンバーをそろえるなんて無理だけど、通常ならテレビ越しに見る人のオンパレードで、もう頭は真っ白だった。 気がつけば、式は始まっていた。 無神論者だという主役の二人は、神前ならぬ人前式を行い、この場に立ち会った全ての人が証人になってくれますようにと告げて、指輪を交換してる。 トレードマークのカチューシャがない東堂さんは、ただただにイケメンなのに、鼻の頭を赤く涙ぐんでいるのが遠めにもわかって、微笑ましい。 それに対し、ゆったりと微笑んでいる巻島さんは、この上もなく幸せそうで、見ているこちらまで幸せになった。 二人のエピソードは、知名度が高まるにつれて、有名になっている。 高校時代、最高のライバル兼親友に出会えたと思ったこと。 巻島さんは、高校入学前から進路を決めていて卒業前からイギリスに行く決意をしていたこと。 二人の進路が、国境を隔てる前に自分の気持ちが友情ではないと気づき、東堂さんが告白をしたこと。 それを聞いた巻島さんは、同じ気持ちを持っていたけれど、東堂さんは幸せな…奥さんと子供に囲まれた生活を送るべきだと、自分の気持ちを偽って、ただの友人として留学をした。 それでも…東堂さんは、諦めなかった。 自分の卒業後、イギリスへと進路を決めておいかけ、泣き笑いで巻島さんは「バカっショ東堂…もうお前を放してやれねェよ」と、東堂さんを受け入れ…今の二人がここにいる。、 わかっていたのに、スピーチを聞いて、こちらまでまた泣いてしまう。 次のスピーチにたったのは、東堂さんの幼馴染だという少し童顔めいた青年だった。 「えー…東堂尽八君の幼馴染、糸川です スピーチとか、初めてなばかりかこんな有名人ばかりの中で、大変緊張しております」 周囲に好意的な笑いが起こると同時に、私の記憶の中に、『糸川』という苗字が、妙に印象づいていた。 よく見れば、顔も…知っているような……? 「まず、なんでこんな平凡な自分が、このようなめでたい場所にと思われるでしょうが、実は東堂君がプロロードレーサーになるきっかけをつくったのは、自分ともいえるから…と言い訳をさせて頂きます」 …あれ、やっぱり知ってる……糸川…糸川…… 「中3の頃の彼は、クールで女性の目を気にして、オシャレに専念をし斜に構えたという…今からは想像もつかないタイプでした 当然カチューシャもしていません」 ……ん?んん?また何かひっかかったような…… 「そんな彼はなんとママチャリで、ヒルクライムの大会に初出場をして、なんやかんやあって優勝までさらってしまうという快挙を」 「あーーーーっ!!!!私のリボンカチューシャ!!!!」 脳裏に浮かんだ、スピーチ中の青年の中学生時代……修作くん。 入れ違いに卒業してしまったので、箱学では会えなかったけれど、私がマネージャーをやっていた時代に彼の実家のお店にはよく世話になっていた。 その彼の…友人………私のリボンをぶっちぎって、もってった彼。 思わず叫び立ち上がってしまった私に、周囲の視線が集中し、ようやく我を取り戻す。 「ごごご、ごめんなさ……」 「皆水さん、お久しぶりです!」 修作くんが笑って言えば、主役の片割れ……東堂さんも立ち上がって 「その節は、失礼を致しました」と深々と頭を下げる。 配偶者の責任からか、巻島さんも座ったまま「ショ」と小さく頭を下げて、こちらは慌てて頭を大きく振った。 「えー…この方は、前髪を長く伸ばし、競技中に髪が邪魔だと言った東堂に、カチューシャを進めてくれた…いわば、今の東堂という存在を作るきっかけを与えた一人で、箱学の先輩にも当たります」 修作くんに何度も手招きをされ、彼の横へと並び立てば、周囲の人にあらためて紹介をされてしまった。 「しかも東堂は、貸してくれたカチューシャのリボンをぶっちぎってしまい、そのまま自分のものにするという暴挙もおこなっています(笑)」 「あー…その節は、何と言うか…オレの中二病まっしぐら時代ということで…失礼をしました」 と東堂さんが笑って口を挟めば、横の巻島さんも 「そんな痛いキザヤローなまま東堂と成長してたら、オレこいつと出会っても一言も口きかねえまま終わってたっショ 糸川くんと皆水さんには心から感謝っショ」 と本気めいた顔で続けた。 そして 「これは、ささやかな礼…になってしまうのだが」 と東堂さんと巻島さんが取り出したのは、オリジナルハンドメイド、MAKISIHIMAブランドのカチューシャだった。 まさか、まさか、まさか……。 貰ってしまった!!! その後、ブラコン気味だと噂の巻島さんのお兄さんが「ふつつかな弟だが」と挨拶しようとしたのを間違えて「ふしだらな弟だが!」と泣きながら言って場が凍ったとか、 巻島さんが「オレがふしだらなら、東堂はどうしようもねェスケこましっショ」と返して、東堂さんが「違う!!巻ちゃんがオレを受け入れてくれないから、オレはあの時はお前を諦めようと……! 違うんだ巻ちゃんっ!!」と修羅場めいた騒動もあったけれど、それでも、どこまでもその場の空気は幸せそうだった。 「ヨォ東堂……お前ら結婚したら、もう同じ苗字だろ…巻チャンの呼び方変えたらァ?」 と少し鋭い目つきをした、同級生だったという黒髪の人の言葉に押されたように、東堂さんが 「ゆ……裕介…… オレは巻ちゃん……違った その、裕介と一緒にいれればそれだけで幸せだ だから、お前も幸せにする…なって欲しい」 と掌を差し出した。 「……バァカ 尽八 …オレだってお前といられるだけで、幸せっショ」 その掌に、細く長い指を指し伸ばし、巻島さんは二人の指をゆっくりと絡めた。 自分のちょっとした行動で、こんな幸せな未来が完成していただなんて、光栄すぎる。 そして、私といった平凡な人間にもどんなドラマが待っているかわからないと、教えてくれてありがとう。 ―――おめでとうございます、いつまでもお幸せに 玉虫色に光る、不思議な色彩を放つカチューシャは、今も私の宝物だ。 |