【東巻】 ああ、捕まった

東巻ワンドロライ・お題は【本命】
今日は2/14
世間では男女の盛り上がり率NO.1という日に、何の因果か男が大量の場所にオレ達はいる。
それでも応援に駆けつけてきている女の子たちが、いつもより少しばかり華やかだったり、少し豪華な紙袋を手にしていたりするだけで、雰囲気はいつもと少し違う。
頬を上気させ、東堂に話しかけようと狙う女の子たちは、ただの一ファンを名乗りながらも一生懸命で、そんな健気さが可愛く映った。

幾つか受け取った紙袋や、可愛い小さな花束をテントに置いてきたらしい東堂は、ロードバイクを並べスタート位置へとつく。
オレがほぼ同じ位置にいるのは、少し遅れて到着したからだ。

まだレース開始まで、時間があるからだろう。
応援という名の東堂のファンの子達、第二段が押し寄せ、空になった東堂の手はまた荷物で一杯になってしまった。
先ほどと違うのは、こちらにもおすそ分けが廻ってきたことだ。
物好きにも…というより、心優しい気遣いから、東堂のファンを名乗りながら、一緒にいる人を邪険にできなかったのだろう。
もしくはポツンと佇むオレに同情したのか、「よかったら…」とチョコレートを差し出してくれていた。

慣れない好意は、同情からだとしても、こちらを動揺させる。
顔を赤く、呟くようにお礼を言えば
「巻ちゃんさん、かわいい」などとクスクス笑われ、……東堂は悪くないが、東堂を恨めしく思う。
こいつと一緒にさえいなければ、オレがこんな行事に巻き込まれているはずがないのに。
「えっと…あの… オレお礼とか……」
東堂ファンクラブの顔なんて、いちいち覚えてないし、何より連絡手段がない。
いやさすがにこんな親切をされれば、顔ぐらいは今覚えるけれど、それでも遠征が多いレースで、お礼を返せるチャンスはそうはないだろう。

ああ、そうか。東堂に頼めば、この子達もオレなんかに気を配ってくれた見返りがあるかなと思いつけば
「貰ってくれるだけで、うれしいから」
と笑顔で断られた。
そのやり取りを見守っていた東堂は、オレより大きな本命チョコをもらっていたくせに、不機嫌に見える。
もっともあの顔は、表面上笑顔を崩していないので、多分東堂に親しい人以外には、わかりにくい表情かもしれない。
二人揃って両手に荷物となってしまったので、互いに一度保管を兼ねた荷物置き場に戻り、テント内で再度顔を合わせれば、妙な空気が漂っていた。
係員は丁度出払っているのか、物陰の位置で東堂と二人きりだ。

何度か話しかけようとして、口を噤むという不審な行動を見せていた東堂が、思い切ったように口を開く。
「なぁ、巻ちゃん…本命とか…いないのか?」
何かをさぐるように、こちらを見る東堂に苦笑するしかない。
こちらが貰ったのは、どう見てもお前のおこぼれチョコだろうと茶化して言えば、右にいた子は自分宛のチョコを渡してこなかったと東堂は言う。

「…本命の子が渡したから、遠慮したっショ」
自分宛がなかったのに、オレにはお情けチョコをくれたのが、気に食わなかったのかとコイツの子供っぽさが少しおかしくなる。
東堂はオレが鼻先で笑ったのが気に障ったようにもう一度
「巻ちゃん、好きな相手はいないのか?」
と繰り返した。

残酷で、わがままな王様だ……いや、こいつは王なんてレベルじゃない、神だったっショ。
自分の信奉者が、ほんの少しばかり廻りにいるヤツに、気を使ってくれただけなのが、そんなに気に食わないのだろうか。

――いいじゃねえか、少しぐらい
こちらはもっと、複雑な感情でいるのだからと、まっすぐにオレを見詰める東堂に苦笑を向けた。

『お前っショ』
こんな風に言われたら、東堂はどんな表情を見せるだろうか。
嫌悪でゆがめた顔、意表を突かれとんでもないという顔、何を言っているんだと呆れるような顔…。
――当たり前の反応かもしれねえが、ちとキツいっショ
別にむくわれなくてもいいから、一緒にいることを望むぐらい…許されるだろう?

だから冗談めかして、両手をひろげ
「オレには縁がねェみたいだからな …来世に期待するっショ」と肩を竦めてみせた。
聡い東堂の事だ、こんなふうにいえば、『自分は恋愛感情などに関わりたくない』とほのめかしていると、察してくれる。

だが今日の東堂は、まだその話題を打ち切ってくれなかった。
「じゃあ現世はオレにくれないか」
「………ハ?」
「本命はいないし、作る予定も来世までないんだろっ!?だったら今、巻ちゃんと一緒にいられるこの時間…オレを本命にしてくれ!」

東堂らしくない……いや 「らしい」といえば「らしい」のか?オレとのレースが絡むと滅茶苦茶になる言い分をまた持ち出してきたのだろうか。
「あ、本命ってそういう意味っショ!」
一緒に走るとき、レースで一番になると検討をつける相手は確か本命と言ったはず。
「あれっショ?お前と走るときの…本命とか対抗馬とか…あと大穴だっけ競馬レースの時の……」
と言い掛ければ、東堂が眉根の刻みシワを深く、「逃げるな」と小さく告げた。

「わかっていて、逃げようとするなよ巻ちゃん」

オレは、お前を逃がそうとしてるだけっショ。
頭よくて、顔だって性格だって、色んな才能だって持ってるくせに、お前は何を血迷ってるんだ。
こんなに好きで我慢して、なのに、何でオレが睨まれなくちゃいけねえんだ理不尽っショ。
心臓がバクバクして、呼吸が苦しくて、レース前なのに喉がカラカラだ。

――お前だって、ちょっと悩め

覚悟を決めて、捕まってやる。…そしてオレからも捕らえてやるっショ。
声を潜め、屈みこむように東堂の耳たぶに細く囁く、最初の告白。
『…オレの本命 今日のレースでお前が勝ったら教えてやるっショ』

珍しくも自然に、爽やかに笑うと言う表情をつくり、巻島がテントから出てきた。
少し顔を青ざめ追いかけてきた東堂は、その日のレースで鬼気迫る様子で他を蹴散らし、断トツの一位を獲得している。