【東巻】成人巻島裕介の初めてのおつかい
またしても森沢さんの呟き「色々フラフラしているようでも、実際はきちんと目標までたどり着ける巻ちゃん ただしその目標まではかなり不器用なので、口出しをしないようにするのが大変」
から、それって初めてのお使いだよねという会話になって、またしても許可をもらってお話化させてもらいました。
そろそろ森沢さんのファンの方から怒られるかもしれません。

【東巻】成人巻島裕介の初めてのおつかい


東堂尽八と、巻島裕介が新居を決めたので遊びにして欲しいと、招待状を寄越したのは、先月の事だった。
都合がついたのは新開と荒北、金城と田所という二人にとってかかせない人物で、今回来れない者はまた改めて招待しようという流れで、日程は決められた。

9月中旬の土曜、男同士の雑魚寝でよければ、泊まりも構わないと言う条件で集合時刻は17:00。
……のはず、だった。
だがその集合日の数日前に、来客予定者は一本の電話を受け取っていた。

「あァ?13時に来いって…なんでだよ、手伝わせるにしても早すぎんダロ」
「別にオレは構わないけど… 13時となると昼食はどうしたらいい?」
「昼過ぎ集合?別にいいが… おお、新開も来るのかじゃあオレがパン持ってってやるって伝えてくれ」
「13時?買出しだったらオレが行っても構わないが」

三者三様ならぬ、四者四様の返事を寄越した元チームメイト達は、当日何故か東堂巻島宅ではなく、その最寄り駅へ呼ばれていた。

「…んで?巻チャンいねえど」
「ヒュゥ尽八 ひょっとしてサプライズでもやるつもりかい?」
「巻島のヤツは、サプライズとかやっても反応薄いけどな」
ピザチーズパンを食べながら、新開にも進めてる田所の返答に、東堂は鋭い視線を返した。

「何をいうか!巻ちゃんは確かに表面的にはあまり感情を出さんかもしれんっ!だがっ!嬉しい時その白い頬をそっと紅く染め、いまだ上手く笑えぬ笑顔を頑張って作ろうとするその不器用な様子がとてつもなく愛らし…」
「るっセェ!」
みなまで言わせんとばかり、荒北が東堂の脳天へ拳を綺麗に振り下ろすと同時、最後の来客予定者である金城がやってきた。

「すまない、オレが最後か… いや今しがた巻島の後姿らしきものを見かけて気になって遅れてしまった」

金城が「巻島の後姿らしき」というのであれば、それはまず間違いなく当人だろう。
あの髪色と独特な長い手足、細腰と服装センスを持った人物が二人存在する可能性は、かなり低い。

「しまった!遅れたか!!」
慌てた様子の東堂が「ついて来てくれ!」と走り出し、残された者達も意味がわからぬまま、追いかけるしかない。

「おいっ東堂!!テメェなんだってんだヨっ!」
敏捷さでは一番の野獣が吼え、前へと走る東堂の襟首をとっ掴まえれば、ようやく当人は立ち止まった。

「…じつは… 巻ちゃんがまだ訪れたことのない、郊外のアウトレットモールにまで買い物に行くと言うんだ」

重々しい東堂の言葉に、荒北と新開は「それだけ?」と気が抜けたように肩を竦める。
だがそれと相反するように、田所と金城は張り詰めたみたいな顔へと変化した。
「…東堂、新居を決めたのは一ヶ月前だと言っていたな…」
「そりゃ……無理だろ」

「オレが心配するのを、解ってくれたか!」
田所と金城に向かい、さもありなんと頷く東堂。
だが新開と荒北は、怪訝な顔だ。
「…ちょっと離れてるとはいえ、有名な場所だろ?駅からシャトルバスとかあるんじゃないのかい」
「仮に迷ったって、そんだけ名前知れてる場所なら、誰かに道聞きゃたどり着けるんじゃねえノ」
「「「甘い!」」」

東堂だけでなく、普段冷静な金城までもが一緒になって叫ぶ。
「…荒北、新開…もしお前たちが海外の知らぬ土地でのロードレースを見に行くとしたらどうする?」
「ア?…どうするって…そりゃ行き場所をチェックして、交通手段探して切符ゲットもしくは現地で買う方法調べてメモと携帯に記録…だろ」
「巻島は違うぞ 卒業一年目、後輩たちのインターハイの応援に皆が集まった時の出来事を覚えているか」
「あーアン時、待宮と行くかって誘ったら、お前巻島迎えにいくとか言ってたっけ…そういやその時も過保護かよって思ったな」
記憶を探る荒北に、金城は
「過保護じゃない…あれは必要な保護だ」と真剣な顔で返した。

「巻島はな…あの時のインターハイ、ナントカ駅でやってるからナントカ線のナントカライナーに乗ればいいッショ!という認識だった」
「……すごいな裕介くん 外国なら解るけど国内でも名称が全てナントカなのか…」

「そしてそんなウロ覚えにもかかわらず、メモは大事な場所ではなくズボンのポケットに押し込み、あまつさえオレの目の前で落としていった…」
「ガッハッハッ ついでに迎えに行った金城を『金城のそっくりさんがいるショ〜』って声を掛けたのにスルーしてったんだよなアイツ」
当日巻島を一緒に迎えに行った、田所も笑いながら付け加えた。

「そ…そりゃ…保護いるかもネ…」
「いや、でもそんなに心配なら尽八がこっそり見守ってやればいいんじゃないか?」
ついていくといえば、流石にウザがられるだろうからと新開が付け足せば、東堂は横に首を振った。

「オレは……無理なんだ……」
買い物についてくるなと、厳命されたかの予想は外れた。
「なぜならば!オレは!!巻ちゃんの初めての買い物をこのビデオに納めるという大役があるからなっ!」
ドヤ顔でハイビジョンビデオカメラを出してきた東堂の腰に、荒北の鋭い蹴りが入るのを、誰も止められなかった。

「まあ冗談はさておき、巻ちゃんはお前たちを迎える準備をするオレを気遣ってくれてな 一人で行くと言い張ったのだよ」
…冗談…だったか…?という共通の胸に湧いた疑問は、この際置いておこう。
自分たちのもてなしの為といわれれば、お祝いもかねての集まりだけに、それ以上責めづらい。

「そういえば」
ふと思い出したように、金城が口を開いた。
「…先ほど巻島を見かけたとき、向かっていったバス停はシャトルバスがある北口のほうでなく、南口だったが…」
「早速かヨ!」
少し大げさじゃないかと、内心思っていた荒北も、事実だったかと南口を目で探している。

「こっちだな」
先頭に立った金城の後ろで、少し間が抜けたような鼻歌を、東堂が口ずさんでいた。
よく聞くとそれは♪チャーッチャラッチャ〜 チャッチャチャラッチャーというメロディーを踏んだもの。
曲名を上げるなら、『ドレミファだいじょーぶ』というBBクイーンズの曲であった。

「巻ちゃん、この地でのはじめてのおつかい 始まり始まり!」
「ハハッ尽八 ぶれないな!」
苦難の道を乗り越えての恋愛だったはずだが、旧友は相変わらずで新開は笑い、荒北は大きな溜息をこれ見よがしに吐いていた。

「いた……が…あれはモールとは反対のバスだよな?」
「…しかも…用意してんの、交通系カードじゃなくてクレジットカードじゃねえか、あれ?」
「巻ちゃんっ!シャトルバスは無料だ!!料金表がある時点で違うと気付いてくれ!!」
「仕方がないな…巻島に典型的日本人顔と言われたオレがさりげなく、反対だと教えてこよう」

荒北が被っていたキャップをすかさず自分の頭に乗せ、バッグからメガネを取り出した金城が先へ向かった。
「……金城ってさ、平均どころか濃い目のイケメンだよネェ?」
しみじみ言う荒北に
「そうか…高校時代はオレをイケメンと認めてもけして口に出せなかったお前がすんなり口に出せるようになったか…成長したな荒北」
同じくしみじみと、東堂は返す。
「ハァ?バッカじゃねえの! 箱学のイケメンは福チャン一人だっただろうが!」
「何を!お前は相変わらず美意識が狂ったままなのか!?」
「おいそこのうるせぇ二人、金城が巻島に声かけっぞ」
落ち着いた田所の声に、慌てて東堂はカメラをそちらに向けた。

さりげなく道を尋ねるフリをして、バス停を誘導しているのだろう。
アウトレットモールへのバス停を金城は他人のフリをして指差し、手を振って巻島に挨拶をするとこちらに戻って来ていた。
「これで……」
大丈夫だろうと続けようとした荒北は、少し眉を顰めた。
巻島が一歩踏み始めるより先に、髪をオレンジやら紫やらに染めた巻島とは違う系列ではあるが、奇抜な服を着た集団に、巻島が声を掛けられているのだ。
全員が顔を見合わせ、悟られぬようそっとそちらに近づいていく。

集団の男たちは、どうやらバンドのメンバー達らしく、巻島を同類と見て次回ライブ予定のクラブの場所を聞いているらしい。
クラブとは、勿論自転車競技部などのクラブ↓の発音ではなく、クラ↑ブ↑と発音するディスコ系の店だ。
「ショ……ショ……」
平気な顔を装うとしているが、巻島の目は泳いでいた。
「え、何?おにーさん ショってwwマジウケんだけどww」
「それぇなんかの曲のラップッスかぁ?」
「えーこんだけ髪染めてて、全然痛んでねェってすげーなー」
「っつーか、ROOT173って店なんスけどー」
相手は友好的ではあったが、巻島の対人許容関係を超えていた。

「…巻ちゃんっ!ダメだオレは行くぞ!」
そう言ってカメラを新開に渡した東堂を、荒北が止めた。
「…巻チャンが一人で頑張るっつってんだろ?テメェがいったら台無しじゃネエか」
そう言いながら、金城が先ほどまで自分が被っていた帽子を手渡し、同時に眼鏡を借りる。
いかにも通りすがり風に、荒北は集団へと向かい
「あれェ?にいさん達ROOT173 探してんノォ?だったらあの向かいのビルの看板そうじゃねェ」
荒北が指差した方角には、確かに白地に斜めになったデザインの『ROOT173』という文字があった。

「あ、ここの信号長いから青の今のうちに渡った方がいいぜ」
と言い残し、荒北は去っていった。
あからさまにホッとした顔の巻島の肩を叩き、バンドグループたちも移動していく。
ああこれで一安心…と思うのもつかのま、混乱をしていたのか巻島は、目の前に来たバスに乗ってしまった。
どうやら話しかけられたパニックで、自分が別のバス停に向かっていたのを忘れたらしい。

「巻きちゃあああああんっ!何でだよ!!自転車だったら箱根まで来れたじゃねえか!!」
ビデオを手に、バスを追おうとする東堂を元総北の二人が止め、違う違うと首を振った。
「あれは実はオレ達が一本道まで練習も兼ねて、ナビで先導してた」
「別に恩にきせるつもりもねぇけど、迎えにも行ってたぜ」
「…巻ちゃん……」
おそらく本人は、ナビをされていたことにも気がついていなかったに違いない。

「すまんな…金城、田所」
「いや謝ることはねえぜ まあ巻島はかなり不安定だが、ほっといても多分なんとか箱根には着いていただろうからな」
「そうだな ただ…見ているオレ達がいても立ってもいられなくなって、つきそっていたにすぎん」
きっぱりと言い切る二人に対し、荒北新開は何か聞きたげだ。
だがそれより先に、東堂が「ならば先回りをするか…」と踵を返し、駅の反対にあるバス停へと向かう。

「…なあさっきの話なんだけどヨ… どう聞いても巻チャンたどり着けなくね?」
「だよなあ…」
声を落とし話す荒北と新開の肩に、包み込むように金城が節だった手を置く。
「…最終手段は 金だ」
「は、金?」
「巻島ん家金持ちだから、学生のときからアイツブラックカード持ってたんだよ」
「ブラック?何ソレ あやしい響きに聞こえっケド?」

通常のクレジットカードの上が、シルバー、シルバーをクリアしたらゴールド、ゴールドを越えればプラチナカードだ。
このプラチナの段階で、かなり入手困難となりそれなりのセレブや年収条件が必要、カードの手数料だけでも年に10万円程度取られる場合もある。
そしてそのプラチナの上が、ブラックカードだった。
カードそのものが黒いので、こう呼ばれており、手に入れたいと思っても、カード会社から招待されなければ会員なれない、金持ち専用カード。
年会費が30万円を越えるものもあるというのだから、おそろしい。
「……そんなもん、学生にもたせんなよ……」
巻島の家を知らぬ荒北が、呆然としたように呟く。

「…仕方ないのだよ…巻ちゃんは……金銭感覚が荒い訳ではないが、日常品が高級品なんだ…」
フと、遠くを見る目になった東堂は、箱根老舗旅館の息子と言っても、一般的な金銭感覚を持っている。
「以前レンさんから、幼い巻ちゃんの本当の『はじめてのおつかい』ビデオを見せてもらったのだがな…」
レンというのは巻島の兄だと、金城がさりげなく付け加える。

実際にテレビ局に頼んで、なにか大失敗でもしたら裕介が可哀想だと、巻島家の『裕介のはじめてのおつかい』は、制作会社に依頼をして撮影してもらうという、金をかけたものだった。
「ヒュゥ、その時点でもう違うな!」
「確かに」
プロだけあって、店への交渉もさりげない撮影ポイントもバッチリで、まだ茶色いサラサラ髪の巻ちゃんは本当に可愛かったと、東堂は続ける。
「じゃあ裕ちゃん、今日は手巻き寿司にするから何かその具になるものと、おやつを買って来てね」
「ショ!ゆうしゅけ、おつかい行って来るショ」
「一人でおつかい、大丈夫かなあ おにいちゃんと行く?」
「ゆうしゅけ、一人、へいき!」

当時は母親の趣味だったのか、西洋人形の男の子版が着る様な、シックかつ愛らしい服装の巻島がピンクのチェック地に白い花が散るポシェットを肩に掛ける様子はまさに天使だった…。
熱をこめて語る東堂の言葉を、友人達はすでにツッコむのも面倒だと、聞き流す。

「そして…そんな巻ちゃんが訪れたのは、伊○丹だった」
「え、距離ありすぎんだろ!?」
と咄嗟に答えたのは神奈川陣営だが、千葉陣営は「千葉にも二箇所、○勢丹あるぜ」と返す。
「そういえば、相模原にも伊勢○はあったよな」
「でもよォ…ガキの歩ける距離じゃねえよな?」

そこは流石の巻島家、あらかじめ偶然の振りして、タクシー会社を邸前に手配してあった。
「しかし…心配なのはその時のやり取りだ…」
タクシー運転手の人が『裕介くん偉いねえ お買い物だって?でも伊○丹まで遠いからお車で行こうか』
と声を掛けたら、巻島は素直にそのタクシーに乗ってしまったのだという。

「……それは…一歩間違えたらヤバいんじゃないのか」
タクシー運転手すら自身、あまりにあっさり車に乗ってきたので、ひどく心配げな顔になっていた。
「だから…それが巻ちゃんなんだ…」
そのままデパートにたどり着いたタクシーは、
『ここでずっと待ってるからね 帰りも絶対ちゃんとここまでたどり着くんだよ』とビデオの中で何度も繰り返していた。
いっそ自分も背後から見守っていた方が…とまで言い出したが、撮影スタッフが、自分たちがついているから大丈夫だと宥める流れもおまけについている。

大きな籠をかかえ、よたよたと歩く幼児は愛らしい。
愛らしい一方、保護者はどこだと周囲は目で探し、その背後で『はじめてのおつかい撮影中』というテロップを持った人物を見て、納得をして通りすぎていく。
ポシェットから、メモを取り出す巻島。
「………よめないショォ…」
お出かけ前に当人が一生懸命なにやら書いていたのだが、時間が立った現在では解読不能となったらしい。
スタッフの一人が
「いやあ今日は 手巻き寿司 が食べたいなあ」
とさりげないフリをしたバレバレの仕込を行うが、もちろん本人は気付いていない。

「ショ!おすしの中にいれるやつショ!」
野菜売り場を越えた巻島が、少し冷房の強い一帯に向かう。
「ゆうしゅけ知ってるショ! おすしはおさかなしゃんの、たまごおいしいショ」

……そして幼児巻島が選んで籠に入れたのは、ベルーガ産最高級キャビアだった。
ちなみに、おやつとして選択したのはGOD○VAのグランプラスだ。

帰りにもちろん、そのままタクシーにたどり着ける筈がなく、何故か屋上にたどり着いた巻島はそのベンチで
「疲れたショ」
と眠ってしまったと言うのだから、過去の話とはいえ、聞いている方が恐ろしい。

「まあオレ達もそのビデオは知らなかったけどよ…目が離せんだろ?」
腕を組んで、アイツならそんな感じだよなあと田所は頷き、金城も動じることなく、そうだなと返す。
「ブラックカードが必要だとわかってくれるか?」
高校時代の準保護者たちの言葉に、残るものは頷くしかなかった。

そこで幼少巻島から、話を戻し自転車に乗るようになった巻島へと話題は移る。
だからいざとなったら、ロードバイクは分解してタクシーを捉まえて、目的地まで迎うのが可能なのだと付け加えた。

道はわからなくても、タクシーを拾える場所にまで、だったらロードバイクで充分可能だ。

「確かにそれなら、辿りつけるね」
アウトレットモール、入口近くにあるカフェに入り、バナナパフェを頼んだ新開が頷く。
巻島の目当てはデザート類で、その店は少し型崩れをしたケーキや生菓子、焼き菓子など一流店のものを安価に購入できるのだと、東堂は目当ての店を指す。
「フ……田所っちくん…… 巻ちゃんの思いやりをその身に浴びている君が……にくい……」
笑わぬ目をした笑顔で東堂が呟き、田所は
「オレか?」
と自分を指差す。
「安心してくれ田所、お前だけじゃない 新開…お前も遊びに来るなら同じ金で一杯用意した方がアイツら喜ぶッショ!って巻ちゃんがな……だから巻ちゃんの一人でのおつかいの初めてを奪った罪状は、揃って同罪だ」
「ヒュゥ!裕介くん 量が多いと嬉しいとはオレを解ってくれてるな!」
東堂の恨み言をさらりと交わす新開は、バキュンポーズで窓の外を撃った。

「…アレ巻チャンじゃナァイ?」
新開の指先に、目ざとく荒北が見つけたのは、無料のシャトルバスではなく、市内コミュニティバスだった。
バスの出口間際でカードをかざし、首を傾げている長い緑の髪の人物。

「巻島…だからそれはsuicaじゃなくて、お前愛用のブラックカードだ…」
「…しょうがねえな、オレが土産でも買いに来たついでだとか言って、小銭持ってくか」
他の乗客に迷惑をかけてはと、田所が立ち上がりかけたが、運転手さんが指摘してくれたらしく、巻島は慌てて小銭をそのまま入れた。
160円の料金のはずだが、銀色に見えるコインが3枚、料金箱へと入っていく。
仮に全部が50円だとしたら、合計150円で不足。
二枚が50円玉だとしたら200円になって今度はオーバーだ。

「……多く入れときゃいいだろうって教育方針は、良くねぇと思うぜ東堂」
「そうだな、オレもそう思う…だが巻ちゃんは、小銭を両替して数える手間があったら、その分働いて稼ぐ主義なのだよ…」
そして実際、きちんとそれなりの実入りはあるので、東堂も教育方針に戸惑っているのだと続けた。

「にしても、途中で気がついて乗り換えできたのか?随分予想よりは早かったな」
「新開、あのバスは巡回バスのようだ…多分反対周りではあるが、ルートにここが入っていたのでそれほどロスがなかったんだろう」
「最終的に、なんとかなるってそういうコト…?」
巻島は一応一人で出来るが、放っておけないという言葉を、荒北はようやく納得したようだ。

バス停に下りたはいいが、巻島は今度はその場でポケットやらバッグやらをごそごそと漁り、首を傾げている。
『巻ちゃんはどうやら、またメモをなくしてしまったようです おやおや〜困ったね』
カメラを再開させ、突然ナレーション口調になった東堂が、さりげなくウザい。
『しかし今度は流石に、モール別棟の大きい場所にあるお店、すぐに気付いたようだ!』

「ショ!」
顔を輝かせた巻島は、東堂たちがいるガラス越しのカフェの内部に気付かず、てくてくとお目当ての場所に向かった。
「…止まってるな」
何故か店の入口すぐ近くで、ただでさえ下がり気味な眉を更に下げ、巻島は周囲を見渡していた。
「……入口がわからない…とか…?」
まさかな、と冗談のように言った新開だが、周囲の者は誰も笑わない。
なぜなら確実に巻島の行動は、それだったからだ。
少し洒落たデザインのその店は、ガラス壁と扉が一体化したような中、唯一引き手があることで入り口がわかるというデザインだった。
「クッ…店がわかっているのに、入口を探せない巻ちゃん……可愛すぎか……」
ナレーターを捨て、それでもカメラを回しながらの東堂の本音は、しっかり録音されているだろう。

「アァァッ!もうイライラすんな オレがあの店に用がある振りして入ってくっから!」
止める間もなく飛び出していった荒北だが、当の対象人物はなにかに気付いたみたいに、顔を明るくして横の店舗へ向かった。
「巻島、どこ行くつもりだ?」
荒北を追いかけるため、カフェの清算をしていた金城が
「あそこだろう」
とアイスクリームショップを指差した。

(よぉく見とけよ 巻島ァ!)とばかりに、猪突猛進な荒北は、走り抜ける勢いで本来のお目当てショップへ入っていった。
さあどうだと振り返ると、外に巻島はいない。
どういうことだと、こちらに向かってくる新開たちに目線で尋ねると、ガラス越しに横の店を指している。

そういや、東堂が高校の頃しょっちゅうアイスがどーのこーのと、電話で話していたっけ。
一度店を出るか…と、カメラを回しながら向かってくる一行に荒北が向き直ると、何故か視界に緑の動くものが入った。
このモールは自然にも溢れたものだが、動くことはない。
悟られぬようそっと振り返れば、そこにはアイスを手にした巻島が居た。

「…なんでだヨ?」
よく見ればこの店舗には入り口が3箇所あり、そのうちの一つは横のアイス店と直結をしていた。
ガラス越しにはしゃぐ様子の東堂は、「流石だ巻ちゃんっ!」とでも言っているに違いない。
手振りで巻島のほうに寄れとやっているのは、状況を探れということだろう。
「…甘いものは、アイス以外あんまわかんねえショ」
ポソリと呟いた巻島は、棚にあったものを、左から右へと4つずつ籠へと入れていく。
人数分でないのは自分や荒北、東堂や金城達は、さすがに全種類制覇が不可能だからだろうか。

「えっと…じゃあこれとこれとあのセット、今日中の配達できるショ?」
「はい、別途時間指定料金をつけましたら当日の時間指定も可能ですが」

(おおお!できたジャン!!)
思わずガラス壁越しに、手で大きく○を作れば、金城は安心したように微笑み、東堂はうんうんと頷き、田所は豪快に笑い、新開は親指をたてGJ!と示している。
さてこれで帰るだけか…と思っていた荒北の耳に、続く巻島の言葉が耳に入った
「あの…K/T ANCHORって店、こっからどう行けばいいショ?」
棚の陳列をしていた女性が、荒北と巻島それぞれが入ってきたものとは別の入口を指し、何事かを説明していた。

戻ってくるらしい荒北が、その場に佇んでいるのを他の者も訝しく思ったのだろう。
巻島が出て行くのと入れ違いに、店に入ってきて、どうしたのをかを聞く。
「…なんか巻チャン、他にもお目当ての店あるみたいなんだけど」
「何!?聞いておらんぞ…」

とりあえず後を付けていけば、少し離れていても目立つ髪のおかげで、すぐに見つけられた。
「ブランドショップ…?」
巻島は基本、服などは決まった箇所で購入する事が多い。
まれに旅行先などで、通りがかった店で気に入ったものを購入することはあるが、今回はそうではなさそうだ。
あらかじめ、ショップの名前を覚えていたのだから、お目当てがあるのだろう。
普段の巻島にはない行動だし、かりに買い物をしたいのであれば後日オレと来ればいいはずだと、東堂は不満げだ。
「どうせアウトレットに来たんだ、別の店に寄ろうってのは普通だろうが」
「なんだとっ!巻ちゃんが!!おもてなしの為に一人買い物行くと言い張るからオレは同行を諦めたんだぞっ 普通のショッピングであればオレは一緒にいるべきだろう!?」

…いるべき、と言い切った相手の肩を、なだめるように金城が軽くぽんと叩く。
「そこまで思ってもらえて、巻島は幸せだな」
ある意味、コイツもちょっとズレてねえかと、荒北はそれを聞き流すことにした。

ショップのレジへ直行する、少し頬を上気させた巻島は、迷わずポケットから一枚の紙を出した。
「あれ?巻島のヤツ メモ持ってんじゃねぇか」
そわそわと行き先を探していた様子を思い出し、田所が首を捻った。
前しか見ていない今なら、もう少し近寄っても大丈夫だろうと一行は、巻島の背後に散らばり、それぞれ何かお目当てを探すように、買い物客を装う。

「あ、ネットでデザインリングを注文くださっていた巻島様ですね!はい、出来ております」

爽やかな青年が取り出したのは、ベルベットの指輪ケースに収められたペアリングだった。
「こちら向かって左が、To〜J〜 From M 右のにto〜M〜 from J と書体を変えて、内部に掘り込んでいます」
「ショ、…支払いカードで」
頬の赤みを増して、それでも幸せそうに微笑む巻島の横顔は、荒北たちの目にも綺麗に写った。

「裕介くんのサプライズ、かな」
やったな尽八と、片目を瞑る新開の声は聞こえているのかどうか。
滂沱と涙を流す東堂は、それでもカメラをまわしながら
「うぉぉぉぉぉぉぉォォォ オレは……たった今……絶好調になった!!!!! 巻ちゃんっ…尊い……幸せすぎてオレは死ぬかもしれん…死因は巻ちゃん……」
と呟いていた。
「そうかテメェが死んだら、巻島が幸せになれるような相手、オレらが責任持って探してやる 安心して逝け」
「死なんよっ! オレは巻ちゃんを残して死ねるものか!」
囁き声で怒鳴ると言う、器用な真似をしながら東堂は、ひたすら「巻ちゃん 尊い……」と繰り返している。

カードで支払った後、指輪を入れたペーパーバッグを、そのままレジ台に置いて巻島が帰ろうとしたのは、お約束だった。


なおこの録画は、五年後のおもてなしパーティーで
「あれから5年 …現在のオレ達は」
というナレーションで始まる東堂の思い出ビデオとして公開され、顔を真っ赤にした巻島がぽかぽかとタコ殴りをする破目になった。
だがその指には、録画の中の指輪が光っており、友人たちに微笑ましい気持ちを生まれさせるだけだったとは後日談だ。