手厚い看病


一応現パロのシリーズとしておりますが(カシム達の生活じゃ薬って貴重だろうかなと)
設定的には意識せずとも大丈夫です


**********************************
アリババが、ケホンと小さく咳をした。
その音で、目を覚ましたのだろう。うっすらと濡れた瞳は空を
漂い、ぼんやりと天井を見詰めている。

「…起きたか その様子じゃまだ熱は下がってねぇな」
低く落ち着いた声が、問いかけるようにカシムから漏れた後、
節ばった掌がアリババの額に、伸ばされた。

それが、ひんやりと冷たく、どこかうっとりとした心持ちでアリババは、またゆっくりと目を閉じた。
(夢…かぁ… なんかちっちゃい頃思い出すなあ… 母さんも
俺が熱を出すと こうやって額に手をかざしてくれたっけ…)

「あー まだ駄目だな あっついままか」
「あ…れ…? カシム……何で…」
天井がぐるぐると廻ってるみたいで気持ち悪いのに、どこかふわふわとしているのは、
高熱のためだったらしい。

これみよがしに溜息をついたカシムが、荒っぽい動作で、アリババの額に濡れた布を押し付けた。
「何でじゃねえだろ 一昨日具合悪いってメールよこしてそっから何の音沙汰も無し
様子見にきてみりゃ お前絨毯の上でぶっ倒れてるし」

アリババの途切れた自分の記憶は、学校からの帰り道まで。

カシムはそのアリババを発見し、制服を着替えさせ、ベッドに押し込んで、泊り込んでくれていたらしい。
「…えっと…… ありがと、な……」
「ああ…礼はいい」
にっこりと、カシムにしては珍しい最上級の笑顔につられ、
アリババも、えへらとした笑いを返そうとしたのだが、それは即座に凍った。

「体回復したら 数倍にして返してもらうからよ」

笑顔が、こんなにも恐ろしいのは久しぶりだ。
痛い喉をふりしぼるように、アリババが恐る恐る尋ねる。

「…俺……なにか……した…?」
「したした 脱がせたらパジャマ暑いから着たくないって俺を蹴飛ばして
メシ食わせようとしたら、すりおろしたリンゴじゃなくちゃ食べたくないとか ぬかして」
「う……」
「トドメは薬だな 苦いから飲みたくねえとかワガママ抜かしてどうしても飲めっていうなら
カシムも苦い思い共有しろ 口移しで飲ませろと涙目で絡んできて」
「えっ…ちょっ…嘘……」

「嘘じゃねーよ しょーがねーお前も朦朧としてるんだしと口移しで飲ませてやったら
…お前どうしたと思う?」
「や、やっぱり飲まないとか言った……?」
「あー惜しいな 『苦っ!!』って叫んで俺の顔面に薬全部 噴き出してきやがった
お前がブォッと吐き出した薬と水は俺の制服 びっしょびしょにしてくれたなあ?」

カシムが返答するたびに、纏っているオーラのような温度が、少しずつ下がってきて
いるように感じるのは、アリババの思い違いではないだろう。

「まあ安心しろ 俺がいいモン手に入れたからよ」
ガサガサと乾いた音は、カシムが差し出した白い小さな紙袋から洩れていた。

アリババに、小さな悪寒が訪れたのは気のせいではない。
カシムが微笑みながら、完全に寛いだ空気をしている分、恐ろしい。

「それ…何?」
「苦いのが嫌いなアリババくんの為に手に入れた、座薬だ 一発で熱引くぜ
……さあ ケツ出せ」

……ザヤク?
理解した途端、アリババの熱ある体が更に上気するのがわかる。
くらくらと眩暈しそうな意識を持ち直し、見上げたカシムの顔はこの上もなく楽しそうだった。

「大丈夫っ!も、もうだいじょーぶらからっ!へーきっ」
「平気じゃねえよ お前舌廻ってねえし」

バサリと音を立て、アリババを包んでいた布団は剥ぎ取られた。
空を待った布団が、スローモーションのように、地へ落ちていくのを
見ていたアリババは、そのまま肩を押されベッドへと押し倒される。


――その後、見舞いに訪れたザイナブとハッサンが見たのは、上機嫌のカシムと、
布団に丸まって出てこないアリババの姿だったという。