この思いを告げたかった

武器を構えるアリババの目に浮かぶのは、怒りと混乱と抑えた激情。
だがその底にあるのは、憂愁を帯びた悲嘆だ。

「もうやめてくれっ…! 何でなんだよ!やっと、やっとシンドバッドさん達が力を
貸してくれて この国が俺達の…みんなの国になれたのに!」

「気にくわねぇんだよ」
吐き捨てるような、俺の言葉にアリババがピクリと動いた。
「なに…が…」

――ああ、お前の躊躇いは 俺の言葉一つで大きく揺れる

それがクラクラするほど心地よくて、制御不能な興奮が俺を支配した。

「綺麗ごとだけ言って 結局よその国の介入許してるだけじゃねえか
何の根拠があってお前はそいつを信じるんだよ
…なあアリババ 目を覚ませよ お前、上にいる奴らがどんな人間か
誰より知ってるだろ 嘘つきで汚くてスラムの人間なんてゴミとしか
思っちゃいねえ」
「違うっ!」
揶揄じみた俺の言葉は、アリババの叫びで遮られた。

「シンドバッドさんは違うっ 本当に俺らのことを考えて、そのため
に力も貸してくれて…!」

そうだろうな …一瞥しただけで、俺みたいなクズにでもすぐにあいつは
違う世界の人間だとわかったさ。
俺とは違う、例え汚されても踏みにじられても、綺麗なままでいられる
…お前と同じ世界の奴だと。

俺とアリババが違う立場になったのは、アリババが王宮に行ったからじゃない。
仮にこいつがスラムに住み続けていても、俺達と同じめにあっても、
アリババはその誠実な純粋さを、失わずにいただろう。


後ろめたさのあった再会なのに、アリババは前と変わらず俺へと笑いかけた。
俺は自分の罪に気付かぬ振りして、幼馴染だ旧友だと笑顔を向ければ、お前は
簡単に心を許した。
自分のせいで国王が死んだという闇にとらわれたお前は、醜さというものを知った。
そして、やっと俺の世界に戻ってきたのだと、嘘めいた友情や後ろめたい相棒と
しての立場で縛りつけ、その葛藤に知らぬフリで
「おかえり」と唇端をあげれば、「ただいま」と笑顔を返す。

そんな日常で、もう俺たちは離れないのだと確信をしていたのに。

お前はこの国の動乱の中、もう「そちら」に属していた。
生まれではなく、身分でもなく、輝かしい…俺とは違う立場に。


お前には、一生理解できないだろう。
離れていかれるぐらいなら、憎まれた方がいいとの歪んだ独占欲。
さあ、その剣をこちらに向けろ。

俺を殺して、俺への罪悪感にとらわれて、お前は生涯、良心の呵責で苦しむだろう。
アリババのその顔を想像するだけで、湧き上がる背徳感は、もはや愉悦だ。

体の奥が疼き、黒い闇にとらわれるほど、深まるお前への執着。
執着が妄執になり、頭の中には黒い靄とアリババの名前だけ。

なぜ、剣を振るうのか。何を倒そうとしているのか。

靄が体を支配し、もう何もわからない。ただ、求めるものはアリババ
なのだと、目の前にいるものを殺して自分のものにしろと、靄が俺を
ひたすらに、動かしている。
アリババ、アリババ、アリババ――!

そして訪れた、命が果てる瞬間。
お前は、誰よりも俺に近い距離にいた。

―だから。
お前の腕の中で死ねるのが、何よりの歓びだと伝えたい。
アリババが、懸命に語りかけてくる。  けれど……もう、何も聞こえない。

代償なく、人のためにわが身を投じるアリババに、その眩しさをありがとう
と言いたいのに。
干からびた喉は、すでに呼吸すらままならない。

――すまなかった

苦しめたかったんじゃない。泣かせたかったんじゃない。
ただその笑顔が、俺の横にと、望んでいただけのはずだったのに。

結局、誰よりも何よりもこいつの涙を流させたのは、俺だった。

どこで間違えたんだろう。
一つになれなくても、ともに歩く道を俺が選べば、アリババにこんな
苦悶に満ちた顔をさせずに、済んだのだろうか。

先ほどまでよどんだ何かに占領されていた思考も、今は俺のものだ。
だけど、お前に感謝を伝えるすべを、何も持たない。

ああ もう、さよならだ。
…俺…なんか…のために、泣く…な。
―ねじ―伏せ…て、…お前、を…手に――入れ…ようと…した莫迦
…のために…慟哭なん……て…

目を射る輝きに、世界が白く塗り替えられていく。

「…お兄ちゃん」
俺の良く知る、シルエットがこちらに手を振っていた。
こちらの世界でなら、お前と同じに暮らしていけるのかもしれない。
柔らかく、優しい光。

もう感じなくなった、アリババの指先が触れる感覚。

―ごめん、な。
そして、さよならだ。

謝罪も別れの言葉もいえなかったけど、今度あったときに一発…いや
十発は殴らせてやるから。
最期の思いすら伝えられないまま、俺はアリババに別れを告げた。


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大丈夫だよ!そっちの世界に行かなくてもカシありひとつになれたお!
究極の愛だよね!の15巻記念
そしてそのまま現パロ世界に続くといい…