馬場くんと樫村くん【お酒】


誰の置き土産か忘れたが、宅飲み仲間のどいつかが持ち込んで、
手付かずのまま、冷蔵庫に転がしていったカルアミルクの缶。
そんな甘ったるいカクテルは趣味じゃないし、誰かがいつか片付ける
だろうと放っておいたら、コイツがやらかしてくれやがった。

喉が渇いたからなんかちょうだいというアリババに、好きなの飲んでろ
と、手元のレポートから顔を上げずに冷蔵庫を指せば、アリババは
四つんばいのまま冷蔵庫へと向かう。

狭い部屋なんだが、そのポーズはどうだ。立って歩け。
お前じゃなかったら女豹スタイルかよと軽い蹴りを入れて、笑うところだぞ。
そして俺にとっては、笑い所だけでなく妙な妄想が入ってしまうのが…恐ろしい。

しばらくアリババのその姿を凝視していたのに気付き、アホか俺はと首を振った。
結局自分で飲み物を出してやっても、手が止まっていた時間は同じだったな
と苦笑して、アリババの手元を見れば、手にしていたのは、あの缶だった。

「なんか頭クラクラするねぇ〜 あ、暑いんだ〜」
えへへと上機嫌に笑うアリババは、言いながらカーディガンを脱ごうとする。
「ちょっ!待ておまっ…何のんで…」
「ん〜?こーひーぎうにう?カシムも甘いののむんだねー」

ダメだ、もう酔っ払っている。
坊ちゃん生活をしていたこいつは、酒の経験なんてないだろうの懸念通り、
ほんの何口かで出来上がってしまっているようだ。


慌てて近寄り、左手でアリババの腰を引き寄せ、右手でカルアミルクを
取り上げると、アリババの眉尻がへにゃりと下がった。
「何で取るんだよぉ 好きなの飲んでいいってカシム言ったじゃん」
「バカよくみろ これ酒だぞお前は飲めねえだろ」
「のーめーまーすーー おいしーーれすーーー!」

飲めてねえよ、どう見ても酒に呑まれてるだろ。
呆れ顔で見下ろす俺に気付いたのか、アリババが俺の襟元をぎゅっと
掴むと、その顔を上げた。

「カシムゥ… それ、ちょーだい?」
アルコールで潤んだ瞳に、とろりとした声。ほんのりと火照った頬は
白い肌を艶かしくすら見せる。

ちょっと待て、その俺の知らない表情は反則だろう。

「…お子様はミルクでも飲んどけ」
「だぁれがおこすわま、だーー!」
「舌が廻ってないアリババ君 お前のことだよ」
「舌 まわすの?廻るの??」
ケラケラいきなり笑い出した、酔っ払い特有の感情の浮き沈みに
こちらは吐息をこぼすしかない。

「おれは、お子様じゃないですよーだ」

――油断した、不意打ちだ、予想外だ。

唇を重ねてきたアリババが、多分知識もないままに舌で俺の口腔をかき回す。

まさかこいつが…と俺の硬直は、そう長くなかった。
我を取り戻すとほぼ同時に、アリババも力尽きたように、くったりと俺の
腕の中へ倒れこんだ。

くぅくうと小さな寝息は、ガキの頃と変っていない。
――さて、目を覚ましても今の出来事を覚えているか。

忘れさせてなんて、やらねえけど。アリババが目を覚ましたときに、確実
にパニックにでもなるよう、互いの上半身を剥いてベッドで揃って寝てみるか。

翌朝の様子を想像してる今の俺の顔は、多分この上なく上機嫌なものだろう。