優しい独占欲

「…ほ、ほら雨降ってきただろ?俺朝に洗濯物干してきちゃった
からさ!」
窓を指差すアリババは、見てみてとばかりに外の様子をアピール
するが、据わった目のカシムの視線は動かない。

「これだけ降ってちゃ今しまってもかわんねーよ」
「や、あの…でも、布団も…」
「布団も?」
ほほうとばかりに、カシムが流した視線の先は、アリババの寝台。
そこに広がる布団は、生活にふさわしく質素なものだが、こざっぱりとしていて、不潔な要素は微塵も無い。

「…布団は、ソコに、ありますデスネ…」
「ソーデスネ」
ふざけているような口調だが、カシムのそれにはアリババに普段見せる、特有の柔らかさが
含まれておらず、アリババのいたたまれなさを肥大化させた。

「で、次は?
お部屋のお掃除しなくちゃいけないのとでもくるか?
それともお腹の子に障るからお医者様から運動禁止されてるの?
それとも呪術師の命令で、潔斎いなくちゃいけないの?
おばあさまの遺言で 私の肌には触らせないの?」

単語を重ねるたびに、少しずつ近づいてくるカシムとアリババ
の距離。
一歩カシムが近づくたび、アリババは呼吸を潜めるように、身を
縮こませる。

無言で、ふかしていた葉巻を床で踏み消したカシムは、細く
吐息をついた。

「…なあ、もういいよ 無理すんな」
「無理って……」
「俺が嫌いだからこれ以上寄んなって一言いえば…」
「嫌いじゃないよっ!!大好きに決まってるだろっ」


なかば拗ねて絡むつもりで、言い捨てたカシムに、これ以上は無い反論がアリババより即座にされた。

「あ…そう…」
互いに顔を赤くし、うつむいた気詰まりな空気は、アリババが
そっと伸ばした指先で、動き出す。

ぎゅっと、カシムの服裾を掴みうつむいた顔は耳まで赤い。
「あの… 俺の覚悟がなかった…だけ…デス…」
アリババの台詞を聞いても、カシムは動かない。
針のムシロにいるようだと、恐る恐る顔を上げたアリババが見た
のは、真顔で自分を睥睨するカシムだった。

「……覚悟、できたようだな」

――ああ、どうしよう
もう逃げる理由がみつからない。

優しくうながすように、カシムの指腹がアリババの首筋を滑る。

カシムの硬質な印象を与える唇がわずかに歪む。
そして独占欲を自覚した苦笑を浮かべ、
「愛してるよ」と一言告げた。

「俺も」と返すより先に、アリババの唇はカシムのそれで塞がれていた。