泣き腫れた眼、掠れた声。 「――わすれ、るから…」 まだ濡れた目で、寝台の上に体を伏せたまま紡ぐ言葉は きれぎれで、アリババの混乱はまだ納まっていないのだと俺に教える。 「わすれる、から …昨晩のお前、酔っ払ってたんだよな? おれ、は気にしない…忘れるから、カシムお前も…」 アリババの言葉が終わる前に、俺は再びその上に圧し掛かり 両掌を枕の脇に押し付け、逃げ道をふさいだ。 ひゅっと小さく、こいつが息を飲んだのは無意識だろう。 「びびんなよ」 唇の片端をあげ、アリババの頬へ指を這わせる。 「忘れさせてなんかやらねえよ ああ、それとも覚えるまで何度も何度も 抱いてやろうか?…昨日みたいに、お前がすがりついて許してって繰り返すまで」 酒をほとんど飲んだことのないアリババが、杯を重ね上機嫌に 酔ったまま俺の部屋に来たのに、たいした理由がなかっただろう 。 酔っ払いらしい理屈もなにもないたわ言は、俺がキツい冷たいだのの愚痴で、こちらが聞き流すと 膝にのしかかる勢いでこちらを見ろと主張する。 「俺ら、家族なのに」 上気した頬、上目遣いで睨む濡れた瞳、首筋から胸へと続く白い肌が、襟口から覗いているのにも、 アリババは気付いていない。 俺の中の、澱んだ血液がぞわりと沸騰した。 何をしているのかと自覚するより先に、アリババの腕を引寄せ、噛み付くように口付ける。 家族なんかじゃない。 お前は黒と灰と、澱んだ茶色しかないあのゴミダメみたいな世界でも、一人太陽のように輝いていた。 金色の眩しさは、暖かくて優しくて、腐った俺でも生きていける気がする力をくれていた。 だが、あそこはお前の世界じゃなかった。 アリババへの迎えが来た時、絶望感と同時に理解した。 「ああ 太陽は元の世界へ帰るのだ」ということ。 腐ったこんな世界を離れて、幸せになればとの祈りは嘘じゃなかった。 だが、当たり前のように存在していた太陽が、俺の世界から消えたとき――すべての色が、世界から消えた。 そして、お前は帰ってきた。 俺の元に。俺の下に。 何故、今でも俺に対して、笑えるのか?何故、俺の名前を昔と変らず呼べるのか。 凍っていた心臓が、溶け出すように。アリババの声が、顔が、俺に世界を開いていく。 ああ、俺の世界はお前とともに。 だが、綺麗な太陽をどうすれば俺の穢れた世界に、呼び込める? 汚せばいい。 俺のようになって、俺の世界の一部に堕ちて、アリババは俺とともに生きていく。 乱暴に引き裂かれた服は、そのままアリババの腕を拘束する縄になり、白く滑らかな肌は剥き出しとなる。 胸の飾りを弄っても、アリババはまだ信じられないと言う目をしていた。 逃げようとするその腰を強く引寄せ、無言のまま俺は猛る楔を打ち込んだ。 「ひぁっ…… やっ やだぁっ やっやめっ…カシ…」 普段の明るさからは想像もつかない、艶めいた声。 のどを引きつらせ、泣きじゃくるその声ですら、俺をひたすらに酔わせるだけだ。 何度も何度も、腰骨がぶつかる勢いで貫き、俺の痕を刻み込む。 俺の罪深さを、浅ましさを何度もそそがれて、押しとどめようとする叫びは、いつしか 「も…う… 許して…あっやっ やだぁ…」 許しを請う懇願へと変った。 アリババが、気を失って壊れた人形のようになっても、俺はひたすらにその体を揺さぶり続けた。 忘れさせてなんか、やらない。 罪のないアリババを、俺で染めて冒涜しつくしてやる。 「俺から…離れないよな アリババ?」 肉食獣のような、カシムの笑み。 呆然と見上げるアリババは、しゃくりあげながらそれでも離れるつもりはないと、小さく呟いた。 その言葉に、カシムから獰猛さが消える。 そして、その顔はあどけなさを含んだ昔の笑顔へと変り、カシムはアリババを強く抱き締めていた。 |