「仗助くん億泰くん…?はじめまして」とにこやかに笑う姿は、億泰と仗助の想像していた『承太郎の友人』とはかけ離れたものだった。 「花京院典明です よろしくね」 杜王町には、調査に訪れたと述べる花京院は、静かに微笑を崩さずに頭を軽く下げ、手を差し伸べてくる。 「東方仗助っス…」 握り返した掌に続く手首は、驚くほど細い。 じっと見詰める仗助の視線に気が付いたのだろう、花京院は、少し緩めの腕時計を揺らし「ちょっと長く入院していたせいで、 筋肉が落ちてしまってね…みっともないなあ」と困ったように眉を寄せた。 その仕草がなんだか、可愛いともいえるふわふわした反応で、周囲にはあまり縁がない行動だと微笑ましく思いつつ、 仗助は自分の視線の無礼を詫びた。 「承太郎は少し遅れてしまうそうだ 二人とも甘いものは平気かな?よかったらお茶でもご馳走するよ ここのチェリーパイはオススメなんだ」 ホテルに泊まってから、連日食べていると幸せそうに花京院が述べると、なんだかこちらまで幸せな気分になってしまう。 男三人で、チェリーパイを頬張る図というのは、一見異様かもしれないが、うまいウマいと全員が楽しげであれば、それもまた微笑ましい。 「花京院さんもスタンド使いだったんスよね?どんなスタンドだったんスか?」 「…承太郎からは何も聞いていないのかい?」 「いや、えっと…綺麗なスタンドだったとしか」 その言葉に一瞬目を丸くした花京院が、「承太郎らしい」とクスクスと笑った。 「…まあ彼は寡黙というか無言実行というか…説明には不向きだよね 学会発表なんてどうしているのか、いつも気になって仕方がないよ」 ベラベラしゃべって、パフォーマンス付きで解説する承太郎…と続け、自分の想像にブフォッと噴出す花京院。 憧れる落ち着いた大人としか、承太郎を考えたことない少年二人は脳内で想像するのも、苦行となるイメージしか沸いてこなかった。 「ああ、ごめんね…」 ひとしきり笑った後、目尻を指で拭った花京院が仗助たちに向き直る。 「ここだけの話なんだけど…」 声を潜める花京院が続けた。 「…実は…僕はジョースター家限定のフェロモンの持ち主なんだ」 衝撃の言葉に仗助と億泰の動きがとまる。 「フェロモン…?」 「そう そのせいで肉体がジョースター家のDIOに攫われたり 対ジョースター家の武器として承太郎と敵対したこともあってね…」 口元を押さえて、俯く花京院は小さく震えていた。 もちろんスタンドがフェロモンなどというのは冗談だ。 困惑する仗助に「俺には効果ないみたいっスよ」と言われたら、種明かしをするつもりだが、真剣に自分を見詰めてくる二人が、 花京院はおかしくて仕方がなかったのだ。 「あぁ!それでなんスねっ!」 …元気よく仗助から返って来た声は、花京院と予想と違っていた。 「ん?」 「やー俺どうしようかと 男相手にドキドキしたなんて初めてで マジなんでだよと思ってたんすよ! 今みたいにスタンド使ってなくても影響あるんすかね」 へへへと頭を掻いて笑う仗助の頬は、気のせいか赤い。 「…んん?」 少し会話のズレがあったような気もしたが、冗談で済ませるつもりの花京院は、相手も乗ってくれたのだと気軽に判断をし、微笑を無言で返す。 「あー 承太郎さんも昔フェロモンにやられたりしたんすか?」 「勿論さ …僕にメロメロになってね大変だったよ」 「へぇーメロメロ!」 チェリーパイの欠片を口元につけたまま、花京院の方に問いかけた億泰の視線は、何故か花京院のはるか頭上だ。 無言の圧迫を感じた、花京院の紅茶を持つ手が震える。 こぼさぬよう、受け皿に戻したティーカップは、それでも震えが伝わってカチカチと音をたてた。 「承太郎……いつ…から…そこに…?」 「テメーのジョースター家限定フェロモンに俺がメロメロだって辺りだな」 (いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!違うんだ冗談なんだちがうっ!Nooooooooooo!うわぁぁぁぁっ!! ジョースターさん助けてっ!ここに現れて否定してっ!!!) 仮にこの場にジョースターがいたとしても、あの性格の当人なら面白がって「おうっ!メロメロじゃっ!」と、豪快に親指をたて、 さらに混乱を招きそうだが、今の花京院にはそこまで計算がまわらない。 内心の絶叫とともに、頬を赤くしながら、蒼ざめるという器用な表情の花京院。 その後ろに、堂々たる体躯を誇るかのように立っていたのは、噂の承太郎だった。 「すごいっすねェ…承太郎さんがメロメロになったんすか?」 「…ああ メロメロだぜ」 静かな耳朶に響く声に、花京院のいたたまれなさが、いやがおうにも増す。 「仗助もいまのうちに ワクチン対策しておいた方がいいな」 言うなり、承太郎の長い指が花京院の頤をすくい、そのまま口接けた。 「むっ!?んーーっ!!」 喉奥からうなり声を上げている花京院は、不本意なのだろう。 じたばたと暴れてはみるが、圧倒的な承太郎の力の前では無力だ。 「うぉっ…すげー生ディープ」 「えっ ちょっ…!何して…」 公衆の面前での、濃厚なキスシーンに顔を赤らめつつも、青春真っ盛り時代の仗助と億泰は、目が釘づけになってしまっている。 「ぷはぁっ ちょっ…承太郎!なに考えて…」 口元を拭いながら、涙目で抗議する花京院に迫力はなかった。 一方、無言ながらも何故か怒りのオーラを放っている承太郎は、その表情を崩す事はない。 「ジョースター家対策の特効薬は、花京院が他の奴とキスをしている姿を目の前でみることだ」 淡々と告げる承太郎に、羞恥はかけらもなく、純粋な高校生はただただその言葉を受け入れている。 (もっともらしい事を平気で述べやがったーーーー!) いまさら「冗談でーす!」ともいえない花京院は、目線を反らし、ひたすら石に徹していた。 石になることで世間を遮断していた花京院だが、そのままの情況が許されるはずもない。 「仗助 花京院は入院していたせいでスタンドが使えないんだがな無意識にフェロモンを出しやがる」 (うぉぉぉいっ!そんなウソ設定を続けないでくれ!) 内心では慌てふためいている花京院は、固まったままでいるので、体調が悪いようにも見える。 どうしようこの後どうしようと悩む花京院の悩みは尻目に、なぜかそのまま承太郎へと抱きかかえられた。 「うおう姫抱きってマジ初めて見たぜ」 「やーイケメンがやるとカッコイイよなあ」 (ちょっと待って!姫抱きされてるのが男!!そこ突っ込んで!!) もう考えるのはやめようと、目を閉じた花京院に、少年たちの賛美の言葉は、ひたすら恥ずかしく痛い。 「無意識とはいえ能力を使うと、コイツの体調が悪くなるんでな今日は連れて帰るぜ」 「あ、はい じゃあまた!」 3人のお茶代にしては少々多すぎる金額は、いつのまにか伝票の下に置かれていた。 「で、仗助までメロメロにした観想はどうだ」 「…意地が悪いな、冗談だったのに…」 ひたすら顔を赤くし、罰の悪そうな顔で俯く花京院は、実際に仗助が好意100%の目線を送ってきていたことに気が付いていない。 「…ヤレヤレだぜ」 年下の叔父に釘を刺す羽目になった、若き海洋学者は誰にも知られぬよう、小さく溜息をついた。 オマケ 「こんな時間にホテル戻ってどうするのさ」 「ジョースター家の奴と会う前に、フェロモンを搾り取っておいた方が良さそうだと思ってな」 「……えーっと……?」 翌日改めて仗助たちと対面した承太郎は満ち足りた顔をし、その対照に花京院は何故か、疲れ果てた表情をしていたという。 |