高慢男の心がけ


「あ、ビーグル」
その一言で、自分を睨みつけていたキョーコの視線は
即座に力を失い、むしろ伏せがちに逸らされてしまう。

(…何でココまで怯えんのか、理解できねーけどな)

 自分を落ちこませていた相手、モノマネパクリヤローを
犬呼ばわりした本人・キョーコは、
過剰なまでにビーグールの名前に反応をしていた。

 一緒にいた頃は、たいていほわほわとした笑顔を浮かべ、
見せなかった表情。
 離れてから知る、キョーコの行動や
言動が自分にとってどんな意味があったかを、深く考えるように
なった尚は、小さく震えたキョーコの指先に気付き、
反射的に盾になっていた。

 自分から徹底的に搾取し、その地位を狙うらしいバンドになど
腹立ちしか感じない。いやがらせにキョーコを狙うなど
チャンチャラおかしいが、それでも気に食わない相手に
譲ってやるつもりも、毛頭ない。

 そう自分に言い聞かせ、キョーコを見守る尚は
傍目からみれば、『あの 尚が 新人キョーコちゃんに
気があるらしい』と噂されても仕方ないものだった。

 キョロキョロと周囲を確認し、レイノの姿が消えたことを
確認したキョーコは、小さく吐息をついた。

「あんな 犬っコロバンドヤローに 言われ慣れねぇこと
言われたからって、ビクビクしてんなよ」
「だっ…! 誰がビクビクなんて…」
「お前は、俺のコピーごときにナメられたんだぞ?
本家の俺を睨む勢いがあるんだから、そのパワーを使ってやれよ」
「………」

 何だかわからないけど、生理的に怖いと感じて
しまった事を、どう伝えたらよいのかとキョーコは迷う。
今の自分は、憎しみを糧に生まれたものなのに、
その足場をたやすく崩されてしまいそうな恐怖。

「…仕方ない。ちょっと待ってろ」
「…?」

 別に待つ義理などこれっぽちもないのだが、
何となく連れだって歩いていたキョーコは、そこで
一人歩き回る勇気もなく、大人しくロビーの隅で立っていた。

「ホラよ」

投げ渡されたのは、1つのカセットとヘッドホンステレオ。
今やMDが主流の時代、尚が持ち歩くには不似合いといっても
いい代物だった。

「それでも聞いて、力取り戻すんだな」

 見覚えのあるソレは、故郷を捨てたばかりの
お金が無い頃、尚が好みそうなラジオを収録していた
ものだ。健気な自分を思いだし、眉間に皺をよせるキョーコ。

「…別に、私はお笑いとかそれほど興味ないんだけど」
「知ってる。俺に合わせて聞いてたレベルだろ。
…それじゃねぇよ」

 無言で再生ボタンを押され、イヤホンを押しこまれたキョーコは
耳を澄ませる。

『ほんなら、今日の放送はココまで〜明日は…』という
パーソナリティの後ろで響く、小さな声。

小さくドアを開ける音。パタパタと遠ざかる足音は
玄関に迎えにいった、キョーコの足音。
「…あ、尚ちゃん おかえり〜。 今日の放送もカッコ良かったよ
この世の奇跡って感じで、存在がそこだけ光輝いてるの〜…」

イヤホンを外し、取り出したカセットを即座に壁に叩きつけるキョーコ。
『こんなバカな女だったのねっ!! 私って!!!
あぁ、憎い こんなピュアな愛情を、クズ男に向けていた自分が
憎いわ〜〜っ!』

 背中に怨キョーコを数十と乗せたキョーコのパワーに、
尚は少し後ずさった。

「私、これから撮影あるの! とっととスタジオいったらバカ息子!」
スタスタと真っ直ぐ進んで行くキョーコに、もはや怯えの影は
微塵もない。

(ま、元気は出たし…ヨシとするか)

 古びかけたカセットは、今だに自分の元気の源だった。
スタイリッシュな自分にふさわしくない、と
思いつつも捨てられず、持ち歩いている思い出の品。
 見た目だけでなく、中身を知った上で純粋に自分を賞賛する
キョーコの声は、いろんな時に力をくれていた。

 自分への怨みを増上させた自覚はある。
…が、幼馴染みへのささやかな恩返しに役だったことを
内心喜び、尚は落ちていたカセットを、ポケットへとしまって
スタジオへと向って行った。


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尚×キョーコです。 普段かっこつけてるくせに、キョーコちゃんの
前だけでは墓穴を掘ってしまう行動しかできない
松太郎がお気に入り。