ポイズン


 クローゼットの隅で、密かに眠っている一式のスーツ。
ブランドで纏められた、新品同様のそれらは、
無限城の中で着ることは、もうないだろう。

 なのに、今だに捨てずに
いるのは、自分への戒めの為だった。

 戦いに明け暮れつつも、幸福だと
思える現在、タワーズアートに属していた
期間の事は、苦い記憶になりつつある。
 
---だが、それでも。

 絃術師オルフェウスを
己の配下にした時の、充実感は
今だに拭いきれないのだ。

 己の下で、快楽に負けまいと
喘ぐ花月。
 滑らかな、白い肌。 しなやかな、肢体。
紅い唇を噛み締め、まっすぐに自分を
睨み付ける双眸を、虐げ その涙を啜る
歪んだ支配欲。
 どれもが甘美な記憶として、今でも
自分を酩酊させる。

 苦い痛みと、甘い陶酔。
捨てきれずにいる、俺だけの記憶。
 
 花月がこのスーツを見つけたら、どんな表情をするだろう。

気取られぬ程度に、眉をひそめいぶかしく思うだろうが、
…俺が「愚かな己の、象徴だ」とでも、背後で
呟けば、懸命にそれを打ち消すに違いない。
「君は 君なりに懸命だった」と。

 その瞬間の花月は、他の誰でもない。
俺の事だけを、考えている。

無限城での統制を狙う為 
あえて酷薄な仮面を欲していた花月。
オルフェウスと言う仮面は
その 優しさ故の厳しさから 生まれたモノだったのか。
統制という 重圧を捨て 変わりに得られる安堵。
そして それを 操り 蹂躙する
醜く 無様な オノレ…


 麻薬のように、記憶を支配する、それらは
過去の 捨てきれないモニュメントだ。

 日課のように、開けては想いを馳せる
クローゼットを閉じ、俺は花月の元へと
今日も向かう。


   --了--
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俊樹独り語り 
ゲストさせて頂いた小説の再録です
少々 加筆あり