宴の始末

(何でこんなことに…)
鼓動が全身で聞こえるようだ。
 楽しい宴の最中から、無理矢理引っ張り出され
十兵衛の部屋へと連れこまれた。

月明かり、重い沈黙の元、自分を見下ろす十兵衛と俊樹に、
花月は泣きたくなった。



「前のお詫びと、お礼と打ち上げと… まぁ理由は色々あるんだけど、
1度 皆に改めて挨拶はしなくちゃと思ってさ。
 無限城で宴会やるから、花月君も参加してよ」

マクベスからの誘いで、久しぶりに顔を出した無限城。
 宴会場にはすでに、ヘヴン・卑弥呼・鏡・笑師・士度…
見慣れたメンバーが、揃いはじめていた。

「あ、いらっしゃい」
にこやかに微笑み手招きする朔羅に、マクベスが小さく声を掛ける。
「駄目だよ、朔羅。花月君の席は指定済み。…十兵衛と俊樹の近くに
おいとかなくちゃ」
 クスクスと楽しげな会話に、花月も小さく笑う。


「えーーーっとねー じゃぁ、8番!腰に手を当て
スキップ宴会場三周!!」
「ちょっとぉ! 8番私よ!?」
「うわーーヘヴンさんのスキップだぁv」
 宴会はすでに盛りあがり、ほろ酔い気分で騒いでいるうちに、
いつのまにか王様ゲームが始められていた。

「4番・犬のお巡りさんを大声でフルコーラス!!」
「2番が6番にオデコチュー!」
 ゲームはかなりの回数こなされ、参加者は、それ相応の負担を 
しているのに、何故か十兵衛・俊樹・花月の三人は、一度も罰ゲームを追うことなく、
花月は楽しげに、俊樹は相応に、十兵衛は無表情に座っていた。

「くっそぉ 涼しげな顔しやがって…」
 鏡にオデコチューをされる破目に陥った蛮は、毒を食らわば皿までの
心境で、常と変らぬ元風雅三人を睨む。
 何とか巻き添えにして、このハイテンションの渦に巻き込もうと
企んだらしい。

「あーーワタシが王様v そーねぇ1番! 5番にホッペチュー♪」
高らかに笑いながら、ヘヴンが自分の王様クジを左右に振る。
「1番… 俺だ」
眉をしかめ、仕方なさそうに1番クジを見せる士度。
「5番 だれだれ?」
「あ…僕だ」
軽く下を向き、番号を確かめた花月が片手を上げた。
「わーじゃぁ、士度が かづっちゃんにちゅーだぁ!」

瞬間、花月の両隣にいた二人から、無言の威圧を受け
思わず卑弥呼の後ろへ隠れる、銀次。

(オイオイ、何でよりにもよって、こんなややこしいのが
俺に来るんだよ)
 顔を覆いながら、悩む士度。
 だが、根本的に違うのは
十兵衛と俊樹が反応したのは、相手が士度であったこそだからだ。
 花月の相手が、マクベスやヘヴンであったら
二人のマークにはひっかからず、盛りあがりは続いていたに違いない。
 『こちらに一歩でも、踏みこんでみろ。 貴様の安全は保障しない』
のオーラを纏う騎士と侍。

「…ゲームなんだから、水挿さないでよね」
溜息付いた花月が立ちあがって、士度の方により、お題はクリアされた。

「…なるほど」
ニヤリと不穏に笑う蛮。
 三人まとめて動かすなら、とにかく花月を引っ張り出せばいいと
結論したらしい。

「よっしゃーー! 俺が王様だ!!」
拳を握り、勢い良く立ちあがった蛮。
「3番!! マクベスのバーチャルで女体化!!」


どんな卑怯ワザを使ったか、自分が王様となり、花月の番号まで
しっかりチェックをしていたらしい。
 女の子がクジをひく可能性という言葉も、きれいさっぱり忘れ
お題を 強く叫ぶ。
「…………僕?」
ぽつりと呟いた花月。

 瞬間、俊樹のブランデーグラスがピシリと音をたて、
十兵衛の持つお猪口が、ミシミシと鳴った。
「おー絃巻き、てめーか。ま、半日 ちょっとオアソビに付合って
バーチャル体験してみろや」
白々しく肩を叩き、高らかに笑う蛮は、あからさまに嬉しそうだ。


「…わーーかづっちゃん グラマーーv」
見るなり、ぴょこんと抱き着いてくる銀次を、笑って受けとめる花月。
 ヘヴンほどのボリュームこそないが、出るべきところは出て、きゅっと
しまった腰付き。 剥き出しの肩の線は、丸みを帯び、眼の毒なほどだ。

「一応、花月君のラインを計算して出てきた数字だからね。もし本当に
花月君が女の子だったら、そのままの体型になるはずだよ」
クスクスと愉快そうな、マクベスの声。
「はぁー まぁキレイやとは思っとったけど、
ちょっと躰の線が違うだけで
雰囲気も、えらいかわるもんやなー」

 元々、女性と見紛う美貌の花月だが、それでも普段ならどこかに
硬質なラインが残り、それが一種の近寄りがたさを醸し出していた。
 だが、今の花月はどこをとっても柔らかく、反応こそ様様だが
男の性を刺激する存在になっている。

「十兵衛ハン・俊樹ハン 暗いでぇ〜!?もっと酔わんと!」
水を指すなと厳命を受けた手前、据わった目で
花月に群がる男どもを睥睨続ける二人を、酔っぱらった笑師が
軽くはたく。
「………それなりに、酔っている」
「……あぁ」
冷たい声音と表情に、地雷を踏みかけたと気付く笑師は
あわてて視線を反らした。

「すごーーい これがバーチャルねぇ、本物としか思えないわ」
「あの…くすぐったいです…ヘヴンさん…」
ものめずらしげに、正面から花月の胸を軽く揉むヘヴン。
「いやーーんv 感触もプニプニで気持ち良いv
ホラホラ、朔羅さんも触ってみなさいよ」
 酔っぱらっているヘヴンは、親父モードに入っているらしい。
困って躰を竦ませる花月の、胸といい腰といいを揉んだりつっついたり、
やりたい放題だ。
 …見ている男達が、そのあまりにアヤシイ光景に、視線が困るほどに。

「良いなぁ…」
ようやくヘヴンから解放された花月が、身繕いをしているのを見て、
銀次が、ぽつりと呟いた。
「?」
女体化して、ヘヴンに弄ばれたいのだろうかと、首を傾げる花月に、
「かづっちゃん 俺も抱っこしていい?」
真剣に問い掛ける銀次。

 銀次のセリフに、俊樹の掌のグラスは、断末魔の悲鳴を残し、砕け散り、
手酌で酒を注いでいた十兵衛の左手の内で、徳利が鈍い音と共に
二つに割れた。

無言の牽制を漂わせる十兵衛と俊樹。
禍禍しく冷たい空気が、フィルターとなって、周囲の空気を徐々に染めてゆく。
正面に立っていた笑師など、すでに 悶絶死状態だ。
 
 唐突な申し出に、一瞬目を丸くした花月だが、
銀次の声に、邪なものがまったくないのに気付き、軽く微笑む。
(お母さん…への憧れって感じかな? 銀次さんもあまり母親の
記憶ってないようですし…。 元々男の僕じゃないと頼みづらいことですもんね)
「良いですよ。 どうぞ」
 抱っこのポーズをとった花月に、銀次の顔が輝いた。

一方、周囲の空気。
 空気が、濃密で背中に何かがのしかかるように、重くなっているのは
ひとえに冷ややかな沈黙を続けている二人組のせいだった。

薄暗く凍りついた空間に、遠巻きで座る残りのメンバー。
 全員の姉的存在である朔羅でさえ、困って見遣るばかりだ。

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