贖罪〜幕間〜

「あのね…逢わせたい人がいるの」
 頬を微かにそめ、上目遣いで自分を見るミモリ。
内緒よ、とでも言うように 唇に指を当て
幸せそうに 微笑む様子に、
こちらまで 幸せな気分になってくる。
「逢わせたい人?…恋人だったりして」
 親友ミモリの様子が、最近時折
妙になるのは、気付いていた。
いきなり上の空になったり、突然 嬉しそうに
髪を指に絡めたり。
「…!すごい やっぱり 私の親友だわ
 何も言わなくても、わかるなんて」
 私より、若干淡い色の瞳を丸くして、
驚く様子のミモリ。
 無邪気で 可愛い妹のようなこの子が、
恋をした、というなら 誰よりも祝福してあげたい。
 そう、その時は紛れもなく本心から そう思っていた。
…あの 男に遭うまでは…


「ショウちゃん って言うの」
 私の驚愕に気付かず。ミモリが微笑む。
「ショウちゃん こっちが 私の
一番の親友、キョーコよ」
 そう言って、軽やかにその身を翻したミモリが
私の肩を、軽く押した。
 反射的に、身体が震えたのを、
ミモリが気付かなかったのが
せめてもの救いだ。
(-------悪魔--------!)
 無意識に、穢らわしい物を見る目付きに
なった 自分の狭量さに、瞬時 眩暈がした。
相手の 存在 全てを 否定するつもりはない。
…だが…。

「…ミモリ! あの男はダメよっ
アイツは 悪魔よ!?」
私の悲鳴にも似た叫びも、もうミモリには届かない。
耳を塞いで、無言で首を振り
(どうして、そんな 酷いこと言うの?)
と 哀しげに唇を噛むだけ。 
「貴方が幸せになってくれる相手なら、
何も言わないわ!でも、アイツはダメよ、
天使が悪魔に恋をしたら、それだけでその
資格は剥奪されるわ!」
「…それでも いいの」
 視線を外したまま、呟くように…
それでもしっかりと ミモリは続ける。
「私は…幸せよ」
(ダメよ、駄目。 貴方は一杯大事なものが
あるじゃない。暖かな家庭も、慈しんでくれる両親も
大事に思ってくれてる 私以外の友人も!)
 
 脳裏に浮かぶ、引き合わされた男。
 煙るような銀糸も、端整な容貌も
…見映えだけなら、ミモリにお似合いな
相手だった。
 相手が、悪魔でさえなかったら。

(貴方なんか、ミモリにふさわしくない!)
そう睨む私を見て、アイツは嗤った。
私の魂の奥底、醜さまで見透かす
紅の双眸が
『天使のクセに、冷酷な貌だ』
と悔しいまでに
余裕に満ちた 態度で私へ告げていた。


「…ミモリに 関わらないで」
「…いいぜ」
ミモリとショウが、逢引に利用しているという
森奥の廃園。 そこに先回りして、
キョーコは ショウを待ち構えていた。
 意を結し、決死の覚悟で告げた言葉を
あっさり了承され、呆気にとられる。
その表情が 可笑しかったのだろう。
クスリ、と笑ってショウがキョーコへと
顔を近づけた。
「…お前が、俺のものになってくれるならな」
 
 思わず振り上げたキョーコの手。
その細い手首を封じ、ショウがキョーコを
壁際へと追い詰めた。
 
「アンタ達は 俺達に心を奪われたら
『堕落』になるんだろう?…なら、心以外を
俺にくれよ」
 鼓動が早まる。皮膚の細胞 隅々までが
冷たい霧に 纏わり付かれたように
神経を 麻痺させた。
「…何…を 言って…」
「ミモリは心も 身体も全て 俺のものだ。
…それを 止めたきゃ、アンタも身体を張れよ」
 耳元で 囁かれる 言葉。
だが、それは 甘い毒だ。
 なのに、どうして… その毒を注ぐ
この男の眼差しは、優雅なまでに
優しげなのか。
 慈しむような 微笑みは、ミモリだけの
物の筈なのに。 

 鈍く銀に光る指輪が、いくつも嵌った
長い指が、キョーコの滑らかなラインを描く
顎を掴む。
 背に通る、甘く低い声。
「…俺のモノになる 決意が付いたら
満月の晩、あそこに来い」
 ショウが指し示す、廃城の バルコニー。
 
 ふと我にかえると、ショウは既に
こちらへ背中を向け、遠ざかっていた。

 すぐにでも、後を追って 頬の一つでも
叩きつけたいと、唇を噛み締め
立ち尽くす。
 …ショウの指したバルコニーで、起こる悲劇を
まだ、彼女は予感していなかった。


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ミモリちゃんは、本誌でダイアナ(キョーコ命名)と判明。
が、今更直すのも何なので このまま行きます。
贖罪の キョーコちゃんサイドでした。