役目の裏側

「ねぇ、キョーコは出るの?」
互いに少しずつ多忙になり、久しぶりに顔を合わせた
モーコの手には、一通の手紙。

「出る…?何に」
「こ・れ」
差し出された紙には「芸能人 新春かくし芸大会」
 
おざなりともいえる、定番正月だが 一応名の売れてきた新人には、
それなりのPR効果が 高い番組でもある。

「あ、モーコさんも出演依頼が 来てたの?出れるなら
一緒に練習とかできるね」
「…も って事は、キョーコにも来てるのね」

「……うーん 私に、というか…」
キョーコが、小さく首を傾けた瞬間、背後から声が掛かった。

「わ、二人とも今年デビューで その番組に 出れるんだ。凄いね」

 にこにこと笑う表情は、心の底から おめでとうと言っているようだ。
「いい人」こと蓮のマネージャー、社である。

「あ、いえ…私は 売り出し路線が違うから、お断りさせて
頂こうと チーフと相談していた所なんです」
手を振る モーコに、社が答える。
「そう…勿体無い気もするけれど、そういう姿勢も大事だよね。
…そういえば、蓮も 今年は出るんだよ?」

「「えぇっ!?」」
 綺麗にハモッた二人の声に、社が首を傾げた。
「…そんなに意外かな?」
「意外ですっ!敦賀さんがタップダンスとか
トランプマジックとか、空手演舞とかやるんですか?」
「お、落ち着いてキョーコ。確かにシルクハットや燕尾服の敦賀さんは
想像したくないけど、…ワイルド系の衣装と
舞台装置なら、かっこいいかもしれないわよ?」

「そ、そうね 今流行りのラップ系で、舞台も暗くして、衣装も革の黒…
アクセサリーに 鎖なんかを付けて うん…かっこいいかも…」

 とっさに頭に浮かんだのが、シルクハットに
蝶ネクタイ、七色のスポットライトで タップを踏む蓮の
姿だったキョーコは、モーコの言葉に安堵を取り戻す。

「ははは、そんな蓮だったら俺も 見てみたいけどね。
そっちじゃなくて、今回は審査員だよ…で、キョーコちゃんは出るの?」
「ででで、出ませんっっ」
間髪いれず返した言葉に、怪訝な表情を浮かべる モーコ。

「あれ…でも…」
「出ないったら、出ないんですっ。敦賀さんにも
絶対そう言って下さいっ」

「…どういう事?」
 社が立ち去った後に、小声で尋ねるモーコ。
先ほどはキョーコ自身が、「一緒に練習」と言っていたのだから 当然の疑問だろう。

「えっとね…依頼がきたのは、坊の方なの…」
 酉年、という事もありマスコット出演として 決定付けられていた。
「あぁ それで… と言う事は、敦賀さんにまだ、正体ばらしてないんだ」
「まだも何もっ!これは絶対秘密なのっ。一生秘密!
チーフにもスタッフさんにも 坊の正体はナイショという事で、 通してもらってるんだし…」

 実際は、素顔の蓮と触れ合える『坊』の 仮面を失うことが怖いキョーコなのだが、
対外的にはそう通していた。 失うだけではない。真実を知ったとき
少しでも 蔑まれてしまったら……想像するだけで、胸が痛む。

 (好きとか嫌いの問題ではなく、
一人の一種対等の存在として認められている坊を、
なくすのがイヤ …敦賀さんだって、目下の私に
弱み握られちゃうみたいで イヤよね…)
と自分には、納得付けていたキョーコ。

それが 淡い恋愛感情から 来ているとは、まったく気付いていない。

 後日 貰った台本で
『坊 審査員 敦賀蓮に ハリセンで激しくツッコミ』
の一文を見たキョーコは、
激しく『正体がばれませんように』と祈っていたらしい。

「神様仏様 大魔王様にハリセンをぶつける役を 何故私に〜〜」