内緒の意地悪

「ミールキちゃん」
すかさず 腰に廻してきた尚の手を
軽くはたいてかわし、肩越しに 振り返る春樹。

「アイツと… 何話してたのか
聞いてもいいかな」
 そういう尚の視線は、今バッグに仕舞ったばかりの
携帯に向けられている。

(ふぅ…ん やっぱり気になるのね)

尚が絡んでくる直前までは、キョーコちゃんと
互いの携帯ナンバーを 教えあっていたのだ。

 彼女との仕事が、充分満足であったから
またいつか 一緒に仕事したい と告げたら
こちらまで 恥かしくなる程 頬を染め
 大袈裟に喜んでいた様子が、可愛かった。
 思い出して 軽く 吹き出してしまう。

「私、携帯にまだ10人も入ってないんです!」
 互いのアドレスなども、交換した後
にこにこと その画面を眺めるキョーコ。
 こちらとしては、その数少ない中に
天下の敦賀蓮のナンバーが 入ってる事も
気に掛かるが、そこはそれ。
 業界のお約束として、触れずに置く。
「あら、じゃぁこれは 秘密の携帯?」
「え…いえ 別に秘密って訳じゃ…」

 友達がいないから、とはさすがに
口にしたくないから うやむやに目線を反らすキョーコ。

「じゃぁ、緊急の仕事とかで
連絡取りたがってる人がいたりしたら、教えてもいいのかしら?」
「あ、はい 勿論です」
「…尚にきかれたら?」
「っダメぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 軽く聞いたつもりだった春樹に、鬼気迫る表情と化した
キョーコが、がっしりと腕を掴む。
 無言ではあるが、…気のせいだろうか
背後に『言ったら 祟るわよ〜怨むわよ〜泣くわよ〜』と
いったオーラが見えるのは。

「わかった、言、言わないから。安心して」
そう なだめてキョーコと別れた直後の、尚の来訪。
 底が浅いというか、まだまだ 可愛げがあるというか
歳上の女の余裕で、尚を見上げる。

「で、キョーコちゃんの携帯知って どうするつもり?」
「うっ…え いや俺は一言もアイツのナンバーを
知りたいなんてっ!」

(ほんと、本人達がどう言おうと
こんな バレバレで 他人を通そうなんて…
二人とも 面白いわ…)

「女の子のプライベートナンバーを
聞き出すのは、君の特技の一つでしょう?
ツマミ食いしてる女に、本命のアドレス聞こうなんて
失礼よ」
「だ、誰が本命だっ! あんな つまんない
俺の好みから まったく外れてる女…」
「じゃ、もし 仮に 私が
教えてあげたとして… その後
どうするの」
「どうするって…」
「普通は聞いた相手の子を誘うのが、目的でしょ。
…誘うの?」
「誘うはず、ないだろ」
「じゃ、子供みたいに 悪戯電話でもする?」
「しねーよっ」
「…じゃぁ、何の為に知りたいのかしら」

 本気で考え出した尚の様子に、
春樹の心の中では、笑いが止まらない。

 好きな子の、携帯を知りたいというのが
誰より自然な答えなのに。
 絶対それを 否定して 認めようとしない尚。

 キョーコちゃんはキョーコちゃんで、
これだけ怨みに思ってる相手に、ナンバーを知られたって
着信履歴で 逆に相手のナンバー広める嫌がらせぐらい
できるのに。

 ま、でもダシにされる立場は
ちょっと ひっかかるので、さりげなく 意地悪。
「そうよねぇ、敦賀蓮が キョーコちゃんと
携帯で やり取りしてるんだもの。
尚としては、面白くないわよねぇ」

 ぴきっと 音をたてんがばかりに凍った尚は、
内心 負けを認めたのだろうか。
頭を抱え『そんな …俺が…この俺がぁっ』
と 呻きはじめている。

 スキャンダルはごめんだけど、
退屈もキライ。 もうしばらく二人の進展見守らせてもらうわ。

 悪戯っぽく微笑んで、ハンドバックを軽く叩く春樹の
足取りは軽かった。