妄想幻想 (後)


「フ… 悩んでいるな」
 様々な 理解を超える出来事が
繰り広げられ、沈思黙考の穴に
陥っていたキョーコの
耳に 聴き慣れた、気取った笑いが響いた。

 (…この声はっ!!)

勢いよく 振り上げた視線の先に居たのは
予想に違わぬ、存在だった。
 現時点での ワースト・オブ・エナミーこと
ショータローである。

 キョーコの背後に
『ここで会ったが100年目』デビルキョーコが
沸き出でようとした。
…が、出てきたデビル達は 何事かを
恐れるように キョーコの背中へと
隠れてしまう。

(なに!? どうしたの デビル達!)
ブルブルと小さく震える、デビル達の視線の先には
デビュー時の噂のシースルー衣装の上に…
何故か貧乏たらしい薄茶の 麻の着物を
マントのように羽織った、ショータローだった。

 スタイリストでナルシストの彼の、
想像を超越した姿に、キョーコ本体も
凍結する。
「あ、あんた… なんて 格好…」
「あんた、だなんて 水臭いな 
昔みたいに『ショーちゃんv』って呼んでくれよ」
 撮影時の 迫りモードの顔で、
ショータローがジリジリと つま寄って来る。

「な、なんで ここにいるの!?」

「キョーコの願いが、俺をペコペコさせる事
だったらしいからな」
「…で?」
「さぁ、思う存分 俺をペコペコさせると良い!!」
胸に手を当て、高らかにポーズを決める 尚。

(…くっ、どこまで 高飛車な男!)

「だが、さすがに この俺様を
ペコペコさせるのは、難しいだろう。だから、これだ!!」
 羽織っていた着物に、素早く腕を通す 尚。
ふと 気付けば 風景も いつしか
江戸時代 長屋風に なっていた。

「…ゲホゲホ いつも すまないねぇ」
「は?」
「ッち、相変わらず ノリが悪いぞ キョーコ。
こう来たら『それは 言わない約束よ』と
返すのが決まりだろう」

 いわゆる煎餅布団に、半身を寝かせた状態の
尚が、髪をかき上げる。
 憎い男で、間抜けな格好をしているが
それでも そのポーズは 絵になっていた。

「…決まり?」
 いつ決まった、そんなもの。

「そうだ。 そうすれば俺は
『あぁ おっかさん さえ生きててくれれば』
と返し 円満だろう!」

(や、やっぱり偽物よね! ショータローが、
円満なんて ジジムサイ言葉使う事ないもの!!)

 目の前の混乱極まりない光景に、
思考が逃避しているキョーコ。
 とりあえず、見なかったことにして
回れ右をして、尚から遠ざかった。

「さぁ 俺をペコペコさせろ!」

(私は 他人。 アンタとは他人!!)
スタスタと 早足で 遠ざかるキョーコだが、
「ペコペコ ペコペコ…」
意味不明な掛け声が、背後から 段段と近づいてくる。

(ひぃぃっ! 捕まる!!)
が、その瞬間 キョーコと 尚の間に
長身な影が割り入った。
 その端正な姿は、後身だけでも
誰だか、キョーコにはすぐにわかった。

「俺の、姫に ちょっかいを 出すのは
やめてもらおうかな」

 甘く、背に通る声だが、威圧感の
固まりを漂わせているセリフ。
「つ、敦賀さん!?」

「正解、といいたいが 惜しい。
俺は ハンバーグ国王だ」

くるっと振り返った、鋭角的な美貌。
…だが なぜかその高い鼻の下に
八の字型の 髭が、ピンっと反り立っていた。

(い、いやぁぁぁ!! 敦賀さんまで 変!!)

早足から 猛ダッシュに切り替え、
その場から 逃げる キョーコ。

 だが、優美な紳士スマイルを浮かべたまま
蓮は 徐々に 自分へと 近づいてくる。

「どうして、逃げるんだい?
君を 大好きな 目玉焼きハンバーグ国に
連れて行こうと いうだけなのに」

(いえ、結構です! 大好きですけど
そんな国 行きたくありません!!)

「わ、私は 日本が 好きなんです!」
「さぁ…」

 何故か 歩幅に合わせ
「ひっれ伏し〜 ひれ〜伏し〜♪」
などと 意味不明なメロディを 口づさみながら、
近寄ってくる男は、知っている相手でも
相当に怖い。
(い、今は ひれ伏させたいなんて
思ってません〜!!)
「こ、来ないで下さい!」

こちらの言うことなど、まるで聞えていない
様子で、蓮が 優しく 手を伸ばす。
「さぁ…」

その長い 指が、肩に掛かろうとした瞬間…

『い… いやぁっ』

 大きく 首を振って、叫ぶキョーコ…。
キョーコは 布団から 飛び起きていた。

「…ゆ…ゆめ…?」
 はぁはぁと荒い息をつきながら、
枕元に 転がっている パッケージを改めて
手にするキョーコ。
 まじまじと 眺めていると、『御呪い』の
文字の下に、小さなフリガナが ふってあることに
気付いた。
 肉眼で 見えるか見えないかの、小さなルビ
『オン ノロイ グッズ』

「何よ これ〜!!」
(おまじない、でなく おんのろいって
そんな 日本語 ありなの!?)

 そういえば マリアは 渡すとき
「望む夢を見れる」ではなく「見せられる」と
言っていた。

 がっくり疲れきったキョーコは、再び
布団に モソモソと入りこむ。
(う…続き…見ませんように)

人を呪わば、穴二つと言う 諺を
身をもって実感した キョーコ。
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 翌朝 ロビー内で 偶然出遭った蓮に
キョーコは 思わず
「ハンバーグ国王!!」と叫んでしまう。

 横にいたマネージャーの社は、
「最上さん、寝ぼけてるのかな?」
と笑いかけたが、真剣に 驚愕の
表情を浮かべた 連の様子に、固まってしまった。

 マリアが偶然 その場に通りかかるまで、
その三すくみは 続いていたらしい。