妄想幻想 (前)

「この前の、お人形のお礼に 差し上げますわ」
アンティークドールのような、ひらひらな
衣装のマリアが差し出したのは、
その可愛い掌に不似合いな、黒の液体が
飛び散る模様が印刷された、ビニールパッケージだった。

 蛍光の黄色で中央に 御呪いグッズ と
ゴシック体で印刷されていて、悪目立ちは
間違いないシロモノだ。

(おまじないグッズ…? 商品名にしても
ストレートすぎなんじゃぁ…)

 受け取ったキョーコは、インパクト強い
それを手に、どう反応してよいものか
しばし考えていた。

「すっごく よく効く『望む夢を見せられる』
って商品なんですって」

 もらった代物はさておき、ニコニコと
無邪気なマリアの様子に、微笑ましい気分になる。
「ありがと、 早速今夜試してみるね」
 つられ、極上な笑顔を返したキョーコ。

手にしてる、妖しげな黒い物体さえ除けば、
ほのぼのとした 心和む風景であった。

「うーん 私の望む夢…。
やっぱり モー子さんとラブラブな位大親友vで、
憎いあの男をペコペコさせて…」

 あ、あとモー子さん程でなくても
女の子の友達数人…。

 指折り数えながら、蓮の顔がふと 脳裏に浮かぶ。
今では、ひれ伏させてやるなんて野望は
とうに消えている。

 (むしろ 尊敬できる人だと
思っているのに、…なんで浮かんだのかな。)
 内心の疑問を突き詰めれば、別の感情が
存在するのだが、あえて 考えることもなく
キョーコは布団へと、潜り込んだ。

「マイ・ベストフレンド!キョーコ♪」
(こ、これは 早速 おまじないが利いたのねv
モー子さんの方から、『ベストフレンド』って
呼んでくれるなんて〜)

 夢の中では、えてして 本人は夢と
自覚がないものだ。 喜び勇んで振り返る
キョーコの目に、映るのは なぜかテレビ局スタジオ内。
 キョーコが、『坊』として アシスタント
を務める番組のセットだった。

 声の聞こえた方を向いたのだが、誰もいない。
「あれ…?今、確かに 呼ばれたよね」

こくびを傾げ、呟いたキョーコの台詞が
終わらぬうちに、舞台中央の床が勢いよく
飛開いた。
 そこにいたのは、なぜか洋服の上に
フワフワの髪飾りと、透けるように高価なチュチュを
身に纏った、高園寺絵梨花だった。
 ご丁寧に かの有名な『瀕死の白鳥』の
ポーズをとっている。
 そして それを支えるのはジュエル隊。
こちらもブランドスーツの上、腰周りのみに
チュチュをひらめかせていた。

人間、ツッコミどころが多すぎると
至極まともな質問しか出来ないらしい。
「…いったい どこから…」
呟くキョーコに、目前の4人は揃って床を指す。
「床なのは…わかってる。そうじゃなくて
どうやって」
「ホホホホ 高園寺グループに
不可能はないのよっ! はい、サンドイッチ」
「あ、ありがとう」
 つい、手を出してしまったキョーコの手に、
ツナサンドが渡される。

が、それが手の上で重みを感じるより
先に、凄まじいスピードで投げられた
コンパクトでよって、叩き落された。

「心の友と書いて、親友と読む!
モーコこと琴南 参上!!」

 いつのまに現われたのか。
やはり 隠し通路の入り口のような穴が
壁に開き、そこには戦隊物のポーズを
決めたモーコがいた。
「食べ物に罪はないわね」

そういいながら、拾い上げたサンドイッチを、
モーコが『あーん』とでもいうように、
キョーコの口元へと運ぶ。

「モーコさん…何のために 落としたのって
そんな事はこの際、どうでもいいけど
一体…どこから…」

問い掛けるキョーコに、やはり黙ってモーコが
壁を指差した。

「モーコさん… 貴方まで…」
 がっくりと項垂れるキョーコ。
追い討ちをかけるように、その目前の
床が、またしても パックリと口を開けた。

 「ジャジャーーン」
自ら 登場音を鳴らし、回転舞台と共に
 表れたのは、何故か あのドピンクのツナギ
ミニチュア版を纏った マリアだった。
「マリアちゃん… 貴方まで どこから…って
聞くのも馬鹿らしいわ。 床からよね…」
「大正解ですわ! さすがお姉さまv
そんな素敵なお姉さまに、ラブミー部名物
コインランドリーはいかが?」
「え、遠慮しておくわ」
(…っていうか名物じゃないし!)

 そもそも 文法的に 「コインランドリーはいかが」
という問いには どう答えるのが正解なのか。
 「ありがとう」と言っても、
「結構です」と言っても 会話には
成り立たないのでは、とキョーコは深く
悩む破目に 陥っていた。