隠れ鬼

カランコロン…
 澄んだ金属音が、来店客の存在を知らせる。

HONKY TONKの看板娘、夏実の
「いらっしゃ…」
「…銀次さん!!」
お出迎えの挨拶は、侵入者の叫びで消された。

 肩で息をし、店内を見まわす来客に、夏実が
恐る恐る声を掛ける。
「あの…花月さん…ですよね?」
はっと顔を上げ、一息つくと花月の頬が僅かに染まった。

「あ…無作法な真似を…。失礼致しました」
「いえ、良いんですけど…銀次さん達お探しですか?」
コクコクと何度も頷く花月に、新聞を読んでいたマスターが親指で裏口を指した。
「あいつらなら、借金のカタに買出しに行かせてるよ。
…しばらく待っていたらどうだ?」

落ちつかなげに、紅茶のカップを持ち上げては置き、
何度も入口を見ている花月。
数度その動作を繰り返した後、思いついたように携帯を取り出した。
 トルゥ・トゥルルルルル…  カチッ
『花月クン? 珍しいねどうしたの?』
電話の相手は、マクベス。

『あ、うん… ちょっと聞きたいんだけど…
十兵衛と俊樹の休暇って、何時まで?』
『何時って… そんな事、子供の門限じゃないんだから決めてないよ。』
『御願い!! 今日の昼過ぎまでって決めて!!』
せっぱつまった花月の声に、マクベスの反応が遅れる。
『…どうしたの 何かあった? ハハ、まさかキレた二人に告白されて
逃げ回ってるとかじゃないよね』
『……!!』

 息を呑んだ花月の様子は、電話の向こうにも伝わったらしい。
『あー…ついに言ったんだー』
ヒュッと短く口笛を鳴らし。返すマクベスの声は、笑っている。
『ついにっって!! なんでマクベスは知ってるの!?』
『……気付いてなかったのって、花月クンだけだと思うよ?』
『え……』
『その様子だと、逃げ回ってる最中ってとこだね。貸し二つ扱いで、
十兵衛と俊樹に昼過ぎには戻れってメール出しておいてあげるけど?』
『お願い!!』
 間髪いれず返ってきた花月の叫びに、マクベスが苦笑する。
(この場合、どっちに同情すべきなんだろうね…)
『了解。 じゃ、昼過ぎまでは頑張ってね』
 
通話が終ると同時に、
「ちきしょーー重てぇぞっ」と扉を蹴り開ける音。

瞬時に振りかえり、扉まで走る花月。
「御帰りなさい!銀次さん!!」
先に入ってきた蛮の存在をあっさり飛び越え、銀次にしがみつく花月。

「えっ!?かづっちゃん?? どうしたの?」
「銀次!テメー 野郎に抱きつかれて、嬉しそうにしてるんじゃねぇ!」
荷物をカウンターに放り投げると、すかさず入る、蛮の蹴り。
「仲間って良いですねー」
ニコニコとその光景を眺める夏実に、
(違うだろ)と内心ツッコミをいれるマスターがいた。

「仕事の依頼ぃ!?」
何のようだと切り出す蛮に、両掌を組み合わせ
『お願い』のポーズでゲットバッカーズの二人を見遣る花月。
過去何人もの男共を撃沈してきた、魅惑のそのポーズに
さすがの二人も、困惑される。

「で…、内容は?」
「僕の身の安全の奪還です!」
キッパリと言いきる花月に、銀次が首をかしげる。
「奪還って…誰かに狙われてるの?」
「狙われてる…というか、追われてる…というか…。
ただ、その相手は僕以外の人にはまったく危害はありません!
もし他人を撒き込むようでしたら、僕だってそれなりに対峙します」
「かづっちゃん、相手が誰だか、わかってはいるんだ
…どんな人?何やってる相手??」

 言葉に詰まる花月に、珍しく蛮が助けに入る。 
「まぁ良いじゃねえか。ただし絃巻き、そんな曖昧な条件じゃこっちも呑めねえな」
「…今日の昼間での警護で、報酬は3日分払います」
「よっしゃ その依頼 引き受けた!」
すかさず立ちあがる蛮に、ありがとうございます!と瞳を潤わせるように
例を述べる花月。
(ホント、女だったら ほっとかねぇのに)内心、そんな事を思いながら
蛮と花月は握手を交わした。

 誰に追われているのかを明かそうとしない花月に
「お前の行動を調べている相手なら、ここだって知ってるだろう。
どーせあと、数時間もないんだ。周囲に害がないなら
いっそ繁華街ででも身を隠そうぜ?」との蛮の提案。
ジャンクショップに入ってみたり、ファーストフードを買ってみたりと
 通常の友人のようにふるまえる時間が、花月に若干の平穏を与えてくれた。 

 心配していた十兵衛・俊樹の追跡もなく、無事昼過ぎを迎えた花月の肩から
ようやく緊張が消える。
 細い路地裏で、「良かったーー」としゃがみこむ花月。
「ま。俺達には美味しい仕事だっ…」と
言いかけた蛮の眼が、いぶかしげに細められた。

「見つけたぞ 花月」
全身の力を抜いて、安堵の溜息を付いていた花月の背が、反り返る。
 ゆったりと腕を組み、路地の逃げ通をふさぐように右脚を軽く壁に押し上げ
立っていたのは、俊樹だった。

「世話をかけたようだな、奪還屋の二人」
 反対側の通路からは、聞きなれた十兵衛の声。

見据えたくない現実二人の気配が、両側からジリジリと寄って来る。
顔を上げるのも怖くて、何かに縋る様必死でタレ銀次を抱きしめる花月。
「あーかづっちゃん 良かったねぇ 十兵衛と俊樹が来てくれたよv」
…無邪気な銀次の声に、コレほど泣きたいと思ったことは無かった。

「俺達の前で、そんなに他の男を抱き締めてくれるな
嫉妬に狂わせたいか、花月?」
 甘く優しい俊樹の声。
「どうした そんなに震えて。具合が悪いのか、花月?」
冷徹なほど、通常と変らぬ十兵衛の慈しむ声。
 いつもとさして変らぬ会話なのに、全てを毟られ
無防備な自分が晒されている感覚に、花月が小さく首を振る。

「何…で、ここに…」
(休暇は、昼過ぎまでの筈…。もう夕方なのに、何で
十兵衛と俊樹、二人ともここにいるの!?)
ようやく喉奥から絞り出される花月の言葉。

俯いたまま、視線を合わせようとしない花月に、
俊樹がクスリと嗤う。
「お前の行動、読めずに親衛隊は勤まるまい?」

『マクベスか? 申し訳ないが、今ようやく花月を見つけた。
様子がおかしいから、しばらく帰るのが遅れる』
後ろからは、十兵衛の携帯を閉じる音。

身を強張らせ、胸の緊張を解かぬ花月の様子に、
世聡い蛮は、花月の逃げてる相手が誰だか気付いた。
「あー悪ぃーな、お二人さん。別に邪魔するつもりはねえんだけど、
その絃巻きは、今俺達のクライアントでね。 簡単に渡すワケには…」
勢い込む蛮を、物憂く十兵衛がとどめる。

「店のマスターから、話は聞いている」
「あぁ、花月が『今日の昼まで』お前らに、警護を
頼んだらしいな」
言うなり、俊樹が差出す1枚のプリペイドカード。
「俺達の花月を、守ってくれた事に例を言う。
報酬だ。相場5日間ほどの金額は入っている」


(『俺達』に『昼迄』で、二重の抑制か…やるねぇ。
激情一途な侍に、世事に長けた騎士のコンビじゃ
絃巻もツライかもな)
 二本の指でカードを受け取った蛮に、
これが最後の砦!とばかりに花月が銀次へすがりつく

「銀次さん!! 僕とカケオチしてください!!」
 目先の困惑からの逃走を図る余り、花月の出した言葉は
かなり跳んでしまっているものだった。
「え…えぇっ?」
「銀次さんが望むのでしたら、毎日エプロンつけて三つ指で
玄関まで送り迎えします! 炊事洗濯だって誰よりも丁寧にこなしますし、
風鳥院銀次の名前がイヤでしたら、僕が天野花月になっても
構いません!!準家族として美堂君への仕送りだってかかしませんし、
幸せにしますから!」
「かづっちゃんの…エプロン… お料理…」
言われた内容は滅茶苦茶だが、かなりな魅惑のお誘いに
銀次の心がグラグラと揺れる。

「「花月」」
思いついた事をとめどなく銀次にせつせつと
訴える花月の肩に、十兵衛と俊樹の手が置かれた。
------------いつもと変らず、優しく。
「それ以上の言葉を、誰であれ向けるのは許しがたいな」
 自分達の一言が、花月に浸透するよう残忍なまでの愛を込めて
二人が囁く。

「俺達を 狂わせないでくれ」
「できれば、仲間殺しを企む羽目にはなりたくないものだな」
自嘲の笑いを洩らす、二人。
牽制に込められた言葉は、闇に蝕まれ
冗談めいていても、その本気を花月へ伝えた。
 
「銀次、オメーも馬に蹴られたくなかったら、
よ迷いごとに付合ってるんじゃねぇ」
ひょいと銀次を抱え、その場から背を向ける蛮。
「俺らの仕事は終了! じゃぁな絃巻き」
「え?あの でも かづっちゃーーん!」

「銀次さーーん!」
こちらは十兵衛に担がれた、花月の声。

「筧、花月は今、気の流れが著しく 衰微している」
「そのようだな… 俺達が、きっちり介護してやろう。
花月、家まで大人しくいてくれ」

 花月の叫び声など、まるで聞こえていない騎士と侍。
大人しく背負われ、ぎゅっと眼を瞑った花月は、
(…もう、二人が帰るまで、狸寝入りでやりすごそう)
と決意しながらも少しでも到着が遅れるよう、祈るのだった。


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独立してるけど、続いてます。 攻めっていうか…ストーカーだよな…
こいつら…(笑) 自分の主君であるはずの、マクベスの立場は!?
マクベスにしてみれば、「…煮詰まったあの二人が側にいられるより、
花月君の方に行ってもらった方がマシ」って感じでしょう

 次回は花月の部屋での看病編!?←嘘。未定です。