蜜月もどき(続)



 短時間に、どうやって作り上げたのだろう。
小鉢にはもずく酢、大皿には刺身が盛り合わせられ、
湯気の立つ椀には、揚げたてとおぼしき茄子としし唐が
色鮮やかに炊き合せてある。
 どれも食欲をかきたてる、色彩と季節感のあるメニュー。
 が、割烹着姿の十兵衛と、エプロン姿の俊樹が
給仕する姿が視界に入る限り、素直に「美味しい」などと
喜んでいられるものだろうか。
…目の暴力だ…。
 しじみの味噌汁をすすりながら、怖いもの見たさで
二人から視線を外せない花月。

「…食欲ないようだが、どうかしたか?」
「え、そ、そんな事ないよ! おいしく食べてるし」
「しかし、好きな茄子にも手をつけていないだろう」
「あ、後から楽しみに…って、なんで十兵衛分るの?」
いくら気配が読めるからと言って、カンで皿の中身までは
わかるものではないだろう。
「マクベスが、バーチャルを直接頭脳に働きかけているらしくてな。
この空間だけなら、貴様の様子も視えている」
「そっか…」
幻でも、十兵衛が視界を得ていられる事が嬉しい。
 ふわり、と微笑む花月に十兵衛も優しく笑みを返す。

「あーん」
鯛の刺身を塗り箸の先に、俊樹が花月に向かう。
「あーん…って…」
「新婚らしく、食べさせようとしているんだ」
「……」
真剣な俊樹の目に、『逆らわないほうが良いかも』と本能の警告。
「…美味しいです」
「そうか。これはオレが捌いたんだ」
嬉しそうに云う俊樹を、花月が引き攣りながらも、
ほほえましく見遣る。

 一応、落ちつかないが、平穏に食事を終えられた。
とはいえ、割烹着+エプロン姿の親衛隊を目にしているだけで、
失われて行く気力の大きさは、如何ともしがたく、
食卓が片付く頃には、花月の全身には疲労が溜まっていた。

「風呂が沸いたぞ」
手元を拭いながら、花月に語りかける十兵衛。
「え…、あの、僕は帰って入るからいいよ」
身の危険を感じ、首を振る花月。
「帰る…? お前の帰る場所はここだろう」
逃さない、とばかりに片手を花月の顔横に置く俊樹。

…覚悟を決めて、もうしばらく付合うしか無さそうだ。
渡された着替えを手に、バスルームへと向かう花月。
(…脱がせてやる、なんて入りこんできたら
絶対 絃で雁字搦めにしてやる!)

 そんな心配も、不要だったらしい。
服を脱ぎきるまで、警戒していたが、とりあえず
気配はない。
 適温の湯が張られた浴槽は、緊張した躰を
安らがせてくれた。
「ん、気持ちいい…」
 伸ばした片腕に、はじける水滴が
白い肌を転がる。
 意味もなく、水面をぱしゃぱしゃと叩き、
リラックスをしていたので、気付くのが瞬時遅れた。

カチャリ、とドアノブが捻られる音。
咄嗟にタオルで躰を隠し、身構える花月。
(…油断した!)
 着替えの時でなく、入浴中に入ってくるとは…。
開いた硝子ドアの奥、湯気で霞むが、とりあえず新妻'Sの二人が
着衣のままなことに、ほっとする。
「な…何のつもり?」
「お約束の『お背中流します』だが?」
真新しいタオルを手に、にっこり微笑む俊樹。
「けけけけ…」
「…何か可笑しいか?随分と奇妙な笑い方をするな、花月」
「笑ってない! 結構ですって言いたかったの!!」
「まぁ、遠慮をするな」
「遠慮じゃない!!来ないでったら」
浴槽隅っこに丸まり、必死で湯の中に躰を沈める花月。

 入浴用に結い上げられた髪のせいで、細い項は
露わに眩しく、うっすらと上気した肌は 剥きたての白桃のように
瑞々しい。 
 まして、そんな怯えたように(ように、ではなく実際
怯えまくっているのだが)逃げられては、雄の狩猟本能を
呼び覚ますしかないもので。
 無言のまま、浴室に踏み入る十兵衛と俊樹。
 特に、久しぶりに花月の姿態を眺めることになった十兵衛の
視線は、痛いほどだ。
 記憶に焼きつけておこうとばかりの、凝視に
花月が羞恥で小さく震える。

「さぁ」
にこやかに手を差出す俊樹。
「……」
無言でかがみこみ、花月の両脇下に掌を挿し
抱き上げようとする十兵衛。
「……っ やだっ!離してよっ」
 身を縮こませ、必死で抵抗する花月だが、
丸腰の自分を隠すことにも気を取られ、
思うようにいかない。
「貴様は着替えも手伝わせてくれんのだからな、
これ位は構わんだろう?」
抑揚の少ない十兵衛のセリフは、疑問形をとりながら
しっかり命令形だ。
 こんな事なら、着替えを手伝わせておけばよかった…!
と思っても後の祭。
「じゅ、十兵衛も俊樹も 服濡れちゃうから!構わなくていいよっ」
「…聴いたか、筧? 『旦那様』が服を脱いだほうが良いと
仰せだぞ」
(……い、言ってない!そんなこと言ってない!!)
無言でブンブンと、力強く首を振る花月。
「ふ…、そうか。ならば俺達も共に脱いで、『濡れよう』か」
肌の内側を舐めるような、躰の奥底まで響く低音で、
十兵衛が囁きかける。
(…エロ親父ギャグ言ってる場合か!…って違う!!
絶対それ、妻のセリフじゃない!)

「ごめんなさい!」
嬉嬉として、服を脱ぎかねない二人に、ついに
負けを認める花月。
既に何に謝っているかも明白でないし、意味なく謝るなんて
プライドに関わるが、このまま流されてしまう事を想像すれば、
まだマシだ。
「攻めがしたいとか、旦那様がしたいとか、もう言わないから!」
落ちつけ、花月。
君自身は一言もそんな事、言ってない。
「何でもいいから、出てって〜っ!!」
 心底つまらなそうな顔をした十兵衛と俊樹に、
誤った選択をせず済んだことが判り、ほっとする。
…黙っていたら、どんな事までされているやら。

 とりあえず、大人しく出て行った二人を、
この後どうやってかわそうか、懸命に計算する花月。
 だが、脱衣所入口で待ち伏せしている
十兵衛と俊樹は、すでに
「ならば今度は花月に『新妻』をやってもらおう」
と合意済みだ。
 手元に揺れている、白のレース付きエプロン。

頑張れ花月!風呂を出て、即座に臨戦体制をとらないと、
君に待ちうけるのは裸エ○ロンだ!
 
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10000hitオマケで描いた、某エプロン図(-_-;)からの
妄想小説。 この3人は既に出来あがっておりますが、
関係的にはあいかわらずです。