蜜月もどき

「…ただいま…」
恐る恐るといった表情で、扉を開ける花月。

「お帰り」
「待っていたぞ」
さして広くない戸口で、十兵衛と俊樹が並び
花月を見下ろす。
「…玄関まで お出迎えなんていいよ」
 力なく目線を反らす花月。
 仮想新妻'sの一人、十兵衛が
すばやくその細い顎を捉え、
「何を言う。大事な旦那様のお帰りに
出向かぬ妻が、あるものか」
 逃げ道確保とばかり、花月が後ろ手で離さずいた
ドアノブを、俊樹が優しく引き剥がし、
その指先に口付ける。
「そうとも。それに、
…お前が望んだことだ」

(…誰がこんな事望んだって!?
…知らん顔で、逃げ出せば良かった…)


 
 きっかけは、些細な事だったと想う
(なんせ、覚えていない位の事だ)
ちょっとしたやり取りが、食違い
 お互いに妥協できず、周囲に人がいるのも
忘れ、思わず口走ってしまった言葉。
「そりゃ、そっちは二人がかりで僕を好き勝手してるんだから
良いよ! でも、こっちは あ、あんな事やこんな事されて
次の日、どれだけキツイかわかってるの!?」

 瞬間、呑んでいたお茶を、吹き出すマクベス。
茶道具を片付けようと、立ちあがっていた朔羅は
見事にコードに脚を引っ掛け、PC直結のアダプタをひっこ抜いた。
「ぎゃーーっオアソビでやっとったデータを、本命データの上に
セーブしてもうたっ!!」
頭を抱えて、叫ぶ笑師。
…いつもの痴話げんか、とばかり流していた周囲であったが、
この発言は、さすがに効いたらしい

「いつもいつも、二人ともシツコイし、
僕が、お願いだからやめてって言っても聴いてくれないし」
「…口ではそう言っていても、しっかり反応を返しているようだが?」
「あんな潤んだ、扇情的な表情でお願いする方が悪い」

「……っ!」
羞恥で顔を真っ赤に染めた花月が、再び口を開く前に
マクベスが割りこんだ。

「ハーーイ、三人とも其処まで。
花月君、周囲気付いてる?」
冷静な一言で、我を取り戻す花月。
「で、十兵衛と俊樹も仲直りしたいなら、素直に謝っちゃいなよ」

「何故だ。俺は花月に詫びるような真似はしておらん」
「同感だな。オレ達の行為が悪いと言うなら、マクベスも1度見てみると良い。
涙を浮かべて、かすれた声の花月が、どれだけ艶やかなことか。
それを前に、停めろという方が無体だろう?」
「雨流、ふざけるな。貴様、あの花月を見てみろだなどとは
無責任な。そんな事をしてみろ、花月に焦がれるものを
これ以上増やすつもりか」
「…すまん、失言だ。確かにあの妖艶さは、見てしまえば
誰もを虜にしてしまうな」
 真剣な声音で返す言葉は、本人達としては正しいのだろうが、
…ずれまくっている。俯きながらも、拳を震わせている花月を、
朔羅がそれとなく、落ちつかせようとしている。

「だが、それではこちらの非を、認めることになるぞ」

 ---現在の花月は、夜の行為がどうこうというより、
それをここで、ベラベラと捲し立てる二人に
腹を立てているのだ。
 非がある、なしの問題では無い。
ここで切れられてもまずい、とマクベスがすかさず
仲裁に入る。

「…わかった、じゃぁ妥協案。花月君は二人が遠慮なく攻めてくるのが
キツイんだよね?」
「…う、うん」
 興奮のあまり、大声で暴露してしまったとはいえ
改めて 他人に指摘されると気恥ずかしい。

「じゃぁ、バーチャルで僕が新婚家庭シチュエーション作るから、
新妻二人のお相手して憂さばらしして」
「…は?」
「はい決定。今からすぐデータ作るから、十兵衛俊樹、先行って
大事な旦那様のお出迎え、しっかりね」
「…え、ちょ、ちょっと」
訳のわからぬまま、中央ルームを追い出される花月。
 気付いた時、十兵衛と俊樹の姿は消えていた。

で、仕方なしに向かった十兵衛の部屋。
マクベスの言葉通り、すでにバーチャルデータは適応済みだ。
部屋の入り口は、4LDKちょっとリッチな
新婚二人のスイートマンションv風な玄関に変っている。
(ここで、お邪魔します、なんて言ったら
『マクベスの好意を、無にするのか?』とか
言われちゃいそうだし…)
 迷った挙句、選んだ言葉が「ただいま」だった。


「食事と風呂、どちらにする?」
…自分の人生、新婚家庭ごっことはいえ
真顔で俊樹にこう尋ねられるなんて、想像したこともなかった。
「えっと…」
ここで風呂なんて答えたら、考えるも恐ろしい。

「まて、雨流。その前に旦那様に着替えてもらおう」
「あぁ、すまん。やはり室内では清潔なものを着ていたいよな
…オレは新妻失格だ」
 云いながら、花月の上着に手を伸ばす俊樹。
弾かれたように壁に背をつけ、
「な、な、何?」
尋ねる花月の声は必死だ。
「『新妻』らしく、着替えさせてやろうとしたんだが?」
「い、いいから!今時、着替えぐらい自分でできない亭主なんて、
旦那の資格ないし!」
(…ッチ)
…舌打の音が聞こえたのは、空耳だろうか。
自分の安全の為に、聴かなかったことにする。
「じゅ、十兵衛の作ってくれる和食って、美味しいんだよねv
ご飯、食べたいな」
「もう用意できている」