言葉の効用

「…モーコさん これって
すごく 恥ずかしいわよね」
「……何を 今更」
 真剣に携帯に語りかけるキョーコの姿は、
事情を知らないものが見たら、重大事でも
あったのかと思われる 声音だった。
「だって 『ラブミー』よ?
命令形なのよ!?」
 
 少しずつ名前が 売れてきたお陰で
すれ違いの増えてきた、キョーコとモーコ。
 特に取り決めた訳ではないが、
何となく4日程 会えない日が続くと、
携帯でやり取りを 交わすようになっていた。
 ちなみに 本日の会話は
『ラブミー部』の名称について。
「大体 今更でしょう? あの まピンクのツナギ
だって、ラブミー部員を 名乗る事だって
初めから 覚悟の上でしょうに」
「だってぇ… 受験勉強して、改めて
気付いちゃったんだもん。動詞から
はじまる文って、命令形だって。
…ラブミーよ!? 『私を愛せ』よ!?」
「…改めて日本語で言う、必要もないでしょう」
 深く考えると、こちらまで気恥ずかしくなりそうだ
と割り切ったモーコが、冷静に返す。
「だからね、考えたの」
 この子は 私の話を聞いてるのかと、
内心ツッコミを入れかけていたモーコに、
更に返ってきた 衝撃の言葉。
「社長にお願いして『プリーズ
ラブミー部』に名称変更してもらおうって!」
「やめてちょうだい」
瞬時に、力を込めて否定の言葉。
「いい? そんなバカなこと考えてるヒマが
あったら、英単語の2つ3つ追加で
覚えなさい。…プリーズラブミー部なんて
恥ずかしい名前にしたら、…もうアンタとは 口も
利かないし、親友の縁も切るわよ!?
…って 何笑ってるのよ 聞いてるの?」
噛み付くばかりの勢いで、喋るモーコの耳に
平和そうな、キョーコの忍び笑いが響く。
「だって、嬉しいだもん。
…初めてだね、モーコさんの方から
親友って言ってくれたのって」
えへへ と照れ笑う声に、コチラまで
顔が 赤くなってしまう。
 携帯を折りたたんだ直後、近くにいた
スタッフの一人が、モーコに
話し掛ける。
「…彼氏と仲直り?すごく 良い顔してるよ、今」
 会話こそ聞こえなかったが、ちょっと
ケンカ越しだった会話と、直後の頬を染めた
様子から、そう判断したらしい。

(…まったく デビュー前にスキャンダルでも
起きたら、どうしてくれるのよ)
しかも、彼氏でも何でもない相手と!
…怒ってみた所で、胸奥の暖かな気持ちは消えない。
(こんな 関係も
…悪くないかもね)
 友人を持つなんて、意味ない事と
切り捨てていた自分を、変えてくれたキョーコに
心の中で、スタンプを押して
撮影現場へ向かう、モーコの足取りは軽かった。