仮初の平穏

カチリ、と扉が開かれる。
明るい陽光に満ちた室内は、
包容に満ちた 落ちつくインテリアなのに、
今は重い沈黙が室内を支配していた。


扉を開け、嘗て知ったるとばかりに
部屋に入りこむ俊樹と、その後ろに続く、十兵衛。
 その腕の中には、花月が抱きかかえられている。

(下して欲しい…)と意志表示したいのに、
十兵衛の拘束に、自分の躰は、
鼓動が全身が走っているかのようだ。
血液が沸騰したようで、感情の乱れを反映したのか、
突き放そうとする
指先は、強張り思うように動かない。

「花月」
戦慄が走るほど、優しく名前が呼ばれた。
 反射的に湧き出た、十兵衛と俊樹への畏怖を感じた
自分に驚愕し
「…何?」
やっとの思いで、声を搾りだす。

花月を抱えたまま、十兵衛が広い歩幅で
臥台に歩み寄る。

「このまま 寝かしつけてやりたいが、
先ほど路上に座っていたな?
 衛生上許しがたい。ジーンズを脱げ」
 
 唖然と十兵衛を見返す花月の視界に、クスリと笑いを溢す
俊樹が写る。

 正常な意識を保てなくなる、口説きや殺し文句を、
俊樹と二人散々並べて
色事めいた言葉を、平然と命じる 
 十兵衛の感覚が理解できなかった。
 
 例え医師としての言葉であろうと、
今の状況で聞けるはずも無い。

「…触らないで! 離してよ」
 思わず口を付いた台詞に、十兵衛の雰囲気が一変した。
色気さえ漂う、凄み。

花月の躰を寝台に投げ出し、大柄な己の体で押さえつける。
 布越しに伝わる筋肉は、完成した雄のもので、
花月は身を竦ませた。

「あまり いじめてやるな 筧」
余裕と挑発に満ちた、俊樹の物静かな声に、
ちいさくかぶりを振る花月。

「…何を恐れている 俺達か?」
耳元で囁くよう、肩に顎を乗せ花月に問う十兵衛。
 
 寝台に近寄り、長身をかがめる俊樹。
昏い焔を宿した双眸が、すくみあがる花月を覗きこむ。
「…かわいそうに こんなに 怯えて
動けぬほど衰微してるなら、 俺が脱がせてやろうか?」
 躰を押さえ込まれている屈辱と、軽い揶揄のその口調に
花月の内心に 激しい怒りが 生まれた。

 何とか少しでも離そうと、十兵衛の背に手をかける。
だが、自由意志と行動を封じこめる、
その躰は予想以上で。

かつて、無条件に与えられていた抱擁の安心感が、
そのまま恐慌の大きさへと変り、花月を襲った。

「ほら、大人しくしてくれ」
 楽しげな俊樹の声に、肌が粟立つ。
「望まぬなら、そう言え。…どうして欲しい」
 今更な十兵衛の質問は、優位な自分達の立場を
誇示するだけのものだ。

                             次へ