願い2

「なぁセンセイ 字、ちごうとるで」
背伸びした蜜柑が 指差す先には普通の短冊の中に、
なぜか一つ、ラメの眩しい短冊。

「『世界征服』なんやろ?『制服』になっとるやん」
「ぶっぶー蜜柑ちゃん あれは あれで良いの」
「…世界制服?」
「そ、世界の誰もが 僕のデザインした
ステキな制服しか着ちゃいけない
素晴らしい世界を目指そう という計画なんだよ」

 そう笑う鳴海の服は
首筋は大きく開き 細かなフリルが
風に揺れている。
 開いた胸元に光るのは、黒のベルベットに
銀十字とラピスラズリのチョーカー。
 派手な顔立ちの鳴海には
良く似合っているが、…この趣味を世界中の
人間に押しつけようと言うのだろうか。
 
 蜜柑には、人を見かけで差別する
心はないし、服の良し悪しを どーこー
思うほどファッションに興味もないが…
(棗とかにも こういう服
着せるんやろか… っていうか爺ちゃんも!?)

「センセイ、あかんっ!
先生には良く似おっとるけど
その服 皆が着るには…派手すぎやん…」
 周囲でうんうんと頷く生徒達も、この会話を
訊いていたのだろう。

「ふんっ くだらん 
そんな 馬鹿馬鹿しい行事に付合うだけでも
噴飯モノなのに、わけのわからん 字を書いて
生徒にすら 心配されてるようだとはな」

 通り掛かりの神野の、冷たい視線に
ホールに集まっていた生徒たちは それとなく散り
蜜柑は 鳴海の服の裾を掴み、後ろへ隠れる。

「一人 けばけばしい 短冊で
品位を落としているのも、普段の行動に
ふさわしいが、教師としてはどうかと思うがね」
 棘を隠さぬ神野の言葉。

 言い返すでなく、笑顔で神野へ向かい合う鳴海。
だが、その笑顔が決して本物ではないと
見上げた蜜柑には 、わかっていた。

 数刻、であるが とてつもなく長い時間に
感じられた、無言の睨み合いであったが、
付合うのもムダとばかり、神野は踵を返し 立ち去る。

「センセイ …怒っとる?」
 凍った空気に、心配した蜜柑。
「ん? あぁごめんね 蜜柑ちゃんに心配かけちゃったか
…まだまだ修行足りないなぁ。 ちょっと自分の価値観が
全てだと思ってる人、 苦手なんだよ
さ、もう授業 始まるよ 行きなさい」

「うん、わかった… あ、岬先生」
「佐倉… 次は移動教室だろ 委員長達が探していたぞ」
「あ。せやった!急がんとっ」

ぱたぱたと、靴を鳴らし遠ざかる蜜柑を見守る、
鳴海と岬。
「…お前も、変な所で損な性分してるな」
 蜜柑の姿が、廊下の端に消えた頃 岬が向き直る。
「何の事?」
「俺の前でまで、そんな作り笑顔するな。 お前の短冊の下に
『学園をやめてお母さんに会いたい』という短冊が あるのだろう。
単なる無邪気な願いでも、神野先生に 充分目をつけられる
理由になるからな」
「…わかならいように カモフラージュしたのになぁ」
 隠していた悪戯が、ばれた時の 子供の表情。
普段、作り物めいた 鳴海の整った容姿が 途端に
無邪気に変わるのだから、性質(タチ)が悪い。
「大丈夫だろ、俺以外にはわからないから」
「…何で ばれた?」
「笹の木が直接 教えてくれた」

「ずっるー! それってミステリーだと
反則じゃない!?誰も見てないのに、植物が
見てました なんて」
「いつ ミステリー談義をやってると言った」

「ま、いいじゃない。 でも、一人でも…
隠れてやったつもりの良い事を知っていて
くれるのは 嬉しいよ」
ふぅ、と吐息を付いた岬が溢す。
「…お前の好意は わかりづらいんだ
屈折しすぎだ」
「そうかもね」

クスクス笑う、鳴海の本物の笑顔は
幼馴染みに近い 中身を良く知ってる岬でも キレイだと
認めざるをえない。

「片づけする時は、手伝ってよ。
ジンジンに見つかる前に 回収してあげたいからさ」

嬉しそうな表情に、きっと自分は否といえないのだろう。
 飾り付け担当の 自分の仕事は
もう済んでいる筈なのに。

 人の事言う前に、自分のほうがもっと損な性分を
していると 岬自身が気付くのは いつの日だろうか。
「ほんと、岬先生って損な性格♪」