願い

「七夕やぁ…」

そのままだな、オイ。とツッコミが入りそうな
感嘆で、瞳を輝かせている蜜柑が見ているのは、
エントランスに用意された、大きな竹。

学校行事の一環として、今日から飾りつけはじめたのだ。
 笹というには いささか大きすぎるが
たくさんの生徒の短冊をぶら下げるには、
これぐらいの大きさが、必要なのだろう。
 片田舎の小学校では、見るべくもなかった豪華な
飾りつけも、蜜柑の心を弾ませる。
 「ハイ これミカンちゃんの
短冊だよ」
 手渡されたのは薄い桜色の 紙縒り付き。
1人1枚、それに願いを込めて つるすのだと
委員長が説明をしてくれた。
「ミカンちゃんは、何を書くの?」
 無邪気に笑う 委員長の短冊には
『もう少し身長が伸びますように』

ホタルの薄藤色の短冊にはシンプル
かつ達筆で 一言『金』

スミレは隠す事なく おおっぴらに
『棗君とラブラブになれますように』の
短冊を 目立つと個所に ぶら下げていた。

「せやなぁ…
ウチはちょっと単純なトコあるから、
もう少し、ウラとか読めるようになりたいな」
「…ミカンちゃんは、その性格がいいんだと思うよ」
 そうそう、と周囲の頷きに負け、次の願いを
考える ミカン。
「うーん それやったら、
…オトナの色気…っていうん 身に付けてみた…」
「却下」
 セリフの半ばで、ホタルに打ち切られる願いに
ミカンが瞳を潤ませる。
「…ウチににあわへん?」
「ええ。アンタはその素直で明るい所が
魅力なのよ…ボンキュッボンの仔犬なんて
鬱陶しいだけだわ」
「ホタル…」
感動したように、両手を組むミカン。
さりげなく犬と同等レベルで扱われているのだが、
まったく気付いていない。
「えぇっと…それやったら…
うーん、皆が言うこときく、エライ人になりたい!」

「なんだ、蜜柑ちゃんは僕みたいになりたいの?」
 ひょいと現われ、輪の中に入り込んだ
鳴海が、ミカンを軽々と抱き上げる。

「ウラが読めるオトナの色気があって、
皆を従える…。先生にピッタリの形容だよね〜?」
「せやな…ウチ…ナルミ先生みないに
なりたかったんか…」
 本人の計算とは全く違う思惑でありながら
ぴったりとしか言い様のない 条件を
備えたナルの登場に、ミカンは暫し考え込んだ。

「それじゃ、先生が色々教えて…」
 ガシっと強い力かつ真剣な表情で
ナルの肩を掴む岬先生を筆頭に、有象無象が
鳴海の服裾や、腕にしがみつく。
「…みんな、何?」
「「「駄目ーーっ!!ミカンちゃんが
ナルみたいになっちゃったら やだーー」」」
「…お前が言うと、シャレにならん」
 べそをかいたような生徒達の声と
『本気』というオーラを背負った岬の表情に、
ナルは 仕方なく ミカンを下す。
「うーん 結構傷つくな〜。
ま、でも蜜柑ちゃんは そのままでいいって
皆がいってるんだから、願い事は別のにしたら?」

にっこり笑う、ナルは一応教師らしい言葉を残し、
立ち去って行った。後を追う、岬。
  「教師が 短冊を下げる必要はない! しかも
誤字のものを ぶら下げるな!!」
「え〜 誤字じゃないよ〜」
ちなみについでにぶら下げて行った
短冊には『世界制服』…意味不明である。


七夕当日。 薄桜色の短冊には のびのびとした
文字で「皆といつまでも 仲良くいられますように
あと、早く じいちゃんに 会えますように」
という文字が 風に翻っていた。