熱


雷帝 天野銀次が 無限城内を掌握し、
下層地帯も一時の平和が、訪れていた。
 そんな時、気の緩みだろう。
花月が、高熱を出し臥してしまった。

 集団の頭領である義務からの 解放と
信頼していた片腕である「雨流」が
姿を消したことが、原因だろうと
十兵衛は述べていた。


「よぅ」
朔羅に案内された寝室に、軽くノックをして
士度が 扉を開いた。
 十兵衛は 生薬の原料を仕入に行ったとかで、
姿はない。
 医者としての経歴はないが、弱った動物を
見る機会の多い士度には、朦朧とした様子で
こちらを見遣る花月が、かなりの重症であると
計れる。

「見舞いにきただけだ。 …そのまま寝ててくれ」
ゆっくりと 背を起こそうとする花月を、
士度が押し留めた。
 軽く触れた肩は、想像以上に薄く、
頼りなげな程で、数週間前迄、
敵対していたのが 嘘のようだ。
 
ケフッ
客人がいるからだろうか。
無理に押さえ込んだ咳をし、花月が
喉を押さえた。
 咳き込んだ花月の唇は、乾燥し
顔色も、熱で火照っている為か
ほのかに上気している。
そんな姿は、士度の目には、弱った動物としか 
認識できない。

「ほら、水分補給しとけ」
手渡したグラスを、受け取ろうとする腕も
微かに震え、辛そうだ。

「…仕方ねぇな、寝とけ」
花月の額を、軽く指で突き
士度は、切子細工の容器から
直接 己の口へ水を含んだ。

流れる動作で、花月へと口移しに 水を呑ませる。
細く白い咽喉元が、コクリと揺れた。

乾いた口蓋を潤す甘露に、花月が
「もう一口」と 視線で訴える。
 先程より多めに水を含み、
士度が同じ動作を、繰り返した。


 花月が寝入ったのを確かめ、
部屋を去る士度。

ドアノブを後ろ手に、
扉を閉めた瞬間、奇妙な違和感に唇を触れた。
 常に行っている、看病の一つのうちだと
思うが、どこか違っていた。

 毛皮と違い、直接的な熱が伝わる肌に
触れたからだろうか。自分の唇までが、
熱が移ったように あつい。
暫し悩んだ後、自分の行為が
世間一般でいう「接吻」というモノで
あったと気付き、頭を抱え
しゃがみこんだ。

「…ビーストマスター、そこで
何をしている?」
不審げな声は、云わずと知れた
花月の親友…というよりは、どう見ても
護衛役と呼びたくなる、十兵衛だ。

「い、いや 見舞にきたんだが、寝てるらしくてな
出なおそうかどうか、悩んでいただけだ」
「そうか、すまない。花月には、俺から
見舞に訪れた事を告げておこう」

何気ない仕草で、その場から背を向けるが、
…罪悪感だろうか。 十兵衛の視線が痛い。

ようやく曲がり角にたどり着き、十兵衛の視界から
外れた事に、吐息する。 
 ふと、思い返すように、指で唇の輪郭を辿り
その跡を舌でなぞった。
 気のせいだろう、甘い。

他意はなかったが、しばらく
花月の前に 姿を現すのは控えようと決意をし、
士度は仲間の動物達の元へと、帰っていった。
(…花月…意識はほとんど
無かったよな…)
 
自分と十兵衛を混同して、熱が引いた後
今の出来事を口にしないよう、
祈るばかりである。


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この士度は、基本的に花月が好きです。
 ただ、本人は看病のため と思いこんでるので
自分の気持ちには全く気付いてません。
だって(ウチの場合、)「じゃぁ看病なら
同じ事を笑師や、雷帝にやれ」と言われたら、
逃げそうですから。