カルタ取り

HONKY TONKの麗らかな昼下がり。
表の入り口には『本日貸し切り』の札が下がっていた。

「では、風雅主催『笑師を励ますカルタ会』
実行させて頂きます。ルールは簡単。
人を傷つけないことと、器物を破損しないこと。
この二つは、違反した時点で失格です。
最後に 持札がきちんと そのままの状態である事。」

…結局、一生懸命 作った(であろう)十兵衛の
気持ちに負けた、花月。
すでに 割り切ったにこやかな表情で
淡々と 話を進めている。

 今回は さすがに無限城全住人ではなく
いつもの メンバーだ。
「…カルタ〜?ったりーなぁ
で、景品は当然あるンだろーな?」
いかにも やる気なさげに、頬杖をついたまま、
顎で促す蛮。
「…マクベスのように、諭吉さん用意しても
良かったんですけどね。それじゃつまらないから
僕が1日何でも言うことに従います…って権利で
いかがです?」
 
 瞬時に、緊迫した空気が 辺りにみなぎる。
何でも…とは あんな事やそんな事
こんな事も ありなのだろうか--。
 脳裏によぎる、幼い頃誰もが
一度は見ている某アニメの曲
「♪あんな事いいな
でっきたら いいな♪」

-----日頃の夢(妄想とも言う)を
実現する、絶好の機会!!

「おっしゃーーっ!面白れぇ
俺が勝ったら そこの絃巻き、例の
髪かきあげた浴衣姿で、
全身マッサージをさせて
『御主人様』と呼ばせてやらぁ!」
別に不埒な 意味があるわけでなく、
あきらかに 風雅への嫌がらせで考えついた
思いを叫ぶ蛮。
「へぇ…じゃぁ 僕は
ネコ耳を付けた 首輪姿で
『旦那様』にしようかな」
 こちらも、さしたる本意より
周囲の反応を観察したいが故の、発言であろう、鏡。

「…バッカみたい。私は興味ないから
降りるわ」 そう言い放ち席を立つ卑弥呼に、
花月が微笑みかける。
「僕だけじゃなく、オプション2名も
(頼まなくても)付いてきますから、1日でも
ペイの良い仕事こなせると思いますよ?」
「……」
しばらく考え込んだあと、割り切ったように
座りなおす卑弥呼。
「えっとねー、じゃぁ俺が勝ったら
カヅっちゃんのお料理1日食べ放題!」
にこにこと 宣言する銀次に、
周囲が和む。
「あ、花月さん お料理得意なんですか?
それじゃぁ私たちは
1日 お店手伝ってください」
こちらは HONKYTONK看板娘二人組の
お願い。 例え 仮に下手であろうとも、
…レナの入れる ダイオキシンの
入ってそうなコーヒーよりは、マシに違いない。
そう判断した、夏実とマスター達も、頷いた。
こちらは人間離れしたメンバーの中での
参戦だけに、2人+マスターの計3人で
ひとつのグループである。

「ほんなら、ワイは メイド姿で
『笑師さまv』やな」
 吹っ切ったように宣言する、笑師の姿に
花月も、微笑を返す。
(…良かった。笑師も立ち直りつつ
あるみたい)
 十兵衛にも、その気持ちは伝わっているだろうと
振り返った花月は、そのまま固まった。
背後に居たのは、同じように頷いてるであろうと
想定した親衛隊ではなく、
大変に目付きの悪い…いわゆるガン付け状態で
周囲を睨んでいる、十兵衛と俊樹だった。

 すでに本来の目的『笑師を励ます』
心意気は 遠く彼方に飛んでしまっているらしい。
(…二人とも… 妙な所で
鈍いんだから… そんな反応するから
周りだって、面白がって絡んでくるのに)
 そういう花月だが、周りとて
嫌がらせのだけために、
ヤロー相手にメイド服や、ネコ耳なんて
普通望まない。 それもそれで
また良しとしているからの、希望である事に
気付いていないのだから、相当鈍い。
 これを世間一般では「お似合いの仲」と
呼ぶのであろう。

「花月!
こんな 不埒な者どもは、ここでいっそ…」
 いっそ、なんだというのだ。
吐息をつきながら、
 自分より高い位置にある、俊樹と十兵衛の耳を
軽く引っ張り、花月が囁く。
「俊樹…十兵衛…
 僕に そんな格好させたくないよね?」
 花月の声で、念を押されると
若干 答えに迷う。させたくないかとの問いは
…正直、否だ。 ただ、それを他の男の
前でさせるのが嫌なだけで。
「だったら…札集め協力してくれる?」
「…協力とは、何を…」
「…カルタ取りでは、俺は役立つとは思えんのだが…」
不審気な様子に、安心させるよう
花月は いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「まず十兵衛は、俊樹の横で、
札を見つけた人の反応をチェックし、
俊樹に教える」
「まぁ…それなら 気を読めば
俺でも可能ではあるな」
「でしょ?それから俊樹はその札を、
遠当てで、僕の方に跳ばして」
風で、多少目測が誤った方向に飛んでも、
花月なら絃でカバーが可能だ。
しかも 札も無傷。
 風雅の特性を活かした
連携プレイである。

 更に一層、声を潜め 俊樹にだけ
聞こえるよう花月が、続ける。
「…あの カルタの札内容知ってるだけ
…僕たちは少し 有利だし…」
無言で、首を縦に振る俊樹。
人を金縛りにさせる、あの冗談センスは、
ある種の奥義である。
 
他のメンバーの、電撃や鞭使いでは
周囲への影響や、
ルールの点で不利であろう。要注意人物は
かなり限られてくる。

「さすが、花月」
褒め称える十兵衛に、
花月は軽い良心の呵責を覚えるが、そこは
さすがに様子を表さない。

「で、…誰が札読むンだ?」
 「………」
読み手では、ゲームに参加できない。
「…では、 私が読みましょう」
 現われた立候補の声に、空間は瞬時で 凍りついた。



「…『ネコが キャッと驚いた』
おや、これは 十兵衛君
新作ですね」

(………)
…寒い。
 クスリと笑っているのに
読上げる 赤屍の
無表情な声が とてつなく寒い。

「あ、はぁい 取りました♪」
弾んだ レナの台詞。
「では 次に行きましょう
…『犬が叫んだ ワンダホーッ』
なるほど…連作ですか」

 …怖い… 淡々と十兵衛が作った
カルタを読み上げる ジャッカルが
…怖すぎる…。

「あ、はーい また取れたv」
無邪気な看板娘達以外、
金縛りにあっている中、

周囲を見渡す 赤屍は存外楽しそうだ。
「…あのルールでは、私に不利でしたからね…」

 謎の多い男、ドクタージャッカル。
彼の 人生における楽しみは、
まだまだ奥が深そうである。

追記:翌日 HONKYTONKでは、労働にいそしむ
風雅メンバーと、優雅にその横でお茶をする
レナ達が 拝めたらしい。