「…十兵衛… 俊樹が、家を出たって…」
唇を噛み締め、花月が俺の胸元をぎゅっと握る。

「…行方、不明だって…」
信じたくない、というように 呟いた後 花月は
一筋 涙を流した。

数週間前から、風鳥院家と村雨家で 結納の
取り交わしが進められている事を
俺は知っていた。
そして、それは花月にとって 断りづらい
物である事も。雨流が、花月の為を思って
姿を消した事も。

「…ヤツなら、大丈夫だ。 元々 家を嫌っていた
雨流だ。…どこかで、また 会える」
「うん…、そうだよね」

慰めるフリをして、本当の事を教えない
自分の 卑怯さに、怖気が立つ。
…怖かった、のだ。雨流が姿を消した本当の
理由を知った花月が、後を追ってしまうことが。

俺の腕の中から、飛び立ってしまうのが。

虚言に耐えられなくなった俺は、黙って強く
花月を抱き締めた。
小さく震えていた花月は、俺だけはここに
いてくれと、願うようにしがみついた。

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俊樹疾走後の 十花。…えー、十兵衛は俊樹が家出した
理由を知っていたけど、あえて黙っていたと言う事で。