朝食の風景

「貴様 俺の考えを 否定するのか!?」
「何を言う 否定しているのは キサマだっ」

(…また 始まっちゃった…)
箸と小鉢を手に、食卓を挟み 睨みあう十兵衛と俊樹。
週に一度は、勃発している
下らない 朝の小競り合いだった。

 …下らない、が どのレベルかといえば
「何を言う! 納豆は本来 その匂い
を承知で 食べるものだ!辛子を
入れて ごまかす等、言語道断!!」
「甘いな! 現在 市販の納豆の8割には
辛子が入っている キサマのその古臭い
考えこそ、捨て去るといい!」
「匂いがイヤだというなら、何故タレなぞを
使う!? 古来日本人は、醤油を 使用すべきだろう」
「味覚とて、日々進化するものだ。
キサマも少しは、時代の流れを 読んだらどうだ?」

 …なぜ市販の納豆 8割 などという 詳細な
数字が出てくるか、俊樹に聞いてみたい気もするが…。
 関わりあうのも、ばからしく
花月は 吐息をついた。
 今日の論争は、『納豆には醤油かタレか
&辛子の必要性』について、言い争っているらしい。

確か、先週は『味付け海苔に醤油を付けるか否か』
その前は、『鯵の開きに 大根オロシの有無』
についてだった。
 ここまで行くと、注意するのも
馬鹿らしく、傍らに 用意してくれた
お膳に 自分の食事分を移し、朔羅と
二人で 少し離れた座卓で、
食事を続ける 花月。

「朔羅の豆腐のおみそ汁って、おいしい」
「ありがとうございます。仕上げに 小匙
で水で薄く溶いたカタクリと、隠し味に
数滴 お醤油を入れてるんです」
「油揚げも、ちゃんと 熱湯
通してるから、ぎとぎとしないで
食べやすいv」
 背後で続く、喧騒をものともせず
こちらは なごやかに朝食談義を交している。

 以前、花月も一度、二人を注意した事が あるのだが
(その時は、目玉焼きは 塩か醤油か だった)
つい 撒きこまれ
「…僕は、十兵衛の 食べ方の方が、好みかな」と
答えてしまった。
「花月は 俺より 筧を選ぶのか!?」
返ってきたのは、俊樹の悲痛な 叫びだった。
 ちょっと待て、とツッコむより先に
「フ…俺と花月の 500年の絆は、どこまでも
繋がっているのだ!」 と
勝ち誇る 十兵衛の声。
(調味料の話題で、なんで そうなるんだ?)
と思いつつも、フォローを入れるべく
「あ、でも パンの時は やっぱり塩胡椒で
食べたいよね」と振り返ると、
一気に浮上した俊樹が、コクコクと頷いてる。
 背後には、無言…だが『花月が俺を
裏切った』のオーラを漂わせた十兵衛が
飛針を握っている 気配。

どっと疲れが 押し寄せた
花月は、以来 この争いに関わるのは
やめようと決めたのだ。

(朔羅…も 一応年長だから、ビシッと
言ってやったら良いのに…)
 こっそり自分を盗み見ている花月に、
こくびを傾げ、「何か?」とにっこり
問い返す朔羅。
(まぁ…朔羅は 優しいし…
あまり 怒らないし… これぐらいじゃ
腹も立たないのかな)

「花月! 筧は『ひき割り』を否定するんだ!」
「…は?」

すでに世界から 切り離していた 俊樹が
言ってきた言葉に、花月が疑問符を返す。
 いつのまにか 話はひき割り納豆について
に転じていたらしい。
 藁づつの納豆は、引きだしにくいだとか、
納豆汁は ひき割りだとか…。
 どうでもよい話題で、 よくもまぁ
ここまで言い争えるものだと、花月は
半ば感心すらしてしまう。

「姐者! 姐者はどう思う!?」

 ついに、朔羅まで 引きずり出すらしい十兵衛。

食後のお茶を、ゆっくり啜っていた 朔羅は
湯のみをコトンと、座卓に置いた。

「…論点を ずらす事を 承知で
云わせてもらえば…
 毎回 朝食を 準備してくれている人の前で
食事を不味くしてくれる くだらない争いを
よくもまぁ くりかえすものだわ。
そんな兄弟を持ったのって不幸。
ひき割り納豆より
否定されてる気分ね」

 にっこり きっぱり。
その顔には 癒し系と呼ばれる、優しい笑顔が
貼りついている、朔羅。
…なのに、無性に怖いのは 何故だろう。

一番の安全圏にいる筈の、花月ですら
今の朔羅とは、目を合わせたくなかった。

「…さっさと 食べてくれないかしら
後かたづけも 誰かさん達のごたごたの後でだと
中々 進められないのよね」

「あ…いや 朔羅 今日の食器は 俺が 片付けておく」
慌てた 俊樹に、
「あら、そんな 喧嘩両成敗 だというのに
貴方にばかり やらせる訳には いかないわ
…十兵衛、勿論 手伝うわよね?」

 激しく縦に首振る、弟に 満足げな微笑みを返す 朔羅。
 
(…朔羅… すごい…)
殺気も、闘気も微塵も洩らさぬのに、意のままに
俊樹と十兵衛を ねじ伏せた朔羅。
 花月の賞賛の視線に、朔羅が 照れたように
ほほを染め、軽く手招きする。
「花月さん、大丈夫。
貴方なら すぐに これぐらいできるようになるわ。
ううん…そうね、きっと いつかは貴方の視線一つで
どんな相手も 意のままにすることが
できるように なるわ。
…よかったら、 その方法 伝授しましょうか?」
 花月が、頷きを反したことは言うまでも無い。


 自分の魅力を、最大限に利用する というのも
戦術のひとつだが、…強すぎる美人、はその方法を利用すべきで
なかったらしい。
 元風雅だけでなく、旧ボルツやらその他 諸々の
人間の『痴情の縺れ』に 数多く撒きこまれる破目に 多々 陥る花月。
 無意識に、人を惹きつけ その強さと穏やかな笑顔の下の
生身の感情を見たい、と周囲の男達に 思わせてしまうのが
原因の一つだ。
 それは、朔羅の教えから来ている。
だが、そのルーツが「朝食の納豆」にあるとは
当事者達も 忘れている事実であった。

朔羅姉さんより一言。 「花月さんも、私みたいに
将来 超有望な 成長株を見つけられればいいんだけど…」

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キリ番をGETさせて頂いたRIO様に、リクお礼で「風雅系の小説」とリクを頂き
早速 書いてしまいました。 楽しんで書いてしまいましたが、…まぬけな風雅親衛隊で、申し訳ございません(^^;)
  ちなみに私は ひき割りタレ辛子抜きが好きです。納豆巻を作るときは、ラップでくるんで 擂粉木で潰して、芯にすると 美味しいと思います←ラップで包まなくてもいいけど、洗うのが面倒。
 余談ですが、江戸時代ではすでに カラシ入り納豆は存在していたようです。