マーキング

こちらは、ひでぷさん(PIXIV)の素敵なあけおめイラストを拝見し、「最初にホクロの上に8の字を書いた」
という設定に萌えて書かせていただきました 新年早々素敵なイラストをありがとうございます!(イラスト転載許可頂きました、感謝です)


「ブッ……ククッ…い、いや巻ちゃん…案外…似合ってるぞ…」
巻島に犬鼻マスクを着けてきた当人が、耐えられないというように笑いを洩らす。
すかさず
「いや可愛いぞ巻ちゃんっ!愛嬌のある…いや愛嬌はないな…うむ…そう、なんだか懐かないが暴れもしない犬みたいで!」
続けるが、体も声も微妙に震えている。
「お前それがフォローのつもりかヨ」
「いやいや本当に、愛らしいぞ!自信を持て巻ちゃんっ」
上機嫌な東堂は、本当に犬を撫でるように巻島の頭をさする。

「…」
無言で掌を伸ばしてきた巻島の意図を組み、東堂は手鏡を渡した。
「お…これ…悪くねぇッショ」
笑われた当人は、マスクを着けられた直後は不機嫌だったが、その独特の感性に犬っぱなはハマったらしい。
「わん!ショ?」
鏡を見ながら吠える姿が、また愛おしくて東堂はこうして一緒に過ごせる正月の幸せにしみじみ浸る。
だがそれだけで終わらせてしまうのは、時間が惜しかった。

先ほどの勝負はテレビゲームを利用してのゴルフ対決。
ひたすらまっすぐに美しい打線を描く東堂に対し、方向ボタンを触れず、ただボタンを押すだけでもなぜか確実に曲がって飛ぶゴルフボールのせいで、巻島の勝敗はこの結果だ。

ゴルフを選んだのは、巻島だった。

セレブリティな巻島家では旅行時に、息子たちにもとゴルフを経験させている。
さんざんな結果だったが、それでも経験がないという東堂には勝てるだろうと選んだというのにこの結果。
「…次は何をするッショ」
次は負けられねェショと、わずかに唇を尖らせるようにすれば、犬鼻が連動してぴくぴくと動き、また東堂が押し殺した笑いを漏らした。

「では…あの日勝負のつかなかった卓球に変わり…ジャパニーズ卓球はどうだ!」
「…ジャパニーズ卓球?」
「これだ!」
どこに隠していたのか、すでに気づけば廊下側に羽子板と羽、そしてご丁寧に罰ゲーム用の墨と筆まで用意されている。

(…そもそも卓球って日本のゲームッショ ジャパニーズ卓球とか意味わかんねェ)
無言で羽子板を取った巻島に、東堂は振り返りビシリと指さす。
「巻ちゃんっ!今卓球は日本語だとか思っているだろう だが残念ながらもともとはテーブルテニス…お前の居る英国が起源だぞ」
ワインやシャンパンのコルク栓を、机の上で打ち合うゲームが、いつしか今のルールになったのだと東堂は続けた。

「…で、日本式の卓球……って卓がねぇッショ」
「ハッハッハ…!そうだな まあ普通に羽根つきと言っても構わんのだが」
本来の羽根つきは、相手のミスを誘い『落とさせる』のが目当てではなく、いかに長く打ち合えるかを競うものだった。
長く打ち合う事で災難を避けるという意味合いがあり、その為落としてしまった方に、魔除けとして顔に墨を塗るのが原点となっている。

「だが…」
言葉を区切った東堂が不敵に笑い
「それではつまらんだろう?」
「クハッ!そうだな 勝負するッショォ!」
ゆっくりと優雅な打ち合いよりも、相手と競いたいのが東堂と巻島だ。
犬っぱなをつけたままの巻島が
「オレが勝ったら…お前のデコに肉って書いてやるッショ」
と宣言をすれば、負けじと東堂が
「ではオレが勝てば、巻ちゃんの顔に負け犬と書いてやろう!」と東堂が犬鼻マスクを指さした。

「面白ェ…!負けねえッショ!」
「オレとてだ!巻ちゃんっ!!」

カンカンと、澄んだ響きは耳に心地よいが、二人のやり取りはお正月の優雅なゲームからは程遠かった。
着物姿が自分に有利な事を知っている東堂が、
「ハンデをやろうか巻ちゃん」などと軽く言って、左手打ちのみに限定してしまった為、少々巻島が優勢だ。

だがそれでも、幼い頃から何度もこのゲームをやっている東堂に対し、なかなかコツが掴めぬ巻島との対戦は互角。
『長く続ける』が目的ではなく、『勝つこと』が目当てであるのに、なかなか決着がつかず、二人は心理戦に入る。

「東堂ォ!」
「なんだね巻ちゃんっ!」
「オレのホクロ、チャーミングってイギリスでは人気ッショ!」
「なっ……!」
動揺して打ちそこなうだろうと、そう計画したが失敗だった。
「ならんよっ!!」
一瞬の同様のあと、すかさず立ち直った東堂は全力でスマッシュを決めてきて、巻島の足元に羽のついた無患子を叩き込んだ。

「クッソォ……」
打ち合いに負けたというより、自分の失言で点を取られたことが悔しいらしい巻島は、小さく息を吐いた。
そして諦めたように目をつむり、「ん」と東堂に顎を振る。
早く書け、と促しているのだろう。
「…いい子だな、巻ちゃん」
余裕ありげな東堂の声に、内心イラつく。

墨を含んだ、冷たい感触が目じり近くで少しこそばゆい動きをする。
「書いたぞ」
東堂が筆を硯に置いた音がして、巻島は目を開けた。

負け犬という文字を書いたにしては、随分と画数が少なかったように感じたのは気のせいだっただろうか。
悔しさに紛れて気が付かなかったが、筆の動きは随分と少なかったように感じた。
だが東堂の微笑みは満足げで、目的を達したように見える。

ならば自分も、東堂の額に肉と書いてやるまではやめられない。

「もう一勝負ッショォ!尽八ィッ!」
「いいだろう!巻ちゃんかかってくるといい!!」
カンッカンッと木の板は再び、激しく鳴った。

「ぱちー、巻ちゃんー お雑煮……アンタ達、今どき墨まで用意して…」
勝負が止まったのは、餅の数を確認しにきた東堂姉の登場によってだった。
客の来ることのない、私邸部分だから安心しきって、馬鹿な勝負に熱中してしまったのだが、まさかの第三者。
あわあわと、挙動不審な動きをする巻島を見て、東堂姉は真顔になった。

肉だの負け犬だの、犬っぱなだの…。
呆れられてしまったと焦る巻島をしり目に、東堂姉が向き直ったのは自分の弟へだった。
「…あんたねぇ…こんな二人きりの場所でまで、マーキングして…」
額に肉と書かれながらも、東堂本人は涼やかに微笑むばかりだ。

「ま、いいけどね で…結局二人はお餅何個?」
「三個」
「あ、オレは…二個で…」
「了解」

マーキング?何ショ??
首を傾げる巻島は、墨を落とすために洗面所に向かい、ようやくその言葉の意味を理解した。
ホクロを隠すように、デカデカと頬に書かれた8の文字。
自分の作戦は、二重に失敗だったらしい。
勝負でうっかりさせるどころか、東堂姉に見られなくてもいい勝手な所有印まで見られてしまった。

「……帰る」
「まあまあ落ち着け巻ちゃん 大丈夫だ他人が見ても8がオレだなんて気づかんよ」
「帰るッショォッ…」
「それにしても、姉さんも流石だな すぐにオレの意図に気が付いたんだから」

誰にも譲るつもりのない、大事な人へのささやかな悪戯。
その白い首筋にハートを書いた時には、これ以上ない独占欲が満たされた気がした。
「さあ、姉さんや母さんが雑煮を用意して待っているぞ!」
「帰るッショォォ!!」
顔を真っ赤に頬をごしごしとこする恋人が、これ以上もなく愛おしく思え東堂が笑う。

腹いせとばかりに巻島から、無患子の種が投げつけられたのだが、それでもそれはただ幸せな新年な幕開けだった。