巻島家と東堂家は、親同士が友人であったと言う関係で、自然、子供同士もそれなりに交流を持っている。 ただそれは、ある程度年齢が近い幼いうちで、成長すれば、東堂家は唯一の子供が女の子で、巻島家は長男、次男とともに男であることから、 今ではそれなりに顔を合わせれば会話をするが、特に仲が良いという訳でもなく、いいお隣さんとしてつきあうようになっていた。 そんな東堂家に、一人遅れて弟が誕生した。 美形な一族の血を引き、幼いながらにすでに整った顔つきの赤子を見た裕介は、自分とは随分違うと、見惚れたのを覚えている。 自分でキモいと表現する一環に、巻島の幼い頃のアルバムの引きつった笑い満載の写真が原因となっていた。 我ながら何故こうも、凄い顔をしているのだろうと思うばかりの幼少時代の顔は、この赤子とは雲泥の差だった。 もっとも両親や兄が言うには、お前はカメラを向けると、変な顔しかできなかったが、自然の笑顔は最高だったとフォローするのだが、肉親の 欲目であろう。 東堂はそんな欲目など必要ないほど、愛らしかった。 なるべくコイツの人生の邪魔をしないようにと、巻島は距離をとる予だったのに、なぜか尽八と名づけられた子供は、裕介に非常に懐いていた。 どんなに泣き喚いていても、巻島の姿を見るとピタリと泣き止み、「あー」と小さい手を必死で伸ばしてしがみついてくる。 逆に出かけなくてはならないときに、尽八を離そうとすると、世にも哀しげな顔で、うわああああと泣くのだ。 そこまでされてしまえば、巻島自身の意図はどこかに消され、二人でワンセットとみなされてくる。 そして巻島も慕ってくる幼子は、段々と誰より大事な存在へと、変化して行った。 東堂姉には「ワタシより 裕介くんの方が懐かれてるみたい」と、言われる有様となってしまっているほどだ。 「あー あー あい、あいちゃ…」 東堂が何を言っているのかと、首を傾げた巻島に、東堂母は 「巻ちゃんって呼ぼうとしてるのよ」と微笑みかけて、教えてくれた。 まんまやぶーぶーといった日常用語より『巻ちゃん』と言う言葉を覚えた東堂。 そんな東堂は、保育園に入って、急に雄弁になっていった。 普段一緒にいる巻島が、寡黙なタチであったためか、それまではただひたすらぴたりとくっついてくるだけだったのに、今では巻島が 眩暈を覚えるほど、事あるごとに語りかけてくる。 「オレはおおきくなっても まきちゃんとずっといっしょがいい!」だとか 「まきちゃんはおれのおよめさん」と他人にまで、紹介を始めるようになってしまったのは、どうしたものかと巻島の悩みの種になるほどだ。 「あのな、尽八 お嫁さんになる人は ちゃんとそれなりの…過程を経てからでねーとなれねーショ ずっと一緒だから結婚ってのは無理ショ」 こんな小さな子に、何を自分は言っているんだと思いながら、巻島が言い聞かせると、東堂は 「じゃあおれは 『それなりのかてえ』をして巻ちゃんとけっこんする!!」と満面の笑みだった。 「…お前、それなりの過程の意味わかってねえだろ」 「ああ、だから巻ちゃん おしえて!」 「……んー……なんか運命的な出会いがあって、宝石付いた指輪渡して、結婚してってプロポーズ?」 巻島とて、そんな経験はないし、結婚などは遠い未来の話なのでしどろもどろだったが、その話を聞いた大人たちは笑いながら 『大体あってるな』と答えたもので、東堂はそれが『結婚の過程』であると、インプットされてしまったようだ。 …まあコイツも意味がわかるころには、どこかで可愛い女の子を好きになって、オレに紹介でもするようになっているだろうよ 少しその時は寂しいかもしれないが、自分は心から喜んで祝福をしてやるつもりだ。 軽く微笑み東堂の頭を撫でると、東堂は面映そうに、巻島が触れた箇所をそっと掌で包んでいた。 東堂は元気な子供であったが、巻島といると歩き回るより、抱っこをせがむことが多かった。 抱っこ姿と言うのは、当初なんだか恥ずかしく感じていたが、近隣の公園などでは細い茶色の髪の少年と、幼い子供の組み合わせは、微笑ましさと ちょっとしたもの珍しさもあって、今ではママ友たちのなかでもアイドル扱いをされている。 今日はおやつにと、綺麗なドロップをもらって、東堂は上機嫌で 「きれいなみどりいろだ! 巻ちゃんのいろだ!」と上機嫌に陽に透かせては眺めていた。 以前山に家族で行ったとき、見た景色はすばらしかっただとか、オレは人魚姫はなんだか自分の性格に似ていてあまり好きじゃないショなどと もとりとめない話をベンチでしていると、巻島の膝に向かい合わせで座っている東堂の足から、靴がすっぽりと抜けてしまった。 周囲のママ友の一人が、拾ってくれようとするのを目線でおしとどめ、軽く頭を下げた後に、東堂をベンチに下ろし座らせ、巻島は靴を屈み拾う。 跪いた状態は、丁度東堂の靴を履かせるのに便利な位置だったので、巻島は東堂のカカトを掌で受け、そっと靴を履かせた。 その瞬間 「おおっ! なんということだこのくつがぴったりだ おまえこそよめ!」 と東堂が叫び、巻島は目を丸くする。 「そうだけっこんのやくそくに ほうせきだ まきちゃん!」 ぎゅっと巻島の指先を握った東堂が、手の甲を上にさせた、巻島の指の上に、先ほどのドロップをそっと置く。 東堂は食べずに、その掌で握っていたらしい。 少し熱でとけてべとべとのそれは、それでも澄んでいて美しかった。 「巻ちゃん!巻ちゃんにほうせきのっけたから、これでおれが巻ちゃんとけっこんだな!」 「…え」 何を言われているか、わからないと硬直をした様子の巻島に、まわりでくすくすと温かく見守っていた母親の一人が、事情を話してくれた。 今日は保育園で、シンデレラを読んでもらったこと、そして東堂は靴を履いてピッタリだったら、結婚できるのかと保育士さんに 何度も聞いていたことを教えてくれた。 「……お前、靴わざと脱いだショ?」 「……だって…巻ちゃんとけっこんしたいから…」 幼い策略がバレてしまい、しゅんとした東堂に、怒る気持ちなどは当然湧かない。 むしろ巻島は、その思考回路に吹き出すのを堪えるのが精一杯だった。 「自分でプロポーズとは、斬新なシンデレラショ」 ――バカワイイ、ショ 「しょうがねえショ お前が次に結婚したい相手が出るまで、オレがお嫁さん第一候補になってやるショ」 「まきちゃんっっッ!」 ぎゅっとしがみついてきた東堂に、周囲の母親たちは笑いながら拍手をするばかりだ、こんな可愛い見世物はそうそうないだろう。 なお十年後、「オレは巻ちゃん以外、誰も好きになれない …お嫁さん第一候補の責任取って」 と東堂に迫られるようになるとは、巻島にとっては勿論、計算外な出来事であった。 その更に五年後にも、東堂尽八に『次の結婚したい相手』とやらは、当然現れていない。 |