【美形な鶴の恩返し】



巻島裕介は、町外れに一人で住む青年だ。
心優しくどちらかというと、おっとりとした性格なのだが、少々奇抜な美的感覚を持っており、知らぬ者は多少身構えてしまうなりをしていた。
人とのトラブルは面倒だと、あえて喧騒とは離れた場所に住居を構えて、移動には便利な二輪車を利用している。
独特なスタイルの通勤姿から、山間の蜘蛛という異名を持つが、その名とは裏腹に、草食系と呼ばれる内向的な資質を持っていた。

そんな巻島は、仕立て屋を営業しており、街中に店を構えている。

ただ本人の独特なセンスは、売り物にも反映されており、金持ちの両親や兄がいなければ、その店は成り立っていないだろうとめっぽうの噂だった。
(…今日も売れなかったショォ…)
襟を七色に染めた、虹色半襟は素晴らしいデザインだと思ったのだが、それを進めてみても皆、苦笑して首を振る。
父や兄が仕入れた着物の売上げで、今月の生活費も確保はできているが、やはり自分の認めたものが売れぬというのは寂しいものだった。

店からの帰り道、巻島は白い塊が、木の根元近くでうごめいているのを発見した。
自転車のスピードでも、はっきりと違和感を感じるほど、そこに存在しているのは異質の物体だ。
なんだろうと、よく見ればそれは、罠にかかった、美しいすらりとした鶴だった。

ギザギザとした金具で挟まれた箇所は痛いだろうに、その気高さは失わぬとばかり、もがいたりすることはなく、ただ巻島を見詰めていた。
本来であれば、その鶴は仕掛けをほどこした、猟師のものだ。
だが鶴は上からのお達しで、めでたいものの象徴として食べることはない。またペットとして飼うには、相当の準備が必要で、一部の特権階級でなければ、許されぬため、市場には出回ることがない鳥だった。

「大人しくしてるショ この近所の猟師にちゃんと許可もらって、助けてやるからな?」
言い聞かせるように巻島が言えば、鶴はまるで言葉がわかったかのように、長い首を縦に振った。
「クハッ お前かしこいショ」
そう言って微笑んだ巻島を、鶴は澄んだ瞳で、じっと見詰めていた。
付近のものに尋ね、この場所の罠を縄張りとする猟師を尋ねる。
巻島は事情を説明し、鶴では売り物にもならないし、食べれば上からも睨まれるだろうから、自分に今手持ちのこの布と引き換えに、あれを譲ってはくれないだろうかと交渉をした。
巻島が差し出した布は、サイケとしか表現の出来ぬ、色鮮やかなものであったが、猟師は山に踏み入る際、目印に丁度良いと快く頷いた。

罠のつくりはさほど凝ったものではなく、横の留め金を外せば簡単に外れる。
後はその罠をそのままそこに置いておけば、自分が回収するからと言われ、巻島は再び鶴の元へと戻った。
「あ、よかった大人しくしてたショ」
鶴はまるで平常時にそこにいるかのように、凜とその場に佇んでいた。

「イイ子っショォ…ここをこうして……こうすれば…」
カチャリと音がして、鶴の細い足は、自由となった。
幸い血も出ておらず、折れた様子もない。
何度かさすってみても、鶴は逃げるどころか巻島に感謝を見せるみたいに、頭を寄せくぅと喉奥で甘く鳴いた。
「クハッ…良かったな さ、空へ還るショ」
鶴を自由にしたいだけで、飼いたかった訳ではない。

名残惜しそうになんども振り返る鶴に、早く仲間の元へ帰ってやれと、巻島は諭し、家路についた。
ああ、いいことしたショ。
ほっこりとした気持ちで布団に入り、目を閉じる。

うつらうつらと仕掛けた頃、ほとほとと玄関を叩く音が響いた。
「…ム……ん…誰ショォ……こんな…時間に……」
重い目蓋を必死でこじあけ、巻島は扉を開けた。
「…どなたショ…?」
「無用心だぞ!玉虫!!」

叱るように怒鳴られ、巻島はむっと相手を見た。
誰だよ、コイツ。
こんな夜中にいきなり来て、人を怒鳴るとかありえねえ。
「……何の用ショ」
「うむ!オレは旅人だが道に迷ってな!!ぜひとも一夜泊めてはくれんか」
…怪しすぎる。
警戒心を丸出しに、そっと後ろに下がり、扉を閉めようとした巻島に気が付いたのだろう。
男は慌てて足を差込み、扉が閉められぬように無理やり割り込んできた。

「頼む ここら一帯は他に人家がない」
そう言われてしまうと、確かにその通りで無碍にもできない。
ヘタに放り出して、獣にでも襲われたとなれば、後味の悪さが相当なものだろう。
ふぅと小さく吐息をついて、巻島は東堂を招きいれた。
「…玉虫じゃないショ 蜘蛛ショ」
「そうか…では蜘蛛とよべばいいかね、感謝する!オレは東堂尽八という」
「…巻島ショ」
「そうか、では巻ちゃんと呼ばせてもらおう!」
「…オマエ初対面の相手にソレはねえショォ…」
「何故だね!?巻ちゃんは巻ちゃんだろう?」
相手をするのに疲れた巻島は、もうそれでいいショと、妥協することにした。

ひとまずお茶でもと、居間に誘い、湯を沸かす。
きちんとした明かりの下で見る東堂は、街中にいるどの男よりも秀麗な顔をしていた。
「お前、なんでこんなところに来たショ?」
身なりも正しいし、強盗をやるぐらいなら、そこらにいる女性をたぶらかす方がよほど効率が良さそうだと、巻島は警戒をといた。
「うむ、巻ちゃんが仕立て屋だと聞いてな オレは巻ちゃんに最高級の反物を用意してやろうと訪れた訳だ」
東堂の言い分はわかったが、それにしては軽装すぎる。
「…布、どこにあるショ?」
「それはこれからオレが用意するのだよ!巻ちゃん一宿一飯の恩義に報いるためにも、機織りを貸してくれんかね」
「ないショ」
あっさりと言ってのけた巻島に、東堂は驚愕した様子だ。

「ない…嘘だろう…?仕立て屋の巻島裕介なのに…か…? これは…悪い夢か…?」
随分大げさなヤツだと思いながらも、巻島は律儀にもう一度、ないものはないのだと返事をした。
「嘘じゃないショ ないショ」
「だって…巻ちゃんは服を仕立てるのを仕事としているのだろう?」
こくりと頷くが、巻島はそのまま、あくまでも仕立てるだけで、布は別から購入しているのだと、東堂に告げた。

「そんな…それではオレはどう…すれば……」
あまりに落胆した様子の東堂に、巻島は気の毒になった。
おそらくこの男は、巻島の家で機を織って、旅費を稼ごうとでもしていたのだろう。

東堂一人ぐらいの食費だったら、さほどかかるわけでもない。
「えっと…だったら、お前オレの店でバイトするショ?」
ただ飯を食わせてやれるほど、巻島は財布に余裕がある訳ではないが、働き手となれば別だ。
人を雇ったという事で、経費として計上できるし、昼食代なども福利厚生費に当てることで都合はつけられる。
…巻島裕介はおっとりとしているが、リアリストだった。

「それは…巻ちゃん、……体で返せということか?」
「返せも何も、お前 別にオレから何も受け取ってないショ」
オレのところで働くのが嫌だと言うのならば、一泊ぐらいはもてなししてやるから、朝になったら街へ向って、他で仕事を探せと、巻島は重ねた。
「…違うぞ、巻ちゃん……オレは……巻ちゃんに大きな恩をもらっているのだ」

ぎゅっと巻島の両手を握り、東堂は跪く。
「と、東堂…?」
「鶴は…ご禁制の生き物だ ヘタに傷つけてお上にバレては面倒だと、誰も……罠にかかったオレを助けようとはしなかった…」
猟師とて、他人に見られているのならばともかく、誰もいない状態で獲物としての鶴をみかけたら、色々のあと処理が面倒だと、証拠隠滅を図っていたかもしれない。
「だが、心優しい巻ちゃんは違っていた」
見捨てず、しばらく待てよと言い聞かせ、助けてくれたその心優しさにオレは、一目惚れしたのだと東堂は続ける。

「…えっと、……東堂オレが助けたの…お前の飼っている鶴だったショ?」
手ぶらではあるが、東堂の身なりは品位あるもので、薄汚れてはいない。
言葉使いも古臭いと言えばそうだが、格式あるといわれれば、そうかもしれないものだ。
たまたま巻島が鶴を助けたのを、東堂が見かけ、御礼に来たのだろうかと巻島は首を傾げた。

「おっといかんよ!オレの正体がバレてしまっては、…色々差しさわりがあるのでな」
「そ、そうなのか?」
そこでアッサリと引いてしまう巻島に、東堂はむぅと頬を膨らませる。
「巻ちゃんっ!そこはもっとツッコむところではないかね!正体はなんなのかとか、バレたらどうなるかとか!」
「……お前、めんどくさいショォ」
「面倒くさくはないな!」

「フ…まあいい、巻ちゃんが望んでくれるなら、オレは喜んでこの身を奉仕しよう」
そういい捨てると、東堂は立ち上がり、そっと巻島の腰を抱いた。
なんだコイツ、距離が近ェよと思う間もなく、唇が重ねられる。

「……!?!?!?!?」
驚愕した巻島が、咄嗟に逃げようと胸を押すが、かえって強く抱き寄せられ、空いている東堂の片手で、手首を戒められてしまう。
「んっ……ふ……」
割って入った舌は、容赦なく巻島の口腔を支配した。
かわす舌を絡めとり、歯茎を粘膜と言う知らぬ感覚で責めたかと思うと、下唇を甘噛みされる。

夜間は人里離れた場所で、一人住んでいる巻島は、こんな感覚を知らなかった。
知らずに足から力が抜け、支えてくれている東堂に縋りつくように、涙目を向ける。
東堂の喉が、ゴクリと動いた。
「巻ちゃん……かわいい…」
そういいながら、東堂の唇は頬を辿り、耳朶へと移動した。
柔らかなその皮膚を楽しんだ後、東堂は尖らせた舌先を巻島の耳孔へともぐりこませた。
「ひゃっ……と、東堂や……」
「大丈夫、怖くないから」

ぴちゃりというイヤらしい水音が、ダイレクトに脳裏へ響く。
くすぐったさが快楽ではなく、責め苦として自分を襲うようで、巻島は目を潤ませ、何度も首を振った。
「や…っ…やだ、東堂……」
「可愛い……巻ちゃん、かわいい……」
「ふ……ぁっ……」
くちゅくちゅと、淫らな音が鼓膜に直接落され、巻島は身を震わせた。
「やっ…やぁ 東堂ォ……もう……やめ…」
耳腔が性感帯のように感じるなんて、知らなかった。
いつしか腰に熱が集まり、巻島は己のその反応に、怖気づいたよう
「もう…許してくれ……」と縋る。

だがそれは、雄の本能を煽るものでしかなかった。
「巻ちゃん…… オレの正体を教えよう……オレは、お前に助けられた鶴だ!」
「……は……ぁ……?」
唐突に、またしても意味不明な言葉を紡ぐ東堂。
唖然とする巻島に
「……そして…正体を知られたオレは……お前と生涯添い遂げねばならなくなった」
「え」
「先ほど差障りがあるといったのは、それだ オレは…巻ちゃんにひと目で惚れたがな、万が一体の相性が悪くてはと、先ほどは言い出せなかったのだが……」
これなら大丈夫だと、自信ありげに東堂は巻島の肩を押し、そのまま細い体を優しく横たえた。

「え?」
まだ現状が飲み込めていない巻島に、東堂はそのまま圧し掛かる。
待ってくれ、股間に硬いものが当たっているのは、オレの気のせい…だよなと、巻島が東堂を見上げた。

「ありがとう、巻ちゃん…オレを助けてくれて……この恩は一生かかっても返すからな…?」
「っ!?ショッォォォォォォ!??」

こうして巻島ブランドは、専属の美形モデルがついたことで、売上げは飛躍的に伸びたという。

めでたしめでた……

「めでたくないショォォォ!!」
「何を言うか 二人で生涯添えて、オレ達は売上げも知名度もともに抜群な、有名人カップルだぞ 幸せに決まっている!」

鶴を助けた心優しい青年は、数年にいっぺん、何故あの時鶴を助けてしまったのだろうと自問自答することもありましたが、おおむね幸せに暮らしましたとさ。

今度こそ、めでたしめでたし