本来は二匹ですが、二人表記としています ****************** 山の頂上に立つオス狼は、美しい姿をしていた。 つやつやと輝く黒味を帯びた毛並み、締まるところは締まった伸びやかな肢体、澄んだ濃い紺の瞳は狼族でも珍しく、メスにとっては受け継ぎたい遺伝子らしく、非常にモテる。 前髪が一房、少し長めに飛び出しているのが印象的なその狼は、東堂という名を持つものだ。 揺れるその前髪も、お気に入りではあるが、駆ける際には少々邪魔だ。 人間が捨てた、プラスチックの輪が半分に欠けて落ちていたものが、丁度それを留めておくのに便利で、東堂はカチューシャとして愛用していた。 ――少し遠出をして、景色を楽しんでみよう。 そう思って、何の用意もせずに出てきたのは失敗だった。 東堂が眉を顰めて、空を見上げる。 山の天気は変わりやすい、東堂が湿った風を察知したときには、もう灰色がかった雲が立ち込めており、それはあっという間に暗雲へと変わっていく。 勢いよく降り出した雨は、東堂の自慢の毛並みをびしょ濡れにした。 だが濡れるだけならば、我慢ができても雷を伴い始めては、そうもいかない。 慌てて東堂が周囲を見渡してみれば、幸い小さな小屋が少し歩いた先に存在していた。 明かりがない室内は、狭い小屋の内部が見渡せぬほど、暗い。 それでもかび臭さや嫌な空気はなく、東堂は安堵して腰を下ろした。 ザァァァァッ 東堂が木の扉が開いていたのを幸い、飛び込むと同時雨脚はいっそう強くなった。 タンタンと屋根や窓を打ち付ける雨粒は、その音の大きさで、周囲の状況を色濃く伝える。 この程度の濡れ具合で済んだことを、感謝せねばならんかと、吐息をついた瞬間、背中側から何かが動く気配を感じた。 「…ショ?」 「誰か、いるのか」 「…い、いるショ 雨宿りしてたショ」 「なんだ先客がいたのか、オレも同様だ 邪魔をする」 「クハッ……ここはみんなの避難場所だ、オレに挨拶する必要ねえショ」 語尾が独特だが、どこかの方言だろうか。 喋り方はかわっているが、どこかふわりとした浮世離れした返事に、東堂の頬が自然と緩む。 「オレは箱学の東堂 山が好き…いや正確には山を登る行程が好きでな、ここは初めてだがいい場所だな」 「オレは千葉の巻島ショ お前も山…好きなのか、いいよな登ってく緊張感とか」 「…!お前もそう思うか?ギリギリまで高まる気持ちや、山頂での達成感」 「テッペンでの風は、たまらねえよな!」 狼の生活は、基本集団で色々なタイプが存在している。 本来ならば一匹で暮らす方が性にあっていそうな荒北やら、統率をとる福富、何気なく和を保つ空気を放つ新開とそれぞれが気を許せる仲間ではあるが、 趣味を同じくとする相手は、あいにくといなかった。 それが、こうして気が合う者と偶然出会えたのだ。 嬉しくなった東堂は、そっと巻島の方に近寄った。 「ひゃっ!」 「うわっ」 バリバリバリィッ! ドォーンッ、と一瞬で稲光がして、裂けるような雷鳴が轟く。 どこかすぐ近くで、稲妻が木を焦がしただろう音が響いた。 荒々しい雨の音は、まだ耐えられても、生物の本能で激しい雷の音には、身を震わせてしまう。 思わず、抱きしめあった東堂と巻島は、しばらくそのままで固まっていた。 クン、と東堂が鼻先にある巻島の首筋を嗅いだ。 ふわふわと優しい毛並みは、手に心地よく、香りはとてつもなく甘い。 今は雨に濡れて鼻が利かないはずなのに、間近の巻島から発せられる匂いは、よほど東堂の好みだったのだろう。 うっとりと体を支配するほど、魅惑的な香りをしている。 会話をしていなければ、メス狼だろうかと思ってしまったであろう程、巻島の体の抱き心地は良かった。 もぞりと身じろぎをされてしまえば、反射的にもっと触れたくて抱き寄せてしまう。 「東堂……くすぐったいショ」 ぎゅっとされているのは安心だが、これ以上はないほど密着されて、巻島は困惑を滲ませて、囁くように告げる。 それでも激しく小屋を揺るがすほどの稲妻の中、身を委ねられる相手がここにいたのは幸いだと、巻島は思っていた。 ヤギの自分が単独行動をすれば、危険だとヘラジカの田所などによく言われているがいざという時は、こうして何とかなるショ。 そう思い、抱き寄せられた東堂の腕の心地よさを、巻島は素直に楽しみ、すりりと頭を東堂へと寄せ、好意を表した。 柔らかさはないが、しなやかな東堂の筋肉は、触れていて自分にはないものだと、うらやましく思う。 ただ先ほどから、首筋やら耳朶やら、くすぐったい場所ばかりを、東堂に執拗にかがれるのは少し困ってしまう。 だが、それも親しみを篭めてくれているのだろうと思えば、それも嫌ではなかった。 「少し、音が遠くなったショ」 「……そのようだな」 柔らかなその肢体を手放すのが惜しくて、東堂はまだ少し雷が怖いと言って離れようとしない。 「東堂は、しっかりした体なのにダラシないショォ」 大人しく抱きしめられたままの巻島は、その言葉を疑いもせず、そのまま受け止めているようだった。 それでもいつしか、雷は去っていく。 いい訳もなくなり、東堂が仕方なしに巻島の解放をすれば、巻島はもう大丈夫ショと、東堂の頭を軽く撫でて笑っていた。 トクン、と先ほどとは違う鼓動の高鳴りを、東堂は覚えた。 「巻ちゃん!」 「ショ…?オ、オレか」 「巻島だから巻ちゃんだ、そう呼んでもいいだろう」 初対面の相手に、こうも親しげに呼び止められたことはないと、面映そうに巻島が返すのがかわいらしい。 箱学という集団生活の中で、今までどんな相手にも感じたことのない気持ちで、胸が溢れそうになる。 このまま雨が上がって、さようならと、別れてしまうというのだけは嫌だ。 そう思っていたのは、自分だけではなかったらしい。 巻島の方から 「今度、一緒に向こうの山頂登ってみねえか?」と誘いをかけてきてくれた。 嬉しさを隠し切れぬ東堂は、勿論だと張り切って答える。 山向こうの土地は、まだ自分も訪れたことのない場所だった。 肥えてぷりぷりとした羊やヤギたちが、大勢いるとも聞いたことがある。 巻ちゃんとそんな場所に出向けるなど、嬉しいことだと頷き、待ち合わせをどうしようかと、見えぬだろう巻島に問い返した。 「今日は真っ暗で、お前の顔も見れねえからなァ…」 東堂にしてみれば、その甘い香りでわかると返したかったが、どうもそれでは変態臭い。 「それでは合言葉を決めてみてはどうだろうか」 「あ、いいショそれ 何にしようか」 「そうだな…オレ達二人が出会えた記念…」 しばし黙考した後、二人が口にしたのは同時だった。 「「あらしのよるに」」 次の待ち合わせは、この先にある一本杉だと決めて、二人はその日互いの寝場所へと帰っていった。 ――ああ、楽しみだ。 狩のための疾走ではなく、また仲間同士の地位付けのための走りではない。 純粋に、心の赴くままのクライムだ。 爽快感のともなう、山の上の空気を巻ちゃんと楽しもうと、東堂は日頃ないほど、念入りに身づくろいをした。 手土産は何に、しようか。 真っ暗なのでよく解らなかったが、巻ちゃんは長いたてがみを持っていた。 そこに編みこむ、花などは似合うかもしれない。 色々考え、浮かれている東堂を見た荒北に、何事か揶揄をされたが、そんなことが気にならぬほど東堂は心をはやらせていた。 一本杉の向こうに、影が見える。 どうやら巻ちゃんはもう、待っていてくれたらしい。 ああ、あの甘い甘い匂い。 間違えようもないが、それでも約束事だからと、東堂は「巻ちゃん!」と声を掛けた。 杉の幹の後ろの影が、ピクリと動き、こちらに顔を向ける気配がした。 そしてほぼ同時に 「「あらしのよるに」」と呟き、そして二人は目を合わせ、そのまま硬直をした。 ひょいと姿を現した巻島は、東堂の同属ではなく、ヤギだった。 美しい艶やかな毛は、白を基調に背中から腰に流れるラインのみ、玉虫色に輝いている。 すらりと伸びた手足は細く、東堂が握り捉えれば、ひとたまりもないだろう。 細い顎にあまり大きくない瞳、パーツ一つ一つはさして美形と呼べるものではないが、巻島にはそれを凌駕する、フェロモンがあった。 豊かな睫毛は濡れるように光っており、薄い唇は淡い紅色、目元と口元のホクロが、そのトドメとばかりに色気を加速させていて、東堂にすら 「こんなにもおいしそうなヤギは滅多にいませんよ」 とアピールしているかのようにすら見えてしまう。 一方、東堂に負けぬほどクライムを楽しみに、この場所に訪れた巻島も、呆然としていた。 触れたときのしなやかさや、熱い吐息は、今となっては同属に得られぬものであったと、よく理解できる。 それでも快活に自分との話題に乗り、雷が怖いとしがみついてきた東堂を、巻島は即座に警戒するつもりには、なれなかった。 「と…うどぉ……狼…だったショ…」 「巻ちゃん……ヤギ……だったのか」 互いに騙したわけではない、勝手な思い込みだ。 だがあの胸を騒がせ、喉が渇くような気配を覚えたのは、狼の本能が察していたのだろうと、東堂は納得をした。 ごくり、と東堂の喉が無意識に嚥下したのを、巻島は悟ったのだろう。 ビクと身を震わせ、一歩退き東堂を見つけていた。 元から困ったような顔をしているみたいだが、今の巻島は更に眉尻を下げ、困惑としか表現できぬ表情をしていた。 「や、山…登るショ?」 おずおずと聞いてくる巻島に、東堂は慌てて頷きを返す。 狩猟本能や、殺伐とした狼一族の掟を忘れ、楽しむ為にここに来たのだ。 自分が怖いだろう巻島は、逃げずに山へ行こうと誘いかけてくれる。 ――そうだ、オレは巻ちゃんの友達なんだからな!巻ちゃんがどんなに美味しそうでも、手出しをせんよ! 「あ、えっと…巻ちゃんに土産…持ってきたんだ、コレ」 東堂が差し出したのは、淡いピンクの花束だった。 途端に曇らせていた眉根は解け、巻島は嬉しそうな笑顔になる。 「オレ…これ好きショォ」 両手で受け取った巻島が、ふわりと笑う様子に東堂はまた、動悸が早まるのを感じた。 「そ、そうかそれは良かった では…」 髪にでも誘うかと提案をする前に、巻島が 「いただきますっショ」と呟く。 ―頂きます? 東堂が聞きかえすより先に、巻島はカプリと花びらを口にしていた。 「え、巻ちゃん 好きって……そういう……」 「ん? 大好物ショ 甘いよな、この花」 にこにこと花びらを摘み、東堂も食うかと、差し出してくる様子は非常に愛らしい。 「いや…オレは…草は食えんのだよ」 それでもそのまま、差し出された巻島の手をあきらめるのが惜しくて、東堂は無意識にその指先を舐め取った。 想像、通りだ。 いやそれ以上に、甘い。 ついでとばかり、舌で絡め取ったその草はいつもどおり、青臭かった。 もう一度口直しがしたくて、巻島の手首を掴み、指をしゃぶる。 「んっ……東堂……くすぐったいショ…」 なんて無警戒なんだ、巻ちゃん。 いやいやいや違う、巻ちゃんはオレを、狼の東堂すらをも友人として受け止めてくれているから、逃げないのだ。 早くやめなくてはと思うのに、本能は正直だ。 指先をちゅぱちゅぱ吸い、薄い皮膚の指股を舌でなぞり、巻島がその都度小さく震える姿に、下腹部が熱くなっていく。 「…っ!…やっ指……東堂ぉ……」 「すまない、巻ちゃん オレの唾液で汚してしまったな 責任取って綺麗にしてやる」 「あ…違うショ それ……やっ…」 「巻ちゃん…… 可愛いぞ巻ちゃん……」 エサとしてでなく、性欲の対象としても巻島は極上の体をしていた。 涙目でいやいやと首を振る姿に、興奮してやまない。 これをここで離すのは、かつてないほどの忍耐力が必要だったが、東堂はひとしきり巻島の指先を堪能した後、しぶしぶと唇を外した。 全身をぴくぴく揺らせ、涙目になっていた巻島が、ほぅと小さく息を吐き、呼吸を整えている。 その姿に、東堂は旺盛な食欲と性欲、そしてそれに負けぬ忍耐力を搾りきり、「行こうか」と声をあげた。 「どちらに行くのかね 巻ちゃん」 「あ、あっちの山ショ」 巻島が指差したのは、峰伝いにもう一段と高くなっている隣の山だった。 「あそこのテッペンは、草いっぱいでふかふかしてて、見晴らしもいいし昼寝しても最高なんショ」 「それはいいな! ところでどうしようかオレが先に行くか?」 見る限りでは、道らしきものはなく、それならば自分が先にと提案するが、巻島は首を振った。 「あそこはちょっと間違えると、岩が崩れやすいショ だから狼とかも普通は来れねえんだ」 お前は友達だから、連れてってやるショと、ヤギが虚勢を張っている様子に、東堂は和む。 「そうか、では巻ちゃん道案内頼む」 「ショ!!」 ぴこぴこと動く尻尾が、巻島の高揚をあらわしているようで、東堂も胸を昂ぶらせた。 ――道筋を知っているオレが先に行くと、巻島を前に行かせたのは、失敗だった。 巻島の動きは、ヤギの中でもとてつもなくイレギュラーだった。 東堂の眼前で、これ以上あるものかというぐらい、魅惑的な腰が大きく揺れている。 「ショッ」とジャンプするたび、ぷりん。 「ショッショッ」と跳ねるたびに、ぷりんぷりん。 後を追う東堂の目前で、まるで交尾を誘うメスのように、巻島の腰が左右に動くのだ。 (う……なんて……旨そ……いや違う!!これは、これは大事な友、巻ちゃんのお尻だ!! どんなにぷりんとしていて嘗め回してみたくて、その感触を掌で確かめてみたくても、それはダメだ) フゥフゥと荒くなる東堂の息を聞き、巻島が心配げに振り返る。 「東堂…大丈夫か? あと少しだけど休むショ?」 ほら見ろ純粋な巻ちゃんは、オレの体調を心配してくれているではないか! 「いや…すまんね 大丈夫だ 少々慣れぬ道だから緊張をしているのかもしれん」 「無理だったら言えよ?オレがひっぱってやるショ!」 ああ、罪深いほどに愛らしい。 お前はヤギなのに、狼の体力に叶うはずもないのに、オレを案じ、あまつさえひっぱると言い放つ。 これは大事な友人だ、これは大事な友人だ、これは大事な友人だ。 自分に言い聞かせながら、ひたすら心を無に東堂は巻島を追う。 オレの理性が限界頂点を迎える前に…!という東堂の切実な願いを、山の神様は聞き入れてくれたのだろう。 「ほら、東堂ここショ」 両手を広げた巻島が、眼下の景色を披露するとばかりに、東堂へと向き直った。 青く澄んだ空が、どこまでも近い。 普段、狩に便利な平地暮らしの自分が知る限りで、一番高い峰だった。 心をからっぽに登ったためか、その分目に映る絶景が脳裏に焼きつき、巻島への淫らがましい感情も、一掃された。 「美しいな……」 「だろォ? ここまで登ってこれるやつはヤギでもなかなかいねえショ 東堂すげえショ」 生え揃った草の上に、巻島が腰を下ろし、東堂を隣へと誘った。 だが軽く上気した巻島からは、いっそう魅惑的な香りをかもし出しており、情欲を誘う。 戒めのためにも、東堂はまだ風景を楽しみたいと、少し離れた位置に立っていた。 登りのための鼓動の昂ぶりとも、巻島への欲とも付かぬ早い脈が、ようやく収まり、東堂は振り返り絶句した。 控えていたはずの巻島は、いとも無防備に手足を広げ、眠っていた。 くぅくぅと寝息を立てた巻島の横には、用意してきたらしい水の筒が二本あった。 ふらりと巻島に近寄った東堂が、その姿を見下ろす。 寄せられている眉根はほどけ、無邪気と言いたいその顔は、非常にいとけないものだった。 唇の端には、飲みきれなかった水の滴が輝いている。 ――オイシソウだ いや違う、これは巻ちゃんへの感情ではない。 そう、喉がカラカラで巻ちゃんの唇に光る水滴が、オレを誘うのだと東堂は、首を振る。 二本ある筒の一本は、自分の為に、用意してくれたのかもしれない。 だがそれを勝手に飲むのは、泥棒であって、東堂の狼としてのプライドに障る。 …だから。 ……ちょっと、舐めてもいいだろう? そっと目を瞑ったままの巻島の口端を、東堂は舌先で拭った。 甘露、という言葉の意味を始めて知った気がする。 新鮮なほとばしる血液なんて、問題にならぬほど、ひと滴で喉を潤し、東堂を魅了する。 ぷるんと柔らかい唇を触れれば、滑らかで、まるで東堂の指に吸い付くように招き入れる。 ハァ……。 もうダメだ、こんなおいしそうなんだから、友達だって許してくれるはずだ。 そう、きっとこう言ってくれるに違いない。 「東堂しょうがないショ 友達だからキスぐらいしてもいいショ」 ――巻ちゃん、巻ちゃん巻ちゃん!!! 舌を巻島にもぐりこませれば、粘膜の敏感な箇所が、さらに極上の味を伝えてきて、東堂は夢中になった。 「ん……」 ゆるゆると目蓋を開けた巻島は、眼前に狼の顔があり、瞬時に目を瞠った。 もしや食べられてしまうのだろうかと、身構えたがそんな様子はない。 東堂はただ、貪るように自分の口腔を味わっていた。 ……ふと視界の端に、冷えた水を入れた筒が映る。 ああ東堂は、喉が渇いてたショ?でも水をオレが渡して眠らなかったから、遠慮してオレから水分得ようとしてるショ。 狼なのに、随分礼儀正しいと、巻島は心中で感心をした。 くちゅくちゅと、水音が響き、巻島は胸の奥に熱い疼きが生まれたのを、不思議に思う。 ――くすぐったい、熱い、でもなんだか…気持ちいい。 それでもこの行為を続けていては、会話はできないと、巻島はゆっくりと東堂の胸を押した。 つと、淫らに銀の糸が互いの唇に繋がり、東堂は名残惜しそうに離れた。 しばし呆然としていた東堂が、慌てたように座りなおし、両掌を地べたに貼り付け頭を下げた。 「…す、……すまない、巻ちゃん…!!」 「しょうがないショ、喉渇いてたんだろ?」 「え…?」 「オレもこっちお前の分ってちゃんと説明してから、寝ればよかったショォ」 首をかしげて、にこにこ笑う巻島は、東堂の行為を水分補給としてしか、捉えていないらしい。 くらりと、東堂は盛大な眩暈に襲われた。 こんな魅力的で、こんなにおいしそうで、こんなに無防備なヤギを……このまま放っておいて、いいものだろうか!? オレが目を離した少しの隙に、他の狼が襲い掛かってくるに違いない。 …いやだ、巻ちゃん。 巻ちゃんがいなくなってしまうなんて、嫌だ。 ほらよと、水筒をを差し出す巻島の手首を捉え、東堂は巻島へと向き直る。 「巻ちゃんっ!」 「ッショ…?」 「今日の山を下りた後も、その後もずっと…ずっと!!オレと友達でいて下さい!!」 きょとんと東堂の台詞を聞いていた巻島が、破顔する。 「オレとお前、昨日友達になったショ それが今日で終りとかねえよ」 「…巻ちゃん!!」 「東堂、これからもよろしくな」 一風変わったヤギと、ヤギに惚れてしまった狼との交流は、こうしてはじまったのである。 |