【東巻】見合い相手はライバルだった
ワンライ お題『袴』と『ベッド』でした


年始である正月は、一般家庭であればたまの顔合わせだと親戚一同が集い、飲めや歌えやと大騒ぎであるか、和気藹々と家族そろっての旅行などにでも
出向く日であるが、そうでない家庭も数多く存在している。
箱根にある東堂の実家も、客商売であることから、その他に含まれる例外的家庭だ。

海外でスポーツ選手として働いている長男は、年末時シーズンオフの里帰りであるはずなのだが、気付けばあちこちへと挨拶に赴き、
実家である旅館の看板代わりの役割やら、裏方の手伝いをこなす羽目となっていた。

上品な客層が多い東堂庵は、旅館として老舗の部類に入り、代々のリピーターも少なくない。
特に年始年末などは人気の時期であり、毎年翌年の予約をして帰路につくという客のおかげで、1年前には予約が必要であるほどでだった。
多少の愚痴はこぼしつつも、人手不足は仕方がない。
家族総出の働きに、里帰りの長男が加わるのも当たり前であり、珍しいことではない。

だが今年は、その人気の東堂庵のなかでももっとも高い、かつ予約がとりにくいと評判の離れの一棟が、予定表では正月から二日間、まるっと空室となっていたのに、東堂尽八は気付いた。
「…姉さん、急なキャンセルでもあったのか?」
現在は若女将として、母と同様に色々切り盛りをしている姉に、掃除を命じられた弟は、いつまで経っても敵わないと苦笑し、黒檀の座卓を磨きあげていた。

「違うわよ キャンセルはキャンセルだけど、連絡があったのは三ヶ月前ね」
娘夫婦の…予約主である夫婦にとっての孫が、少し早くの誕生となりそうで、大事をとって今年の年始年末は実家でゆっくりと過ごすことに決めたらしい。
正月ではなくその一ヵ月後にと、予約のし直しを丁寧に連絡をくれた常連の年配の夫婦は、幸せそうだったと姉は告げた。
三月(みつき)も前ならば、他の客が充分に予約をしてきそうだが、と首を傾げる東堂に、姉は振り返り
「はい!あと1時間でここにお客様来るから!アンタはご挨拶用に袴を来て、その離れにいらっしゃい」と指差してきた。

到着が遅れていただけで、今日の予約はやはりあるのか。
東堂がそう納得したものの、正装である袴を着てご挨拶など、跡取りでもない外に出てしまった長男のやることではないだろう。
それほど、その客は東堂庵にとって大事な相手なのだろうか。

多くの謎はあったが、幸い和服の着付けも一人でできるし、久しぶりの日本での和装も悪くはない。
そう思った東堂が着替えた後、もう一度離れに顔を出すと、有無を言わさず、先ほど己の手で磨いた座卓の前に座らされた。
「姉さん、家族で挨拶するにしても、オレが中央なのはおかしいだろう」
重要な来客に挨拶をするのならば、出迎えからせねばならない。
相手がそういった大仰なやり取りを嫌うのだとしても、自分が座るのは年代的にも旅館の立場的にも末席でなければおかしいだろう。
更にはなぜか、机の上には自分達側にも極上と言われている日本茶が、並べられていた。
自分と同じように、礼儀作法を幼少から躾けられた姉が、こんな間違いを犯すはずはないと頭では解っている。
だが、いまいち把握しきれていない現状の流れに、東堂はそう小声で言わざるを得なかった。

だが返ってくるのは
『東堂庵 若女将を舐めんな そんなのは百も承知だ』
とでも言わんがばかりの無言の視線で、東堂は黙り込み、そこに大人しく座った。

入口の方で、砂利を踏む音と何人かの気配がする。
到着をしたのならば、出迎えをせねばと、立ち上がりかけた東堂を目線で制し、かわりに姉が立ち上がり玄関へと向った。

「七美、いらしたぞ」と小声で伝えてきたのは、入り婿となってくれた姉の旦那、統合にとっての義理の兄だ。
義兄は「尽八君、おめでとう!」と人のいい笑顔を見せると同時に、「オレは本館の仕事を手伝うので」と去っていく。

おめでとう?何のことだ
この場で自分宛に正月の寿ぎの言葉は、少し間が抜けているのではないかと東堂が首を捻れば、離れていく義兄と入れ違いで、小さな「え」という聞き覚えのある声が耳に入る。
「…え?」
瞬時に顔を上げれば、視界に映ったのは、艶やかな玉虫色の長い髪だった。

……何が、起きている?

互いに硬直して、見詰め合ったままの東堂と巻島を尻目に、すでに東堂にとっても顔見知りである巻島母と、自分の父、そして何度か挨拶をしたことがある巻島父が続き、
3:3で向かい合う形で、並んで座った。
「……え?ま、まま、巻ちゃん……?」
「東堂…?これは何……ショ…」
「いや…それを聞きたいのはオレだが……」

パンッ
大きく手を合わせ叩いた姉が、深々と頭を下げた。
「本日は 巻島さまには、不肖の弟の為に遠いところを、まことに申し訳ございません」
「いえいえ、私どもの方も東堂くんの誘いをいいことに、いつもうちの息子がこちらの温泉は最高と入り浸りまして」
「本来は母がご挨拶に来るべきなのですが、正月と言う旅館にとっての正念場で女将と言う立場上、私めの代理にて、この場では失礼させていただきます」
後ほど、母も手が空き次第改めて来ますからと、にこやかに微笑む東堂姉の姿は、客観的に見れば美しい和服姿の似合う美人だ。

だがその内面に潜む、無敵の実行力やら判断力を、身に染みて知っている弟からすれば、その笑顔は脅威でしかない。
「姉さん…いったい何を……」
よく知った顔ぶれとはいえ、さすがに『企んでいる』とは続けられず、口ごもる東堂と同様に、巻島も事態を飲み込めていないらしい。
縋るような目で見られても、オレも知らんのだよと、東堂は内心で答えるしかなかった。

「さて、では主人公のお二人も揃いましたし あとは若い二人で…」
「ふふ…そうですね… じゃああなた、私たちはお庭でも散歩させてもらって…」

「「ちょっと待って」」
図らずも重なった、二人の言葉はそれぞれ、自分の家族に向けられている。
いやいやいや、何だこの流れ。
うん、知ってる、それってあれだよね、あの男女を二人顔合わせさせて、その後色々ってやつだよね。
だが!しかし!!色々省略されすぎだろう!!

「なんで見合いのような台詞を吐いているんだ、姉さん!」
「おかしいっショこれ!?」
イレギュラーが得意な筈の、巻島ですら対応しきれていないらしい。
周囲を見渡しては何かを言いかけ、はくはくと開口させては唇を閉じるを繰り返すという様子に対し、
東堂姉はさらりと
「見合いだからよ」と返し、腕を組んだ。

「見合い!?ど、 どっかに女の人二人隠れてるっショ?」
「いやいや巻ちゃん…それは…さすがに……」
「え…じゃあ…誰と…誰の……」

「もちろん、尽八君と裕ちゃんのよ」
のほほんとした、天然巻島母はよかったわねえと楽しそうに笑う。
「いや…あの…ま、巻ちゃんのお母さん…」
「くっ…私の息子の中でも、少し何を考えているのか周囲にはわかりにくい分、家族で可愛がりまくったこの次男が…ついに…結婚をしてしまうのか……」
「いや巻ちゃんのお父さん!?何を言っているんですか!!」
「なんだと東堂くん!君は…裕介との事は遊びだったと言うのか!!」
「オレはいつだって!巻ちゃんに関して真剣です!!」

あれ?どうしてこうなった?

「裕介の事を、大事に思っているのだな!?」
「当たり前です!」
「ならば…いいんだ…」
フと寂しげに笑い、目を細めた巻島父の瞳は潤み、その背を巻島母がそっと宥めるみたいに撫でている。
「ならば尽八君!!裕介を…裕介を……頼んだぞ!!」
「え、いや、ちょ……まま、巻ちゃん こ、これは…?」
「え オ、オレに聞かれてもわかんねえっショ!いや、なんか…将来の色々を決める大事な話だからって…」
わたわたと首を振る巻島は、よくわからないまま車に乗せられ、この場に連れてこられたのだと続けた。
東堂の袴姿に対し、こちらは白いオーダーメイドのスーツで、好対照で素敵ねと微笑む巻島母のマイペース振りが、この場で唯一の日常だった。

「あーもう!いい加減鬱陶しいのよ!!」
被った猫を取り外した姉が、ここぞとばかり東堂に詰め寄った。
「あんたが!もう20代も終了だって言うのに結婚相手どころか彼女もロクに長続きしないせいで!私と母さんどれだけ苦労をしているかわかってんの!?」
テレビで有名な、スポーツ選手。
しかも見目麗しく、引退後もコメンテーターなどで活躍しそうな花を持ち、周囲への振る舞いも上々。
そんな独身の弟がいる、老舗の家庭にはツテを頼ってこれでもかと、見合いやそこまでいかなくてもいいから、紹介してくれという話が山ほど持ち込まれるらしい。

「ね、姉さんがそんな話をオレに持ち込んできたことはないではないか!?」
「当たり前でしょ!いつだって他に一番の存在がいる男に、女の子を紹介なんてひどい真似できるわけないじゃない!」
若女将という仮面を捨てて、姉と言う立場でもの申す姿は、日頃の姉弟ケンカの延長みたいなものだが、東堂に心当たりはなかった。

「オレに…一番…?付き合った女性がいる時は常にその相手を尊重して…」
「…で、いかに相手に自分のライバルが素晴らしいかと延々語るのね」
「当然だろう!オレとともに暮らすのであれば、巻ちゃんの存在はよく知ってもらわねば!」
「……デートの初回で二時間かけて、語ることか、ソレ」
「当然だ!!」
駄目だ、手に負えないとばかりに首を振る姉を尻目に、東堂はこの主張ばかりは折れんぞと睨み返す。

「うちの裕ちゃんもねえ…」
おっとりと割って入ったのは、巻島母だった。
兄とその妻となったメアリーが『もう限界』と泣き付いて来たのだと続け、巻島を驚かせている。
「え…オレ…アニキ達にそんな負担をかけてたっショ…?」
「ううん、違うわよ」
本人は気付いていないようなのだが、巻島はイギリスで妙にもてていたのだと、母は微笑み続けた。

向かい側の座卓、東堂の座る位置からびしりと重い音がしたのは、気のせいだと思いたい。
「それでうちの裕ちゃん、全然警戒心とかないから、絶対危ないってレンさんとメアリーちゃんが頑張ってガードしてくれていたんだけど…」
相手が女性であるのならば、邪魔はしないし、裕介が選ぶのは自由だ。
だが厄介なのは同性の存在で、巻島が意のままにならないのならば、細くその華奢な体であれば、力づくで…なんて考えさせかねないのが危険だと、
兄と義姉は巻島の知らぬところで頑張ってくれていたらしい。

しかしお互いが独立した人間である以上、それぞれの仕事も立場もあるし、24時間体勢で見張るのは不可能だ。
そこで考えたのが、巻島が窮地に陥った時、助けに入れるような友人を作ればいいというアイディアだったのだが…、どうやらそれすらも、失敗の原因になってしまっていたようだ。
どんなにノンケで、好みのタイプが裕介と正反対だと言う男を、ボディーガード代わりの友人として紹介しても、揃ってみな数日後には
『なあ…ユウスケは… フリーなんだよな…』
と冗談めいて聞いてくるのだと、電話越しにメアリーは謝りながら訴えていた。

不埒な相手への護衛代わりにと、マッチョ質な男を選んだので、下手に力づくに出られてしまっては洒落にならない。
それならばと、さらに筋肉質男や格闘技系を選んでも、同じやり取りが繰り返され、兄とその妻となった女性はヘルプを求めて来たのだった。
なんとか虫除けに、恋人でなくてもいいから一番、大事に思う相手はいないかと、巧みに聞き出し
ようやく出てきたのが「東堂尽八」の名前だった。

それを知った兄は、苦悩の末に母にこう言って来たのだ。
「母さん…もう無理だ… あとは…尽八君に…託すしかない…」
自分と妻が選んだ男はみな、良識ある男なので、言い聞かせれば了解してくれていた。
だが弟がデザイナー兼モデルという道を選び、色気にますます磨きが掛かった頃から、もう手に負えなくなってきていた。
「……オフクロ、裕介に… 裕介には相手がいると周囲を諦めさせてくれ」

「…と、いう訳でね?」
「お母さんっ!」
両手を重ねて、頬の横でそろえるポーズをしている巻島母に、東堂は詰め寄らんがばかりの勢いで向き直った。
「ま、まま……巻ちゃんに……ち、力づくとは……」
「許せんだろうっ 尽八君!」
すかさず割って入る巻島父に
「許すまじです!おのれ…脳内で思うだけでも万死に値する……」
と絶対零度の声が、室内に響く。

「だいたいっ!巻ちゃんもおかしいだろう オレのライバルたる巻ちゃんであれば、とっくにもう恋人の一人や二人がいたっておかしくないはずだ!」
「そ、それ言うならお前だって普通に子供の一人や二人いたって、おかしくないッショ!」
矛先を向けられた巻島は、一瞬臆したようだがそれでも、何故お前に恋人ができても長続きしないのかわからねえっショと一人ごちた。

「それは私がお答えしましょう」
スッと割って入った東堂姉が、みなに見えるようにとフリップを取り出し、弟へと向き直る。
そこに描かれていたのは、崖にぶら下がる二人の人物と、それを助けようとしている一人の人物。

「ではここで尽八に質問です 今目の前で大事なライバルと結婚を考えている女性が崖にぶら下がり、体力的に一人しか助けられそうにありません 
女性はトップクラスアスリートで、裕くんよりどちらかというと強くフェミニスト的気遣いは不要です …さあこの条件で、どちらを助ける?」
フェミニスト的というのは、世間に蔓延しているか弱い女性を優先すべきという概念を抜いて、ということだろう。
だが東堂はそんな前提などまるで、問題外だとばかりに即座に
「女性」
と答えた。
ただしその後、「もし女性を助けている間に巻ちゃんが落ちたら、オレも追いかけてともに行く」と即座に返し、真顔で巻島を見詰めている。

「はい 巻島お母様 女のして今のご回答いかが思われますか」
いきなり名指しをされた巻島母は、小首を傾げつつ
「そうねぇ… 私だったら パパが友人を助けながら、『君に何かあったらオレはすぐ後を追うよ』って言われた方が…嬉しいかしら」

「では第二問、裕くん」
「え、オレっショ!?」
「雨風しのげる洞窟があり、少し頑張れば家を建てられる工具が合って、安定した気温で、海の幸とり放題たわわな果実、洋服代わりにもなる大きな葉っぱあって、真水も豊か
衣食住は確保できると言う無人島に裕くん・裕くんの彼女・うちの弟と三人で遭難しました」
東堂姉が、次に出してきたのは、オーシャンブルーと青い海のフォトグラフが、美しく印刷されたフリップだった。
「一週間後そこでたまたま見つけたランプの精に、『ご主人様がたのお一人でしたら、国に帰すことができます』と言われます …さあ裕くんなら、誰を帰す?」
ひとしきりオロオロした後、巻島は
「彼女っショ?」と答えた。
「疑問系だけれど、どうしてかしら」
「えっと…オレと彼女だったら、当座はいいけど 二人きりになったら、いつか片っぽが日本に帰りたいってなった時、なんで東堂帰したとか険悪になりそうっショ」
でも東堂だったら、女の子を返して当然だとか言って、飯や生活で困らない上に、死ぬまで退屈しないで一緒にいられそうだし…
そう続ける巻島の言葉に、東堂は当然だと得意げに微笑み、強く何度も頷いている。

「ワハハハッ巻ちゃん!オレとお前の二人きりの無人島バカンス!それが例え一生でも悪くはないな!」
「はいアウト!」
弟相手だから、手加減なく瞬時に指差してくる東堂姉に、何故か巻島が固まっていた。
「衣食住充実、美しい海と空 それが揃っているのを彼女も確認して生活を送っている だったら普通彼女の意向を聞くべきだと思うの」
「巻ちゃんを責めるな姉さんっ! 仕方がないだろうオレと巻ちゃんは永遠の絆で結ばれているのだから」
なかば叫んだような東堂に、
「…だからその永遠の絆のせいで、他を選べないのだから自覚しろって言ってるのよ」
冷静な声で、東堂姉は諭す。

黙り込んでしまった東堂と巻島を尻目に、姉は巻島母へと向き直った。
なおほぼ空気である東堂父は、つい今しがた迄
『単に息子はまだ本気になれる女性が見つかっておらず、探し続けているだけ』
と認識していた為、このやり取りを聞きそういう事か〜と部屋隅で、頭を抱えて呻っていた。
「…父さんですら、気づいたっていうのにねぇ… どう思います、お母様」
「あらでも裕ちゃんも無意識だと、多分自分の気持ち気付いているのよ 彼女を家に連れてきた時とか…」
『会話に詰まると、趣味の話をしようとして部屋にあるDVDや雑誌を持ってきては、いかに日本の東堂がすごいかを語り続けている』
と書いた兄のメールを差し出してきて、にこやかに笑う。

「ショォォォッ!?公開処刑っショ!!」
さすがに実の母に、死刑とは叫べなかったらしく、巻島側が処刑タイムとなっているようだ。
「巻ちゃん……」
「こっち見んなッショォっ!」
感動で目を潤ませ、自分を見続ける東堂の顔を隠そうと、巻島は座布団を投げつけていた。

「うちの弟もねぇ…」
デートで会っている女性に、次はオレのライバル巻ちゃんも一緒に会おうと言い出し、会う前に巻ちゃん知識を入れておいたほうがいいな!と数時間単位で語るのだと東堂姉は、吐息をついた。
「え…?でも、オレ東堂の彼女に…あったことねえっショ」
「そこでフラれてるのよ」
スパッと切り捨てる東堂姉に、巻島父と東堂父がさもありなんと頷いている。

「ね、姉さんたちは何が言いたいんだっ!」
「ああもうっ まだ解んないの!?わが弟ながらなんでこの問題だけは直視しようとしないのか、疑問でしょうがないわっ」
ダンッと大きな音を立てて、卓上に置かれたのは大きなベッドの写真だった。
肉親的には話題にしたくないテーマだったけれど…仕方がないわねと呟く姉に、巻島母はうふふと小さく笑い、父親'sは耳を塞いで壁側に向っている。
「はいっ ここにベッドがあるとします!」
二人で一つのベッドに眠れるかという姉の問いに、東堂も巻島も縦に首を振った。
「…っていうか、俺らが実家暮らしで泊まりに来たり行ったりしてた時、たまにやってたっショ?」
「そうだな、寒かったりとか…あとは…」
「恐怖映像特集見たときとかっショ 東堂が枕抱えてガチガチになってオレのベッドにもぐりこんできたっショ〜」
からかうように笑う巻島から、東堂はさりげなく視線を逸らす。

「いや…あれは……」
怖かったのではなく、夏場だと寒いから一緒に寝ようと言い出せなかったら、そうしたのだと東堂はいい、
「そうだったっショ!?」と、巻島を衝撃の事実にで驚愕させていた。

「ええいっそこまでやっておきながら!!自覚ないままかっ!!」
勢い立ち上がった姉が、最終兵器とばかりにスマフォを一つ取り出した。
アイコンタクトを交わした巻島母も、同じようにスマフォをこちらへと向けている。
「今ここではっきりさせなさい このお見合いをどうするのか」
「……姉さん、その手のスマフォはなんだ」
もう耳を塞ぐ手を放しても大丈夫と判断したらしい父二人は、それでも振り向かず、やはり壁を向いたまま箱根名物と千葉名物について、語り合っていた。
「断ると言うのならば…今までさんざん頼み込まれてきていた
『お見合いとまでは言わないから、尽八くんがフリーになったら紹介…よかったら携帯の番号だけでも教えてくれないかしら』
と言ってきたお客様近所の皆さん、学生時代の知り合い関係にいっせいに、アンタの番号ばらして今フリーだって明言してやる」
「裕ちゃんママもね、メアリーさんから同じように頼み込まれたリストを、渡されてるの」
ほんわかしているが、言っていることの本質は同じだ。

『断るならお前たちはただいま恋人募集中だって、携帯番号付きで今まで色々言ってきている人全員に伝えてやる』

何度か唇を開いては閉じ、救いを求めるような目をした巻島に、東堂は無言で頷いていた。
コンッと指節で卓上を叩き、注目を集めた後静かな声で
「姉さん、そのやり方は…気に食わんな」と告げた。
表情に怒りはないが、少し細めた目と落ち着いた様子が、日頃の東堂は見せないもので、室内に静寂を招く。
だが敵もさる者、実の姉は平然と、続けろと促している。

「オレと巻ちゃんがどうこうすると言うのに、第三者を巻き込もうとしていること」
一度言葉を切った後、すぐに
「そして自分で告白をして、距離を縮めようとする努力もせず他人任せで、巻ちゃんを手に入れような奴等」
その点に関しては、東堂を狙っているものも同条件なのだが、そこは問題ではないらしい。

「そんなやつ等に、巻ちゃんを紹介しようとする企みだっ!」
「あら解らないわよ、そんな奴等の中にも裕くんの事だ大好きでピッタリな相手がいるかもしれないじゃない」

「オレ以上に巻ちゃんを好きで、ピッタリな相手などいる訳がないだろう!?」

静まり返った室内。
ここぞとばかり響いたのは
「千葉の名物と言うと!ピーナッツばかり取り上げられているのですが!!枇杷やしょうゆや濡れせんべいも!!」
ゴージャスな印象の巻島父だが、嗜好は庶民派のようだ。
同じように息子の、気恥ずかしい台詞をこれ以上聞きたくないとばかりに
「そうですか!では今から箱根名物を食べに行きましょうか 巻島さんっ!ワハハハハッ」
と東堂父は、乾いた笑いで庭を見ていた。

「で?」
「で、とは何だ」
この件では引かんぞとばかり、睨み返す弟の視線をすげなく振り切り、東堂姉は巻島に向った。
「どうかしら裕くん、うちの弟 頼りないしバカだしバカだし、バカだけど…裕くんを好きな事にかけては、誰にも負けないって本人は言ってるわ」
「…ショ…え、でも…東堂だったらオレなんかより……」
「巻ちゃんがいい」

ん?
今会話してるのは東堂姉だったはずっショと、巻島が振り向くより先に、東堂が割って入った。
「…脅されるようなやり口に、屈したとは思われたくないから先に言う 巻ちゃん…オレを選んで?」
「…ショ……」
「巻ちゃんッ!今のは承諾だなっ!?承諾のショだなっ!」
「あらあら流石ね尽八君 裕ちゃんのショが聞分けできるのは家族だけでね、メアリーちゃんもまだできないのよ」
「巻ちゃんのことですからっ!」
「ドヤ顔ウザいわ」

どう続ければいいのかと、混乱している巻島にかわり、響いたのは父親たちの会話だった。
「ハッハッハ承諾のショとはドレミのドみたいですなあ」
「いやいやうちの尽八は女性の前では、紳士的で普段こんな顔見せなくて」
見合いと言う場で、二人の関係が進むことを前提であるのが了承の上で、一緒に来ている父親たちだがどうも、息子のあれやこれやを直球で受け止めるのに、耐えられなくなったらしい。
二人で笑いながら、庭を散歩しましょうかとつるんで退出してしまった。
その際の台詞は
「成立したようで いやあよかったよかった …うちの…裕介を頼みます…」
「それでは後は若い二人に任せて  いえいえうちの尽八こそ……」

「パパも混乱しているわねぇ…普通二人だけにするのは成立前だと思うのだけど…」
「うちの父も、息子のプロポーズする姿は気恥ずかしいようですから」

「「プ、プロポーズ!?」」
声を揃えた東堂と巻島に、ここまで進めたんだからもうケジメつけちゃいなさいと、姉は言い
「ウフフ、でも自分以上に裕ちゃんを好きな人はいない、自分を選んでって…すごく素敵なプロポーズ以上の言葉よね」
と変わらず巻島母は、マイペースだった。

ごくりと喉を嚥下させた東堂が、背筋を伸ばし美しい座礼をし、口を開く。

「えっと…巻ちゃん……理由をつけなくても……ずっと…一緒にベッドに寝れる…仲になってください」

このプロポーズの言葉は、のちのインタビュー記事に掲載され
『親の前でエロい』
『肉親の前でよく言ったな』
『姉と母に聞かれていいのかコレ』
『父親退出していて正解』
『え、あいつらまだくっついてなかったの』
と、読者たちには、東堂レジェンドの一つとして記憶されるものとなっている。