笑顔は笑っていなくても作れると、判明した日の出来事【東巻R-15】



東堂尽八という人物は、友人としてのひいき目を……いや、率直に言えば恋人というひいき目を差し引いても、一流だとか極上だとかの肩書きがふさわしい人物だ。
上・中・下ならば上、松竹梅なら松、甲乙丙なら甲。
そういった人物が、自分を一生のライバルで、友人で…生涯を共にしたいと言ってくれた時は、頭が真っ白になりそうなぐらい驚いた。

嬉しいというより、脳内の考えるという機能が麻痺していたというのが、正解に近いだろう。
えーっと永遠のライバルとかだったら、嫌でも生涯ともにすることになるだろうし、よくよく考えてみれば友人だってやり取りを途絶えたりしなけりゃ、一生を近くで過ごせる。

(…あ、そういう意味っショ)
それならば、表現が大げさの東堂のいう事だ、違和感はない。
勝手に勘違いして、焦って損したっショと巻島がニィと笑えば、東堂はそれを了承と受け取ったようだ。

「ありがとう巻ちゃん!生涯…幸せにするし…オレは巻ちゃんが傍にいてくれれば…ずっと、一生幸せだ」
感極まったように、薄く涙を浮かべ、きつく両手を握り締められた東堂にそう言われれば
『すみません 勘違いでしたっショ』とはとても、言い出せない。

そして東堂と巻島は、恋人同士になったのだ。

成行きと言うか、流されたと言うかの関係だったが、東堂は恋人としても極上だった。
イベントごとには前もって準備をし、少し体調を崩せば、いたせり尽くせりで面倒を見て、あえて言葉にせずともこちらの意を汲んでくれる。
少々嫉妬するポイントがずれている箇所もあったが、これが女性であればその嫉妬すら嬉しいに違いない。

素直じゃない巻島が、ちょっとヒネた事を言っても、裏を読んでちゃんと伝えたいことを受け止めてくれる。
ちょっとした程度の心遣いでも全力で喜び、ぶつかりあってもきちんと翌日には、仲直りのシグナルを出してくれる。
ささいなキスでも、背筋がゾクゾクするほどの快感を与えられ、耳元で低く愛の言葉を囁かれれば、全身からの力が抜けてしまう。


偶然というきっかけで、手に入れた関係には、勿体無さ過ぎる相手。
自分にはないものを持っているからという程度の理由で、惹かれた筈なのに気付けば東堂は、巻島にとって誰よりも大事な存在へと変わっていた。
大事な存在となってから、かえって東堂とつきあえなくなる理由が、あれこれと浮かんでしまう。

東堂には、もっとふさわしい相手がいるのではないだろうか。
東堂なら、ずっと幸せになれる道を選ぶべきではないだろうか。
東堂とは、一緒にいない方がためになるのではないだろうか。

重たい思考はクモの巣みたいに、巻島の日常を徐々に侵食していく。
自分の二つ名が蜘蛛男だからって、そんなじわじわと暗い料簡に捕らわれていくなんて、嫌でたまらなくて。
…そして東堂を幸せにしてやれるのが、自分でないのが、たまらなく哀しい。
東堂に好きと伝えるだけで、東堂は幸せだと言ってくれるだろう。
東堂にありがとうと言葉にするだけで、東堂はもっともっと自分を喜ばせてくれようとするだろう。

顔が良くて、性格だって前向きで健気で、頭だって悪くない。
自称キレるトークのみが、
『神様も余計なものをコイツに与えたっショ…』
と思わぬ事もないではなかったが、そんな完璧人間だったら、友情を感じる前に自分はきっと逃げていたに違いない。

好きという思いが深まれば深まるほど、東堂尽八にとっての幸せは、東堂によく似た子供の父親となれる、普通の家庭なのではないかと案じてしまう。

「ここのところ、巻ちゃん上の空だな」
そんな言葉が掛けられたのは、真っ白なシーツの上で、東堂に全身をトロトロに融かされて、嬌声しか出せなくなったタイミングだった。
焦らされて、鼓動が倍にでもなったのではないかと思うほど早まって、苦しいのに気持ちよくて、何も図ることが出来なかった瞬間を狙った、東堂の意図だろう。
上の空と言われれば、当たり前だ。
巻島の弱いところを執拗に責め、優しい仕草で熱を昂ぶらせ、それでいて開放を許さず、羞恥を煽っては獣めいた仕草で、東堂が全身を探る。

足を割るように膝を差し込まれ、自分の一番無防備な箇所を晒せば、もう贄として思うがまま貪られるだけで意識は飛んだ。
「…っ ん……」
「何か言いたいことがあれば、言えばいい 黙って不満を溜めてある日キレて別れるなんて言われるより、よほど…マシだ」
そういいながら、東堂は平らな胸を手のひら全体で揉んで、指先で乳首を転がす。

「……あ……東堂と別れた方が…いいのか……って……」
脳がやめろという警告を出すより先に、思い悩んでいた台詞を吐き出してしまった。
しまったと思っても、もう遅い。
小さく息を飲んだ東堂が、ビクリとなった後、その指は止まった。

「……どういう…意味だ…」
巻島の予想と違っていたのは、その声が無機質で、怒りも悲しみも含まれていたなかったことだろう。
一度吐いてしまった言葉は、もう取り消せない。
心臓を直に圧迫されているような緊張感が耐え切れなくて、巻島は目を瞑って小さく続けた。

「オレは…東堂に…幸せな家庭ってヤツを作ってやれねえショ…」
「何を言っている オレはいつだって、巻ちゃんに幸せだと伝えていただろう?」
「でも…… オレは東堂に…子供を作ってやれねえ」

シャツの上を肌蹴させ、下肢はベトベト、大きくM字に開いた足の真ん中には東堂という間抜けな格好で、何を言っているのだろうと、巻島は自嘲した。
淫靡な姿で、状況の読めていないこと夥しい台詞をぬかした自分を、東堂はどう思っているのだろうか。
いたたまれなくて、全身を縮めるように固まっていたのに、落ちてくるのはただの沈黙だった。

数秒、数十秒……もっと時間はたっていたのかもしれない。
耐え切れなくてそっと目を開ければ…、見下ろしていた東堂は満面の笑みを浮かべていた。

「なんだ巻ちゃん…子供が欲しかったのか」
じゃあこんなもの、いらなかったなと口端を上げたまま、薄いゴムを取り去り、箱ごとゴミ箱へと投げ入れた。
「と…東堂……あの、オレ……」
「授かりものだというからな、オレだけの努力ではどうにもならんかもしれんが…」
手加減のない力で、巻島の腰を抱き寄せた東堂は、そのまま滾りを双丘の狭間に埋め進めていく。

「まっ…あんっ… とう…ど…っ…」
「オレの全力で、孕ませてやろう巻ちゃん」

無理を言うなとか、無茶をするなとか、抗議の言葉は色々浮かぶのに、口元から発せられるのは甘い喘ぎだけだった。

――ああ、人間は怒りが限界にまで達すると笑顔を作るしかなくなるらしい。

『もう二度と、そんな莫迦な考えはもたんでくれ』