【東巻】拝啓、巻島裕介様




東堂からの手紙が届いたのは、巻島の英国での生活が2週間目になった時だった。
出会ってから、1週間に連絡は何度と通達するやり取りが普通だった東堂なのに、こちらの生活が落ち着くまできちんと待っていてくれたらしい。
人の話を聞けというほど、自分に対して傍若無人に振舞うこともあるくせに、こういった点での気遣いは、流石だなと巻島は銀のレターオープナーを手にした。
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1通目の東堂からの手紙
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巻島裕介 様

拝啓、こちらは日差しも少しずつ短くなり、暑さは変わらぬままでありながらも、
少しずつ秋の訪れを覚えるような、時期を迎えました。
…いや、手紙だからと言って、オレらしくない文面はやめておこう。

手紙という手段をとるのであれば、本来はきちんとした時候の挨拶や、
頭語・結語といった形式をとるのが正式であるのかもしれん。
だがただでさえ物理的に距離がある今とお前で、数少ないやり取りができる手段
である手紙までこういった距離感のある書き方では、少しさびしく思ってしまう。

オレにしては礼儀違反かもしれんが、普段の語りかけるような形式での文面を、
どうか不快に思わないで欲しい。

元気でいるか?
オレはまだ迷っていた自分の進路をようやく見極め、お前がいなくなっても…
いやいない今だからこそ、トップクライマーの名前を誰にも譲らぬよう、
自転車競技部のある大学を選ぶつもりだ。

幸い日頃の成績や、部活動の副部長という立場から、推薦も得られるようで、
遅いスタートながらも、それほど心配はしなくてすみそうだ。

巻ちゃんも落ち着いたら、そちらで新しく獲得した携帯やメールアドレス
LINEやスカイプのIDを連絡してくれ。
たまにはこういった手紙というやり取りも、悪くないのだが…巻ちゃんは
メールでさえろくに返事をくれなかったからな。

…オレが、返送用の国際便の切手を貼り付けたら一言ぐらい返事を
くれるだろうか?
すまない、まだ巻ちゃんと別れて日が浅いので、オレとしたことが割り切れて
いないらしい。
情けない事だ、忘れてくれ。

また、手紙を送る。

東堂尽八

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まるでフォントを印刷したかのような、美しい東堂の文字。
だが、文面の最初部分ではいつもと違い、少し文字がかすれたり歪んだりしている。
…手紙の返事の前に、こっちでの携帯の手続きをして、PC設定をして東堂に
早く連絡を取れるようにしよう。

そう思いながら、巻島は手紙を引き出しに入れた。

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3通目の東堂からの手紙
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巻ちゃん

便りがないのは無事の証というが、元気でいるだろうか?
巻ちゃんが筆不精…というより、返信不精

…違うな、コミュニケーション不精だというのは知っているが、手紙というのは
少し寂しいものだな。たとえ同じように返事がなくても、メールであれば
送信確認で、自分の送ったものが相手に到着を出来ているのか確認ができる。

電話であれば、たとえ巻ちゃんお得意の「ショ」の一言だけでも、交流があると
受け止められる。
…確証がほしければ、この手紙も配達証明付にすればいいのだろうか?

だがそれも、普通の郵便より到着が鬱陶しいと、巻ちゃんに嫌がられてしまいそうだ。
ああ、すまない巻ちゃんを責めるつもりではないんだ。

ただオレの巻ちゃんへの重いが綴られたこの手紙、それが無事に
到着しているのかという点だけが、心配なだけなんだ。

そうだ、いい事を思いついた。
巻ちゃんの方でも、仮に郵便事故があってオレの手紙が届いてないのかもと
不安になることがあるだろう?だから巻ちゃんの返事があるまで、オレは自分の
出した手紙分、冒頭部に巻ちゃんの名前を繰り返し綴っておこうと思う。

これで、オレからの手紙が何通目かもわかりやすくなり、巻ちゃんも安心だろう?
そうだ、報告といっては何だがメガネくんから面白い情報を聞いた。

巻ちゃんのところの金城と、うちの荒北の志望校がどうやら同じらしい。
……金城はライバル校の主将という立場を差し引いても、オレと同じように
推薦を狙える造脳明晰な成績上位なタイプかと思っていたのだが……
荒北が無謀すぎるのだろうか?

いやしかし、荒北は箱根学園に入学ができたのだからそれほどバカではない……
………何故、アイツは入学できたのだろう………???
うちの新開と福富は、同じ大学に進むらしい。

巻ちゃんの友人たちの情報も、聞いたら伝えようと思っていたのだが、
オレではなくメガネくん経由で伝わっていそうだな。

では、また手紙を送る。

東堂尽八

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つぎに送られてきた手紙で、荒北はどうやら運と勘だけで受験をクリアしたらしいという
説明が、東堂の手紙に記載されていた。

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6通目の東堂からの手紙
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巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん…
返事がないだろうと思いながらも、つい毎日オレへの手紙が届いていないか
確認してしまうオレを、笑って欲しい。

だが朗報もあるのだ、聞いてくれ。
最近は『巻』という単語を見るだけで、オレは幸せな気分になれてしまうんだ。

惣菜コーナーで『太巻』という文字を見れば、ぽっちゃりとした巻ちゃんを連想してしまう。
『細巻』を見れば、ほっそりとした巻ちゃんの腰つきを思い出す。
『海鮮巻』であれば、……その、淫らな想像を許して欲しい……女体盛りというのを
知っているだろうか?

オレの実家ではけっしてやらんが、世の中の大人な人たちの夜の接待とかでは
利用される……調理法…ではないな盛り付け方法で……巻ちゃんが……
いや、海鮮巻であればまだいいんだ、『かんぴょう巻』になると、かんぴょうという
甘い縄で拘束され……いやいやいや、違うんだ巻ちゃん

つまりオレは巻という文字に、どうやら過剰反応をしてしまいつつあるらしいのだが、
それはそれで毎日楽しいぞという旨を、伝えたくてだな。

納豆巻で納豆のヌルヌル巻ちゃんとか、かっぱ巻で
「きゅうり…美味しいっショ…」って太いのを持ってる巻きちゃ………違うんだ!!!

そうそう最近では、巻だけではなくなんとなく似た感じである「券」にも、オレは
反応してしまい、どうやら世界は広がりつつあるようだ。

回数券で、巻ちゃんの回数……!
入場券で、巻ちゃんに入場……!!
サービス券で、巻ちゃんのサービス!!!!

すまない、ここまで書いたところで「何を書いているんだ尽八」
と隼人に覗き込まれ、ちょっと貸してくれとこの手紙を持っていかれた後、
フクや荒北と三人で、もうこれ以上書くな、とりあえず……ここまでにしておけと
なにやら真剣な表情で、諭されてしまった。

よくは解らんが、まあ手紙はいつでも書けるしな。
今日はこれぐらいにしておこう、体調に変わりはないな巻ちゃん?
巻ちゃんが気まぐれで返事をくれる日を、楽しみにしている。

お前の永遠のライバル、東堂尽八

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こちらに到着して約一ヶ月になろうとしている。
その間にすでに六通もの手紙が届いているのだから、あいかわらず東堂という男はマメなヤツだと引き出しを開け、巻島は新しい手紙もその上へと重ねた。
実はこの時点にいたっても、学校の手続きやら書類準備やらで、実はまだ東堂に連絡は取れていない。

(これはさすがにそろそろ、返事書かないとマズいっショ……)

いやでも東堂が、遠い異国の地の友人を笑わせてやろうと、わざと妙な手紙を寄越したのかもしれない。
納豆巻やサービス券というのは、きっと多分、彼なりの冗談なのだろう。
そう思って巻島は、レターセットをその店で購入すべきかの検討をはじめた・


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10通目の東堂からの手紙
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巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん…
巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん…

返事がないまま、オレは巻ちゃんの名前を連ねている。
そろそろ返事があってもいいのではないだろうか?

手紙が面倒でも、メールを一通ぐらい寄越してもいいのではないだろうか。
…オレのメールアドレスを、巻ちゃんは忘れてしまったのではないだろうか?
いやそんな筈はないよな、巻ちゃんが毎日見ていたオレのメアドを忘れる筈はない。

最近はそんな事を、授業中にすら考えてしまうようになってしまっている。
だが気がついたんだ巻ちゃん。
これはオレと巻ちゃんの絆の深さを確かめる為に、暗黒大魔王がオレ達に与えた
試練なのだと。

そもそもオレは、恵まれすぎていた。
美しい容貌と、冷静な判断力、女子にも持てるトークに登れるクライマーとしての能力。
そんなオレにふさわしい、一筋縄ではいかないライバル。

そうだこれだけドラマの主役級たるスペックもちのオレが、
苦難なく人生をこなせる筈がない。

オレ達を引き裂こうという運命のいたずらを乗り越え、つまりはオレが宇宙と
一体化することで、山神の導きたる因縁を消化し、偉大なオレと巻ちゃんとの
結びつきが祝福される道へとたどり着くというわけだ。

つまり巻ちゃんが返事をくれないというのも、これは神々たる者がオレへの
試練として誘導した命題の一つであり、つまりは巻ちゃんが巻ちゃんが巻ちゃん
たることで、オレの思いは昇華し宿世の回り合わせに感謝をせねば、ならんという事だ。

この頃ではオレは毎日、巻ちゃんの返事がメールや手紙やLINEに、
対処しきれぬほど送られてくるという夢を見れるようになっている。
巻ちゃんの返信は「ショ」という短い一言でも、オレはそれを見ては頬が緩むという
幸せを噛み締められるのだよ。

だから巻ちゃんはオレは健康だから、大丈夫なので心配要らないし、心配は不要で
大丈夫だ、問題はない。
巻ちゃんもきっと心配ないだろうから、オレは大丈夫で健康で、平気だからな。

巻ちゃんの永遠のライバル兼暗黒大魔王を倒す運命(さだめ)を負った
東堂尽八

巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん、巻ちゃん…


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……これは、さすがに返事をしなければまずいっショ……。
自分のPC設定ができてからでもいいだろうとか、電気屋の出張サービスの日程がつきしだい、なんて言っている場合ではない。
「暗黒大魔王とか……全然大丈夫じゃねえっショ…」
そう呟いた巻島は、封筒に小さなメモが同封されていたことに気がついた。

『Trick or Treat  ! 
ハロウィンが近いからな、少し遊んでみたぞ
この手紙はちょっとしたいたずらだから
気にせんでくれ』

「……いやでも9通目がちょっと大げさになってるぐらいで、言ってる内容大差ねえし…」

当人の主張が『いたずら』ですむうちに、早く対処しよう。
そう思い巻島は、自分が追加料金を払うから当日中にモデム設定をしてくれる業者を探すため、兄のパソコンを借りるため、立ち上がった。

巻島からの1通目のメールは、総北部活仲間の友人でも、後輩にでも、残された家族にでもなく、東堂尽八宛だったのは、言うまでもない。