【東巻】見えない赤い糸というけれど、見えないのに何で赤ってわかるッショ


見えない赤い糸というけれど、見えないのに何で赤ってわかるッショ

これは脈ありっショ!と東堂に好きだと告白したのに「うん、オレも巻ちゃん大好きだよ」
かわされてしまって、どうやったらオレの本気伝わるっショ!?と東堂のストーカーの真似をしてみるも、
周囲にバレバレで新開に「なああれ裕介くんじゃないか?」と言われた東堂が眼を細め「ああ、可愛いだろう」
「オレも大好きだと言ってるんだが」と意味深に笑う東巻という呟きの後、ワンドロライのテーマが「結ぶ」であわせてみました
**
日本には八百万(やおよろず)の神様がいて、縁結びの神様とやらもいるらしい。
だけどその結ばれる相手が、自分が好きになった相手とは限らない。
そんな当然の事を、オレが思い知らされたのは高3の春だった。

**
美人は三日であきるとか無責任な事言ったやつ誰っショ!?
ちっとも飽きないッショ!嘘つきっ!!

……あ。
カチューシャとか呼んでた頃、まだアイツがウザくて、
「美形美形うるせェっショ 昔から美人は三日で飽きるとか言うっショ」
…そう言ったの、オレだったっショ……。

うるさくてウザくて、鬱陶しくてウザかった(あ、二度目っショ)はずなのに、気付けば東堂は、いつのまにかオレの心の大部分を掻っ攫ってしまっていた。
だって、仕方がない。
あれだけキラキラした笑顔で、澄ましてりゃ美形のくせに、オレを見ると子犬みたいにはしゃいだ顔になって、全速力で、こっちに向かってくる。
かかってくる携帯への電話なんて、面倒だからって無視をすれば、こちらが根負けするまで掛けてきて、すごくどうでもいいような話を、これ以上はないような楽しそうな声で語ってくる。

自分流を貫けりゃ、それでいいと思っていたけれど、それを認めてくれるヤツがいれば、やっぱり嬉しい。
しかもそれを最高だといって、東堂にとって誰にも譲れないなんて言葉まで貰ってしまえば、もう他の奴なんて目に入らなくなる。
近い距離、誰にも見せない表情、時折覗かせるオレへの独占欲みたいな態度。

こんなの、勘違いしたって当然っショ。
あんなに眩しい欠片振りまいて、オレを特別だなんて言って、巻ちゃんの横は誰にも譲れんよとまで言って。
だから、告白をした。

一生に一度の勇気を振り絞って、好きだと伝えた。
――なのに。
東堂から返ってきたのは、全開の笑顔。

そして
「オレも大好きだぞ、巻ちゃん」
はじけるようなとか、破顔ってのはこういう表情を指すに違いない、なんの裏もない、純粋で明るい笑い。

……あぁ、オレの勘違いだったっショ。
顔を赤らめるでも、まだいっそ困った迷惑顔でもされた方が、マシだったかもしれない。
半分泣きそうな気持ちで、もう一度
「あの、だから……違うっショ……オレは……東堂の事……好きだって……」
友情ではないのだと、段々と言葉尻が小さく、細くなっていく。

それでも、伝わって欲しい。
そんな期待は、東堂のきょとんとした顔で、無駄だったと悟る。

「? うん、だから…オレも巻ちゃんが好きだって」

――残酷で優しくて、これ以上はない辛い言葉。
フラれたなら、まだ諦めがつく。
でもこれからオレはコイツと、特別な位置にいながら、恋愛対象には一生なれない場所に据え置かれたとトドメを刺されたようなものだ。
そんなこちらの気持ちに気付こうともせず、東堂はまた笑顔を取り戻す。

「ワハハハ、今更ながら巻ちゃんにそんなふうに言ってもらえるとはな!」
そう言って伸ばされた、硬い掌がオレの肩を抱いて、密着と言っていい距離に体が近づき、触れる。
…きゅっと胸が苦しくなった。

その日は多分、半分上の空で東堂と別れ、家に帰ってベッドに伏せて、少し泣いた。
誰に見られるわけでもないけれど、滲んでくる涙を隠したくて、布団に頭ごとくるまって、ごろごろしてたら床に落っこちて、腰を打った。
痛い。
痛くて格好悪くて、自分が情けなくて、また泣きかけて……
……そして、猛烈に腹が立ってきた。

だいたい、アイツがオレに勘違いさせるから悪いッショ!?
オレなんかを好きだ好きだ言って、すごいとか言って、特別とか言って、その気にさせておいて、その気がないとか何考えてるッショ!
それならいいッショ!オレがアイツに困らされた分、オレも東堂を困らせてやって……。
結婚式でスピーチを頼まれたら、絶対断るけど会場の誰よりも高い花を贈ってやる。
それでもと言われたら
新夫……あれ?新郎新夫ってどっちも男ッショ??お嫁さんどこいった…まあいいか
『新夫の東堂さんは、学生時代オレのストーカーって言われたッショ なのにこんな可愛いお嫁さん見つけて幸せ者ッショ』
ぐらい言ってやって。

…そしたら、多分。
その頃にはきっと、オレは東堂が望むのと、同じ形の『好き』をかえせるようになっているに違いない。
目蓋の奥が、また熱くなってきたような気がして、もう考えるのをやめて、眼をつぶった。


――今日も、いい天気ッショ。
オレが振られたって、世界は何も変わっていない。
変わっていないけれど、オレは今日から東堂を友人として好きになれるよう、変わらなくちゃいけない。
でもその前に、ほんの少しは復讐ッショ!
オレを好きにさせたのは、東堂の行動にも原因があった。
だから今度はオレが、東堂の友達に「なんだよコイツ、お前のストーカーかよ」と言われてしまうような、困らせる真似をしてやるっショォォォっ!

そう決意したオレの、1日目。

まず何をやれば、いいッショ?
しばらく迷って、一番に思いついたのは東堂からの電話だった。
元々オレが喋るのはあまり得意でないと知っている、金城や田所っちはさほど電話をしてくることがない。
LINEも面倒だから、何かの連絡事項に利用するぐらいなんだけど、東堂は違っていた。
こちらが週に3日以上電話してくんなと言うまでは、ほぼ毎日。
週3日と指定しても、その指定した日はオレが出るまでとにかくかけ続けてくるし、メッセージを送ってくる。

オレの着信履歴は、3Pぐらい連続でTODOの名前で埋まっている。
ちなみに、その3ページ目に他の名前が一つあって、その後はまたTODOオンパレードだ。

「フ…オレの気持ち、思い知ってみるといいッショォ…」

東堂と親しくなるまで、正直このかかってくる電話は恐怖だった。
東堂が遠距離の友人なら普通だと言ってきたが、そうか普通かと思っても、鬱陶しかった。
東堂を好きな今でも、正直面倒だと思う。
これを…今度は東堂自身が経験してみれば、少しはオレの気持ちが伝わるに違いない。

ちなみに東堂のオレ専用とかいう着メロは、オレによく似たという声優が歌う
…好きよ 好きよ 好きよ☆ウッフン♪
という歌詞が延々とリピートされるというものだった。
いつどこで掛かってくるかわからねェ電話に、そんな着信音公開処刑ッショ!?と聞いたが、東堂は
「……巻ちゃん、オレに何度掛けてきてくれたことあったっけ?」と真顔で返してきて、その場は追求をやめた。

だが東堂!
今日からはその着メロを後悔するがいいッショ!お前が電話にとれねえ時、ずっとその曲が流れるッショォォ!

ちょっとほくそ笑みながら、TODOとでているページで、『電話を掛ける』を選択した。
―プッ あ、回線が繋がったッショと思う間もなく
『もしも〜し!巻ちゃん!?オレ東堂!!!どうしたんだ巻ちゃんから電話をくれるなんて!!』
……え?まだ着信音鳴ってないッショ?コール音もなかったッショ??
『巻ちゃん巻ちゃんっ!!何か用があるんだろ 勿論巻ちゃんから電話をもらえるなら用なんてなくたって大歓迎だぞ!』

しまったショォ!!コイツにストーカーしてやることばかり考えて、繋がったらどうしようなんて考えてなかった!!
えっと、えーーっと、東堂が普段言ってくるのは
『ヨ、ヨォ東堂…元気ッショ?』
『勿論だぞ巻ちゃんっ 巻ちゃんから電話をもらえれば例え元気がなくたって、オレは元気になれるっ!』
『ア、アイスとか食いまくってないッショ?』
『ん?アイスか…この二週間以上は食べてないと思うが……』
えーっとえっと、それから……
『な、夏が楽しみッショ!』
『そうだな!』

……なんとか、一回目の電話は済んだ。
着歴を見る限りでは、オレはまた8分後に東堂に電話をしなくちゃいけない。
無理ッショ………でも、オレはやるって決めたッショ………。
8分後が、こなければいいのに……。

じっとスマフォ画面を見詰めていたら、もう8分経ってしまっていた。
仕方がない、オレも男ッショ。
そう覚悟を決めて、ボタンを押した瞬間
『巻ちゃんっ!!!一日に二度も電話をくれるなんて!!!』
おい、オレまだスマフォを、耳に近づけてもいねぇぞ
『なんだ、明日のオレのレース予定を聞きたいのだな?ライバルにそんな事を尋ねるなんて、マナー違反だぞ!だが仕方ない巻ちゃんならば…そうだなオレの……』
『あ、結構ですッショ』

――反射的に、電話終了のボタンを押しちまった
すかさずかかってくる電話、画面には当然TODOの文字

『巻ちゃんっ!ならんよお前から電話を掛けてきて……』
『…悪かったッショ…』
『そうかそうか、巻ちゃん オレの美声に緊張しちまったんだな…それからな、巻ちゃん……この前の…云々』
10分ぐらいは、一方的に喋られた。

――もうオレに、三度目の電話を掛ける気力はないッショ。


決意2日目。
そもそも、電話と言う普段使い慣れねえ道具を、オレが使おうとしたことが間違ってたッショ。
オレの主張すべきはロードバイク。
東堂との縁だって、これがなかったらまずなかったに違いない。
だから、今度は今までオレが東堂にやられていたレース開始前のやりとりを、オレがやってやる。

えーっと確か……まず朝起きた時点で、東堂はオレに電話をしてくる。
これは却下ッショ。
それから家を出る辺りで、オレに電話をしてくる。
これも却下ッショ。
それから、車か電車に乗ろうとした辺りで以下略。
電車に乗って駅に着いた辺りで、以下略。

会場についた頃に……なんか、電話、多すぎる気がするッショ。
電話作戦は却下しといて正解だったと、オレは自分を褒めることにして、その次の手順を思い出す。

今日はオレが先について、ウォームアップを済ませて余裕の表情で
「東堂、おせェッショ オレはもうウォームアップ済ませたぜ」って東堂を見つける。
……見つける、筈だった。

だけど東堂はもう、既に到着していてオレが会場に入り、エントリーシートに名前を書いていると同時に、背中に触れてきた。
「巻ちゃんっ!元気だったか?今日はいつもより早めだな!その分オレと過ごせる時間が長くなるな!」
「……なんでいるッショ……」
「オレはいつも、早めに到着をしているぞ?巻ちゃんと競うと思うと、ついな!」
ワッハッハと少し頬を紅くして笑う東堂に、まだ胸が少し苦しくなる。

「そうだ、もう場所は取っておいてあるぞ!スタートラインすぐの中央だ!!」
「……ショ…」
そうか、もし東堂より早く着いていたら、その場所を取って、さらには東堂を見つけたら
「東堂〜こっちッショ!!」って手を振って、しかも東堂が来るまで「東堂!東堂!!」って呼び続けて…。

「そんなのっ!!無理ッショ!!」
「…巻ちゃん?」

オレは今日も、無理はしないことにした。
レースなんだから、レースに集中する。
これは自転車乗りの矜持で、当然の事ッショ!!……言い訳、じゃ……ないからな、うん。

レースについては、いつも通り。
オレも変なこと考えてる余裕はないし、東堂は普通と変わらねェんだから、やり取りも今までと似たようなものだ。
今回もオレと東堂で1位、2位を争い……となれば格好ついたんだけど、プロ手前という大学選手がエントリーしていて、そいつに負けた。
ガタイが違う、空気が違う、なんというか…迫力と言うのが違う。

「なぁ、やっぱ…ガチでプロになる寸前って奴は色々すげぇッショ…」
同意を求めるつもりでふりかえれば、
「…巻ちゃんっ!オレだって4年後にはアレぐらいになっているぞ!」
――いやだから、なんでそこで競うッショ。
なんか東堂が、不機嫌なツラになって、巻ちゃんはなんでレース中にオレ以外の奴を注目しているんだとか、理不尽なことを言い出して、訳がわからないので、とりあえずその話題はやめた。

電話作戦失敗。
レース前の、場所取りとかお出迎え作戦失敗。
……ストーカー扱いされるのって、めんどくさいッショ……。
でも今日はここで、なにか実績を残しておかねェと、オレの東堂への嫌がらせが成立しなくなってしまう。

(……名前はどうッショ?)
ふと思いついたのが、いつもと違う呼び方だ。
オレがコイツを意識するようになった理由の一つに『巻ちゃん』なんて恥ずかしい、誰も呼ばねェ呼び方をしてきたのがあるんだから、東堂だって同様に違いない。

オレの「巻ちゃん」に対抗するなら、「東ちゃん」
――とぉちゃんは、幾らなんでもねェッショ
森の忍者でとぉちゃんで、ダサいカチューシャは…あまりにかわいそう過ぎるッショ……。
本人が聞いたら、異論があるだろうがそれはさておく。

じゃあ『田所っち』に倣って、『東堂っち』
これもすげぇハードル高いうえに、東堂が聞いたら
「オレは巻ちゃんを世界の誰もが呼んでいない独自の呼び方で読んでいるというのに、お前はオレを二番手の渾名で呼ぼうとするのか」
とかめんどくさいことになるのが、目に浮かぶ。
だったら、無難に名前。
「尽八」
うん、これがいいッショ。
オレと違って、家族だとか新開だとかが名前で東堂の事、読んでるだろうけど、オレの名前呼びは、まだ誰もしたことがない。
……あ、ジョゼフィーヌがいたけど…これは人じゃネェからいいよな?うん。

瞬時にそれだけ考えたオレは、顔をあげてオレの前にいる東堂を見詰めた。
…オレが他のやつを褒めたから、あからさまに機嫌を損ねたという顔をしているくせに、この場を離れないで巻ちゃん巻ちゃん読んできて。
だから…オレみたいな奴に勘違いされるんだ、バカッショこいつ。
やっぱり、オレがコイツの名前を呼ぶぐらいのインパクトを与えて、少しは悩んでもらうべきだ。
お前が気軽にやってるようなコトのせいで、オレみたいな奴にストーカーされる破目になるって!
そしてその人誑しぶりを、後悔するがいいッショォ!!

脳内で黒マントをまとって、ワハハハと笑うオレと、それにたじろぐ東堂を妄想して、苛立ちを収めてみる。

……が。
たった四文字、じ・ん・ぱ・ちと言葉にするだけなのに、すげえ鼓動がバクバクする。
山頂の手前、数100mにまで来たみたいに、酸素が薄くて、息が詰まって、声がでない。
「…じ……」
うわあ、呼吸困難で顔が赤くなってきている……オレ、完全に不審者ッショ……。

「巻ちゃん? 具合でも悪いのか」
あまりに長い時間、酸欠状態の金魚みたいに口をパクパクさせていたオレに、東堂が心配げに指を伸ばす。
「あ、違……え、あの……だ、大丈夫ッショ 尽八ぃ……」

語尾に、ものすごく小声で。
多分聴こえなかっただろうぐらいの囁きで呟いたのに、東堂の耳にはしっかり届いたらしい。
アイツが眼を見張っているのが、その証拠だ。
東堂が、驚いてるッショ!グッジョブオレ!!

でもその直後、東堂は軽く笑ってこう言った。
「珍しいな、レース中でもないのに巻ちゃんがオレの名前の方を呼ぶなんて」

(……今、コイツなんていったッショ?)
オレがまるで今まで、名前で呼んでたみたいじゃねェか。
「自覚なかったのか、巻ちゃん いつも山頂間際の競い合いで、オレの名前呼んでるぞ…今日だって」
「へ……ほ、本当……ッショ……?」
うわぁぁぁっ、オレの、バカバカバカ!!!
そんな好意ダダ洩れの行動を、自分で意識するより先に無意識にやってたとか、バカ過ぎるッショ!!!
「ワハハハッ まったく無自覚だったとは 巻ちゃんはオレの事が好きだなあ」
大声で笑うコイツが、憎くて、恥ずかしくて、…それでも好きだって気持ちもあって、しゃがみこんで顔を見えないよう俯いてたら、東堂がそっと頭を撫でてきた。
髪がクシャクシャにならないように、梳くようにゆっくりすべる指が心地よい。
髪先まで指を流して、相変わらず綺麗な髪だなと小さく頭上で呟く。
……もうコイツ、本気で一度死刑になるべきッショ!!タラシにも程があるッショ!!!!

なんとかかんとか言いながら、ふらふらと家に帰ったらしいオレは、もうその後の記憶がない。

決意3日目。
…もう、イヤっショォ……。
世の中のストーカーって、根性ありすぎッショ……。

電話もダメ、名前もダメ……ほかに、何をすればいいのだろうか。
ここで詰まったオレは、文明の利器インターネットに頼ることにした。すばらしきかな、現代の技術。
こんなオレでも、即座にストーカーになれるかもしれない情報をありがとう。
『ストーカー 定義』と入れて検索ボタンをポチッ

これによると、ストーカー規正法では
(1)つきまとい・待ち伏せ等(2)監視していると告げる行為(3)面会・交際の要求
(4)乱暴な言動(5)無言電話・連続電話(6)汚物等の送付(7)名誉を害する行為
(8)性的羞恥心を害する行為
が対象となる行為として、並べられていた。

1の待ち伏せは、距離的に却下。
3の面会の要求は、レースに出るといえばいつだって会えるし、オレを友達としか思ってない相手に交際を要求し立った空しいだけだ。
乱暴な言動……ってどうすればいいッショ?電話は挫折したばかりだし、6と7はストーカーっつーかただの嫌がらせだし、むしろオレの方が嫌だ。
8に至っては具体的に何をしていいのかすら、解らない。


とりあえずできそうなのが、2.
この『監視』していると告げるだけなら、オレにもできそうッショ…?
でも見てるって告げて、何したいんだろうなコレ。
いまいち意味がわからねえまま、そっとスマフォを手にして、また履歴から東堂へと電話を掛ける。
もう1秒経たずに、出てこられたってオレは平気ッショ。
「もしもーし!巻ちゃん!最近はオレに連続で電話をしてくれるな!うれしいぞ!!」

フッフッフ……思うツボッショ…この後お前は、ストーカーに怯えることになるッショ…。
「東堂……じ、実はオレは……お前を監視してるッショ!」
「本当か、巻ちゃん!?」
さあ東堂、気持ち悪がれ!!
そうしたらオレは少しは気が晴れるし、同時に淡い期待なんて消せるだろうし、一石二鳥ッショ!

「巻ちゃんからオレは監視されているとは……照れてしまうな…」
「ち、違うっショ、ここはお前、気持ち悪いって叫ぶところッショ!?」
「それにしても巻ちゃんはオレの何を知りたいんだ? 巻ちゃんに聞かれたらオレは何でも答えてやるのに…盗聴器は秋葉原で買ったのか?」
買ってねぇぇぇぇぇっ!!
「盗聴器はどこに仕掛けたんだ、カバンか?…あ、それとも巻ちゃん監視カメラでも仕掛けたか?オレのえっちな姿でも見たかったのか …フ…参ったな…だが巻ちゃんならオレ」
「違うっショ!!!!!!」

――あ、切っちまった。
だがどうしようと迷うより早く、もうスマフォはヴヴヴと震え、画面にはTODOの文字。
出たくない……でも、出なければ、またオレの脳内ストーカー対決で、コイツに負けてしまう。
渋々と出れば、まだ会話は続けられていた。
「巻ちゃんっ 人の話の最中に電話を切ってはならんよ!そうそう巻ちゃんがオレを監視しているんだったな?今近くにいるのか?それともどこかにカメラでも仕込んで」
「いやあの……」
「なんだ巻ちゃんそんなにこの美形が見たかったのか? まあ気持ちは判るぞオレも美形が見たかったら鏡を見るのが一番早いからなだが不思議とオレが見たいのは巻ちゃんの
姿なんだがどうしてだろうな、そうだ巻ちゃんがオレにカメラを仕込んでいるならお返しにオレ」
「東堂、あのな」
「そうそう巻ちゃん、オレを監視するならばすぐ近くの方がいいだろう?今度の週末なのだが外出許可を貰うからどこかで会うのはどうだろう、そうだな巻ちゃんにオレの真剣な姿を
見てもらうのも悪くない 前もって許可を取っておくからぜひ箱根まで」
「……嘘っショ、ごめんなさい」
「ん?嘘かそうか巻ちゃん そこまでしてオレの気が引きたかったのか フ…そんな巻ちゃんも悪くない だが巻ちゃん嘘はいかんぞああそうか、巻ちゃんはウソをついてもオレの声を
聞きたかったのかまったく可愛いなあ巻ちゃんだが他人にそんな可愛いことを言ってはならんよ巻ちゃんのその曖昧な優しさが相手に勘違いをさせて仇となって変な奴に付き纏われたり」

…なんか、段々息継ぎが少なくなってきて、東堂の一気に話す言葉のセンテンスが長くなってきてて……正直、怖い。

おい、もうやめたげろ!と後ろから小さく聞こえてきたのは、荒北の声だろうか。
東堂さん、やりすぎですとか言ってるのは…多分…泉田ッショ…。
ううっ…箱学のやさしさが身に染みるッショォ……。

あれ…でも、おかしいッショ?
オレがストーカーだって言って、東堂が驚いてオレに呆れる筈なのに、なんで東堂が部のメンバーに窘められてるッショ。
……オレのやってること、あいつら丸聞こえ……?
ふぉぉぉぉっ!!とんだ羞恥プレイッショ!!!
オレは東堂のストーカーって、みんなに知られたっ!?東堂だけどこっそり脅かす筈なのに、箱学中にオレがヤバい奴だって思われちまった!!
なんか東堂の方が、ストップかけらてたみてェだけど、それはさておき、総北にヤバい奴いるとか思われたら……。

恥ずかしいッショォォォォッ!!
頭に血が上ったのが自覚できるほど、顔が熱い。
さっきまで解らなかった『性的羞恥心を害する行為』って、きっとこういう感じの事を言うんだなと、勉強にはなった。
別に性的に興奮しても、ダメージうけてもいねェけど、羞恥心害された気持ちパねぇッショ!!

…勉強になったけど、ダメージを自分でくらった場合って、規正法だとどうなるッショ?
羞恥心を(オレがだけど)害したんだから、オレのストーカー度は少し上がったと、考えてもいいものだろうか…。
うん、きっと…上がってるに違いないッショ。
オレはストーカーレベル、1つ上がった!!

決意4日目。
……オレのストーカーレベルは、昨日のおかげで上がった(はず)
だから初志貫徹で初心にかえって、また…電話に挑戦するッショ!
この前は繋がってしまった時の、会話内容を考えてなかったからグダグダになった。
だから今回は、あらかじめメモに『電話が繋がった場合、話す内容』をまとめておけば、バッチリ大丈夫。

MEMO〜オレが東堂に電話をした時シミュレーション
1回目
調子はどうだって聞く
2回目
オレは元気ッショ…ちょっと疲れてるけど、元気だって答える
3回目
鯛茶漬けを食いすぎてないか聞く
4回目
暑いなって言う
……ここまで書いて、多分東堂ならこれいっぺんに1分で話し終えちまうなと気付いて、メモをぐしゃぐしゃにした。

気付けたオレは、やっぱりレベル上がってるッショ、うん。
それに昨日、オレがストーカーって箱学にバレちまったんだから……東堂の態度だって、変わってるッショ!?

MEMOその2
1回目
東堂はストーカーからの電話が来たって用心して電話に出ない
2回目
でも東堂は律儀だから、電話に出ようとするかもしれないけれど、箱学のやつ等が
「東堂さん!ストーカーの電話に出ちゃいけません」って止める
3回目、4回目、5回目
履歴にオレの名前が並んで、東堂がビビる
6回目……ここらで諦めたフリをして、メールに切り替える。
『脅かして悪かった 次の電話できちんと理由を話す』ってメールを送る。

…それで、東堂がやっと…電話に出たら
オレは
「こんな風に勘違いされるから、お前の態度、改めた方がいいッショ」って諭して。
……オレの気持ちを、切り替えよう。
東堂がオレに見せなかった顔で、好きな人がいると告げてきても、おめでとうって言えるように。

きっと箱学の奴らだって、東堂が気まぐれでライバル扱いしていたキモい男が、ストーカーになったって心配しちまってるに決まっている。
…まだたった4日間だけど、オレにはストーカーの才能はないッショ。
自分の行動に満足がいったら、もうそれにつきあわせただけで充分だ。

…そう思って、発信ボタンを押したのに。

――プッ
『巻ちゃんっ!!!!』
『だから!!!何で!!!出るッショォォォォ!!!!』
『何でって…電話がなったら、出るものだろう しかも巻ちゃんからの電話だぞっ!?』

あ、うん、そうだよな。
電話は出るもん…だよな……。

捨てたMEMOその1を思い出しながら
『ちょ、調子は……』と言いかけたら
『このところ巻ちゃんから電話を貰っているからなっ!絶好調だ 巻ちゃんは一昨日疲れた様子だったが大丈夫か?オレのようにちゃんとした食事を摂ってないで、
アイスばかり食べていないだろうな、それにしても今日も暑いな』
……質問する間もなく、メモの内容全部言われちまった。

『あ、うん…元気なら…よかったッショ…』
喋る内容がなくなって、通話を断ち切って、頭を抱えた。
もう、次に何をしていいのか解らない。
だけど今のは、瞬間的な早さだった。これですぐ二回目を掛けたら…周りが『東堂さんっストーカーの相手をしちゃいけません』って止める…ッショ?
それで誰かが、注意するッショ
「東堂さんは、あちこちに愛想を振りまきすぎですから、こういう事になるんです!」
「そうだな、少しは人と距離をあけて付き合う事も必要だぞ? だからストーカーに狙われたりする破目になるんだ」
…あんま、心配かけすぎても悪ィよなあ…。
オレを警戒して、みんなのコンディションを崩しても申し訳ないッショ。
これが成功したら…もうやめるから……頼むから、オレのスマフォ画面のっとりで東堂ビビらせる計画、成就させてくれよ?

そんな微かな希望を持って、恐る恐る人差し指で、通話ボタン押しておそらく0.5秒
『もしもーーーし 巻ちゃんっ』
『だからっ出ちゃダメッショォォォオッ』

…多分、オレの絶叫はスピーカーにしてなくても、向こうに響いていたに違いない。
もう今日はこれで終りッ!
寝る!!今日もストーカーしたから、今日だってきっとストーカーレベル上がったに違いないッショ!
明日になれば、オレは立派なストーカーッショ!!

決意5日目。

……よく考えたら、相手を驚かすのに、オレの名前が確実に表示されるスマフォを使ったのが間違えッショ。
やっぱオレ、冴えてる。
これはもう立派なストーカー思考ッショ。

「田所っち 携帯貸して欲しいっショ」
「あ?…お前その手に持ってるのは何だよ 自分の使えばいいだろ」
「あ…えっと……」
(東堂にストーカー電話掛けるのに、自分の名前が出たら困るから、田所っちの貸して…とはさすがに言えねえっ!)
「何だよ 充電切れか」
「あ、そ、そうっショ!だから東堂に電話したくて…」
「まあいいけどよ お互いなんか揉め事は面倒だから、利用はオレの前でにしてくれよ」
「え」

考えてみたら、もっともだった。
幾ら友人とはいえ個人情報満載、使いようによっては金のかかるアプリやシステムがある機械を下手に隠れてやり取りしては、危険だ。
親しい仲だからこそ、気をつけなくてはいけない行為だろう。
「それに電源はいらねえのに、東堂の番号わかんのか?」
どこからか取り出したコロッケパンを、むしゃあと豪快に食べる田所に、巻島は固まるしかない。

携帯を利用しなければ、東堂の番号はわからないし、繋がっても田所の前でストーカーなど…できるものか。
だがその巻島の動揺を、困惑と捉えたらしく、田所は仕方ねえなあとアドレス帳を探し、ボタンを押した後巻島へ投げて寄越した。
「ほらよ、新開に繋いだから」
なんか東堂に用事があるなら、伝えてもらえと面倒見よく言った。

「田所っち……」
カッコいいッショ!!漢前っショ!!!でも!ここでは!!どうすりゃいいッショォォ!?
『もしもし新開、 オレ巻島っショ 東堂にストーカーしたいから、東堂に代わってくれ』
とか言ったら、幾ら何でもアウトっショ!!
なんて考えているうちに、画面の電話アイコンの受話器が外れ『通話中』になってしまった。
どど、どうするっショ!?……あれ?
『もしもし、こちら新開隼人の電話だが当人が取り込み中の為、代理だ』
『…あれ……?東堂……』

ほんの短く、息を呑む音がして
『巻ちゃんっ!?……巻ちゃん…?』
前半は弾むような声、後半は訝しげな探るような口調になって、東堂は沈黙を続けた。

でもこちらだって同様だ。
田所っちの携帯借りてまでして、新開に掛けたのに何で東堂が出るっショ!!
『…なあ巻ちゃん……ひょっとして…いつも田所くんの携帯を借りて、なにか新開とやり取りしていたのか…?』
『え、ち、違うっショ?  えっと、えっと』
ここで携帯を借りた理由付けを思い出し慌ててそれを利用することにする。

『えっと…オレのスマフォ充電切れたから、今日は電話すんなって伝えてもらおうと』
『なんだそういう事か!気配りをさせてすまんね!』
途端に明るくなった東堂の声に、安心するとほぼ同時……オレのスマフォが鳴りはじめていた。

『あれ?巻ちゃん普通に通じているようだぞ それオレ専用の着信だよな』
『……ショ……』
なんだ巻島、充電フルじゃねえか、またどっか変なトコ落したりしたんじゃねえかという田所っちの声が、響いている。

…東堂にも丸聞こえだろう。
『あの…やっぱ電話…大丈夫みたいっショ……』
『そのようだな!お言葉に甘えてかけさせて貰おう それではこれは他人の携帯だからな、一度切ろうか』

そういった直後、オレの携帯はもう鳴っていて、親切な田所っちがほらよと差し出してくれている。

あああああ、もう!東堂のバカバカバカ!!!
いい加減、お前は運命の赤い糸の相手以外、そんな態度をしちゃダメだって気付けッショ!!!
*****
上機嫌に口端を上げる東堂が、名残惜しげに画面をまだ見詰めていた。

「尽八、ご機嫌だな」
電話向こうの巻島の絶叫が聞こえていたはずなのに、新開は動じることがなく、東堂の様子を言葉にした。
「…いやテメェも、突っ込めよ 巻島から連続電話っておかしいダロ?しかもなんか半泣きで」
「んーでも、尽八はここにいるんだし、最悪の事態は大丈夫だと思うんだけど なあウサ吉?」
「大丈夫なもんかよ、コイツが巻島になんか脅迫でもして、電話掛けさせてたらどうすんだヨ」
出場停止じゃすまねえかもしれねえぞ、という荒北に、近くにいた後輩も固まっている。

そう、箱学では確かに色々心配されていた。
『巻島にストーカーされている東堂』ではなく、『東堂がついに巻島を脅迫してまで、自分の思い通りにさせているのではないか』
というベクトルで、東堂は被害者ではなく被疑者扱いだったが。

だがそんな部員たちの疑いの目線も、東堂にとっては何の問題でもないようだった。
さも大事な宝であるように、スマフォ画面に小さく口接け、誇らしげに疑惑へと立ち向かう。

「巻ちゃんはな…オレの言う『好き』を純粋極まりない友情だと信じているのだよ」

「ねェワ」
「ないです」
「それはないだろ」
間髪いれず返ってきたツッコミじみた台詞に、東堂は「だが事実だ」と肩を竦める仕草で答えた。

「まったく…オレがこれほど大好きだと伝えているのにな」
薄い唇を三日月形にして、待ち受け画面を見る東堂。
後ろから覗き込んだ勇気ある後輩の一人が、「げっ」と叫びかけて口を噤んだ。

そこにあったのは、どうひいき目に見ても、許可を取っているとは思えぬ、上半身を肌蹴ている巻島の写真だった。
サイクルジャージのファスナーは全開で、胸の尖りがかろうじて隠れているレベル。
唯一の救いは、巻島が少し怒った様子ではあるが、盗撮ではないところだろうか。

…声を出さなかったので、大丈夫かと判断した後輩は、甘かった。
音もなく静かに振り返った東堂は、「…巻ちゃんは色っぽいだろう?」と口元だけで笑って問う。

(…っ!!うっわぁぁぁあこれ、イエスもノーも、どっち答えても地雷パターン!?)
「はい そうですね」→貴様…巻ちゃんをいかがわしい目で視姦したな
「いえ、趣味じゃ…」→巻ちゃんを侮辱するのか!お前の美意識はどうなっている
――どっちに答えてもアウトじゃねえか!!どうする、どうするオレ!
苦悩する後輩だったが、直後空気は変わった。

〜♪
何かの電子音学が鳴ると同時…いや、音楽は鳴り始める前だったかも知れない。
電子機器が立ち上がるときの、微妙な音で東堂はスマフォを耳に押し当て、また朗らかな声で
『もしもーし 巻ちゃんっ?』と会話を始めていた。

(巻ちゃんさんっ!!!ありがとうございます!!!)

『ん?運命の赤い糸……そうだな、オレも信じんよ』
『…………ッショ……?』
今回は巻島の声は控えめで、東堂の声しか聞こえてこないのだが、それでも流れらしきものは、掴めてしまう。
『だいたい、オレとお前のお前ならば、赤い糸ではないな!現代技術でもまだ再現できぬと言う強靭な蜘蛛の…タマムシ色の蜘蛛の糸だ!』

今回も短めだったが、向こうから掛かってきた電話だという事で、東堂の機嫌は回復している。
「なあ東堂、純粋な友情はまあ……巻島がそう思っているなら、それはそれで…だけど、なんでそれで向こうからの電話に繋がるんだ」
その場にいた誰もの疑問を、同級生である藤原が尋ねた。
「巻ちゃんは『普通の友人であるオレ』に、『オレのような真似をするとストーカーされるぞ』と伝えたいらしい…可愛いだろう?」

「…わかったようで…解らないんだが……」
「巻島が誤解してるっつー事だろ?うちの部員誰もが、テメェの行動を純粋な友情だなんて思ってねェンだから当人にもそう言ってやれば問題おさまんじゃねェノォ?」
だから早く、日常を取り戻して来いという荒北に、東堂が驚愕したように、向き直る。

「日常?何故だ もったいない!」
「勿体無い?」
「そうだ 巻ちゃんは今オレにストーカーしたくて、四六時中オレの事だけを考えて、一生懸命頑張ってオレに向かってくれているんだぞ…
それなのに誤解をとくだなんて勿体ないこと…オレにはできんよ」
うっとりと眼を細める東堂は、巻島の名前が連なる画面を、指先で撫でるように滑らせていた。

(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!それ!!アウト!!!!!)

強靭な玉虫色の糸で結ばれていると、主張する片割れの行動理念は、巻島の念願どおり箱学を呪縛していた。
ただしあくまでも箱学側の『東堂への心配』は、『コイツが何やらかすかわからねえっ!!』という懸念であって、今も巻島をストーカーとして心配する声は微塵も存在していない。

なお後になって、巻島と東堂が結ばれ、巻島が事情を謝罪したこの出来事は
『ストーカーとは何ぞや』
と、箱根学園では伝説になっている。