【東巻】欲しくて、欲しい

どうしようもなく好きになって、でも巻ちゃんは「まっすぐな東堂」を認めてくれていて、オレがずっと主張し続けていた最高のライバルで、
永遠の友という距離から、オレを動かそうとしてくれない。
「巻ちゃんって時折、仕草が艶やかだな」だなんてほのめかしても、きょとんとした顔で『コイツは何を言っているんだ』という気配を隠そうともしない。
「オレは…最近好きな相手ができた」
ともう話の脈絡とは何の繋がりがなく言ってみても、少し驚いた顔をされただけだ。
「そっか…お前が選ぶぐらいなら、いい子っショ?」
「そうだな…オレにとっては譲れん、最高の相手だ」
そう返されたきり、会話は終わってしまった。

その後も、こちらの思いに気がつく様子もなく、巻ちゃんはマイペースに無防備だった。
汗で張り付いた髪や、白くて細い首筋が色っぽいと、直接言葉にしても
「ああ、オレ パーツがエロいとか他人に言われたことあるっショ」
なんて、自覚がないとんでもない発言をかましてくれて、こちらの滾りを無意識に、かき立ててくれる。
そんな危険な人物と、やり取りしているのかとこちらが血の気を引く思いで聞けば、「褒めてくれたっショ?」なんて小首を傾げる様子に、眩暈すらした。
思わず叱りつけようと腰を浮かせれば、今度は照れた顔をして
「…東堂も……オレを認めてくれて、嬉しかったっショ」
などと、破壊級に愛らしい台詞を吐いて、目線を逸らした。

これならば、告白をしても許されるのではないだろうか。
そう思い、唇を開きかければ
「だから東堂が…好きなヤツと幸せになれるために、オレも色々…頑張るっショ」
と、こちらの期待を打ち砕く。
無垢な小悪魔というヤツは、悪を知り尽くした悪魔より、ある種罪深いのかもしれない。

オレを自宅に泊めてくれるのに、家族は誰もいないだなんてシチュエーションを用意までして、ハーブティーを淹れた後「じゃあ 悪ィけど先に風呂使うっショ」
と生足を曝け出した短パンで、目の前を歩いていく。
落ち着こうと、冷たいハーブティーをストローでかき回す。
カランッと涼やかな音がして、濡れたグラスの縁から水滴が伝う。
幾分かのシロップが入っているらしい、冷たい薄黄緑の液体は、昂ぶらせた気持ちを宥めてくれるかと思いきや、かえって煽るばかりだ。
台所に、あの生足で立つ巻ちゃん。
ポニーテールにしているせいで、普段隠された滑らかな首筋も、露わになっている。
背後に誰もいないと安心しきって、アイスハーブティーのボトルを取るのに屈めば、短パンの隙間から絶対領域を超えた、魅惑の箇所が垣間見えるに決まっている。

ならん、ならん、ならん……。
そんな想像をするだけで、男の本能を燃やして焦らして灰にするような淫らな姿……言語道断だなんてオレの考えはまだ甘かった。
お風呂上りの巻ちゃんの無警戒さは、想像以上にひどかった。
夏場だから風邪はひかないと、濡れたままの生足丸出し短パンは先ほどと変わらないけれど、上は胸元まで大きく開いた襟の、タンクトップ。
すこし頭を下げれば、日焼けしてない鎖骨から続くなだらかなラインは丸見えだ。
しかも風呂との気温差で、薄い布越にぷっくら浮いている二つの乳首。

そんな不身持ちかつ猥りがわしい格好で、さらには胡坐をかくようにすわり
「暑いっショ〜」
などと襟元を指先で引っ掛け、さらに広げる。
オレの正面に座った巻ちゃんの、影を落とした真っ白な足の付け根。
胸の中央で存在を主張する、丸いボタンのように膨らんだ小さな影は、まるで摘んでくれとでも言うようだ……。

意識を逸らそうと、巻ちゃんを待っている間に手にしていたロードバイクの雑誌を1Pめくる。
当然内容なんて、頭に入ってきていないのに、巻ちゃんはさらに四つんばいのポーズでこちらに寄ってきて
「何読んでるっショ?」と小首を傾げて近づいてきた。
ゴクリ、と喉が鳴り、視線はもう少しで見えそうな、巻ちゃんの胸先に吸い寄せられてしまう。

――ならんよっ!!こんな純粋な巻ちゃんを……オレは何と言う目で……

ガンッ!とフローリングを拳で殴り、勢いをつけて立ち上がる。
「と、東堂……?」
「風呂……オレも入らせてもらう」
「お、おぉ 一階の玄関右手、電気スイッチが三つ並んでるからそれの一番上が脱衣所で、真ん中が風呂っショ」
「わかった」
勢いをつけて立ち上がり、そのまま不機嫌な様子で風呂へと向かうオレに巻ちゃんは不審な様子だが、これぐらいの態度は許してもらおう。
呼吸を苦しくさせるぐらいの、巻ちゃんの淫靡さが悪い。

頭を冷やそうと、風呂場に向かったはずなのに、息苦しさと動悸は高まるばかりだった。
開いた洗濯機の中には、巻ちゃんが先ほどまで着ていた下着。
………これに手を伸ばそうとするなど、人として最低だぞオレ!!!!
あれだけ派手なシャツや上着を好みながら、下着がストイックな黒だなんて、巻ちゃんは謎過ぎるだろ!!!
――おかしな所に、目をやってしまったせいだろうか
まだ風呂に入ってもいないのに、頭が火照って、脳内では黒下着の巻ちゃんがBGMタブーで、ポーズをつけて、意識を狂わせようとするかのようだ

換気装置は作動していても、まだ巻ちゃんの風呂上り間もない時間では、名残はこれでもかと漂っていた。
巻ちゃんのシャンプーの残り香。
巻ちゃんが浸かっていた残り湯。
巻ちゃんが躰のあちこちを磨いていただろう、スポンジ。

無理だ!!!
冷水のシャワーを頭からかぶり、猛る熱をおさめようとしても、雄の本能が昂ぶるばかりだ。
落ち着け、落ち着けと脳内で呪文のように繰り返しても、
カラスの行水とからかわれようと、もうこの場にはおれんと、足早に巻ちゃんの部屋へと戻ったオレは、立ち尽くすしかなかった。

「…ん……」
バスタオルを床に敷いて、巻ちゃんはそのまま横になって、眠っていた。
むきだしの滑らかな肌。まだ尖ったままの胸元の切っ先。
どろどろした熱いなにかが、獰猛な衝動を煽り立てる。

……もう我慢なんて、してやるものか。

背後に回り、まだ水滴のこる首筋に舌を這わせる。
風呂上りのその滴は、なぜか甘く感じた。
横を向いてる巻ちゃんの背中に重なるようにし、両掌を腹部からもぐりこませ、タンクトップをめくる。
曝け出された胸の色づいた箇所は、まだ尖ったままでオレの指の動きに素直に反応をかえす。
くりくりと捏ねれば硬さを増して、色づきを増し、オレの意識を奪った。

欲しいという思いが、やめろという警告を凌駕し、もう何も考えられない。
すべらかな足の内股の皮膚を、硬くなった膝の肌で撫で、そのまま足を割りいれ絡め取る。
背中越しに抱きしめ、無意識にあちこちと触れる指先が、さきほどより硬くなった乳嘴を擦れば、巻ちゃんの背中はかすかに反った。
「あ…っ……」
ビクリとなって、一瞬東堂の指は止まった。
恐る恐る「巻ちゃん……?」と呼びかけてみるが、くぅという可愛い吐息めいた寝息が、巻ちゃんの口から再び漏らされ、どうやら目覚めそうもない。
それでも起きない巻島に、オレの理性は失われていく一方だ。
突き出た乳頭は、柔らかいのに弾力があって、しゃぶればミルクが出るのではないかと思うほど、魅惑的に色を増している。
指先を舐めて、濡らした指で乳首をさらに弄れば、巻ちゃんの喉からくぐもった呻きが洩らされた。
ぬらついた先端から、なにかを搾るように摘み、首筋を甘噛みすれば、巻ちゃんはせつなげに鼻を鳴らす。
寝入ったままなのに、敏感に小さく震える反応は、オレを陶酔させるばかりだ。
「んっ… あっ…」
「…ハァ…巻ちゃん…… 可愛いよ… 気持ちいいのか?」
「……ふ………」
あちこちを舐り、指先でまさぐっても、まだ巻ちゃんは意識を取り戻さなかった。
夢中になって其処彼処に触れれば、いつしか巻ちゃんの下腹部が硬度を持ち始めていたのに気付く。
触れた瞬間、角度を持ち始めていた自分の雄を、巻ちゃんの両脚の隙間にそっと添えた。
ゴムの圧力をうけながら、なめらかな肌を伝い、下着の内側へと触れる。

柔らかくて、ヤケドしそうに熱い。

オレが与える快楽で震える巻ちゃんを、支配する愉悦。
下着を奪い投げ捨て、溢れる滴を前や後ろに塗りこめ、巻ちゃんの狭間をほぐしていく。
ヂュポヂュポと、くぐもっていやらしい音が大きくなるにつれ、柔らかくなる巻ちゃんの、肉襞。
脳裏が真っ白な光で塗りつぶされ、背筋が痙攣したようにビクビクと反れれば、もう何も考えられない。

―――巻ちゃんが、欲しい

獲物を貪るみたいに、その細い体を抱き寄せては腰を打ちつけ、滾った暴流をぶつけ注いで、ようやくオレの頭は正常に戻る。

汗と精液に汚され、下肢が剥き出しという淫猥な姿にされた巻ちゃんは、まだ目を瞑ったまま、涙を浮かべていた。
頭から氷水をかぶったみたいに、どこかへ跳んでいっていた理性が、じわじわと脳を動かし始める。
「……ごめ…… オレ……巻ちゃん……」
土下座なんてものじゃすまない、自分の暴虐に、息を飲むしかない。
だが巻ちゃんは、こちらを見ようともせず、伏せた体勢で静かなままだ。

「死ね」
と言われたら、それに従うぐらいのつもりで、じっと頭を下げる。

それでもまだ尚反応もなく、おそるおそる巻ちゃんへと指を伸ばせば、巻ちゃんは眠ったままのようだった。
安らかな寝息が、余計に申し訳なくて、巻ちゃんの身を清める為に急いで立ち上がる。
洗面器でお湯を汲み、タオルは熱いお湯に浸してから一度搾る。
三本のホットタオルで、巻ちゃんを起こさぬよう、そっと濁液をふき取っては、新しいタオルで清めを繰り返す。
気化熱で目を覚ました巻ちゃんに、激怒されても仕方がない。
呆れ、嫌悪されて蔑みの目で見られても当然だと、ただ手を動かしていても、巻ちゃんは目を覚ます様子がなく、そのままだった。

それどころか、どこか幸せそうに微笑んでいて、罪悪感でオレの胸は痛くなるばかりだ。
もてる筋力をふりしぼり、巻ちゃんを抱え、ベッドへ運ぶ。
いつ目が覚めて、断罪がなされてもいいように、その脇で正座をしてオレはただ時間が過ぎるのを待った。
二度と近寄るなと言われたら、それにだって従い、オレは巻ちゃんへの謝罪を胸に一生一人で過ごす。
だから今、最後のこの瞬間はと巻ちゃんの優しい寝顔を、目に焼き付ける。

「…ん…」
もぞりと寝返りをうって、巻ちゃんの目蓋が少し震えた。
長いまつげを何度か瞬かせ、視線がオレへと向かう。
―――さあ、断罪の時間だ。巻ちゃんオレを蔑んでくれ。

だがぽーっとした顔で、こちらを見下ろす巻ちゃんは、オレが床に正座していると気がついたのだろう。
もそもそと起きると、ベッドシーツの上で正座をし、オレへと頭を下げた。
「…おはよ……ショ……?」
語尾が疑問系なのは、まだ蛍光灯がつき、太陽の光越しでないと見取ったかららしく、廻っていない頭で紡いだ言葉だからに違いない。
なにをされたか、無垢な巻ちゃんはいまだに察していないようだ。
それをいいことに、知らぬふりすらしてしまおうかと、卑怯な考えが浮かんだが、すぐに打ち消した。

「巻ちゃん……体が……痛むだろう…?」
「いや…別に…」
「え  …あ、いや…その腰の辺りとか……」
「あ、なんかオレ変な寝方してて、起こしちまったっショ?……ってオレ お前の布団の用意もしてなかったっショ!」
慌てた様子で置きかけた巻ちゃんが、くらりと倒れ掛かりオレは急いでその腰を支えたが、間に合わなかった。
倒れこむように、二人並んでベッドの上へ倒れこむ。

巻ちゃんの乾いた髪の、甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「…悪ィ、東堂」
違う違うっ違う!!、何故ここで巻ちゃんが謝っているんだ、謝罪せねばならんのはオレだというに!

「ついでに…オレのベッド広いっショ? あらためて布団用意すんの面倒だから、もう一緒に寝るっショ」

頭が、くらくらする。
オレはいわば犯罪者で、巻ちゃんは被害者だ。
何故被害者が、オレなんぞに謝って、しかも一緒のベッドになど誘う!?
しかもまだ夜だと判断したらしい巻ちゃんは、オレの膝へタオルケットをかけると、また眠りに陥ろうとしている。
「巻ちゃんっ!寝ないでくれ……オレは……お前に詫びねばならん……」
「ん〜……わかった…ショォ……」
「いや 解っていないぞ巻ちゃん、オレはお前を無理やり……ひどいことを…」
「……んー……わかった……お休み…ぃ……」
「巻ちゃんっ!頼む 聞いてくれ!!」

何故だ!おかしいだろうこの状況。
オレは泣き濡れた巻ちゃんに、侮蔑され呆れられ、もう人生が終わるほどの覚悟でここにいるというのに。

巻ちゃん、オレを惑わせて遊んでいるのか!?
そう疑ってしまうほど、邪気ない顔で巻ちゃんはオレの横で、無警戒に目蓋を閉じていた。
「巻ちゃん…オレは、お前に詫びねば……すまないなんて言葉じゃ片付けられん事をしている!」
「うーん……そっかァ……大変…だなァ…」
「違うだろ!大変なのはお前だ巻ちゃんっ!!オレに謝らせてくれ!!」
もうなりふり構わず、巻ちゃんに覆いかぶさるようにして、その細い肩をゆすぶっても睡魔は強かった。

「ん…じゃあ…謝るといいッショぉ……」
「……オレはひどいことをお前にした……」
「……そっか…許したっショ おやすみ……」
「違うだろっ!!巻ちゃんっ!!!!!」

そのままスヤスヤと寝息をたてはじめた巻ちゃんを、さすがにオレも起こすことは出来なかった。

巻ちゃんが再び目を開いたのは、時計がもう9:00を廻る頃だった。
まんじりとせず、ずっと巻ちゃんを見下ろしていたオレの目は、きっと血走っていたに違いない。
目が開いて、巻ちゃんが最初に見たのは真顔で自分を見下ろしているオレだ。

「おはよう 巻ちゃん」
「…お、おォ…お前、徹夜したっショ?大丈…夫なのかヨ」
そういって身を起こしかけた巻ちゃんは、小さく「つっ」と腰を抑えた。
もうここしかない、という勢いでオレは巻ちゃんの両肩を掴んだ。
「巻ちゃん…その痛みは……」
「あー…またオレ変な寝相してたッショォ……それでお前眠れなかったっショ?」
「違う!! …オレは……オレが眠ってる巻ちゃんに……」
「オレに?」
きょとんとした表情で、続きを待つ巻ちゃんは、数秒後には嫌悪の表情に変わるはずだ…のオレの予想はまたしても裏切られた。

そっと二の腕に残した、紅い痕を指せば、巻ちゃんは虫に刺されたのかと、ボリボリと指先で掻く。
腰が痛いはずだとほのめかせば、昨日長時間ロードバイクのったからなあとかわす。
もうどうしようもなくなって、お尻は痛くないのかと声に出したら、夢の中で杭の上に座ったから違和感があるし、痛ェなあと意味の解らない返しをくれた。
「だから!それがオレのせいだ!!」
「え?夢で杭にすわっちまったことが?」
「違う!オレは眠ってる巻ちゃんに………した……んだ……」
「…!?オレのケツに杭を刺したっショ!?」

何故だ……何故……オレの懺悔が、こうもコントのように流される……。
「オレが!巻ちゃんを!!!犯しました!!!!!」
そう言って、巻ちゃんの正面で土下座をし、ひたすら床を見詰めれば、無言の時が続く。
永遠に続くかの思われた、重圧はあっさり一言で打ち破られる。
「あ、これ夢っショ 東堂来るからって緊張して、オレ変な夢見てるっショ」
そう言って、また布団にもぐりこもうとしている巻ちゃんの肩を掴んで、無理やり自分の方へ向かせ
「だから違うって言ってんだろ!オレは巻ちゃんを……強姦したんだよ!!……最低だ…」
押し倒すように、のしかかる。

目を瞑っての告白に、再び訪れた沈黙。
巻ちゃんはあまりの言葉に、おぞけだって、出て行けとすら言えずにいるのだろうか。
沈黙の重さに耐えかね、恐る恐る目蓋を開けば、巻ちゃんはまだ呆けたようにオレを見ていた。
「あの……巻ちゃん……」
そのまま足蹴にしてくれても、当然だし、今すぐ姿を消せというのならばそうしよう。
だが巻ちゃんは、青ざめた顔で「…オレの…せい……っショ」と両掌で顔を覆った。。

「…巻ちゃん!?」
「悪かったっショ!……オレの使ってるシャンプー…昨日飲んだハーブティー…人によっては媚薬効果があるって……」
そういって巻ちゃんは、その瞳にうっすら涙を張った。
「ごめ……東堂……好きなヤツがいるのに……オレのせいで……」

いやいやいやいや!待ってくれ!!!!
何故そこで泣く!?いや泣かれる覚悟は当然していたとも!!鬼畜と罵られる覚悟だってしていた!!
だが!その涙は!!おかしいだろう!??
何でお前が謝るんだ!!!第一たかがハーブティーで滾ったからと言って、ただ目の前にいるだけの相手に欲情なんてするものか!
オレは、巻ちゃんだから……。 いや、今の自分にそんな事を言う資格はない。
息を大きく飲んで、唇を噛み締めていると、涙声で巻ちゃんが、自分の場合は安眠効果が強いので、この組み合わせが気にいって使っているのだと続けた。

……安眠効果にも程があるっ!!
何を考えているんだ巻ちゃん、オレのようなケダモノ(さすがに自虐で胸が痛いが、それはさておき)がうようよと巻ちゃんに魅了されている世界で、
人によっては媚薬効果が出て自分は熟睡効果がありの代物を使うだなんて……。
――いかん、あまりの衝撃に己のタチの悪さを棚に上げ、巻ちゃんに説教を始めてしまいそうになってしまう……

うな垂れたオレが、拳を握り締め震えてるのを見て、巻ちゃんは慰めるように言葉をかけた。
「…だから、気にすんなっショ あ〜アレだ、かっぱの川流れで若さゆえのあやまちで、野良犬にでも噛まれたと……」
「巻ちゃん!!何もかもおかしい!!」
まずそれは被害者の台詞じゃないし、河童の川流れは勢いに流されることではないし、オレのやったことは若さ故のあやまちで済むことではないし、
野良犬に噛まれたら人によっては一生のトラウマで病院送りだ!
「……オレが、忘れろって言ってるっショ なんでお前がこだわるんだよ……」
途方にくれような巻ちゃんに、怒りと申し訳なさと、異次元の思考回路の理解出来なさに、もうこう返すしかない。

「巻ちゃんを好きだからに決まってるだろ!!」

最上級のおどろいた顔で、巻ちゃんはポカンとオレを見ている。
「好きです!!オレのものになってください!!」

先ほどの犯罪告白に、負けず劣らず心臓に悪い沈黙タイムが過ぎる。
顔はみっともなく真っ赤になっているし、目は寝不足で血走っているし、かっこ悪いところ見せまくりで……。
こんなの、オレの、東堂尽八の告白じゃないと思いたいけど、もう目の前の人間を捕まえるのに、手段も方法も選ぶことなんてできやしない。

「あ、やっぱ夢っショ」

ようやく金縛りから溶けたらしい巻ちゃんは、耳まで真っ赤にして、シーツを頭からかぶってこちらに背中を向ける。
やっと聴こえてるし、気づいたし、伝わった。
一生懸命隠れようとする巻ちゃんを、転がすようにシーツを剥がす。
「逃げないのは、答えだよな巻ちゃん?」
きゅっと唇を噛んで、頬を紅潮させた巻ちゃんに、そっと唇を重ねる。
「東堂は、莫迦っショ………」
そういって、胸元をきゅっと握る巻ちゃんはどうしようもなく可愛くて、オレは最低最悪な手段で、一生の宝物を手に入れてしまった。

**************
B-side

東堂は、女性に人気がある。
当然だ、コイツは顔だけじゃなくて才能もあるし、そしてそれに見合う努力だって忘れない。
鼻持ちならない嫌味な相手かというとそうではなく、真摯に向き合う相手にはきちんと相手をするし、オレみたいに世間様とズレていたって、認めるところがあったらきちんと評価をしてくれる。

……人から認められれば、嬉しいショ
しかもあんなにあからさまな好意を、これでもかとぶつけてくれれば、こちらだって好意を持たざるをえない
……違う
あんなに眩しい相手、オレを単に見知ってくれていただけでもきっと好きになっていただろう

その東堂が、オレなんかを一生の友人で、永遠のライバルだなどと言ってくれる。
こんなにまっすぐで、何もかも持っていて、真っ直ぐなライバルは……幸せになるべきだ。
…それでも一生に一度ぐらい…思い出を貰ってもいいっショ…?
東堂のあの、指先に触れられたい。
笑いながら叩いてくる背中を、あの掌で撫でてみて欲しい。

東堂が好きな相手と幸せになる為に、邪魔はしないし、オレなんかで出来ることがあれば、応援だってする。
ただ一度だけ、あの腕の中にこの身を納めてみたかった。
それだけで、オレはきっと一生その記憶を大事に生きていける。

最近好きなヤツができたらしいと、何度もほのめかしてくる東堂に、苦笑する思いで次は茨城のレースに出る予定だと伝えておく。
神奈川からはちょっと遠いなと悩む東堂に、ならば自宅に泊めてやるといえば、ご主人様を見つけた子犬みたいに、東堂は目を輝かせ、何度も「いいのか?」と繰り返した。
当日、家族は不在だ。

だからその日に、オレは願望を果たすことにした。
東堂に媚薬をしこみ、オレの体に触れてもらう……!
オレ自身はキモいけれど、どうやら顔を隠して、個々のパーツで見れば、イケる相手もいるらしい。
子供の頃は息をハァハァしてる変なおじさんに、転んでもいないのに膝を撫でられたり、満員電車で、首筋に鼻を当ててくる変な男がいると家族に話したら、大問題になりかかったことがある。
翌朝からそのおじさんや、満員電車での行為はなくなったから、どこかで家族が手を廻してくれたのだろう。
金城や田所っち達と親しくなって、ジョークのつもりでその話をしたら、、頭を抱えて説教をされた。
いわく、『お前には妙なフェロモンがある』と。

そういえば、その時に「絶対に東堂にその話はしないほうがいいぞ」と念を押されたけれど、過去の話だし、別に大丈夫じゃないだろうかと、ふと思い出す。
それはさておき、東堂だって色々な衝動に溢れる年代だ。
オレの足や、背中だけだったらイケっかもと、クラスメイトが冗談で言ってきたのだから、東堂にだって通じるかもしれない。
そんな儚い願いをたくし、薄い透き通った黄緑のハーブティーに、ネット通販で購入した媚薬を混ぜた。

緊張した様子でオレの部屋にいた東堂に、先に風呂に入ると告げる。
…戦闘準備開始っショ!

東堂を誘惑する為に、布地の少ないシャツとパンツを選ぶ。
グラビアで、あちこちが濡れて衣装が張り付いているお姉さんは色っぽいので、髪や体はあまり拭かずに部屋へと戻る。
東堂が雑誌を読んでいるので、近づく時は女豹のポーズで
「何読んでるっショ?」と近づけば、東堂はなんだか怒った様子で、風呂場に向かってしまった。

やっぱり、東堂には気持ちわるいヤツと思われてしまっただけだったのだろう

一人で勝手に盛り上がっていた自分が、情けなくて恥ずかしくて、そのまま目を閉じて世界を遮断する。
何も考えたくなくて横たわっていたら、いつしか眠ってしまっていたらしい。

……胸がむず痒くて、なのになんだか気持ちよくて、腰が自然と揺れて……

――東堂!?
背中から足を割りいれて、東堂がオレの体を抱き締めていた。
押し殺した吐息を、オレの耳元で洩らしながら、東堂の掌があちこちに触れてくる。
かさついた指先の感触が、腹部の薄い皮膚の上を這えば、ゾワゾワとした寒気ともとれそうな快楽を呼び覚ます。
「んっ……」
自分でも感じやすくなっているのがわかる乳首を摘まれ、思わず声が洩れ、東堂の動きは一瞬止まった。
「巻ちゃん……?」
呼びかけられても、寝たフリを続ければ、東堂の指はまた恐る恐る…それでもオレを価値あるもののように、優しく触る。

嬉しかった。
東堂の気の迷いでも、薬のせいで困惑しているのでも、それでも…一生忘れない。
くぐもった呻きとともに、東堂の雄が押し当てられ、ゆっくりと体内へ進む。
「…ごめ…ん…巻……ちゃん」
謝るなら、むしろオレっショ。
まっすぐなお前の未来に、歪みを残させて、悪ィな。
ぐぷっぐぷっといやらしい水音が何度か木霊し、気持ちよさで本当に意識を飛ばしそうになると同時、東堂は熱をほとばしらせた。

東堂は、寝たフリを続けるオレを清めてくれる。
もうこれで薬の効果は切れて、眠ってくれるだろうという予測は外れ、……どうやらオレが起きるまで、待ち続けるつもりらしい。
東堂が翌朝詫びてきたら、夢だと言い張ろうという計画は、潰えてしまった。
仕方無しに、今眠りから覚めましたよという風情で、東堂の相手をするが……どうするっショ、こいつ、責任を取るって譲らない顔をしている。

ごめん、悪い、すまねぇっショ……
東堂に、好きな相手がいると知っていながら、自分の勝手なもの欲しさから、巻き込んでしまった。
ああもうこれは、何としてでもなかったことにするしかない。

「ごめ……東堂……好きなヤツがいるのに……オレのせいで……」
夢だ気のあやまちだ、ああもうこれは媚薬のせいだとまで白状したのに、東堂はまだ譲らねぇ……。
情けなくなって涙を流して、もう忘れて欲しいと愚痴めいて「なんで」と言えば、東堂が叫んだ。

「巻ちゃんを好きだからに決まってるだろ!!」

――これは、夢だ。
都合のいい夢を見ているに、決まっている。
シーツに包まって、現実の世界へ帰ろうと、意志とは反対に壊れそうなほど高鳴っている心臓に命じてみるが、無駄だった。

「逃げないのは、答えだよな巻ちゃん?」

キスをされて、オレは最悪な手段で一生の恋人を手にしてしまったことを、それでも最高に嬉しく思っていた。