【東巻】箱学ホスト部へようこそ

派手な七色で彩られたアーチには『箱根学園第○回 学園祭へようこそ!』と書かれている。
その下を潜り、校庭へ一歩足を踏み入れた巻島は
「…これでギリは果たしたっショ……」としばし立ち止まった後、すかさずUターンを目論んだが、敵もさるものだった。

即座に二階の中央部からハンディスピーカーで
「ようこそ巻ちゃんっ!!!来てくれてうれしいぞ巻ちゃん!!!!ウェルカム巻ち…」
「うるセェェェェェッ!!」とその後方から荒北に叫ばれては、そこに足を止めるしかなかった。

ドドドドッと野牛が近寄ってくるような音がしたと振り返れば、そこには突進してくる東堂の姿があった。
いつもと違うのは白の上下のスーツに、襟をたてた第2ボタンを二つまで開けた黒シャツ、少し太めの金の十字架つきネックレスに
ピアス風の羽根型シルバーイヤリング…というチャラ男の極みといいたいスタイルだ。
そしてそのホスト同然の姿にも関わらず、頭には
「…カチューシャ ダサいっショ…」と呟かざるえないいつもより幅のあるカチューシャ。
ホストらしくするためか、髪は下ろしているので、ますますカチューシャをつけている意味がわからない。
「ダサくはないなっ!!」
そう言いながらも東堂は上機嫌で、巻島の手をとり進む。

連れて行かれたクラスの入口には看板で
『ウェルカム 箱学自転車競技部 駄菓子ホスト倶楽部』
足を止めた東堂が振り返り、中へ案内するように腕を伸ばし優雅に一礼をした。
「…ようこそ巻ちゃん」 

まるで、ではなく東堂は実際にホストだったらしい。
黒板に書かれているシステムは、
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駄菓子       定価
ドリンク       150円/1杯 コーヒー・紅茶・オレンジジュース・緑茶
ホストと写真    1枚300円
(ただしLINEやブログ、ツイッターなどに利用厳禁 *撮影時に身分証明書を出してもらいます)
ホスト接待     500円/10分
ホスト握手     150円/1回
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※駄菓子のみのお持ち帰り購入も可能
クラス内で休憩する場合には、写真・指名・握手のどれかをオプションとしてつけてください
指名は次が入っている場合、1テーブル1回となります

…どうやら中で飲み食いするには、オプショナルとして箱学自転車競技部の誰かと、金を出して写真・握手もしくはご指名して接待とやらをしなくてはいかないらしい。
既に行列はできていたのだが
「さあっ!巻ちゃん入ってくれここがお前の特等席だ!」と通されては、逃げるのも不可能だった。

しかも特等席と銘打って座らされたのは、何故か1:1で向き合って座る教壇の上という、他に椅子がない箇所だ。
ご丁寧にそのすぐ横にある黒板には、『ようこそ 総北ピークスパイダー 東堂尽八永遠のライバル巻島裕介』とチョークでこれでもかとデコられている。
(か……帰りてェっショ……)
本物のホストさながらに手をとってその席に案内され、すかさず正面に座った東堂がメニューを差し出してきた。

メニューには
*うまい棒セット うまい棒よりどり6本とドリンクで200円
*ポテチセット  ピザ・コンソメ・塩・ガーリックのポテトチップス少しずつ盛とドリンク200円
*チョコセット  5円チョコ・m&m・チョコボールのピーナッツ・キャラメル少しずつ盛とドリンク200円
etc…
どれも、高校生のお財布に負担にならない金額設定だ。
駄菓子そのものは定価とあるので、卸で購入していてもさほど利益には繋がらない。
部費を稼ぐのはホスト代とドリンク代によるのだろう。

「えっと……うまい棒って何ショ…?」
と恐る恐る聞いた巻島に、周囲がピタリと止まった。
あの国民的駄菓子を知らないのかという周囲の目に、巻島はきょとんとした顔つきだ。

(うわっぁぁぁ!巻ちゃん!!可愛いっ!!!!)
叫ぶのをなんとか自重した東堂は、代わりに机を拳で強く叩き、駄菓子販売コーナーに赴くなりうまい棒を鷲掴みにして巻島の前に並べた。
「巻ちゃんっ オレのおごりだ食べてみるがいい」
「…い、いいッショ?お前接待側なのにオレが金出さねェと…」
「いいから!」
そう言ってる間に、銀紙を剥がされたうまい棒が口元に差し出された。
黄色とオレンジの中間色のスナックを、巻島はサクリと咥え齧る。

「…美味しいっショォ…」
驚愕したように微笑み、サクサクと続けて頬張る様子はまるでハムスターのようで東堂の頬を緩ませていた。
「…で、だな巻ちゃん…ここに座ってもらうにはホストを……」
「あ、そっか …んじゃ」
キョロキョロと周囲を見渡した巻島は、壁に持たれ欠伸をしていた荒北と目が合った。
「荒北 オレと握手し……」
「「なんでだよっ!?」」

二重の突っ込みはご指名された当人と、目の前の男の二人だった。
つい一瞬前までの微笑みは消え、東堂の顔は必死だ。
「…え… いやだって… 東堂と話すのも握手もいつだってできるし……」
こっそり飲み込んだ本音は、毎回やってることに金を払うなんて莫迦らしい、に尽きてしまう。
「だったらオレと写真を撮れば…!」
「いや 別にオレ写真とかあんまとっとかねえし」
「…待て巻ちゃん オレが今まで送った写真は…」
「一応取っておいてあるっショ」
「よしそれならば……いや違う、そうじゃなくてなんで荒北の握手指名なんだ!!」
「………今、目があったから…」
「巻ちゃんっ!!目の前!!!さっきから!!ずっと目が合ってる美形!!!!」
「あー…うん……」
「巻島ァ コイツうるせェから本音言え」
適当に目を泳がせていた巻島に、巻き込まれた荒北は軽く睨むように言う。

「わかったっショ 東堂を指名する金をうまい棒につぎ込みたいっショ!]

一瞬クラス中を静寂が支配した後、爆笑したのは荒北だった。
「ぶわっはっはっはっは 東堂wwwうまい棒に負けてやんのwwwww腹痛ェwwww!」
「巻ちゃんっ!!うまい棒は1本10円だっ!!!」
「え…すごいっショ……そんなに安いのか……うまい棒すげェッショォ……」
「わかった!巻ちゃんがそう言うなら巻ちゃんがオレを指名してくれた時間はオレが自腹で払うから!!」
「え」
「連続指名は禁止だが、ちょうど今から1時間はオレは休憩時間!その分を巻ちゃん専属で払うからっオレを指名しろ巻ちゃん!!」
「お前…1時間って500円×6で3,000円っショ 小遣い無駄に使うなっショ…」
「それでもいいから!オレを!!指名して巻ちゃん!!」

なりふり構わぬ東堂の様子に、横にいた子が恐る恐る声をかけた。
「あの…東堂君 …私、東堂君の指名整理券 次の番なんだけど…よかったら、巻島さん…?も一緒にこっちの机に来れば指名料は私が」
言い終わらぬうちに、顔を輝かせた東堂がその女性へと足を向けた。
「ありがとう!なんて優しい申し出をしてくれるんだ…感謝せずにはおれんよ…」
東堂の真剣な表情に、見詰められた女性とは頬を赤く染めた。

それを見ていた奥の机の二人組も
「東堂君!!私たちの整理券ナンバー、彼女の次なんだけど私たちの名前を『ちゃん』付けで呼んでくれれば10分の時間を巻島さんに譲ります!!」
そういって名札を掲げた二名に
すかさず東堂は
「ありがとう!美悠ちゃんに詠美ちゃん……その心遣いうれしいぞ!」

そうなれば次も、その次も負けてはいない。
適当なトークで東堂の記憶にも残らぬよりは、真剣に数秒でも自分を見詰めて欲しいという女心と、東堂さんの幸せはファンの幸せ!とばかり、
1時間分の東堂の持ちタイムはすべて巻島専属タイムへと切り替えられた。
「…え…オレの意思は……」
と周囲を見渡しても、箱学競技部のメンバーは「稼ぎ頭のやる気をそがない為にも逃げないでくれ」と両手を合わせて巻島を拝み、次々と駄菓子や飲み物が差し入れられていた。

「ショォ……」
よく話の種が尽きぬものだと感心しつつ、巻島は東堂の話に時折相槌を打つ程度で大人しく座っていた。
時折、東堂整理券ナンバーを譲った生徒が教壇の下にある椅子で、ただ二人の話を聞いて幸せそうにしているのも、どうにもいたたまれないのだが東堂にとっては問題ではないらしい。
もうすぐ、1時間が過ぎる。

さすがにこれ以上東堂の独占はまずいだろうと、巻島は立ち上がった。
「えっと…ありがとうな… その、譲ってくれた子たちも……お前のファンっていい子っショ……」
照れくさそうに言う巻島に、譲る代わりにじっくり『巻島さんといて幸せそうな東堂さん』をじっくり鑑賞する権利を貰っていた女生徒達は、顔を赤らめ首を振った。
「他の女に指名されるよりは」とか「東堂君に自分の印象を少しでもよく」なんて、よこしまな気持ちを少しもっていただけに、心苦しい。
「巻ちゃん、もう帰るのか…?」
まだどこも案内していないのに、と呟く東堂に、通りがかった福富が足を止めた。

「東堂、お前は今の休憩時間も指名料を稼いでいたからな 1時間自由にして構わんぞ」
途端輝く顔になった東堂は、福富だけでなく部屋内の全員に
「ありがとう…!」と深々と頭を下げた。

「福チャンは甘ェよ」
という荒北も、それ以上は何も言わず、あきらめ顔だ。
それなりに計算ができる部員も、ここで引き剥がしてやる気をそがれるより、東堂を一時間巻島と放牧してテンションマックスを維持してもらった方が、
収益になると計算しているらしく、どうぞどうぞと出口を指している。

「じゃあ行こう巻ちゃんっ!楽しもうなっ!」
いいのだろうか?という表情で自転車競技部を窺う巻島に、むしろここで巻島に帰られる方がめんどくさいと目線で周囲から答えられ、巻島も東堂に続いた。

家庭科部が売っているシフォンケーキと、紅茶のペットボトルを買って、自転車競技部の部室に向かう。
普段なら誰かしらいる部室だが、今は文化祭を楽しんだり、模擬店に協力をしたりで人気はなかった。
「…来てくれてありがとう、巻ちゃん」
パイプ椅子と折り畳み机という簡素な道具だが、今は静けさがご馳走だ。
少し人心地ついた様子で、東堂も紅茶のボトルを傾けた。
「クハッ 3ヶ月前からカウントダウンされて、ルートも電車代もナビゲートされて、毎日3回は暇か来るかとメール寄越されたら来ざるえねぇっショ」
「うん ありがとう」
少し嫌味を篭めた台詞をさらりとかわし、東堂が幸せそうに笑うので、巻島もしょうがなしに苦笑した。

いつもより幅が広いカチューシャをしたせいで、頭が痛むと東堂がカチューシャを外せば、雰囲気が随分変わる。
1時間巻島とマンツーマンではしゃぎ喋った疲れもあって、東堂が無口なのも、新鮮だ。
にやりと口端を上げ、パイプ椅子に座り肘をついた巻島が
「イケメンっショ、東堂」と言えば、見る間に東堂の頬は朱に刷かれた。

「えっと、巻ちゃん……あの……」
「…お疲れさんっショ よく働いたホストにご褒美上げるっショ」
そう言いながら巻島は悪戯げにほほ笑み、東堂の頭をくしゃくしゃに撫で上げる。
「ちょっ…巻ちゃ……」
「おーっイイ男っショォ」
笑いをこらえた様子で上機嫌な巻島の傍らに立ち、東堂も悪戯げに微笑む。
「ご褒美、くれないか?」
「ご褒……」
ご褒美とは何だと尋ねる前に、唇が軽く重ねられていた。

初めての口接け、だった。
濡れた東堂の唇は冷えていて、紅茶味がした。

「ショ……!?」
東堂と同じように頬を赤らめた巻島を見て、東堂もまた勝ち誇った顔をしているのが少し悔しい。
しばらく二人してその表情で見つめあった後、同時に吹き出し、楽しい一日は二人の共通した記憶になった。