【東巻】緊迫のインターバル
***********
プロロードレーサー東堂さんのエステCM出演妄想。
『触れたくなる足』ソファに座る相手役の足を、ソファの下に座っている東堂さんがそっと触れてその膝に口づけるオトナテイストのCMが見て見たい。
当然その足タレは巻ちゃんだなっ!
ついったーでまゆさんの発言されたこちらを見て、書いて!!とねだった挙句図々しくもネタを頂いて私が書かせてもらっちゃいました

***********

撮影現場は、緊迫した空気に包まれていた。

広々としたフローリングの上に、豪華な毛並みの白いふわふわラグは、数人が寝転んでも余裕あるサイズだ。
ラグと同じような素材で作られたソファカバーは、ダークブラウンのソファ地にマッチしていて、洗練されたデザインだけでなく、すわり心地も極上だろうと見るだけで感心させる。

大きなガラス越しに入り込む陽光は、豪華でそれでいて成金趣味を出していない家具を照らす。

高い天井にゆったりした空間、統一されたファニチャーに、触れ心地の良さそうな素材。
どれも見た人に、快適かつ豊かな生活を連想させる、最高の空間であったが現場の空気は、緊迫の一言である。
普段であれば喋りながら小物をセッティングするアシスタントも、今日は無口で、ライティングの確認も必要事項の会話しかない。
誰かが何かを落せば、通常ならばすかさず上司のお叱りと、すんませんっ!と詫びる声が響きそうだが、それすらない。

機械的に黙々と、部屋の中に撮影機材は用意されていく。
この緊張状態の原因は明白だ。

これからこの場に集う二人の主役が、隠すことない犬猿の仲であるからだ。
現在は楽屋代わりに一人は一階の客間、もう一人は二階の部屋にいるが、撮影の準備はそろそろ終わる。
互いにチラチラと目線を向け合っているのは、誰が呼びに行くかという探りあいをしているからだった。

「お前、行ってこい」
東堂に憧れていると日頃公言して、例の団扇を持っているらしいアシスタントの女の子に、カメラマンからの指名がかかる。
「ひょぇっ!?むむむ、無理ですぅ〜 あ、あんな東堂さん始めてみました!私なんかが呼びに行ったら失礼だってご機嫌損ねちゃいますよ!」 
首をぶんぶん振って、でも本当は行きたいけどと小さく呟いたのは、乙女心とプロ意識の狭間から生まれたものだろう。
「巻島さんの方は…どうだろうな」
「それほど感情は出さない方に見えたけど…」

語尾が小さくなっていくのは、先日の『弱虫ペダル実写版 撮影開始記念挨拶』でのテレビインタビューを揃って思い出したからのようだ。
たいていの人と陽気に向き合い、イケメンながらも絡みやすいキャラとして愛されている東堂尽八が、巻島裕介には手厳しかった。
もっともその原因は、日本人であればほぼ知らない人はいないというような『東堂尽八』を、「誰?」といってしまった巻島にあるともいえなくはない。

撮影現場である、居間が息苦しさに包まれている中、待機中の東堂はシナリオを読み返していた。
何度読んでも、自分がこれからあのタマムシの姿を見ただけで高揚感に包まれ、涙を流すほどの歓喜やともに走れぬことを悲しむ心地になれるだろうとは、実感できずにいる。

相手を知らぬのは、仕方がない事だ。
だがこれから注目の映画撮影を開始されるに辺り、そういった情報をまったく知ろうという姿勢も見せず、しかも演技に関しては素人だという情報が東堂には伝わっていた。
個人としての相性はともかく、プロとしてその態度はいただけないと、東堂は反感を持ち、その反感は巻島にも伝わり当然好意的な気持ちなど、生まれようもない。

しかし巻島は、主に海外のデザイン関係の舞台を中心に活動をしているので、日本の芸能関係には疎かったのだと事務所側から説明が入り、少しは悪感情からは軟化している。
さらには、『弱虫ペダル 巻島裕介』が孤高を愛するようなキャラクターであり、それだからこそ懐いてくる後輩や、徐々に東堂というキャラに心が傾いていくと
いう状況を実感したいと、あえて相手の事を調べなかったのだという話も重なっている。

「…まあ、興味深くはあるな」
最後はただめくるだけになっていたページを閉じ、東堂は一つノビをした。
日本人であれば交流を計り、相手とのやり取りを深めることで演じるキャラクターを学び取ろうとする。
舞台モデルである巻島は『東堂と巻島というキャラ』が、反発から間柄を深めていく関係性だと知り、それ故に伝聞でしかない情報には、頼らないと決めたのだという。
「東堂さんのこと、もっと知りたいです!」「東堂君のこと色々聞かせてっ」という人間は数多くいた。
そうではなく、一歩引いてスタートに並ぼうという、巻島裕介。
…もっと、相手の事を知ってみたいと、東堂はそこで初めて思った。

一方、巻島裕介は。
東堂とは別の部屋で椅子によりかかり、大きな背伸びを一つした。
噂でしか聞いていなかった、東堂尽八という男は聞いていた話とまったく違っていた。
オファーがかかった時、兄の同級生だったという事務所の女性の第一声は
「東堂君と競演するの!?すごいっえっすごいいいい!!サイン貰ってぇぇ!」だった。
知的クールという属性のその女性が、興奮した様子ですでにサインペンと色紙まで用意してきて、確認というなの依頼をしてきたのは、内心引いた。
「ぺ、ペンぐらいあるっショ?」
「違うのよっ!このペンでサインしてもらってきて、ペンも貰って!!私一生そのペンでデザイン考えるから!!」
…ペンの寿命はどうなるんだろう、という疑問も浮かんだが、その迫力に負けて思わず受け取ってしまった。

彼女が言うには
「東堂君は、イケメンだけど愛嬌あってね笑顔が清々しくて、後輩とかの面倒見もいいし女の子にも優しいの!だからといってチャラ男じゃなくて
礼儀作法もきちんとしていて、日本男児って感じで素敵でしょ!」
…どれも巻島からすれば「?」で返したい言葉だ。
もっとも礼儀に厳しい男であれば、自分の言動は確かに失礼だったに違いない。
自分のやり方を理解してもらおうとは思っていないが、愛嬌あるだとか爽やかな笑顔とは、あの冷徹な表情からはどうにも結びつかない。
「…アレが、ホントに『巻ちゃんっ巻ちゃん巻ちゃんっ!!』になんのかヨ…」
そういって巻島は、眺めていたグラビアを元の本棚に戻した。

コンコン
遠慮がちにノックが鳴り、恐る恐るといった様子で、打ち合わせに入りたいからと呼ぶ声がした。
どうやら現在の自分へ扱いは、危険物扱い並らしい。
尖ったやり取りを全国放送してしまった…どころか、英国の巻島兄まで見たというのだから、衛星テレビでも一部放送されたのだろう。
人見知りで口数が少ない巻島を、普段は人当たりの良い東堂を、怒らせぬようにと配慮したらしいお迎えに苦笑し、二人は居間へと向かった。


今日の撮影は、本編の前段階というもので、いわば企業コラボのためのものだ。
映画のCMと同時にラッピング電車やつり広告で、提携企業のコラボCMも同時に発表する、という流れなので本編撮影前に用意を済ませておこうと、召集がされた。
本編の撮影は通常のやり方と異なり、都合の良い場所でスケジュールがあったものを、順次済ませる形式ではなく、
忠実に原作どおりに進めていこうという目論見であるため、制約が多い。
一度集められたら、スケジュールのやり取りでズラしてもらうというやり取りが、容易にはできない。

そのため、前段階で提携企画ものを終了させておこうと東堂と巻島は、「あの」テレビ放映の後、やり取りもないままここへと招集された。

リビングに入る前の扉で、丁度二人は互いに目線が合ってしまった。
「……」
無言で頭を下げた巻島に、東堂は
「…今日は仕事で来ていますから」と、大人気ない振る舞いをするつもりはないと、端的に伝え頭を下げた。
(あ、こいつ礼儀にしっかりしてるとか言ってたっショ)
巻島も慌てて、事務所の女性に聞いていた話を思い出し「よ、よろしくっショ」と言葉に出した。

「…なんだ、きちんと会話もできるんだな」
「お、お互い様っショ」
咄嗟とはいえ、巻島がこんな返しをすることは珍しい。
だがそれを知らぬ東堂は、まあそうだなと軽く口端を上げ、機嫌を損ねる様子もなく、どうぞと先への一歩を譲った。
ああ、こういった行動が普通なのであれば、自分が異端の扱いを受けていたのだとわかる。
いまさら無礼だったと謝るつもりはないが、撮影現場で他者を巻き込むのは避けたい巻島としては、東堂の態度はありがたかった。

二人並んで、ソファに腰を落とし、正面に立つ監督が説明をはじめた。
用意された衣装は別にあり、打ち合わせ後着替えてくれと言われ、撮影用の衣装とは別らしいと二人は知った。
CMの流れを説明する短いシナリオですと、手渡されたのは1枚のA4用紙。

「台詞はほとんどないから、雰囲気とコンセプト掴んでね」
---------------------------

○高級感ある広いリビング ・昼間

   差し込む昼の光と影の部分の対比がはっきりしてる光景
   カチャカチャと、オープンキッチン側から食器が鳴る音

 コーヒーカップを持つ手が映り、ソファへと移動

 カメラが回り込み、ソファの下部分から上に上がる
 一緒に映りこむのは、なめらかな素足
 (ホットパンツ着用、映るのは腰まで)

 ラグの上、床に座って雑誌を眺めていた東堂尽八、コーヒーを受け取る
 手元のアップ
 恋人を見るような、優しい眼差し 顔のアップ

東堂「ああ…ありがとう」

 コーヒーを一口飲んで、カップをガラステーブルへ

 誘われたように、ソファに座る相手の滑らかな足に指を伸ばす
 反射的に逃れようとする足を、軽く抑えそっとふくらはぎを抱える
 
 東堂、その膝へと口接ける

 テロップ
   『触れたくなる足』

提供企業名と、プレゼント企画の詳細文字が入って終了

----------------------------

「…………」
読むのに一分もかからない文字数だが、シナリオを注視している東堂巻島両者から、一言も出ない。
読んでいないというのでない事は、二人の目線からも解る。
東堂の紙を持つ手が、小刻みに震えているのと、巻島が額の生え際辺りを指で掻き毟っているのは、プロとして言葉に出せぬことを色々考えているのだろうと、
先にシナリオ内容を知っていたスタッフたちが遠目で見守っていた。

だが、監督は強かった。
いやその強さがなければ、こんな仕事やってらんねえよというのが、監督意識というものかもしれない。
「はい衣装!これだから!」
そそくさとアシスタントの一人が持ってきたのは、東堂用にと白がベースに、袖縁や胸元辺りが白黒の市松模様になっているサイクルジャージ。
カチューシャは水色。
巻島用にと用意されたのは、細身がゆったりとカバーできる白のAラインシャツに、黒ジーンズ生地のホットパンツだった。

「待てぇぇぇっ!」
「ショォォッ!?」
「「この『足役』って…!?」」
見事揃った二人の声に、おおぉっと短い感嘆が周囲から上がる。
「うん、巻島くん」

口をパクパクと何事かを言おうとし、それでも声にならずを繰りかえす巻島に変わって東堂が続ける。
「監督っ!このオレがタマムシの足に跪いてキスしろと!!」
シナリオの中には、跪くという文字はないが、必然そうなるだろう。
さきほどプロとして、仕事に差しさわりのある行動はしないと告げた東堂だが、興奮のあまりそれも抜け落ちてしまったらしい。
タマムシと呼んでしまったのは、無意識だろう。
小さく
「…蜘蛛っショ…」と返した巻島は、さほどそれを気にしてはいないようだ。
独自のこだわりを、他人がどう評するかは問題ではないというのは建前だが、正直今はそれを気にしている余裕がない。
自分のガリガリの足に、東堂が触れてキスをする。
ガリガリだとか、そうした肉体的コンプレックスを差し置いても、足にキスされるなんて未経験だ。

演技者としての挑戦は初めてなのに、いきなりハードルが高すぎる。
巻島裕介というキャラクターは、自分をそのまま演じればいいので、可能であると考えて引き受けた。
その流れでありさえすれば、多少の無茶振りだって呑めるだろうと思っていたが…これは、巻島というキャラクターの範疇にあるべき事なのだろうか。
「…多少の無茶じゃないッショ…?」
ポツリともらした呟きに、東堂が大いに同意という表情で、頷いている。

「それをやるのが、プロだよ」

…この、タヌキめ…!
記者会見で、プロとしてのやり取りをどうだこうだと交わした東堂と巻島に、その一言は絶対だった。

じゃあそれぞれの楽屋(がわりにしてる部屋)で、メイクと着替え済ませてきてねと、背中を押される。
「嫌なことは早く済ませたほうがいいよ〜リテイクを重ねても、こっちは構わないけど撮影時間を長引かせるだけだから」
の笑顔のお見送りは、巻島と東堂の負けん気をさりげなく引き出していた。

(…そもそも、何度も口接けなんて冗談じゃないっ!)
する方もされる方も、その思惑は合致していた。

「わ、巻島くん ほんと脚キレ〜」
感嘆する女性は、剥き出しになった巻島の脚に視線が釘付けになっていた。
目の覚めるような色合いのシャツを、シンプルな白のゆったりしたものに代え、黒のホットパンツスタイルになった姿はその印象を随分と変えていた。
サラサラの長い髪は、CM中に映されないように高めのポニーテールにされ、顔は映らないが念のためにとうっすらメイクをされている。
軽く塗ったリップと、イタズラ心でメイクさんが行ったアイメイクのおかげで、中性…というより、むしろ性別が無いような不思議な雰囲気が巻島を包んでいる。

腰の位置が高いのか、ただでさえ長い足が、ホットパンツを履いたことで、さらに人形のような造詣に見える。
メンズホットパンツなんて、股間的にも見た目的にも厳しいだろうと思っていたのだが、これは…アリだなと、男性スタッフの中にも頷くものはいた。
「ショ…」
困った顔で首をかしげている様子が、どうも構いたくなってしまう。
一致団結した様子で、巻島部屋のスタッフたちは撮影に向けての意欲は、高まったいた。

「あああ…東堂くん……かっこいい……」
「ハッハッハッ 美形は何でも似合うから困るな!」
うっとりと涙目で拝むように、東堂を見ているアシスタントの一人に、例のポーズで東堂は答える。
こちらは予想通り、細く締まった体にフィットしたサイクルジャージが、東堂のバランス整った肉体の魅力を存分に引き出していた。
にぎやかなキャラ設定で定評ある東堂が、白と黒とシンプルな色使いというのもいい。

二人のそれぞれの着付けた様子を聞いた監督は、それならば…と悪戯心も含め、対面シーンからカメラを回した。
先に戻った東堂は、白い毛皮のラグの上で、入口に背中を向けて待機している。
「巻島さん、衣装終わりました〜」
その声に誘われたように、東堂が振り返り軽く目を瞠った。

幾ら細くたって男の生足なんぞ、気持ち悪いに決まっている。
…そんな予測は、ものの見事に裏切られた。
髪を高めに結い上げ、長くすらりとした素足は舞台上で見るモデルのようだ……いや違う実際にモデルだったと、東堂は小さく頭を振った。
奇天烈としかいえぬ衣装センスと、奇抜としか表現できぬ髪色のせいで、その実感がなかったのだ。
それらをそぎ落とし、シンプルな衣装と生身で現れた巻島は、そこにいるだけで媚態めいた色気すら漂わせていた。

「…東堂…?」
ぽかんと自分を眺めている相手に、巻島はそこまでキモいと露骨に表さなくてもという顔で、声をかける。
人の感情を重視する方ではないが、相手の誤解をそのままにしておくほど東堂も、鈍くは無い。
「…予想より、似合っている 正直驚いた」
と素直に返せば、巻島の頬は賛美に照れたように染まる。
仕事柄自分のスタイルを、フォローしてくれるものは多くいるが、こうまで率直にかえしてくれた者は、ほとんどいない。

「さ、さっさと終わらせるっショ?」
「そうだな」

「撮影開始!」
の声と同時に周囲の喋りも消え、撮影機材に利用される道具だけの音が響く。

―――

コーヒーを運ぶ巻島が、近づく気配がして、東堂は雑誌をめくる指を止めた。
頭頂部で巻島が近寄り、コーヒーを差し出す気配がしたのを受け、東堂は顔を上げ笑顔を作る。

「ああ、ありがとう…」
優しさと嬉しさを含んだ声、というのはこのようなものを指すのだろう。
ポーカーフェイスを崩さないが、感心をしながら巻島はソファへと腰を掛けた。

東堂の目前に、すらしとした両脚が並ぶ。
さきほど目にしたときは、距離があったからだろうと思ったが、そうではなかった。
間近で眺めてもその締まった足は美しく、しかも肌は東堂の知るどんな女性より白く、滑らかそうに見えた。

――触れて、みたい。

そっと指を伸ばし、ふくらはぎの表面を撫でれば、ピクリと小さく踵が震える。
怯える小動物のように、逃げられてしまいそうな焦燥にかられ、東堂が咄嗟にその足首を軽く握り、無意識に膝へと唇を落としていた。

「…あ……」
と巻島の小さな、戸惑いの吐息めいた声が洩れた。
長めの東堂のキスに戸惑う様子で、巻島が足先をずらそうと、身じろぎをした。
逃がすまいと角度を変えた東堂の肘が、ガラステーブルにが当たり、カップが倒れガラステーブルのコーヒーが、床へと数滴零れ落ちた。

―――

「はいカーーット!」
という監督の声と同時に、そこかしこから黄色い声が上がる。

「きゃああっ!!東堂君かっこいい…!!」
「綺麗だったよね!二人とも、すっごく!!」
「ああああ、もう素敵素敵素敵!!生で見れて感動!!」
という女性陣の反応に、巻島は目を白黒させるだけだが、監督やカメラマンたちも同意見らしく、ご満悦の表情だ。

それらを見て、ようやく我に返ったらしい東堂が、焦った様子で巻島から離れ、ティッシュや雑巾はないかと周囲に尋ねる。
幸いこぼれたのはフローリングの上だが、ほんの僅かに毛先が茶色く染まっていた箇所があった。
「これを…弁償したいのだが」
誰に申し出ればいいかと問う東堂に、巻島がしれっとした様子で
「これぐらい構わねェショ…どうしても気になるんだら、ちょっと毛先カットすればいいからよ」と巻島が返す。

幾ら撮影に利用したものであるとはいえ、自分の責任だ、保険を使わせるのだって申し訳ないと真摯に言う東堂は、巻島の雑な態度を責めているかのようだ。

「ん〜……じゃあクリーニング代、…日本円でどれぐらいっショ?1000円ぐらい?でいいッショ」
「ハァッ!?何言って……」
さらりと言って手を出してきた巻島を、呆れた様子で眺めていた東堂はその会話がつながっていないことに気付いた。

「その…ここは……?」
「オレん家…っつーか実家っショ」

聞いてなかったのかよという巻島は、悪戯めいて笑う。
撮影条件を色々聞いた事務所側が、ピッタリなんじゃないかと提案してきたのが、巻島の家だった。
知らぬものが大勢訪れるというのは、本来ならば遠慮したいが、撮影の前駆けとして慣れた場所は歓迎だ。
家人の不在の日や、巻島のスケジュール調整、撮影の利用代金などは事務所が交渉し、今日に至ったのだと巻島は続けた。

「あ…いや…それなら……いやそれでも、1000円ではとてもこれはクリーニングできんだろう!?」
毛皮のクリーニングなど、行ったことはないが明らかに上質な肌触りのそれを、はいそうですかで済ませる訳にはいかない。
さらに金額を重ねようとする東堂に、巻島は「んー…」と小さく返す。

「あ、じゃあこうすればいいショ」
それ以上騒ぎ続いても面倒だ、とばかり巻島は残っていたコーヒーカップを取り上げ、床へこぼそうとする。

「うわあっ!!」
瞬時に掌で受け止めた東堂と同様に、周囲もほっと息を吐いた。
「何をしてるんだ、お前は!?」
「え…いや気にしてるらしいから、…オレが上からこぼせばオレのせいで…解決っショ?」

ダメだ、話がおかしい。
自分の経験則を、目の前の男はすべて塗り替えていく。
この短時間ですら、覚えのない行動を色々見せられて、巻島という人物に興味は深まっていくばかりだ。

……なんなんだ、コイツは。

きょとんとした目の前の巻島の顔がおかしくて、東堂が吹き出すのを、巻島はやはり不思議そうな顔で眺めていた。

なおこれらのやり取りは全て録画されており、本編の予約特典DVDにこっそり収録がされていた為、事情を知らず予約をしなかった者達の間で高値で取引がされたのは、余談である。

なお映画公開後の、第二段CMとして『謎の美脚の持ち主』の上半身が映され、東堂の唇にそっと指を伸ばすというシナリオは、現在作成進行中である。